『……誕生日、なのか?』

 思わず呟いてしまった言葉に、驚いたようにあいつの妹がオレを見る。
 その瞳は、信じられないモノでも見るように、オレを見ていた。
 その居心地の悪い瞳に、この場所にいる事を後悔する。

 何時もなら、あいつの部屋から出たりしないのに、最近賑やかにしている妹の姿に興味を惹かれたのが、間違いだった。

「まさか、ね。猫がしゃべる訳ないわ。お兄ちゃんと違って、私は、変なモノは、見えないんだもん」

 ジッとオレを見ていた瞳が、逸らされる。
 それに、漸く詰めていた息を吐き出す。

「お兄ちゃんの誕生日なんてどうでもいいけど、クリスマスプレゼント何貰おうかなぁ……」

 はっきりキッパリと同じ事をもう一度言うそいつに、オレは盛大なため息をついて、その場所からあいつの部屋へと戻るためにソファから下りた。

 自分の事しか考えていない妹に、正直言って腹が立つ。
 確か、自分の誕生日には、あいつからプレゼントを貰っていたはずだ。
 なのに、そんな事も気にせずに、クリスマスのプレゼントを心配している妹に、嫌気が差した。

 まぁ、あいつも、妹の事なんて、全く気にしてないという点では、もしかして似た者兄妹かもしれないが……。

『……あいつ、クリスマスが誕生日なのか……』

 今は、仕事で出かけている主人の事を考えて、それからゆっくりと空を仰ぎ見た。
 高い空は、雲一つない青空。

『あいつ等に、頼むか……』

 そんな空を見ながら、思い出した人物達に、仕方ないと重い腰を上げる。
 そして、良く知っているその場所へと、意識を飛ばした。




「で、君は、何しにここに来ているの?」

 不思議そうに自分に問い掛けてくるそいつに、オレは言葉に困る。
 素直に、自分が伝えたい事が言えない性格が、今だけは恨めしい。

は、君がここに来ている事、知っているのかい?」

 何も言わないオレに、そいつが小さくため息をついて、質問を変えて問い掛けてくる。
 それに対して、何も言わずに小さく首を振った。

「そう、今日は仕事なの?」

 そんなオレに、やっとホッとしたように、そいつが再度問い掛けてくる。
 今度の質問には、小さく頷いて返す。

「それじゃ、には内緒で、僕に何か話しがあるって事だね」

 そして、続けて言われた言葉に、オレは驚いて漸くその顔を上げた。
 信じられないと言うように見上げた先には、赤い瞳が楽しそうに細められている。

「どうして分かったって、言う顔だね。それぐらいは、僕にも分かるよ。それで、に関する事で、僕に何の話し?」

 驚いてそいつを見ていたオレに、問い掛けられたそれ。
 その質問に、漸くオレは決心して、口を開く。

『……その、誕生日とは、どうやって祝うものなんだ……』

 そして、漸く口に出来たのは、それだけ。
 それが、自分に言える精一杯の事だった。

「誕生日?もしかして、もう直ぐ誕生日なの?」

 オレの質問に、そいつが、少しだけ驚いたように質問してくる。
 自分の質問に、質問で返されて、オレは、戸惑って言葉に詰まった。
 大体、こっちが質問しているのに、なんでこいつが質問して来るんだ?普通、オレの質問に、答える方が先だと思うぞ。

「それで、の誕生日って何日なの、『昼』」

 言葉に迷っている俺に、そいつが再度問い掛けてくる。
 名前を呼ばれて、促されたその言葉に、オレは渋々と口を開いた。

『……25日……』

 そして、ポツリと日付けだけを言う。

「25日?えっ?って、クリスマス生まれなの?ちょっと意外かも……」

 オレの小さな呟きを聞き取って、驚いたように返されたそれに、不機嫌そうに相手を睨みつける。

『教えたんだから、お前も教えろ!』

「う〜ん、25日か……そうだね。その日は、母さん達も居ないから、を連れておいで」

 こっちは、ちゃんと答えを返したのに、今だにオレの質問に答えていない事にイライラしながら問い掛ければ、一瞬考えるように何かを呟いてから、あっさりとそいつがそう返してきた。
 余りにも、あっさりと言われた言葉に、オレは、何を言われたのか理解できないで、思わず首を傾げてしまう。

