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「あれ?」
それに気が付いたのは、最後の授業を受けている時。
開いた教科書から、落ちたそれを手に取る。
『本日、放課後、生徒会室に来られたし 』
そして、その紙に書かれている内容に目を通して、授業中だと言うのに、思わず吹き出しそうになってしまった。
全く、何て手紙を書くんだか……。
でも、からのお誘いと言う事で、僕は思わず笑みを零してしまう。
今日は、朝からプレゼント攻撃を受けていたので、この申し出は非常に有り難かった。
が入れてくれる紅茶は、僕のお気に入りだからね。
チラリとへと視線を向ければ、ニッと笑顔が向けられた。
それに僕も、笑みを返して、小さく了解の合図を返す。
それに、もう一度が笑みを見せた。
先程の意地の悪い笑みではなく、今度は、フワリと柔らかい笑み。
ああ、眼鏡で隠しているけど、この笑顔は、隠してない、の本当の顔。
の本当の姿を知っているからこそ、今のこの姿は、不思議な感じがする。
自分だって、人の事など言えないほどの猫かぶりだと言う事は、十分に承知しているけど、ほど、徹底している訳じゃない。
僕の場合、優等生に見せているだけだからね。
だけど、の場合は、姿から変えられているのだ。
右目には、カラーコンタクトをして、おまけとばかりに、伊達眼鏡。
何時も、俯いていて、少し長めの髪が、その顔を隠すように流れている。だから、見た目は本当に地味。
この姿が、どうしてあんな人物と同じなのか、不思議である。
そう、学校以外でのは、右目は金色で、勿論、眼鏡も掛けていない。
そして顔を真っ直ぐに上げている為に、邪魔な前髪が、顔を隠す事もしない。
そんな容姿だから、どっからどう見ても、目立つ。
あの顔を、良くここまで地味にできるなぁ、と、感心しながら、授業へと意識を戻した。
「この問題を、、前に出て解いてくれ」
「あっ、はい……」
ぼんやりと前に書かれた問題に目を向けた瞬間、教師がを指名する。
それに、オズオズと、小さく返事を返すの姿に、もう一度噴出してしまいそうになるのを、ぐっと堪えた。
黒板へと歩いていくを見詰める。
そして、チョークを持って簡単に問題を解いて行くその字に、ため息をついてしまう。
手紙を見ても思ったけど、綺麗な字を書くんだよね、って……。
「出来ました」
感心している中、の小さな声が聞えて、我に返る。
完璧に解かれた問題に、教師が、満足そうに頷いた。
「これは、テストに出すぞ!ちゃんと、覚えろよ」
そして、が席に戻っていく中、教師がそんな事を口に出す。
って、早くも中間テストの問題を言う教師も、嫌味だね。
教室からは、生徒のブーイング。
それを完全に無視して、教師は授業を進めていく。
黒板に書かれていく文字をノートに書きとめながら、もう一度、へと視線を向ければ、黒板に書かれていく文字には興味が無いらしく、は窓の外を見詰めていた。
何か、見えるのか?
そう思って、何を見ているのか確認しようとした瞬間、授業の終了を告げるチャイムが鳴り響く。
「それじゃ、今日はここまで!」
教師の言葉に、教室の中が一気に騒がしくなる。
後は、HRと掃除だけ。
僕は、掃除当番じゃないから、HRも終れば、直ぐにでも帰れる。
そう思って、思わず笑みが零れた。
珍しく、自分の誕生日の日に、機嫌がいい。
それも、全部のお陰だと言えるのは、本人には絶対に教えたくないけどね。
そんな事を考えていれば、教師の『解散』の声が聞えて、荷物を詰め込んだ鞄を持って立ち上がった。
「星馬くん、用事がないようなら、そのまま行こうか?」
立ち上がった瞬間、が声を掛けてくる。それに素直に振り返って、頷いて返す。
クラスメイトに挨拶を返し、そして、教室にまた呼び出しを掛ける女の子達を軽くあしらって、僕とは、生徒会室に急ぐ。
今日は、仕事がある訳じゃないから、僕達以外のメンバーは誰も来る事はない。
「星馬、弟呼んでもいいぞ」
生徒会室に入った瞬間、掛けていた眼鏡を外し、胸ポケットに仕舞いながら言われたそれに、思わず返す言葉が見付からない。
何時見ても、本当に見事な使い分けだ。
「いいよ、豪は、部活しているからね。それとも、豪に会いたかった?」
「んな事、思う訳ねぇだろう。結構作ってきたから、星馬一人じゃ食いきれないと思うぞ」
言いながら、うっとうしそうに前髪を掻きあげるその姿に、苦笑を零す。
が、豪に会いたいなんて、思うわけ無いと思っていたけどね。
「それなら、『夜』と『昼』を呼ぶって言うのは?」
真っ直ぐに流しへと歩いていくその姿を見詰めながら、言われた言葉に提案を一つ。
だって、それが理由だと言うのなら、豪を呼んでも無駄だと思うからね。
あいつ、甘い物嫌いだし、今は、喜んで走っている事だろう。
「ああ、それもいいな。『夜』は甘い物好きなんだろう?『昼』の奴は、あんまり好きじゃないみたいだけど、紅茶は喜ぶからな」
「へぇ、『昼』は、甘い物好きじゃないんだ」
紅茶を入れる準備を始めたを見ながら、僕はソファに座る。
本当、ここの生徒会室は、優遇されているよね。
冷蔵庫は勿論、簡単な調理ができるように流し台や調理台なんかも、完全装備。
極めつけが、今僕が座っているソファ。
至れり尽せりって言うのは、こう言うのを言うのかな?
