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電話の前で、大きく深呼吸。
本当、こんな事なら、携帯の番号を聞いておくべきだったと、後悔しても今更な事。
「兄貴、電話の前で何固まってるんだよ」
そんな僕に、不信気に声を掛けてきた弟の声に、不機嫌そうに振り返った。
「見て分からないのか!電話を掛けるところなんだよ!!」
「いや、どう見ても、そんな風には見えないって、電話を睨んでても、掛けらんないと思うぜ。誰に掛けるんだ?」
僕の不機嫌な言葉を、苦笑を浮けベながら返して、豪が質問してきた事に、小さくため息をつく。
「…………」
「副会長?なら、『夜』を使いにやれば良いじゃん」
ボソリと名前を言えば、意外そうに返された言葉。
確かに、電話掛けるよりも早いと思う。
初めは、僕も考えたんだけど、ね。
「残念ながら、の家が普通じゃない事忘れているだろう。それぐらいの対策されてないようじゃ、一流じゃないと思うぞ」
そして、自分で考え付いた事に、その意見は却下する。
だって、仮にもプロの払い屋なのだ。
そう簡単に、そう言ったものを寄せ付けるようには出来ていないだろう。
いや、その前にそんな簡単に寄せ付けるぐらいなら、安心して仕事なんて任せられる訳がないない。
「そう言えば……なら、早く掛けちまえば良いじゃん。別に、緊張する事ねぇんじゃないの」
確かに、その通りだと思うんだけど、の妹とか実は苦手なんだよね。
それに、は、その妹にさえも猫を被っているのだと言う事を知っている。
聞いた話では、両親にさえ猫を被っていると言うのだから、やはり掛け難いのだ。
「用事、あるんだろう?」
促すように言われた言葉に、頷く。
今日は、が仕事があると言う事で早くに帰ってしまった後、決まった事。
明日の朝から、緊急の会議をすると言う言葉を思い出して、再度ため息。
放課後じゃないのは、先生の都合の所為だ。
「でも、副会長って、今日は仕事で帰ったんじゃなかったっけ?仕事、終わってんのか?」
そして、何気に言われた事に、ピクリと反応してしまう。
そう、だから、僕は電話を掛ける事を躊躇っているのだ。
「お前、人が困っているのを楽しんでいるだろう?」
「別に、兄貴が掛けられないんなら、俺が番号押してやろうか?」
「……いい、自分でする」
どう見ても、楽しんでいるようにしか見えない豪の態度に、漸く受話器を持って番号を押していく。
それを豪は何も言わずに、隣で見ているのが、なんかむかつくんだけど…。
『はい、ですが』
数回のコールの後、事務的な声が電話に出る。
「突然のお電話申し訳ありません。僕は、君のクラスメイトの星馬と申します」
『はい?』
謝罪の言葉と自分の名前を名乗って、一呼吸置く。
「あの、くん、いらっしゃいますか?」
『さんですね、少々お待ち下さい』
そして、問い掛けた言葉に、やはり事務的な言葉が返されて、僕は複雑な表情を見せた。
「兄貴?」
そんな僕の表情に、豪が不思議そうに首を傾げる。
受話器から流れてくるのは、オルゴール調のカノン。
『もしもし、お電話変わりました。です』
流れていたその音が突然止まって、聞こえてきたのは、聞きなれた声。
「あっ!、僕なんだけど……」
『星馬くん、どうしたの突然』
その声に安心して話しかけるが、返されたのは、猫を被っているの返事。
「?」
『用事、あるんだよね?もしかして、今日の仕事で問題でもあった?』
自分相手に、こんな風に話しかけられたのは、誰かが居る時だけ。
今、もしかしたら、近くに誰か居るのかもしれないが、こんな風に、電話で話す事になるとは思っていなかっただけに、複雑な気持ちは隠せない。
『星馬くん?』
何も言わない僕に、が心配そうに声を掛けてくる。
『おい、からの伝言だ』
何も言えない僕の耳に、突然不機嫌な声が掛けられて、驚いて顔を上げた。
「『昼』?」
『あいつの両親は、あいつの事を怖がっているからな、電話でも迂闊には出来ないんだよ。例え自室で電話に出たとしても、何時話を聞かれるか分からないからな。だから、お前も気をつけろ』
自分の伝えたい事だけを伝えると、そのままその姿が消えてしまう。
「……」
『用事、あるんでしょう?どうしたの星馬くん』
「……明日の朝、緊急で会議があるから、それを伝えたかったんだよ……」
『そう、態々ごめんね』
電話越しでも、が笑っているのが分かる。
それに、僕はなんて返したのか覚えてない。
「兄貴、さっきの『昼』の言葉って……」
ずっと黙って見守っていた豪が、そっと僕に声を掛けてくるのに、ただ小さく頷いて返す。
忘れていた事。
の両親は、普通の人だったと言う事。
そして、は、自分と同じ力を持ち、その右目はどんな相手でも従わせる事の出来る力を持っている事を……。
普通の人なら、恐れるだろう。
そんな、普通でない子供なら……。
『おい!』
「えっ?」
考えてに浸っていた瞬間、また声が聞こえて顔を上げる。
『からだ』
そして、落ちてきたのは一枚のメモ用紙。
それを手にとって中を見た瞬間、笑みを浮かべた。
『面倒だから、今度から、そっちに掛けろ』
続けて言われた言葉に、小さく頷く。
「わざわざ、有難う。にも、伝えておいて」
メモに書かれていたのは、携帯の番号。
それは、彼が何時も持っている商売道具の一つ。
『気が向いたらな』
僕の言葉に、それだけを残して、すっと姿が消える。
本当に、素直じゃない猫。
「兄貴?」
こんな風に、自分を特別だと思ってくれるのが、嬉しい。
両親にさえ本当の姿を見せないと言うのに、自分達には、ありのままで居てくれるのは、認めてもらっていると言う事。
「明日、直接お礼言わなきゃだね」
きっと、自分の伝言は彼に伝わっているだろう。
素直じゃない猫が、彼の事を大切に思っていることを知っているから。
これからは、安心して彼に電話を掛ける事が出来る。
だって、直通の番号を手に入れたから……。
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