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今日は、2月14日。
言わずとも知れている、バレンタインデーと言う日。
勿論、学校では、まったく目立って居ない自分には、全く関係のない日ではあるのだが……。
頼まれてしまったものを思い出して、盛大なため息をつく。
何時もながら、自分で手渡せばいいものを、何で俺に頼むんだ、あのバカ妹は!!!!
って、心の中で文句を言っても始まらない。
さて、手渡しは、出来れば避けたいよなぁ……食い物を入れるのはあんまり進まないが、下駄箱にでも突っ込んどくか……。
「……って、既に、入らねぇじゃんか……」
星馬烈の下駄箱の前で、思わず呆然として、地でしゃべっちまった。誰も居なくって、良かったぜ。
じゃなくって、そんな事は細かい事だ。
何で、食い物を下駄箱に入れるんだよ!!不衛生もいいところだぞ!!(いや、自分も、入れようとしたのでは…)
「仕方ねぇな。机の中にでも、突っ込んどくか」
諦めて、教室へと向う。
そして、そこでも思わず呆然としてしまった。
あいつの机、チョコだらけだぞ……。
勉強出来ねぇじゃん……。
「今年も、星馬はチョコだらけだよなぁ……あんな女顔の何処がいいんだか」
内心全く関係ないことを考えていた俺の耳に、嫌味ったらしい声が聞えてきた。
それはどう聞いても、僻みにしか聞えねぇって。そんな事言っていると、空しくならねぇ普通?
小さくため息をついて、自分の席へと向う。
それにしても、この頼まれチョコどうすっかなぁ……。
あんなに貰っているのに、チョコ渡すのも悪い気がするし……。
最も、俺が頼まれて準備したものは、チョコチップクッキー。
多分、たっぷりと貰うだろう事は予想していたので、チョコそのものよりも、別なものがいいだろうと、一応俺なりに気は遣ってみた。
勿論、俺のお手製だから、味は保証出来るぞ。
何て考えていたら、廊下から悲鳴のようなモノが聞えてくる。
って、あれは女子の声だから、星馬烈が登場ってところか。
ガラッと教室の扉が開いて、予想通りの人物が教室に顔を覗かせる。
その後ろには、同級生や上級生に下級生までと、女子生徒が集まっているのが見えて、俺は、一瞬瞳を見開いてしまう。
自分についてきたその女子生徒達に、星馬は、少しだけ困ったような表情を浮かべて振り返った。
「君達の気持ちはとっても嬉しいんだけど、もう直ぐ授業が始まる時間だから、教室に戻った方がいいと思うよ。僕としても、誰かに迷惑を掛けるような事は、したくないからね」
申し訳なさそうにそう言われた言葉。
ってか、それ絶対に本心じゃねぇだろう、星馬!!
心の中では、『うざい』って思っているに違いない。
あいつは、そう言うヤツだ!
俺が、あいつの本性を知っているから思う事ではあるんだけどな。
でも、あっちは、俺の本性知らないけど……。
「おはよう、くん」
そして、まんまと騙された女子が、素直に自分達の教室に戻っていく。
って、3年って、自由登校になっているはずなのに、態々チョコ渡しに学校に来たのかよ!?
