家族が俺を置いて、引越しする事になった。
 親父の仕事の都合だという。

 お袋と妹はそれに一緒に付いて行く。
 だけど俺は、既に本家の仕事をしているから、一緒に行く事は出来ない。

 もっとも、俺なんか一緒に行って欲しくはないだろう。


 見慣れた部屋から全ての荷物が出されていく。
 俺はただそれを静かに見送った。

 これで、妹の煩い声を聞かなくってもいいとか、家でも猫を被る必要がないとかそんな風に喜んでいいはずなのに、何処かぽっかりと穴を開けたような心。



 後に残されたのは広々とした何もない部屋。
 ここがリビングで、ソファがあって、テーブルが置いてあったのに、今はその影さえ見つけられない。
 今日からこの場所に一人で住むことになる。

「『昼』……」

 俺の名前を心配そうに呼ぶ白猫に、俺も名前を呼ぶ事しか出来ない。
 俺には何の挨拶もなく出て行った両親。

 なぁ、厄介者が居なくなってホッとしてるのか?
 俺は、あんた達にとって、必要のない存在。
 俺には何も言わなかった両親。
 両親がここを出て行く事も、ばーちゃんから聞いた。

 薄気味の悪い子供から開放された両親は、これから普通の家族団欒を築いていくんだろう。
 俺と言う存在が居なくなった事で……。
 俺にとっては、捨てられたのと同じ。

 だって、彼等は俺に何も言わなかったのだ。
 別れの言葉は勿論、何処に行くのかと言う事さえも……。

 化け物から開放されたあの家族が、これからどうなるのかは俺には分からない。
 俺には関係のない事だ。
 

 今日から、俺に家族はいない。
 この家を出て行った彼等を呼び戻す事など出来るはずもないのだ。

『お前には、ばーさんが居るだろう……それに、オレだって……』

 じっと何もない部屋を見詰めている俺に、『昼』がポツリと呟いた。
 その言葉を聞いて、俺はその視線を『昼』へと向ける。

 ああ、そうだった。
 俺にはばーちゃんとこいつが居るのだ。

「そうだな。煩いのが居なくなったって喜ばねぇとな……お前やばーちゃんが居るんだから……」
 


 今日、家族が引越して行った。

 俺は、ここに取り残されたけど、偽者家族なんて必要ない。
 俺を必要としてくれる人が、自分には居るのだから、何も心配はいらない。

 何もなくなってしまったこの部屋に、俺は新しい家具を用意しよう。
 俺を必要としてくれる人達を堂々と招待できるように……。