「頼みがあるんだけど」

 突然そう言われて、ちょっとだけ驚いた。
 だって、から頼み事をされた事は今まで一度もなかったから

「何?ボクに出来る事なら聞くけど」
「いや、そんなに難しい事じゃないんだ」

 切羽詰った様子のにタダ事じゃないと思い、控えめな申し出をしてみる。

 だって、に出来ない事がボクに出来るとは思えないから

 そう返したボクに、が複雑な表情を見せる。
 明らかに言い淀んでいる相手に、内容が気になったから自分から質問してみた。

「で、頼みたい事って?」

 問い掛けたボクに、はやはり言葉を捜しているのか、『あー』とか『うー』とか、呻き声を上げているんだけど
 本気で、こんなを見た事が無いだけに新鮮だ。

「だからだな」
「うん?」

 漸く言う気になったのか、言われたそれに頷くことで聞き返す。
 それでも、は言葉を飲み込んでその先は出てこない。

「だから、そのな……」
「覚悟決めてさっさと言った方が楽になると思うけど」
「嫌、それは自分でも良く分かっているんだが、内容が内容なだけに、言葉に困ってるんだよ!」

 先に進まない会話に、呆れたようにため息をついて言えば、逆に怒られてしまった。
 まぁ、本人にもそれが分かっているから怒っているんだと分かるけど、何をそんなに言い淀んでいるのかが本気で分からないんだけど

 一体、何があったんだろう?

「あ〜っ、何で俺がこんなことをお前に言わないといけないんだよ」

 ガシガシと乱暴にサラサラの髪を乱して、言われたその言葉に意味が分からず首をかしげた。

「だからな、その」
「悪いけど、ボクにはそう言う気はないからね」

 だけど、その姿があまりにも可笑しかったから、思わずからかう様に言葉を遮って否定する。
 だってね、言い淀んでいる姿が、まるでこれから告白でもするんじゃないかって言うように見えたから

「そう言う気ってどう言う気だつーの!」
「いや、君が告白でもするように見えたから、先に断ってみたんだけど」

 にはボクが断った理由が分からなかったのか、不機嫌そうに返してきたので、思わず今の状況を説明すれば間抜けな表情が返ってきた。
 何度か告白されているボクだからこんな事を思うのかもしれないけど、明らかに言葉に困っているその姿は女の子が告白してくる時の状況に酷似しているのだから仕方ないだろう。

「誰が告白するんだよ!俺だってそんな気ねぇからな!!」
「その気があったら逆に怖いから……で、結局何をお願いしたい訳?」

 一向に進まない内容に、流石に我慢の限界が来て再度問い掛ける。

「その、彼女役を引き受けてくれ!」
「はぁ?」

 もいい加減この状況が嫌になったのだろう、覚悟を決めて言われたその言葉が聞こえてきた瞬間、意味が分からず聞き返してしまった。

「最近受けたい依頼で、性質の悪い相手に当たったんだ」
「で、それが何でボクに彼女役なんて頼む必要があるの?」

 聞き返したボクに、が理由を説明するけど、それと彼女役というものが結び付かない。

「それが、ストーカー紛いのマネをされて本気で困ってるんだ。このままだと『昼』がキレて何をするか分からない」

 再度質問したボクの言葉に、が本当に困ったと言うように返してくる。
 それは確かに大変かもしれないけど、やはりその内容からも彼女役と言うお願いがどうしても結び付かない。

「それで?」
「だから、俺に彼女でも居れば相手も諦めてくれると思って……」
「……ストーカー紛いなことをする相手がそれだけで諦めるとは思わないけど、別に『昼』がキレても問題ないんじゃないの?」

 だから納得できないと言うように先を促せば、その理由をが口に出す。

 だけど説明されたその内容に、ボクは思わずため息を付いてしまった。

 明らかに無駄な頼み事だ。

 質問するように返したボクの言葉に、もそれに気付いたのだろう複雑な表情をする。
 いつもなら、そんな簡単な事にだって気付くと言うのに、それだけ切羽詰っていたと言う事だろうか。

「だからって、このままじゃ、俺の生活が困るんだよ!!」

 どうやら本気で切羽詰っていたようで、珍しくも泣き言を言うに小さくため息をついてしまう。
 何で、もっと簡単な方法を思い付かなかったのかが分からない。

「『昼』」

 小さくため息をついて、目の前で困っている相手の事を一番大切にしているモノの名前を呼ぶ。

『何だ、お前に呼ばれる言われは無いぞ』

 名前を呼べば、突如現れる白猫の姿。

「お前の主人の事だよ。が困っていた事には気付いているんだよね?」

 憎まれ口を叩く猫に、もう一度ため息をついて質問する。
 ボクの質問に、白猫は一瞬自分の主人へと視線を向けた。

「って、星馬なんで、『昼』を……」
『勿論、知っている。だが、こいつがオレに命令しないから何も出来ないんだ』

 視線を向けられて、困惑しているがそこに居る猫に気付いて驚いたように声を出す。
 そんな主の姿に、白猫もため息をつきながらもボクの質問に答えてくれた。

「だろうね。なあ、ボクが命令してあげるよ。の迷惑になっている相手から、に関する記憶を全部食べちゃってもいいから」
「おい!」
『……了解』

 勝手に『昼』に命令したボクに、が焦った声を上げるけど、命令された相手が了承してさっさとその姿を消してしまっては文句も言えないだろう。
 消えた相手は今ごろ、ストーカー紛いをした相手の所に向かったのだろうと分かって、小さくため息をつく。

「ボクに無駄なお願いをするよりも、こっちの方が確実だと思うんだけど?」
「……し、仕方ないだろう。流石に依頼人の記憶を消すわけにはいかなかったんだから……」
「まぁ、そうだろうと思ったから、ボクが命令してあげたんだよ、感謝してよね」
「なんか、納得できないような気がするけど、助かったのは本当だしな……好きなケーキで手を打ってくれ」

 複雑な表情で言われた言葉に、笑顔で返す。


 まぁ、初めてのお願いが彼女役だったのは、どうかと思うんだけど問題なく解決できたのだから、忘れてあげよう。

 その後、帰ってきた『昼』と一緒に休憩と言うなのお茶を楽しんだのはそれから10分も経たない時間の事だった。