それはまるで、ラビリンス。
 人の心と言う名の迷路。


 昔、自分の力をまだコントロール出来なかった頃。
 その時、俺はただ人が恐かった。

 優しい笑顔を見せながらも、その心の中では全く違う事を考えている人達。
 そう、俺は力をコントロールが出来なかった時、人の心の声が聞えるのが日常だった。

 始めは、それが可笑しな事だとは勿論思いもしなかったのだ。

 だけど、母親に……そう、俺を生んでくれた人に、思っている事をそのまま伝えたその日から、俺は驚愕の瞳で見られるようになった。
 それからずっと、母親だった女の声が自分に伝えて来たのだ。

  ―気持ち悪い…何で、私はこんな子を産んでしまったのかしら……―

 その声は、俺と言う存在を否定する言葉だけ……。
 だからこそ、力のコントロール方法を必死で学んだ。

 そんな声を聞いていたくなかったから……。

 心の声と言う恐怖しかないそんなモノを、もう二度と聞きたくはなかったから……。
 漸く力をコントロールできるようになったのは、物心付いた3歳の時だった。

 まぁ、その前の記憶を持っている時点で、俺はやっぱり普通じゃねぇんだろう。
 そんな時、俺達はばーちゃんの家へと住む事が決まった。

 の当主であるばーちゃんが、俺の力に気付いたのが理由。
 それから、ばーちゃんに力の事を全て教えてもらった。

 自分が普通じゃないという事も……。



『なら、今でも人の心が分かるのか?』

 黙って話を聞いていた『昼』が質問してくる。

 俺のこの力について知りたいと言ったのが、目の前に居る『昼』だからこそ話す事が出来た内容。
 きっと、普通の奴が聞いたら、俺はまた同じ思いをする事になるだろう。

「……いや、やろうと思えば出来るかも知れないけど、もう二度とごめんだな」

 自分を否定される声など、もう二度と聞きたくない。

「それに、心なんて、迷宮と同じだぜ。知ろうとしなければ、一生分からないままなんだからな」
『そう言うものなのか?人間は、本当に面倒な生き物だな』

 相手の考えている事なんて、分からない方が幸せだ。
 知らなければ、自分も仮面を被って居られるのだから……。

「そうだな。人間は、面倒だよな。裏表なんて、持ってるのが普通なんだから……」

 だけど、どんな人にも、本当の心をさらけ出せる相手が居ればいいなぁと、最近は思うようになった。

『本当に人間は、面倒だな』

 もう一度同じ言葉を繰り返した『昼』に、笑みを浮かべる。

 そう思えるようになったのは、俺が嘘偽りのない姿で居られる場所が増えたからかもしれない。
 そして、俺と言う人間を理解してくれる者も……。

 それは、全て昔があって、今があるからなのだ。
 そんな過去があったからこそ、俺はそう思えるようになったのかもしれない。

「本当に、そうだな…」

 迷宮に迷い込んだ自分を、引き出してくれたのは、俺を一番に理解してくれたばーちゃんだった。

 きっと、俺はばーちゃんに会わなければ、あのまま壊れていたかもしれない。
 だって、俺は、普通じゃなかったのだから……。

 だからこそ、この力の意味を教えてくれたばーちゃんに感謝している。
 俺が、俺で居られるのは、全てこの出会いがあってこそ。


 そして、今度は迷宮に迷い込んだ誰かを救えればいいなぁなんて、そんな風に考えられるようになったのは、大人になった証拠だろうか?
 それとも、俺も少しは、迷宮の深さを漸く理解出来たのかもしれない。