!!」

 驚いてその名前を呼ぶ。
 突然の出来事過ぎて、ボクは動く事が出来なかった。

 そして聞こえてきたのは、ジャキリと言う何かが切られる音。
 パラパラと風に流れるのは、サラサラのの前髪。

 こんな事になったのは、一体どうしてだろう。





「最近副会長と仲が良いって!」

 そう言ってきたのは一人の女生徒。
 別段そう言うのには慣れているから、ボクは意味が分からないというように首を傾げてみせる。

「副会長は二人居るけど?」

 もっとも、ボクが最近仲が良いのは男の副会長だから、彼女達に文句を言われる必要はないはずなんだけど……

「勿論、女の副会長に決まってるじゃないの!!」

 だが返されたのは、信じられない言葉。

 って、ボクは女子副会長と仲良くした記憶なんてないんだけど……
 だって、大体仕事をしているのは、ボクとだけだし。

「えっと、女子副会長とって……彼女とはあんまり話をしてないんだけど……」

 と言うよりも、彼女はボクやに興味もない。
 彼女の興味は勉強だけのように見えるから、彼女達の嫉妬を買う事はないだろう。

「でも見たんだもん!星馬君が、とっても可愛い女の子と生徒会の仕事してる所……」

 はぁ〜?
 ボクの言葉に返されたそれに、思わず声が出そうになったけど、何とか声を出さずにすんだ。

 えっと、女子副会長はどうお世辞を言っても可愛いとは言えない。
 いかにもな、ガリ勉風の格好をしている。
 眼鏡を掛けていて長い髪を後ろで一つに三編みした姿を見て、可愛いという人は果しているのだろうか?

 いや、失礼なのは分かってるけど、ちょっと難しいと思うんだけど……

「えっと、見間違いなんじゃ……」
「あんなに可愛い子を見間違う訳ないわよ!!」

 否定させようと口を開けば、それを遮ってキッパリと力強く返されてしまった。
 でも、ボクには身に覚えないんだけど……

「何言ってるのよ、女子副会長はガリ勉さんよ」

 力説した女の子の言葉に、別の誰かが呆れたように口を開く。

 そうだよね、知ってる人はちゃんと知ってるけど、彼女の事を可愛いといえるような人はちょっと少ないと思う。
 そりゃ、人それぞれ好みは違うかもしれないけど

「じゃ、私が見たのって、誰よ!」
「そんなの知る訳ないでしょ!大体、生徒会室は、部外者立ち入り禁止になってるんだから、星馬君がその決まりを破るなんて事ある訳ないじゃないの!」

 言われたそれに、主張そた女の子が声を上げるけど、僕の事を庇うように数人の女の事が口を開く。
 まぁ、確かに弟である豪以外をあの中に入れた事はないから、その言葉に否定はしないけどね。

「あの、お話中すみません、会長にお話があるんですが……」

 言い争いを続ける女の子達に、どうしたものかと盛大なため息と浮いた瞬間、恐る恐ると言った様子で聞こえて来たその声に、視線を向ける。

くん」

 そこに居たのは予想通りの相手で、書類を両手で抱えるように恐々と言った様子を見せながらそこに立っていた。
 もっともそれが演技である事は、彼の事を良く知っている自分には良く分かるけど

「何よ、この人」
「何言ってるのよ、この人も生徒会副会長じゃない」
「え〜っ、私知らない」

 声を掛けてきたに、言い争いをしていた女子達が言いたい放題。
 それを聞いて、思わず苦笑を零したけど、よくよく考えてみれば、可愛い女の子の正体が分かってしまった。

 そう、放課後誰も居なくなった生徒会室では、は眼鏡を外して前髪をヘアバンドで邪魔にならないようにするのだ。
 だから、それを見た誰かが、彼の事を女の子と間違えても、可笑しくはない。

 もっとも、そんな事本人が知ったら、大変な事になりそうだけど……

「何?」
「って、私たちが先に話してるんだから、邪魔しないでよ!!」

 そんな事を考えながら声を掛けてきたに質問すれば、ヒスを起こした女の子の一人がを突き飛ばす。
 行き成りのその行動にも流石に予想していなかったのだろう、勢いに押されて尻餅をついてしまった。

