一年前には、妹に頼まれて星馬にチョコレートを渡した。(正確には、生徒会で星馬用に作ったチョコチップクッキーをお茶菓子に出した。)
 だけど、今年は、同じ高校に妹が入学したと言う事で、その願いを蹴り、のんびりとした時間を過ごしている。

 まぁ、今年はバレンタインが土曜日ってだけあり、学生である自分達は、当然休み。
 もっとも、俺達3年は、後は卒業式を待つだけの自由登校だから、どっちにしても、関係無い。
 ここ暫く、星馬にも逢ってねぇしな。



 ボンヤリとそんな事を考えている俺の耳に、聞き慣れた声が聞こえてきて顔を上げる。

「『昼』、どうかしたのか?」

 自分を呼んだ相手を見ながら、問い掛ければ、複雑そうな表情が返された。

『ばーさんが、これをお前に届けろと……』

 そして、次に出てきたのは、態々宅配にされているチョコレートの山。

「………世の中、暇な奴が居るんだよなぁ……」

 目の前に出てきた色とりどりの包装紙に包まれたそれらを見て、盛大なため息。
 学校では一つも貰った事のないそれも、仕事をしている俺を知っている相手からは、良く貰う。
 去年も、律儀に贈って来られていたモノを思い出して、盛大なため息をつく。

「こんなモンは、俺に贈る前に、本命に贈れよな!」

『ちゃんと今日指定で送られて着ている所がすごいな……』

 小さな山を作っているその物体に、感心したように呟かれた言葉に、思わず脱力してしまう。

「お前も、変なところで感心してんな!星馬に比べれば少ねぇけど、どうすっかなぁ……」

 甘い物が好きでも、チョコレートを大量に食う趣味はねぇぞ。
 取り合えず、目の前にある山の中から一つをとって、包みを開く。
 大体毎年恒例の行事。

「んじゃ、分別するか」

 ため息をついて、二つ目の包みも開く。

「『昼』、お前も手伝えよ、再生出来るヤツと出来ないヤツに分別するから」
『……まるで、ゴミみたいな言い方だな……』

 俺の言葉に、『昼』が呆れたようにため息をつく。
 ああ、そう言えば、再生できるヤツとそうじゃないヤツの分別なんて、まさにゴミだな。

 包装は、『昼』に剥いでもらって、俺は分別作業。
 何とか、30分も掛からずに、それらは分別し終える事ができた。

「んじゃ、ケーキでも作るか」

 再生出来るチョコレートを手に持って、立ち上がる。

『……、チョコレートの匂いで、気持ち悪いぞ』

「ああ、そう言えば、お前甘いの駄目だもんなぁ……よし、ついでに、紅茶でも入れるか!」

『…紅茶がついでなのか?』

「手伝ってくれた『昼』の為に美味しいの入れてやるよ」

 ケーキ作るのに、結構時間が掛かるしなぁ……。
 ケーキが焼ける間にも、3・4個ぐらいは、別なモンが作れるよなぁ。
 おし!それだけありゃ、これも全部無くなるだろう。

「食わすのは、ばーちゃんと、後は、星馬兄弟にでも持っていてやるか」

『……あいつ等のところに行くのか?』

「おう!今から作れば、3時のお茶には、間に合うからな。その旨、星馬に知らせてきてくれるか?」

『……そんなの電話すればいいだろうが!』

「その時間も惜しい。そうだな、『昼』と星馬弟用に、ビター系のも作ってやるよ」

 それでどうだとばかりに言えば、複雑な表情を見せたまま、何も言わずに『昼』の姿が一瞬で消える。
 本当に、素直じゃない『猫』だ。





『伝えてきたぞ』

「お疲れ、遅かったな」

 ケーキの生地は準備して既にオーブンの中。
 今は、それが焼き上がるまでに、別のチョコレート菓子を作っていく。

 オーブン使えねぇから、作るのは限られて来るけどな。
 直ぐに戻ってくると思った『昼』は、1時間ぐらい戻って来ないから、実はこっそりと心配していたところだ。

『……あっちも、凄い事になっていたぞ』

「ああ、星馬の方は、兄弟で貰っているからな。もしかして、手伝わされていたのか?」

 不機嫌そのままって顔の『昼』に問い掛ければ、小さく頷いて返してくる。

「お疲れさんだな。そう言えば、あいつ等って貰ったチョコレートどうしてるんだ?」

『施設なんかに寄付しているみたいだぞ』

「そりゃ、子供達喜ぶな……」

『三分の一くらいは、母親の友人に配られるらしいがな』

「それもアリだな」

 俺も、再生出来ないヤツは、ばーちゃんに処分を頼んでいるからな。
 ばーちゃんが、それをどうしているかは知らねぇけど……。

「もう一個オーブン欲しいよなぁ……」

『お前なら、幾らでも買えるだろう』

 確かに買えるけど、置き場所がなぁ……。
 でも、今日のケーキはブラウニーだから、超簡単。
 焼き時間も普通のケーキより短くって済むんだよな。
 そろそろ焼けるかも……。

、匂いが甘ったるい……』

「う〜ん、こればっかりはなぁ…。でも、ちゃんと甘くないヤツも創っているから、それで勘弁してくれ」

 今回作った菓子は、チョコブラウニー。
 んでもって、チョコムース2種類。
 一つは、甘くないヤツ。
 後は、簡単にトリュフ。
 これは定番だろう。
 生チョコでも良かったけど、工程は一緒だし…。

