名前を呼ばれて、振り返る。
 その瞬間、見なれた姿を見付けて、思わず苦笑してしまった。

「星馬…」

「奇遇だね、その格好から考えると、仕事だったの?」

 手を振りながら自分の方に歩いて来る星馬が、声を掛けて来る。

「終わった、処だな……お前は、参考書でも買いにってところだろう」

 手に持っているのは、近くの書店の紙袋。
 それから、星馬の性格を考えれば、それ意外には考えられない。

「まぁね。ちょっと、欲しい参考書を見つけたから…」

 そう言って嬉しそうに笑っている星馬に、俺は小さくため息をつく。

「お前なぁ、勉強ばっかりしてないで、偶には息抜きした方が良いぞ!」

「…それは、には、言われたくない台詞だね」

「何で、俺には言われたくねぇんだよ!」

「勉強もしてないのに、僕と同レベルの、その頭だよ!」

『要するに、には負けたくないと言う事だな』

 呆れたように咎めた言葉は、盛大なため息で返されて、俺が不機嫌そのままに問い掛ければ、これまた呆れたように言葉が返される。そして、最後に、ボソリと『昼』の突っ込みが入った。
 何時もの事だけど、こいつと会話するのは、こんな風になるのは、何でだろう?

「…負けたくないって、お前、そんなに負けず嫌いだったのか?」

「……、それって、本当に今更なんだけど…」

『昼』が言った事に、少しだけ驚いて問いかければ、星馬の呆れた顔。

「…今更、なのか??」

「今更も今更!僕と豪は、負けず嫌いでは有名なはずだけど」

 ……そうか、こいつ等って、有名なレツゴー兄弟だったな。
 レツゴー兄弟は、この町では負けず嫌いで有名だ。確かに、今更な話だな。
 思い出した内容に、思わずため息をつく。

「理解してもらえて、良かったよ」

 ニッコリ笑顔で言われて、俺は思わず苦笑を零す。

「分かった。忘れてたお詫びに、お茶でもおごってやる!ちょうど、一息入れたかったからな!!」

「別に、そんなつもりじゃなかったんだけど…もしかして、あの食堂みたいに、『昼』OKな処?」

「当たり前だろう。小さな喫茶店だけど、味は保証するぜ」

「なら、ご馳走になろうかな。『昼』、『夜』を呼んであげようか?」

「……お前、『夜』の分も、集るつもりかよ」

「仕事してる人間と、ただの学生は、違うからね」

『お前の金の使い道なんて、温泉に行くぐらいだろうが!大体、あそこで、金を払った事があるのか?』

「あっ、やっぱり、『昼』は、行った事あるんだ。なに、お金払った事ないの?もしかして、顔パス??」

「……払いたいけど、あっちが受け取ってくれねぇんだよ……」

 俺は、ちゃんと金を払おうとしてる。
 でも、あっちが頑として受け取ってくれないのだ。

 昔、こっそりと金を残していったら、しっかりと後から付き返されてしまった。
 それでも、その店に行くのは、本当に自分好みの味と、その店の主を気に入っているから……。

「まぁ、星馬も気に入るだろうから、行ってみるか?」

「それって、いいの??」

「いいに決まってんだろう!だって、友達連れて来いとか、うるせぇし……」

「……友達?」

「えっ、いや、えっと、お前等兄弟は、俺の本性知っちまってるし、一度紹介したかったからな……」

 自分で言った言葉に、顔を紅くしながら、俺は慌てていい訳するように説明した。
 そんな俺に、星馬が、嬉しそうな笑みを見せる。

「そうだね、友達として、そこに連れていってもらえると、嬉しいな」

 ニッコリと笑顔で言われた言葉に、更に自分の顔が赤くなるのが分かった。

 小さい頃から、友達と呼べる相手は、一人もいなかった。
 自分のこの容姿、そして、何よりも、自分の力を、誰もが怖がっていた事を、知っている。

 今、目の前にいる相手は、自分にとって初めての友人と呼べる存在。
 そして何よりも、自分の力を知っても、受け止めてくれた相手。

 すべて、初めての事。

 普通の人間にとって、当たり前のことが、自分にとってはすべて初めてで、本当はどうやって接して良いのか分からなかった。
 それでも、こんな風に普通で居られるのは、自分の傍に居てくれるこの白猫のお陰と、きっとこいつ等兄弟の性格に救われていたからだろう。

 ありのままの自分で居られる事への喜びを教えてくれたのだから……。

「分かった!悪友として紹介してやるよ!!」

 嬉しそうに笑っている目の前の人物に、最後の抵抗とニッと笑顔で、そう言って歩き出す。

 きっと、あの店のオーナーも、俺がこいつを連れていったら、少しだけ驚いて、何時もの笑顔を見せてくれるだろう。

 そんな風に考えて、笑みを零す。

 受け入れられる事の、喜びを胸に……。