時々、間違いなく操られていると思う時がある。

「『昼』頼む!」

 目の前で両手を合わせながら言われた言葉に、オレは目の前の人物をただ冷たく見詰めてから盛大なため息をつく。

 オレの主人と認めた唯一の存在だと言うのに、こいつは今だ、オレに命令というものを下した事がないのだ。

 こいつがオレにするのは、頼み事。

 一度だって強制で言われた事などない。
 オレが断らない事を知っているからだろうか?

『……お前は、オレの主人じゃないのか?』

「まぁ、仮の主人だけどな。なんだよ、そんな事今は関係ないだろう。それで、してくれるのか?」

 オレの質問に対して返事を返してから尋ねられた言葉に、もう一度ため息をつく。
 本当に分かっているのだろうか、オレと言う奴が、仮の主人の傍に居る訳がないという事を……。

『だったら、命令しろ。そうすれば、オレは逆らったりしないぞ』

「ああ、何で命令なんてしなきゃいけねぇんだよ。お前の意志で決めろ。嫌なら、『嫌』ってハッキリ言って良いんだからな」

 そう言いながら、『嫌だ』と言えば、困るのはお前じゃないのか……。

 真っ直ぐに見詰めてくる金と紺の瞳を前に、オレは盛大なため息をついた。
 オレが、自分の事をどう思っているのか、こいつは絶対に分かっていないだろう。

『……『嫌だ』と言えない事ぐらい、分かっているだろうが……』

 初めて、自分が認めた人間。

 こいつだけはと、そう思えた相手。
 知れば知るほど、大切だと思える存在。

 自分の片割れとなる『夜』とは違って、その存在は自分の中でどんどんと大きくなっていく。

 多分、今のオレは、こいつに言われれば、『夜』にだって牙を向けられるだろう。
 もっとも、こいつはそんな事、絶対にオレに望まないと分かっているが……。

「いいのか?」

 オレの言葉に、ぱっと目の前の顔が嬉しそうな表情を見せる。
 この顔が見えるなら、オレは、なんだってするだろう。

『……仕方がないから、手伝ってやる』

 『仕方がない』そんな事、思っても居ないけれど、素直になれない自分の精一杯の言葉。
 それに、がニッコリと笑顔を見せた。

「サンキュ!助かるぜ。今回の仕事は、俺一人だとかなり厳しかったんだよな。『昼』が手伝ってくれるんなら、怪我しなくってすみそうだぜ」

 嬉しそうに感謝の言葉を伝えられて、照れた表情を見られないように顔を背けた瞬間続けて語られた内容に、オレは驚いてを見た。

『仕事の内容は……』

 そして、今まで聞いていなかった、自分に手伝わせたいと言う仕事の内容をそっと問い掛ける。

「多分、『鬼』の類なんだよな。だから、俺一人だと大変だろう?ばーちゃん、本当に人使い荒すぎだよなぁ……」

 苦笑交じりに言われた言葉に、何も言えずに絶句する。

 『鬼』の類とハッキリと言われた内容に、複雑な気持ちは隠せない。
 『鬼』は、かなりの力を持っているモノが多いのだ。
 しかも、気性が荒く、払う内容のモノでは厄介ランクは一・二を争う。

「だから、本当に助かる。有難うな、『昼』」

 再度、ニッコリと笑顔で礼を言われて、盛大なため息をつく。
 だから、思うのだ。

 放っては置けない、と。

 例えそれが、遠隔操作されていると分かっていても……。






「で、そんなに疲れてる訳なんだね……の場合、無自覚で遠隔操作してるから、特に性質が悪いよね」

 唯一、あいつの本性を誰よりも分かっている奴が、同情の瞳で見詰めてくる。
 確かに、あいつの場合は、全てが無自覚。

 だからこそ、一番性質が悪いのだ。

『……そんなあいつだから、気に入っているんだ……』

 そして、それでも一番厄介なのは、そんなあいつを、大切だと思っている自分自身だろう……。