!」

 それに驚いて、思わず何時ものように呼び捨てで苗字を呼んでしまう。

「星馬くんが、呼び捨てにするなんて……どうしてこんな人を?!」

 それを聞いた女の子達が驚いたような表情を見せる。

 不味い事をしてしまった。
 だって、ボクは学校で誰かを呼び捨てにするなんて、豪意外には居ないから……

「なんで、こんな人に星馬くんが親し気に話なんてするのよ!許せない!!」

 って、どう言う思考回路してるんだろう?
 ボクがと親しくするのがそんなに可笑しいの?
 本当のの事も知らないくせに……

「何で、君達にそんなこと言われないといけないの?ボクが誰と親しくしたとしても、君達には関係ないはずだよ」
「星馬くん、ダメだ!」

 感情に任せて冷たく放たれた言葉に、がそれを遮るようにボクを呼ぶ。
 こんな時でもちゃんとくん呼びな所がらしいと思ってしまったのは仕方ないだろうか

「星馬くんがそんな事言うなんて、やっぱりこの人が悪いんだ!!」

 だけど、冷たく言い放ったボクの言葉でを突き飛ばした女の子が涙目でポケットから何かを取り出したのに気付く。

!」
「もう二度と星馬くんに近付かないでよ!!」

 言いながら、取り出したそれをに向けた。
 慌てて名前を呼ぶけど、はまだその場で尻餅をついた状態で動けない。

 勿論ボクもその女の子を止めようと動いたんだけど、それは間に合う事はなく取り出した鋏がジャキリと音を立てての前髪を無残にも切り刻んだ。
 切られた髪が風でサラサラと流れていく。

「……俺の髪を切って満足か?まぁ、女じゃねぇから髪を切られても気にはしねぇけど、流石に今回は頭にきてんだけど」

 そして露になる分厚い眼鏡の下の瞳が、不機嫌に鋏を持っている女子へと向けられる。

「別に、お前らが何しようが文句を言うつもりはねぇけど、こいつに近付くなって言うなら、近付かないで居てやるよ。その代わり副会長の仕事はお前らでヤレよな!」

 ブッチリと切れていると分かるの言葉。
 だって、明らかに猫を被っていない口調、それは表のの口調だから

 だけど言われた内容にボクの方が焦る。
 だって、さり気に生徒会の仕事を放棄する宣言したんだぞ、こいつ!

「ちょっと!」
「ああ?文句ならこいつらに言え!俺は知らねぇよ!!」

 ジグザグに切られた髪の下から、不機嫌なの瞳が見える。

「ああ、もう!『昼』!!」
『……なんでお前に呼ばれなきゃいけないんだ……!その髪!!』
「ああ?そいつに切られた。しょうがないから、ばっさり切るか……」

 このままじゃ本気で不味いと思って、の使い間の名前を呼ぶ。
 本当なら、ボクが呼ぶべき相手じゃないのは分かってるけど、今は緊急事態という事で納得してもらうしかない。

 ボクに文句を言ってから、の姿を見て『昼』が驚きの声を上げる。
 そんな『昼』を相手に、は少しは落ち着いたのか盛大に息を吐き出して漸くゆっくりと立ち上がった。

『戻す!』
「はぁ?」
『切るのは絶対に許さない!元に戻すと言ったんだ!!ついでにそいつらの記憶も消せばいいんだな』
「頼むよ、『昼』」

 の姿を見た『昼』が、こういう事は分かっていたから、素直に頼めばあっと言う間にの髪が元通りになる。

 そして

「あれ?私どうしてこんな所に?」

 の髪を切った女子生徒が、訳が分からないというように呟く声が聞こえて来た。

「あれ?副会長、そんな所で何してるんですか?」

 そして、呆然と突っ立っているに笑顔で話しかけたのだ。

「……星馬会長に、用事があって……」
「そうなんだ。なら私たち邪魔だね、皆もう教室に戻ろうか」

 何事もなかったように普通に話す女生徒にが、何とか返事を返せば、納得したのか先程までに敵意を抱いていたのが嘘のように他の生徒たちと一緒に遠ざかって行く。

「……『昼』……」
「有難う、助かったよ」

 その場に人が居なくなった瞬間、低い声で『昼』を呼ぶの声と同時に、姿を消していた『昼』がその肩に現れる。
 その姿に、ホッとしながら素直に礼の言葉を述べた。

「あ〜っ、折角生徒会の仕事免除になると思って喜んでたつーのに……」
「そんな事ボクがさせるわけないだろう。一人だけ逃れよなんて、甘いんだよ」
「……元を正せばお前が悪いんだろうが!!」

 まぁ、確かに先にきれたのはボクだけど、ブッチリきれたには言われたくないよね。

 なんにしても、切られた髪が元通りになって良かったよ。
 もしが顔をさらしたらと思うと、うん、考えるのはやめて置こう。
 それが、平和だ。

 何よりも、そんな事この白猫が許すはずないよね。
 だって、こいつはの事が大好きだって知ってるから、誰かに取られるなんて許すはずがない。
 ましてや、ミーハーな相手は特にね。


 だから、髪を切るのは許さないよ。
 これ以上、ボクの周りが賑やかになるのは、本当に勘弁して欲しいからね。