『…何を、言っているんだ?』

「何時もお世話になっているから、僕もの誕生日を祝いたいなって思ったんだよ。だから、ここにを連れておいで、一緒に、誕生日を祝ってあげよう」

 突然の事に理解できず、問い掛けてみれば、ニッコリと笑顔で言葉が返される。
 一緒に祝うと言ったそいつに、オレは、驚きに言葉を無くした。
 大体、何でこいつと一緒に、あいつの誕生日を祝わなきゃいけないんだ!冗談じゃないぞ。

の仕事に関しては、僕からはお願いできないからね、君がのおばーさんにお願いしておいてくれるかい。あっ!勿論、ここに来るまで、には内緒だからね」

『……さっきから、何を言っているんだ?』

 オレの意見など全く気にした風でもなく、目の前で勝手に進められていくその話に、オレがイライラしたように問い掛けた。
 大体、まだオレは了解した覚えはないぞ。何を勝手に、話を進めているんだ、こいつは!

「だからね。の誕生日会の話しだよ。神様なんて、そんな人の誕生日は知らない。身近な、奴が誕生日だって言うなら、そっちの方が大事だからね。だから、を、ここに連れておいで」

 不機嫌なオレの問い掛けに、ニッコリと笑顔で言われた言葉。
 逆らう事など許さないと言うようなその笑みを前に、オレは一瞬、反応に遅れてしまう。

『……イヤだと言ったら?』

 だが、命令されるのは、イヤだ。その為、オレは睨み付けるように相手を見て、問い掛ける。

「そうだね。誕生日の祝い方、知りたいんだったよね、『昼』」

 オレの問い掛けに、目の前の相手がもう一度ニッコリと笑顔を見せた。
 それに、オレは、言葉に詰まる。

 確かにここに来た理由は、こいつに誕生日をどうやって祝うかを教わりに来たのだ。
 だから、それを教われなければ、ここに来た意味は無くなってしまう。
 しかも、こいつの性格を考えると、ここで断れば、後々何かと面倒な事が起きるのは、目に見えている。
 オレは、諦めたように小さくため息をつく。

『……分かった。不本意だが、協力する………』

 そして、ここに来てオレは初めて、自分が疑問を問い掛けた相手が、人選ミスだった事を、嫌と言う程理解した。




『ばーさん、話がある』

 あいつに、誕生日を祝う方法を聞いて、その足で家に戻ってから、あいつのばーさんの部屋へと向かう。

「おや、初めてだね、お前さんがこの部屋に来るのは……緑人は、ここには居ないよ」

 部屋に入った瞬間に、驚いたようにオレに声を掛けてくるばーさんだが、その顔は、どう見ても驚いているようには見えない。
 こいつこそ、あいつの血縁者だと思える奴だ。

「それで、私になんの話しだい。まぁ、聞かなくっても、分かってるんだけどね」

『分かるのか?』

 オレが感心している中、ばーさんが、話を進めていく。
 その言われた言葉に、オレの方が驚かされた。

「私は、の当主だからね。年をとっていても、落ちぶれちゃ居ないよ。緑人の誕生日の事だろう?あの子は、自分の誕生日なんて、無関心だからね。偶には、誰かに祝ってもらう事も、必要な事だよ」

 オレの問い掛けに、ばーさんが言葉を返してくる。
 それは、俺がこれから話をしようとした事で、間違いない。

 このばーさんが、あいつの血縁者だと分かった一瞬。
 多分、この家族の中で、一番に、あいつに近い存在。

『……話しが分かっているのなら、協力して欲しい』

「ああ、偶には可愛い孫に、プレゼントをあげるのも、いい事だね」

 そう言って、ばーさんが笑う。
 悪戯でも考え付いたようなその笑みは、やっぱりあいつを思い出させるモノだった。

「それで、お前さんは、どうやってあの子を祝ってやるつもりなんだい?」

 そして、問い掛けられたその言葉に、オレは何の躊躇いも無く言葉を返す事が出来る。
 あいつから言われた内容を、そのままばーさんへと伝えた。
 それに、ばーさんも満足そうに頷いて、快く承諾してくれたのは、あいつが帰ってくる数分前の事だった。




  神の生まれた日なんて、知らない。
  たった一人、自分が認めた相手が生まれた日を、祝いたい。
  それが、今初めて感じた、自分の気持ち。