今度、オレの主人になった奴は、本当に変わっている。
 何処がどう変わっているのかと言えば、全て変わっているとしか言えない。
 それを本人に言えば、『そうか?』と笑顔で返された。

 普通、『変わっている』と言われて、笑顔で聞き返すものなのだろうか?
 もう既に数百年生きてきたオレから見ても、この主人は、変わっているとしか表現できない、そんな人物だ。


 学校と言う場所が休みだと言う日、オレが初めて主人だと認めたその人物は、嬉しそうに何かの準備をしていた。

『何をしてるんだ?』

 自分を無視して進められていく作業に、興味を覚えて問い掛ける。

「何って、温泉に行く準備しているに決まってんだろう。お前を、俺の使役に出来たら、今日は仕事休って、ばーちゃんとの約束だったんだからな。って、もしかして、お前も行きたいのか?」

 嬉しそうに語られた内容に、複雑な気持ちを隠せない。
 もしかして、オレは、とんでもないご主人に使えたんじゃないのか?

 その前に、温泉に行く為にオレを捕まえに来たのか、こいつは?!

『オレは、そんな理由で『魅惑の瞳』を使われるところだったのか?』

「ああ?そんな理由以外で、あんな力を使う必要ないだろう。それが嫌なら力尽くの方が早いんだからな」

 当然とばかりに返される言葉に、一瞬何も返せない。
 いや、普通は、力尽くよりも、『魅惑の瞳』を使った方が早くて簡単だと思うんだが……。
 それとも、そう思うオレが間違っているのか?

「あっ!勘違いすんじゃねぇぞ。あの力は、確かに簡単に使えるけど、好きじゃないだけだ」

『好きじゃない?』

「お前、他人に意志を操られて、面白いか?俺は、絶対に嫌だね。自分が嫌な事を、他人にしたいとは思わねぇよ」

 さらりと言われた言葉に、改めて思う。

 こいつを選んだ事は、間違いじゃなかったのだと。

 普通、そんな力を持っていたら、簡単で確実な方を優先するだろう。
 なのに、目の前の相手は、他の誰かの意思を尊重しているのだ。

『お前、本当に変わっているな』

「そうか?でも、それが俺だからな」

 オレの言葉に、が笑う。
 『変わっている』と言われて、当然のようにそれを受け入れる。
 本当に、面白い人間。

「お兄ちゃん」

 ドアをノックもしないで入ってきたのは、こいつの妹。
 突然の行動に驚いた様子も見せずに、が呆れたようにため息をつく。

、何時も言っているはずだよ。部屋に入る時には、せめてノックか声を掛けてって」

「そんな事よりも、また温泉に行くって聞いたんだけど!」

「うん、御婆様から、お許しは貰っているからね。父さんと母さんにも、許可は貰っているよ。それが、どうかしたの?」

 の注意を『そんな事』呼ばわりして、怒鳴るように言われた言葉に、がニッコリと笑顔を見せて返事を返す。

 って、何時もながら、妹に対する言葉使いは、普段のものとは全く違う。
 目の前で見ていても、『お前は、誰だ?!』って聞きたくなるほどだ。

「折角お休み貰ってるんだったら、私の買い物に付き合ってくれてもいいじゃない!」

は、友達と一緒に行っておいで。ボクと一緒に行っても、面白くないだろう?」

「偶には、兄妹で一緒に出掛けたいと思ってもいいじゃない!!」

「ボクの事、ダサいって何時も言っているのに、一緒に出掛けて恥かしい思いするのは、だよ」

「そ、そんな事、言ってないもん」

 楽しそうに笑顔を見せながら言われる言葉に、妹が少しだけ慌てたように否定する。
 ダサいって、どんな言葉だ?でも、恥かしい思いをしてまで、一緒に出掛けたいものじゃないだろう、普通は。

「残念だけど、買い物は友達と行っておいで。お前と出かける時に、眼鏡を外すつもりはないし、コンタクトもつけたままだからね」

 説明するように言われた言葉に納得した。
 確かに、何時もの眼鏡を掛けて、金色の瞳をカラーコンタクトと言うもので隠しているその姿は、オレと初めて会った時と、随分雰囲気が違う。

「それじゃ、もう時間だから行くよ。『昼』おいで」

 何も言い返せない妹を無視して、オレを呼ぶ。
 それに、オレは素直に付いて行った。

『……良かったのか?』

「ああ、あいつの買い物なんかに付き合わされた日には、リフレッシュどころか、逆に疲れる。それに、あいつの目的は、偽ってない俺を連れて、見せびらかしたいだけだし、いいんだ」

『見せびらかす?』

「でもなぁ、あいつも分かってないよな。俺が偽ってない姿で出掛けたら、自分が引き立て役になっちまうって事」

 オレの質問を無視して、呆れたように呟かれた内容に、思わず言葉をなくしてしまう。
 自意識過剰な言葉なのに、否定できないと思ってしまうのは、オレだけじゃないはずだ。

「それじゃ、『昼』は、姿消していろよ。温泉行って、ゆっくりするぞ!!」

 嬉しそうに歩き出す主人の肩に乗って、言われた通り姿を消す。
 この主人に逆らえないのは、どうしてなのだろうか……。

 やっぱり、変な主人を持ってしまったと、そう思う気持ちは止められない。
 俺とボクを使いこなす主人。
 どうやら、退屈しないですみそうだと、そう思う事で、全て納得しようと思うのだった。