「なんで、ここが依頼主の家なんだよ!」

 『昼』に案内されてきた場所は、一度だけ来た事のある家。
 まさか、『昼』がここに案内してくるとは思っても居なくって、正直言ってかなり驚いている。


『ばーさんから、仕事の依頼だ。家へは、オレが案内する事になっている』

 朝、起こされて一番に言われた言葉に、自分の誕生日にまで仕事をしなきゃ行けないのかと、正直言ってかなり不機嫌になった。
 別に、自分が生まれた日だからと言って、特別だなんて思ってはいない。

 両親からも、一度も誕生日なんて祝ってもらった事はなかった。
 妹は、ずっと祝ってもらっているようだけど、俺は、その席に居合わせたことはない。

 まぁ、強請られるから、プレゼントだけはやっているけど…。
 俺は、妹とは違って、既に仕事もしていて、金も貰っている。

 だから、プレゼントを貰いたいとも思わない。
 欲しいモノは、自分で買う。

 だから、クリスマスにも、何も貰わない。
 それが、自分の誕生日だとしても同じだ。

 今日が自分の誕生日で、クリスマスだと言っても、何にも変わらないのだ、結局は……。

「ああ、仕事な。了解……でも、珍しいな、ばーちゃんが、お前に道案内させるなんて……そんなに難しい場所にあるのか?」

『……た、多分、そうだろう……時間は、11時。直接家に行く事になっているから、準備しろよ』

「了解」

 何でも無い日。
 何時もと変わらない。

 例え、世間では、今日がクリスマスだとしても……。




 そんな遣り取りを交したのは、今日の朝。

 ああ、今も朝といえば、朝なんだよなぁ……。
 って、一人で納得している場合か!

 どう考えても、この場所が依頼主の訳は、絶対にあり得ない。
 この家には、確かにそう言ったものを呼び寄せる奴が居るが、それを蹴散らす事が出来る奴も、ちゃんと存在しているのを、他でもない自分自身がよく知っている。
 それは、目の前の白猫も同じだ。

 だったら、考えられる事は一つしか思い付かないだろう。

「って、事は、ばーちゃんもグルなのかよ?」

 どう考えても、騙されたとしか考えられない。
 そう思って問い掛ければ、『昼』が小さく頷いた。

『ばーさんには、オレから頼んだ……快く引き受けてくれたぞ』

「……そうかよ」

 あっさりと返された言葉に、それ以外、どう返せてと言うんだ。
 嵌められた事は、正直言って面白くない。

「で、ここに呼ばれたって事は、クリスマスパーティーにでも、招待されたのか?」

 騙された事で、不機嫌そうに問い掛ければ、新たな声が『昼』の返事を邪魔してくれた。

「まぁ、そこで立ち話してないで、中に入ったら、

 振り返れば、玄関の扉を開いて、星馬が立っている。

「折角招待してもらって悪いんだけど、俺、クリスマスは、しねぇー主義なんだよな」

 そんな星馬を前に、俺は折角招待してもらったが、そのまま帰る事にする。
 だって、騙されるってのは、俺の性に合わないんだよな。

「奇遇だね。僕も別に神様の誕生日なんて、祝いたいとは思ってないよ」

 ニッコリと笑って招待を蹴った俺に、俺と同じようにニッコリと笑って返事が返される。
 それって、クリスマスパーティーに招待したんじゃねぇって事なのか?

「んじゃ、何で態々人呼びつけてんだよ!」

「だから、中に入れって言っているだろう」

 訳が分からない俺に、星馬が呆れたように言葉を返してくる。

 いや、招待を受けたくないから、ここに居るんじゃねぇか。
 それなのに、家に入ったら、それを認めた事になるんだよ。

「警戒しなくっても、獲って食ったりはしないよ。あっ!それとも、怖いから、入りたくない?」

「……お前なぁ、今時、そんな幼稚な手に引っかかる奴いねぇぞ」

 明らかに挑発していると分かる星馬に、俺は呆れたように盛大なため息をつく。

「普通の奴なら、十分乗ってくるよ。まぁ、じゃ無理だと分かってたんだけどね……。それじゃ、仕方ないから、理由を話してあげるよ」

 呆れている俺に、星馬が素直に言葉を返してくる。
 いやだから、俺はずっとそれを聞いてるんだって……。



「だから、なんだよ」

 そして、理由が聞けると思ってそのまま待っていれば、名前を呼ばれた。
 それに対して、俺は不機嫌に問い掛ける。

「誕生日、おめでとう」

 問い掛けた俺に、言われた言葉。
 その言葉に、驚いて星馬を見た。

「なんで、お前が知ってんだ?」

「そこに居る『猫』に教えてもらったんだよ。お前の誕生日」

 信じられない事に、問い掛ければ、あっさりと返ってくる答え。
 それに、俺は自分の肩に乗っかっている白い猫に視線を向けた。

「『昼』お前……」

『……オレは、誕生日を祝った事がなかったから、こいつに聞いたんだ。お前の誕生日を祝う方法を……そしたら、こう言う結果になった』

 信じられないと言うように名前を呼んだ俺に、『昼』が小さく言い訳を口にする。
 でも、こいつも、どうやって俺の誕生日なんて知ったんだ。
 一度だって、話した事ないぞ……。

「お前も、何で俺の誕生日……」

『馬鹿妹が、言っていたぞ。クリスマスは、お前の誕生日だと……だからだな……』

 必死で言葉を伝えようとする『昼』に俺は、思わず笑い出してしまう。
 今まで、誕生日などどうでもいいと思っていたのに、真剣に、自分の誕生日を祝おうとしてくれた事が、嬉しい。

「ちょ、ちょっと、?」

 突然笑い出した俺に、星馬が驚いたように名前を呼んでくる。

「俺、もう誕生日なんて何年も祝ってなかったから忘れていたけど、誰かにこうやって祝ってもらうモンなんだよな」

「えっ?」

「両親や妹に祝ってもらっても嬉しくねぇけど、お前等になら祝って貰うのもいいかもな」



「それじゃ、改めて、家に入ってくれる。中で、豪の奴も待ちくたびれているだろうからね」

 納得した俺に、星馬が改めて中へと促す。
 それに、俺も今度こそ、素直に頷いた。

『……

「んっ?」

『改めて、言うぞ……誕生日、おめでとう』

 家の中へ入ろうと、門を抜けて玄関の扉に手を掛けた瞬間に、名前を呼ばれて顔を横に向ければ、照れくさそうに言われたそれに、俺は笑みを浮かべる。

「ああ、サンキュ『昼』」

 今日、自分が生まれた日。こうして心から祝ってくれる存在が出来た事が、嬉しい。

 両親から、嫌われている訳じゃない。
 だけど、彼等は、本当の自分を知らないで、俺の力を怖がっている人達。
 それを知っているから、俺はあの人達に本当の姿は見せない。
 それで、あの人達が安心するのなら、それでいいと思う。

 でも今、俺の本当の姿を知っても、こうして心から自分が生まれてきた事を祝ってくれる存在が出来た。
 それが、何よりも、嬉しいと思える。

「お前に出会えた事が、俺にとって、感謝すべき事だな」

 案内された部屋の中には、準備された料理やケーキ。
 きっと、自分の為に、彼等が用意してくれたのだろう。

「……有難うな、星馬兄弟」

 そんな彼等にも、心から感謝の言葉を伝える。

 自分が、生まれた今日。
 初めて、心から感謝しよう。

 彼等に、出会わせてくれた事を、心から……。