「君のご主人様は相変わらず働き者みたいだね」

 ぼんやりとしていた事は認めよう。
 だけど、絶対に気を許していた訳じゃないと断言できるぞ。

『……わざわざ気配を消して近付いてきたのか?』

 言われた言葉を無視して、自分の隣に立った赤髪の少年を睨みつける。

「気配を消した覚えはないんだけど……もしかして、気付いてなかったのかい?」

 ジロリと睨んだオレに、そいつが嫌味を返してきやがった。
 本当に、こいつは初めて会ったあの時から、苦手な奴だ。
 言われた言葉に、大袈裟に舌打ちする。

「あそこって、最近噂になってる場所だよね?が仕事するなんて、そんなに性質の悪いのが居るのかい?」

 舌打ちしたオレには、全く気にした様子もなく、そいつが更に質問してきた。
 だが質問された内容に、オレは意外だというようにそいつに視線を向ける。

『見えないのか?』

 そいつは、間違いなくオレが主人だと認めたあいつと同じか、それ以上の力を持って居るはずだ。
 だからこそ、そんな相手からの質問に、疑問を感じた。

「そんなにずっと見ている訳じゃないよ。ボクはと違って、仕事をしている訳じゃないんだから……見えなくする方法は、ちゃんと身につけてるんだよ」

 オレの質問に、目の前の相手が少しだけ困ったような表情で返事を返す。

 ああ、そう言う事か……。

 確かに、普通の人間にとってこの力は、厄介なモノこの上ないだろう。
 あいつも、もし普通の家に生まれていたのなら……。

「あれ?星馬何時の間に……『昼』、駄目だろう見張りが怠けちゃ」

 思考が考え事を始めた瞬間、驚いたように声が聞えてきて、オレはその声の主へと顔を向けた。

『……怠けてなど居ない。こいつには結界が効かなかっただけだ……』

「まぁ、それは分かるけど……こいつならいいか」

 言われたそれに、少しだけ拗ねたように返せば、納得しているのだろうオレの主人は小さく呟いて、諦めたようにため息をつく。

「えっ、もしかして入ってきちゃ不味かったの?」

 そんな主の態度に、慌てたようにオレの隣に立っていた者が口を開く。

「一応仕事が仕事だからな。一般人を巻き込まないようにちゃんとしてるって事だな……偶に、お前にみたいに能力が高い奴が迷い込んできちまうんだけどな。仕事してる時の俺見られると、独り言言ってるようで怪しいだろう?」

 質問された内容に、質問で返せば、素直に頷いて返す。

 まぁ、確かに見えない奴には、独り言を言っているようにしか見えないだろう。
 だからこそ、仕事の時には人が近付いて来られないように、結界を張る。
 能力の無いモノは、それだけでその場所に近付く事が出来なくなるのだ。
 だが、そんな結界が通用しない者も世の中には沢山存在している。
 その一人が、今目の前に居るこいつだ。

「まぁ、確かに知らない人が見ると怪しい人だよね」

 主の質問に、素直に返して、うんうんと頷いている目の前の相手をオレは睨みつけた。

「って、必死で仕事してる人間なんだから、もうちょっと労わってくれ」

 オレが、そいつを睨んでいる事に気付いて、ヒョイと抱き上げると優しい手つきで頭が撫でられる。
 そして、しっかりと疲れたように相手へと言葉を返した。

「ちゃんと労わってるだろう?」

「どこがだ!昨日も生徒会の仕事、人に殆ど押し付けてたじゃねぇかよ!」

 そんな主に対して、目の前の人物は不思議そうに首を傾げて聞き返す。
 そんな相手に、主が呆れたように声を荒げて言葉を返した。

 まぁ、確かに、主が言っている言葉は、間違いない。
 昨日も遅くまで、生徒会と言う学校の仕事をしていたのだから……。

「うん、本当、が副会長で、助かってるよ」

 だがしかし、そんな主にも気にした様子もなく、目の前の相手はニコヤかに返事を返してきた。

 ……ああ、だからこいつは苦手なのだ。

「……なんだか、ばーちゃんが二人になった気分だ……」

 そんな笑顔に負けて、主が盛大なため息をつく。

「まぁ、まぁ、働き者の君に、休み明けたらケーキの差し入れ持っていってあげるよ」

「………抹茶のシフォンケーキ…」

 ボソリと言われたその言葉に、またそいつが笑う。
 今度は、さっきまでの笑顔と違って、優しい笑み。

「了解。まだ仕事あるんだろう?頑張ってね。休み明けには、シフォンケーキ差し入れてあげるよ」

「……あ〜あ、とうとう食べ物でつられるようになっちまったなぁ……んじゃ、差し入れ任せた。確かに、まだ仕事がたんまりとあるから、んじゃまた月曜!」

 そう言って、手を振ってそいつと別れる。

「本当に、働き者だよね」

 後ろで、そんな呟きが聞えて振り返れば、優しい笑顔で見送っているそいつが居た。

 『働き者』

 確かに、オレの主人にはピッタリの言葉だな……。
 主人の肩に乗っかったまま、オレは走って次の仕事場に向っているその姿に小さくため息をついた。