「んじゃ、星馬は、『夜』呼んでくれ。俺は『昼』って、呼ぶ手間省けた……」
やかんをレンジに乗せて、僕を振り返るの言葉に頷こうとした瞬間、複雑な表情で呟かれたそれに、思わず首を傾げてしまう。
呼ぶ手間が、省けた??
『そろそろ、時間だと思って来てやったぞ。』
「そう言えば、お前は俺が昨日菓子の準備しているの、知っていたな。まっ、お前用も、ちゃんと準備しているから、問題無いけど……」
『オレは、が入れた紅茶だけでいい。ああ、『夜』の主人、一応、誕生日おめでとう』
当然のように現れて、の肩に乗っかっているその姿に、僕は苦笑を零す。
そして、少しだけ敵意のある瞳で言われた言葉は、素直に喜んでいいのだろうか……。
「……一応、有難うって言えばいいのかなぁ……」
「星馬、『夜』呼んでやれよ。今、作った菓子を出すから」
僕が複雑な表情で返したそれに、は『昼』を肩に乗せたまま冷蔵庫から、ケーキとシュークリームを取り出してきた。
相変わらず、見事な作りに、笑みを零す。
そして、言われた通り、『夜』を呼んだ。
『ボクを呼ぶなんて、珍しいね?どうかした……『昼』?』
『久し振りだな、『夜』』
体を大きく伸ばしながら現れた『夜』は、『昼』の姿を認めて、首を傾げる。
それに、『昼』が優しい表情を見せた。
ああ、この猫も、ちゃんとこんな表情が出来たんだと、変なところで感心して、僕は、現れた『夜』を抱く。
「が、僕の誕生日のお祝いに、ティーパーティーを開いてくれるって言うから、呼んだんだよ。『昼』も居るから、嬉しいだろう?」
『えっ?あっ!』
「久し振りだな、『夜』。甘い物好きなんだって?いっぱい食べてくれよ」
何時の間にか、飲み物の準備を終えたが、僕の目の前にティーカップを置きながら笑みを見せる。
今は、金色の瞳は隠されているけど、こんな表情を他の人が見たら、一気にファンが急上するだろうね。
それを証拠に、『夜』が、見惚れてる。
勿論、僕も人の事言えないかも……xx
『『夜』に騙されているなよ』
そんな『夜』の姿に、『昼』が、呆れたようにが入れた紅茶を飲んでいる。
本当、この猫って、『夜』と違って可愛くないかも……。
いや、昔は、『夜』も可愛くなかったけど、ここまで酷くなかったな。
の奴、良くこんなの飼っていられるよね、僕だったら、さっさと封印でも何でもしちゃうかも……。
「怒るなよ、俺は、ちゃんと『昼』だけの飼い主なんだから、安心しろ。ほら、これが甘くない奴。お前専用な」
そんな僕の内心も知らずに、優しい笑顔を浮かべて、『昼』へと一つのシュークリームを差し出す。
でも、その言われた言葉が、あまりにも以外で、僕は驚いた表情を見せた。
「……『昼』って、独占欲強いの?」
『煩い、黙れ』
あまりにも以外だった為に思わず問い掛けたそれに、『昼』が僕を睨みつけて来る。
でも、それって、僕の言葉を肯定しているとしか思えないんだけど……。
そう言う、訳か。
そう思うと、憎まれ口も可愛く見えるかもね。
なるほど、しか、『昼』の飼い主にはなれなかったって訳だ。
「可愛いだろう、こいつ」
ニッコリと僕に笑顔を見せるに、頷いて返す。
なんだか、自分の誕生日を、こうして祝いに来てくれたことも、この猫にとっては、素直になれない理由の一つらしい。
どうりで、威嚇された訳だ。
「んじゃ、改めて、星馬、誕生日おめでとう」
そう言えって笑顔を見せる相手に、僕も素直な気持ちで礼を述べる。
初めて、自分をそのままに見せられる友人を作る事が出来た。
そして、今日、こうして自分が生まれた事を祝ってくれる事が、嬉しいと思える。
年に一度の誕生日。
偶には、こんな風に、ゆっくりと誰かとティーパーティーするのも、いいかもしれない。
久し振りに、生まれてきた事を心から感謝した日。
そして、出会えた事を、心から喜べる、そんな日……。
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