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ホワイトデーと言うのは、女の子にとっては、先月渡したチョコレートを倍返しで貰える日らしい。
勿論、男の俺には全く関係ない。
いや、関係ないと思っていた。
しかし、先月、自分が起こした行動で、しっかりとその日にお返しを貰う事になってしまっている。
「おはようございます、先輩vv」
学校に着くなり、生徒会の書記をしている女の子に、挨拶されて俺は一瞬戸惑ってしまった。
「あっ、えっと、おはよう……どうしたの?何か仕事で問題でもあった?」
それ以外に生徒会メンバーの誰かに声を掛けられることは無いと思うので、そう尋ねれば、大きく首を振って返される。
「違いますよ。今日は、ホワイトデーですから、先月先輩にご馳走になったチョコチップクッキーのお返しです」
俺の問い掛けに、相手が、ニッコリと笑って、可愛らしい包みを差し出してくる。
って、確かに、俺は先月生徒会メンバーにチョコチップのクッキーをご馳走したが、それって、バレンタインのチョコ扱いになるのか?
いや、考えろ!絶対違うだろう!!
「あ、あれは、何時ものお茶菓子で、そう言う意味じゃ……」
「はい!いつも美味しいお茶とお菓子をご馳走になっているので、感謝の気持ちです。受け取ってください!!」
って、言われてもなぁ……。
お茶とお菓子は、自分の趣味だし。
一人だけで楽しむって言うのは、やっぱり俺の主義に反しているから、他のメンバー達へご馳走しているのは、おまけと言っても過言ではない。
「えっと……」
「それから、これからもよろしくお願いしますねvv」
いや、何をお願いするんだ?
無理やり俺に包みを押し付けて、ニッコリ笑顔で走り去っていく少女に思わず心の中で突っ込みをしてしまう。
そして、殆ど押し付けられた状態のものへと視線を向けて、盛大なため息をつく。
この朝の騒動で、必要以上に目立ってしまったのは、正直言って、不本意な事だ。
「おはよう、くん」
疲れた表情をそのままに教室に向えば、今日は自分よりも先に来ていたらしい星馬がニッコリと挨拶してくる。
「……うん、おはよう、星馬くん……」
目の前の笑顔に、思わず引き攣った笑み浮かべながら返事を返し、自分の席へと行って、鞄を机の上に置いた。
「今日は、早いんだね、星馬くん」
そんな自分に近付いてくる星馬に、内心ため息をつきながらも、一応こちらから声を掛ける。
って、何でこいつは、態々俺の方に来るんだろう……。
「ああ、今日は、朝から用事があったからね。それよりも、書記の子に、バレンタインのお返し貰ったんだって?」
って、何処からその話を聞いたんだ!!
それとも、見ていたのか?
その前に、今の星馬、猫被ってないぞ……。
「……バレンタインに、彼女にチョコレートあげた覚えは、無いんだけどね」
苦笑を零しながら、少しだけ困ったような表情で言葉を返す。
勿論、本当は心の中で、突っ込みをする事は、忘れないが……。
「でも、彼女が渡したんなら、僕もにお返ししないといけないね。あの時、チョコレート貰ったから」
ニッコリ笑って、何とんでもない事言ってるんだ、こいつは!!
こっそりと話しているにしても、誰が聞いているかも分からないのに、今日の星馬は、全く猫を被っていない。
そんな星馬を前に、俺は複雑な表情を見せた。
「……星馬くんに、チョコなんて、あげてないと思うけど?」
そう、あれは、妹のモノだったんだ。
俺が妹に頼まれて作り、それを星馬に食わせた。
勿論、妹の事など一言も話してはいないが……。
「ご馳走になったよ。チョコチップクッキー」
俺の言葉に、ニッコリと華のような笑みを浮かべる星馬に、複雑な表情を隠せない。
「だから、これは僕からの感謝の気持ちなんだけど、貰ってくれるかな?」
って、ニッコリと笑顔を浮かべながら出したその袋に、何処から出したんだと言う突っ込みをしたくなるのは、俺だけか?
いや、その前に、女の子からならまだしも、男の星馬からチョコのお返し貰うって言うのは、あんまりな気がするのは、俺だけが思う事なのか!!
「せ、星馬くん、これは?」
「だから、感謝の気持ちだよ。勿論、受け取ってくれるよね?」
おい!それ問い掛けになってないぞ。
その前に、俺に拒否権はないのか?
「……そ、その気持ちだけで、十分なんだけど……」
それで、俺が返した言葉は、これが精一杯。
これ以上の言葉を返そうものなら、猫なんって被っていられる訳がない。
「僕としては、何時もお世話になっているくんに、お返ししたいんだけど……やっぱり、迷惑だったかな」
って、猫かぶりが復活しているぞ、星馬!