それはそれで、無駄な時間を過ごしているぞ、お前等。
「……あっ、うん、おはよう、星馬くん」
ニッコリと俺に挨拶してきた猫かぶり状態の星馬に、俺もネコを被ったまま挨拶を返す。
いつも思うんだけど、こいつとの遣り取りは、狸と狐の化かし合いのような気がして仕方がない。
最も、相手の本性を知っている分、こっちの方が有利ではあるんだけどな。
だから、こっちはボロを出さないように、相手を騙し続ける必要がある。
両親や妹ですら騙しているのだから、赤の他人を騙す事など、簡単な事かもしれないけど……。
「大変だね、星馬くん」
「……正直言って、かなり参っているよ。弟のように、甘い物苦手だからって、受け取りを拒否したい気分だね」
「そう言えば、中学校では、有名な話だったね」
中学校。
実は、星馬とは、小学校からずっと一緒だった。
星馬兄弟と言えば、ミニ四駆で、WGPを二連覇させた事でも有名だ。
ウチの小学校を卒業しているヤツで、星馬兄弟を知らないなんて、そんな奴は居ないといえるほどの有名人なのである。
逆に俺は、学校では、一切目立たないフリをしていた。
だから、相手は、俺の事など覚えても居ないだろう。
「そう言えば、くんとは、同じ中学校だったね」
俺の言葉に星馬が、思い出したと言うように言葉を告げる。って、お前の本性を知っている俺としては、その猫かぶりは、正直言って、気持ち悪いぞ。
「うん、僕は、目立たなかったから、星馬くんが覚えてなくっても、仕方ないよ」
少しだけ困ったような笑顔を見せて、返事を返す。
ああ、こんなに学校でしゃべったのは、久し振りだ。これ以上、俺に話し掛けるな!!
「星馬くん、本玲がなったから、先生が来る頃じゃないかな。先生が来る前に、机の上を片付けた方がいいと思うよ」
そして、これ以上自分に話し掛けられないように、そこで無理やり話を途切れさせる。
本性を見せるようなヘマはしないが、これ以上話していたら、暴れたくなってくるのを止められない。
何が悲しくって、猫かぶり合戦なんてせにゃいかんのだ。全くもって、冗談じゃない!
俺の言葉に、星馬が、少しだけ不満そうな表情を見せながらも、己の席へと戻っていく。
そして、机の上に山積み状態にされているチョコレートを慌てて片付け始めた。
それを見ながら、ホッとため息をつく。
あいつの本性を知ってからと言うもの、こうして、話し掛けられるようになってしまった。
俺が、誰かに星馬の本性を話はしないかと、心配しているのだろう。
最も、そんな面倒臭い事をするつもりはない。
ネコを被られて気が付かないのは、騙されている奴等がバカなのだ。
そんなバカな連中に態々教えてやる必要などあるわけがない。
理由は何であれ、俺自身も星馬と同じように学校ではネコを被っているのだから、自分が言われて困るような事を相手にするつもりはないのだ。
もっとも、そんな事を星馬に教える必要もないけどな。
あっ!忘れていた。俺からあいつに話し掛けなきゃいけねぇじゃんか……。
妹よ、恨むぞ。
自分の鞄に入っている、自分が作ったチョコチップクッキー。
何が悲しくって妹の代理で星馬に渡さないといけないんだよ。
休み時間の度に呼び出しを食らっている星馬を見掛けて、盛大なため息をつく。
そう言えば、今日は生徒会室に行かなきゃいけねぇじゃん。
なら、その時がチャンスだな。
放課後まで、のんびりとした授業時間を過ごしながら、頭の中で、生徒会の事を考える。
今日は、ローズヒップのブレンドティでも入れてやるか。
星馬のヤツ疲れているだろうからな。
「今日は、ここまでだ。解散」
先生の声が聞えて、教室の中が急に賑やかになる。
のんびりと考え事をしている間に、放課後になってしまったらしい。
今日の授業は、全滅だな。
まっ、関係ないけど……。
「くん」
生徒会室に行く為に、慌てて荷物を鞄に詰め込んでいた自分に、名前を呼ばれて顔を上げる。