「以上、ブラウニーも焼けたし、終了ってやつだな。ばーちゃんには、このトリュフとチョコムース持ってきゃいいだろう。後、上に置いてある残り物だな」

『持ってきてやろうか?』

「珍しいな、お前からそう言ってくれるなんて」

『今日は、そう言う気分だからな』

「サンキュー頼むな」

 照れくさそうにそっぽを向く猫に、笑顔で礼を言う。
 本当に、可愛い猫だよなぁ、うん。

 さて、ばーちゃんに持って行って、それから星馬の家に行くか。

、持ってきたぞ』

「サンキューそんじゃそれ持って、ばーちゃんのとこまで宜しく!」

 現れた『昼』に笑顔で、お願い。と言うよりも、強制だな。
 そんでもって、出来あがった菓子を持って、ばーちゃんの部屋に行く。

『ばーさん!ここに置くぞ!』

 入って直ぐに、『昼』が不機嫌そうに空間からチョコレートを出す。

「ばーちゃん、こっちは俺が作ったヤツ。あっちは、今年も頼むな」

「まったく、家をチョコレートの匂いが充満してるじゃないかい。こんな子供の何処がいいのかねぇ」

 部屋でのんびりとお茶を飲んでいるばーちゃんが、そのチョコレートを見て、呆れたように呟く。

「それは、俺も同意見。まぁ、学校では貰った事ねぇから、これぐらいですんでんだし、諦めて処分宜しく!」

「毎年毎年、懲りないねぇ」

 それ、俺の台詞。
 お返しなんて返した事ねぇし、大体仕事で会った人とは、必要以上の関わりを持たないのが鉄則。
 仕事が仕事だから、知られちゃまずい事ってのもあるわけだからな。

「ばーちゃんが、俺にそれだけ仕事させているって事だろう。これは、仕事こなした分が来てんだからな!」

 感謝の気持ちってのもあるだろうし、助けてもらった奴に惚れるって言うのは、少女マンガじゃねぇんだから、遠慮してもらいたいんだけど……。

「俺、今から出掛けるな。急な仕事は、携帯に宜しく!」

「分かったよ。さっさと行ってきな。今日は、出来るだけ仕事は入れないでおいてやろうかね」

「……ばーちゃん、悪いモンでも食ったのか?」

 俺の言葉に、珍しいばーちゃんの言葉。
 それに、俺は思わず心配そうに問い掛けてしまう。

「偶には、可愛い孫にバレンタインの休みをやろうって言う心が分からないのかい!」

 ……分かる訳ねぇじゃん。自分の誕生日さえ仕事させらてるって言うのに……。

「まぁ、その心は分かんなかったけど、サンキューばーちゃん」

 有難いばーちゃんの言葉に、素直に感謝して、部屋を出る。

「さて、行くぞ。『昼』!」

 作った菓子を持って、家を出る。
 そう言えば、星馬達に会うのも、久しぶりかも……。
 生徒会の関係で、星馬とは何かあれば話していたからなぁ。

「卒業しても、あいつ等とは、付き合って行けると思うか?」

 もう直ぐ高校を卒業してしまう。初めて出来た本当の友達と言う相手。
 嘘偽りの無い自分で接する事が出来る相手を、初めて見つけた。

 ばーちゃん意外で、初めての相手。
 だからこそ、このまま離れてしまうのは、何処か寂しく思う。

は、あいつ等と離れるつもりなのか?』

「う〜ん、そう言う訳じゃねぇけどな」

『あいつ等が、離れるとは思えないぞ』

 キッパリと言われた言葉に、思わず笑みを零す。

「そうだな、会える時間は少なくなるけど、こうやって菓子持て押し掛けりゃいいか」

 行事がある度に、こうやって菓子作って、星馬に会いに行こう。
 そんでもって、あの兄弟をからかうのも良し。
 あいつ等と話しをするのは、俺も気に入っている。
 そうしてりゃ、『昼』が居て、その弟の『夜』が居て、それが当たり前になるだろう。

「いらっしゃい」

 家に着いた瞬間、ドアが開いて星馬が出迎えてくれる。

『久し振りだな』

 その肩に居るのは、『夜』。
 自分に向けられた言葉に、笑顔を見せて、荷物を差し出した。

「久し振り、『夜』。ほら、チョコレートケーキにチョコムース。トリュフもあるから、しっかりと食べてくれよ」

 俺の猫と違って甘い物が好きな『夜』に、そう言えば、嬉しそうな表情が見られる。

「紅茶は、僭越ながら、ボクが入れさせてもらったよ。ほど上手くないかもしれないけどね」

「おう!星馬の紅茶なら、安心して飲むぜ。星馬弟が入れたってのなら、飲まないけどな」

「それ、ボクも飲みたくないかも……」

 家に入りながらそう言えば、考えたのか複雑な表情を見せる星馬に、思わず笑みを零す。

「本当、生徒会の仕事が無くなって、とのお茶会がなくなったのだけが、心残りだったんだけど、こうして配達に来てくれるのなら、これからも心配しないで大丈夫そうだね」

「……俺は、宅配屋かよ……」

 ニコニコと嬉しそうな笑顔を見せている星馬に、ボソリと返しながらも、その言葉に、嬉しいと思っている自分がいるのが分かる。
 卒業して、離れていく事が分かっているからこそ、その言葉は、自分達の関係が変わらないのだとそう教えてくれたから……。

「久し振りのお茶会、始めようか」

 通されたリビングには、星馬の弟が居る。
 俺の肩には、『昼』。星馬の肩には、『夜』。これが、これからも続くお茶会の約束。誰か一人でも欠けては、成り立たない大切な時間。

 今日という日。
 バレンタインデーって訳じゃないけど、偶には甘い時間ってのも、許されるかもな。