ああ、教室に人が増えたからか……これには、流石としか言えない。
それにしても、周りでは、期末テスト最終の勉強していると言うのに、俺たちは、こんなに暢気にしていていいのか?
って、学年1・2位の俺たちには、関係ないと言えば、無いのは分かっているけど……。
それにしても、学校に来て最後のあがきしても無駄なような気がするんだけどなぁ。
そう思うのは、俺だけか?
なんて、現実逃避している場合じゃない。
目の前の難関をクリアーしなければ、テスト処じゃないぞ。
それとも、これは動揺作戦なのか?そんなにしてまで、俺に勝ちたいのか、星馬!!
「ところで、話は変わるんだけど、先週の土曜日、くんを見かけたんだけど、その姿の君が、連れているはずのない者と一緒に……」
考え込んでしまっている俺の耳に、とんでもない言葉が聞えて来て驚いて顔を上げる。
俺を見た?しかも、土曜日って……。
確かその日は珍しくばーちゃんが休みをくれて、喜んでいたのに、学校の用事を言い付けられちまって、そんでもって、今のこの格好で、確かに外出はした。
そう、それは、間違いはない。
って、その時、俺は、『昼』を連れていたような気が……。
や、やばい。それを星馬に、見られたのか?
こいつは、『昼』のことを知っているし、その『昼』の本当の飼い主である、『俺』の事も知っているのだ。
「えっと、土曜日?確かに、出掛けたけど、誰かと一緒に出掛けては居ないから、星馬くんの見間違いじゃないのかな?」
「そうかな?あの『猫』を連れている人間を、僕が、見間違える筈ないんだけど」
慌てて言葉を繋いでも、ニッコリと笑顔で、切り替えされてしまう。
そうだろう、あの『猫』を身間違えられる筈がないよな。
普通の人間には、見えないんだから………。
「それにしても、面白い仕事してるんだね、」
ニッコリと笑顔で言われた言葉に、何も返せない。
いや、その前にごまかす事なんて、出来ないぞ。
こいつは、本当の俺を知っているんだから……。
「その眼鏡も、伊達だったんだね。右目は、カラーコンタクト?」
質問すると言うよりは、確認に近い星馬の声に、俺は、複雑な気持ちを隠せない。
自分が大きなミスをしてしまった事を、今更ながらに実感してしまう。
「……星馬、くん、悪いけど、ここでは話せないから、放課後生徒会室で……」
目の前でニコニコと笑顔を浮かべている相手に、必死で言葉を言い募る。
俺のその言葉に、星馬が、更に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「勿論。全部話してもらいたいからね。あっ!そうだ、紅茶入れてくれるかな?くんの紅茶、好きなんだvv」
何時もの口調に戻っているのに、脅されているように思うのは、俺の気の所為では、決してないと思う。
機嫌良く自分の席へと戻っていく星馬を見送って、俺は盛大なため息をつく
まさか、バレる事があるなんて、考えても居なかった。
もっと、警戒するべきだったんだ。
星馬は、『昼』の事を知っているのに、俺は、何であの時、『昼』を連れて行ったんだろう………。
あ〜あ、今日までは、上手くいっていたって言うのに、何で、よりにもよって、ホワイトデーなんかに正体ばらさないといけないんだよ!!
バレンタインにチョコチップを食わせたお返しが、これって言うのは、悲しすぎるぞ。
もっとも、無理やり人の机の上に置いていった袋も、お返しだとは思うのだが……。
しかし、これで、お相子になったんだから、仕方ないか。
俺も、星馬の本性を知っている。
そして、星馬兄弟は、この学校で唯一、仕事をしている『俺』を知っている相手なのだ。
まぁ、これもお返しって事で、甘んじて受けるしかないよな。
「……あいつなら、話さないだろうけどな」
ここ数ヶ月で、あいつの性格は把握している。
それは、俺にとって、居心地の悪い場所ではない。
『昼』を探していたあの時に、あの兄弟に興味が湧いたのは、本当の事。
今なら分かる。
あの時、興味を引かれたのは、自分にとって、本当の姿を見せられる相手だと、感じていたのだろう。
「まっ、あの兄弟ならバレてもいいけどな」
俺のパートナーとなった『昼』の弟を持つ相手。
それだけで、全てが許される。
「んじゃ、『昼』も呼んどくか」
きっと、今ごろは、俺のベッドの上で、気持ち良さそうに寝ているだろう相棒を思い出して、苦笑を零す。
これから始まる、俺にとっての新しい生活を考えて……。
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