「どうかした、星馬くん」
「悪いんだけど、生徒会室に行くの、遅れるから、先に作業を始めておいてくれないかな」
「勿論、大丈夫だよ。もしかして、呼び出し?本当に大変そうだね。戻ってくるまでに、紅茶でも入れておくから、頑張って」
「有難う。くんが、入れてくれた紅茶は、本当に美味しいから、楽しみにしているよ」
星馬の言葉に、ニッコリと笑顔を見せ、手を振りながらその後姿を見送った。
自分が好きだから、紅茶の味には拘っているのだ。
お陰で、今の生徒会室は、紅茶専門店でも開けるぐらいに俺の私物が増えている。
星馬も、俺と同じように紅茶が好きらしい。
好みが同じって言うのが理由だと思うが、俺の行動に文句を言われないのは、非常に有り難いな。
「それじゃ、行くか」
荷物を鞄に詰め込み終えて、生徒会室へと急ぐ。
この学校の生徒会は、生徒の選挙ではなく、先生方が毎年勝手に決めたメンバーがなる事になっている。
そうでなけりゃ、俺や星馬が、生徒会になど入るはずがない。
先生の決め方は、そのまんま成績の順番と生徒の人気度で決めているのが、よく分かる。
それを証拠に、星馬烈が生徒会長だし、俺は副会長。成績的には、星馬と俺は変わらないから、その辺を決めたのは、人気度ってヤツだな。
女子の副会長も、俺や星馬に続いてTOPの成績を持っているものだし、書記や会計も、同じように決められているようだ。
お陰で、ここの生徒会の通称は、秀才クラブとまで言われているらしい。
んなダサい通称は、いらないけどな。
「くん、生徒会長は?」
そして、生徒会室のドアを開いた瞬間、女子副会長に声を掛けられて、思わず苦笑を零してしまう。
「会長は、呼び出し。今日は、バレンタインデーだから、星馬くんは、大変みたいだよ」
「そう、なら、先に仕事を始めましょう。帰れなくなるわ」
ハキハキとした口調で、キッパリと言われたそれに、再度苦笑を零す。
今年の副会長に選ばれた彼女は、その辺の女の子達と違って、自分的には、好感が持てる。
勿論、可愛いと言うタイプではない。
眼鏡を掛けて、ストレートの長い髪だけが、女に見えると言ってもいいだろう。
典型的な、がり勉タイプと言っても間違いはない。
そう言う相手だから、お洒落と言うものには程遠いのだろう。
だからこそ、接しやすいと言っても過言ではないけどな。
「そう言わずに、のんびりとしても大丈夫だよ。この間の作業で、殆ど終っているから、今日は間違いがないかの点検ぐらいだし。それに、今は何も行事がないから、来月の卒業式のことだけを考えていればいいわけだからね」
「……相変わらず、そう言うところは、抜け目がないのね」
「そうかなぁ?ただ、生徒会長に言われた事をやっているだけだよ」
生徒会の仕事なんて、はっきり言って、簡単な作業が多いんだよな。
星馬に言われる前に、殆どの作業を終らせられる自信はある。
最も、それをやっていかなきゃ自分の時間がなくなるから、先回りしてやっているだけだけどな。
俺も、それなりに、忙しい身な訳だし……。
「その生徒会長からは、まだ指示は頂いていないんだけど……。なんにしても、優秀な副会長がいてくれて助かるわ。勉強する時間が減ってしまうもの」
さり気なく、俺に対して疑りを持っていると言うのが、彼女の言葉からも分かる。
ってもなぁ、やらねぇと、後でどれだけの時間を取られるか、考えただけで嫌になるぜ。
だから、出来る事はさっさと、終らせる。
これが俺の主義なのだ。
その為に疑われたとしても、騙し通せる自信だって、あるしな。
はっきりと言われた女子副会長の言葉に、ニッコリと笑顔を向けて、同意を返す。
学校では伊達眼鏡掛けて、あんまり顔見えないようにしているけど、こう言う時に笑顔を見せれば、大抵相手は黙ってしまうと言う事は、経験上良く分かっている。
自分の顔ってヤツを、誰よりも知っているのだ、俺は。
