「……くだらねぇ」

 ボソリと呟いた言葉は、本当に小さすぎて周りには聞こえないだろう。

 教師の説教と言う今の状態に、嫌気が差す。

 共同責任だと言うが、知らねぇものは知らねぇし、関係ないに決まっている。

 確かにその場にいたと言うのなら同罪かもしれないが、そんな事があった事さえ知らない者に、共同責任云々を言われても、納得出来る訳がない。

 しかも、そんな下らない事で、長々と時間を取られている事を考えると、いい加減にしてくれと言いたくなる。今の俺じゃ言えねぇけど……。

 教室の中で聞こえるのは、教師の声だけ。
 教室の外から聞こえてくる学生達の声は、何処か遠くに感じられる。

「正直に言えば、先生は怒らないぞ」

 ……怒らないって、小学生じゃねぇんだから、高校生相手に言う言葉じゃねぇだろう……。

 大体、何があったのか知らねぇが、本当にこのクラスに犯人が居ると断言出来る訳じゃない。
 ただこのクラスがそこの掃除当番になっていると言うだけの理由で、何でこんな目に合っているのか……。

 たかだか、ビーカーが数個割られたぐらいで、こんな反省会のようなモノをやられるなど、迷惑以外の何者でもない。
 こんな中学日記でもねぇのに、真剣に聞くのもアホらしい事に付き合っていられるか。

 俺は、これから仕事なんだよ!

「……先生」

 そう考えて、そっと手を上げる。

「どうした、?」

「気分が悪いので、申し訳ないんですが…」

 俺が手を上げても、俺が割ったなんて欠片も考えて無いのだろう不思議そうに名前を呼んで問い掛けてきた教師に、口元を押さえて、自分の体調不良を訴えた。
 自分の演技には、自信がある。

「だ、大丈夫なのか?」

 それを証明するように、教師が慌てた様子で問い掛けてきた。
 そう言わせれれば、こっちのもの。

「……まだ終礼中なのですが、先に帰ってもいいですか?」

 器用に顔色も悪く見えるように工夫して、問い掛ける。

「あっ、ああ、ちゃんと帰れるか?」

 そんな俺の言葉に、教師が頷いて心配そうに質問。
 それに内心舌を出しながら、弱弱しく頷いて見せる。

「……家は、近いので……大丈夫です……」

 家が近いのは本当。

 何せこの学校を選んだ理由が、それだからな。
 でも、体調が悪いのは嘘。
 もっとも、普段から体が弱いと言う事を主張しているので、問題などない。

「そ、そうか…気を付けて帰るんだぞ」

 言われて頷いて返してから、既に荷造りが出来あがっている鞄を持って、フラフラと教室を出ていく。
 その様子は、どう見ても調子が悪い病弱な生徒を作り上げる。

 そして、教室を出て帰るために靴箱へと辿りついた瞬間、今までの雰囲気を消した。

「……たく、あんなくだらない事に付き合っていられるかてんだ……大体、割った犯人は、もう既にこの学校にゃいねぇって……」

 周りに人が居ないからこそ言える言葉。
 それを目の前で見たわけじゃないが、自分にはしっかりと犯人が分かっている。

「ビーカー数個で良かったじゃねぇか……全く、本当にくだらねぇ……」

 犯人は、自分の連れている猫の姿をした妖魔。

 暇だと言っては、勝手に学校内をうろついている事は知っている。
 そこで、どうやら掃除をしていた人物が自分の悪口を言っていたらしく、それに腹を立てて手近にあったビーカーが犠牲になっただけ。

 だから、誰もビーカーがどうして割れたのか分かる訳が無い。

「たく、『昼』の奴、モノに奴当りすんなって言ってるのに……」

 そんな理由だから、一生あのクラスで犯人が分かる事はないだろう。

 まぁ、一人だけ分かるとすれば、自分と同じ猫被りな人物だけ。

 何にしても、そんな下らない事に、大事な時間を潰されるのは、ごめんだ。

「さぁて、仕事だな」

 約束の時間が迫っているので、慌てて学校の裏口から家へ急ぐ。
 
 明日、あいつに文句言われるだろう事を考えながら、頭を仕事へと切り替えた。