勿論、今の状態でも効力があると言う事も、既に実証済み。
「それじゃ、そろそろ星馬くんも来るだろうし、紅茶入れるね。お茶菓子もあるから、食べてもらえると嬉しいかな」
そして、トドメとばかりに、お茶の準備を始める。
生徒会のメンバーの餌付けは、既に完了しているからな。
「副会長、今日は何のお茶を入れてくれるんですか?」
そして、俺の言葉に、一年生の書記が、嬉しそうに問い掛けてくる。
それに、ニコッと笑顔を見せて、返事を返した。
「今日は、疲れている時にお勧めの、ハーブティだよ。星馬くんが、かなり疲れていると思うからね」
ローズヒップを一番に、他のハーブティをブレンドする。
勿論、味は壊さないように、ブレンドするのがコツ。
「遅くなって、ごめんね」
そして、人数分の紅茶を入れ終わった頃に、星馬登場。
絶妙のタイミングだな。
「ちょうどいい時に来たね。ハーブティの準備が出来たところだったんだよ。はい、星馬くん」
疲れた表情を見せている星馬に、入れたばかりのハーブティを手渡す。
「いつも有難う。それじゃ、遠慮なく、頂くね」
俺からカップを受け取って、星馬がハーブティを口にするのを横目に、他のメンバー達にもカップを配る。
「とっても落ち着くね。何のハーブティ?」
「今日は、疲労回復に良く効くローズヒップを中心に、幾つかをブレンドしてあるんだ。星馬くん、疲れているみたいだったから。それから、疲れている時には、甘い物。僕が作ったもので悪いけど、クッキーがあるから、お茶請けにどうぞ」
すっと、妹から託されていたモノを差し出す。
「これ、くんが、作ったの?」
「味は、保証するよ。パティシエ目指そうかと思うくらいの腕前だから」
心配そうに見詰める星馬に、ニッコリと笑顔で言葉を返せば、安心したのか、クッキーを一つ手にとって口に運ぶ。
残りの生徒会メンバーも続いてクッキーに手を伸ばした。
「美味しい…甘すぎなくって、ハーブティにも良く合うね」
「そう言ってもらえれば、作った甲斐があったよ。沢山あるから、どうぞ」
そう言えば、星馬だけではなく他のメンバーも、遠慮なくクッキーを食べ始める。
それを見ながら、俺は内心ほっと、息をついた。
取り合えず、妹のチョコレートは無事に渡せたぞ。
って、妹のモノだって、説明してないけど、渡せりゃいいんだよな!メッセージも入れてない、あいつが悪いって事で……。
「それじゃ、仕事に取り掛かりますか、会長」
ティータイム終了。これからは、生徒会のお仕事開始。
っても、大した仕事があるわけじゃないけどな。
今日の仕事は、卒業式の打ち合わせ。
準備や、その他の細かい作業の話合い。
それも、殆ど決まっているから、全員で、再度確認するって言うくらいの作業だけどな。
紅茶を飲みながら、優雅な話し合いも終って、帰る間際、俺と星馬だけが部屋に残されてしまった。
「、今日は、有難う。お陰で、少しだけ疲れが癒された」
そして、ポツリと言われたその言葉に、俺はニッコリと笑顔を見せる。
「お役に立てて良かった。今日は、お疲れ様、星馬くん」
猫を被っていない星馬相手に、俺は何時ものように猫を被ったまま返事を返す。
生徒会室の片付けを終了させて、星馬と一緒に向った靴置き場。
そして、帰ろうと靴を取ろうとした瞬間、星馬の盛大なため息が聞え、俺はそちらへと視線を向けて苦笑を零してしまう。
星馬の下駄箱には、帰りにも、ぎっしりとチョコレートが詰め込まれている状態だった。
バレンタインって言う一日に、振り回されたような気がしないでもないが、今日も無事に一日が終る。
最も、俺なんかよりも、星馬の方が何倍も振り回されていたみたいだけどな。
学校で、目立たない生徒役やっていて良かったと、心底思った一日だった。
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