「星馬君、悪いんだけどこっちの書類が急ぎなんだ。先に目を通してもらえるかな?」

 何時も通り、書類に目を通しているこの学校の会長へと声を掛ける。
 勿論、本当の自分を偽って……。

「分かった。それじゃ、こっちの書類は、お願いするね」

「勿論」

 渡した書類に代わって渡されたモノを素直に受け取って、内心で盛大にため息をついてしまう。

 本当に、次から次へと仕事が減らねぇし……。
 先回りして仕事しているのに、後から後から増えやがる。

くん、悪いんだけど、この前渡した書類、期限が早まってしまったの、急いでくれるかしら」

「大丈夫、もう終わっているから。一応目を通して確認してくれるかな」

 女子副会長の言葉に、机の上に置いてあったそれを取って、手渡す。

「終わったって、渡したの昨日……」

 書類を渡した俺に、女子副会長が驚いたように見詰めてくる。
 それに俺は、ニッコリと笑顔を見せた。

「出来る事は、早く終わらせないと、ね」

 ニッコリと笑って、椅子に座る。
 ってか、学校の書類なんて、時間も掛からず終わらせるのなんて、容易い事だ。

副会長!あの、これどうすればいいんですか?」

 座ったと思ったら、また声を掛けられて、内心でもう一度ため息をつく。
 偶には、のんびりしたいと思っても許されるだろうか?

「どれ?」

 内心で考えている事なんて、全く見せないで、笑顔を見せながら問い掛ける。
 そして、質問されていく内容に、一つ一つ出来るだけ分かりやすいように説明していく。

 学校でもこんなに働いて、家でも働いている俺って、その内過労死しちまうかも……。
 そんな事を考えて、今度はこっそりとため息をついた。



 多分、俺という人間は、こうやって周りを偽り続けていくんだろう。

 本当の自分を見せる事無く、誰の前でも演技し続ける。
 本当の姿を見せる人は、きっとこの世界で一人しか居ない。
 本当の両親ですら、俺は演技して見せる。

 それが、俺にとっての日常。
 当たり前の世界。

くん」

 自分の考えに浸っている中、突然名前を呼ばれて、意識を取り戻す。

「えっと、何?」

「ぼーっとしていたけど、疲れてんじゃない?何時も、くんには、無理させているからね」

「ううん、そんな事無いよ。でも、確かに今日はまだ休憩入れてないから、お茶でも入れて、一休みしようか」

 心配そうに俺を見詰めてくる星馬に、笑顔を見せて、備え付けの簡易キッチンに立って、お茶の準備を始める。

「やった!副会長のお茶、楽しみにしてたんだよな」

 会計が、俺の言葉に嬉しそうな声を上げるのに、思わず苦笑。
 すっかり生徒会メンバーは、俺に餌付けされているようだ。

「今日は、僕が入れようか?」

 お茶の準備を始めた俺に、それでも心配そうに星馬が声を掛けてくる。
 本当に、心配そうに見詰めてくるその瞳に、俺は少しだけ困ったような表情を見せた。

 今の俺は、星馬にそこまで心配させるほど、弱っているように見えるんだろうか?
 確かに、昨日も遅くまで、ばーちゃんに言われた仕事をしていたから、殆ど寝てないのは、認めるけど……。

「大丈夫だよ。そんなに、疲れているように見えるかなぁ?」

 今の自分は、顔を前髪で隠して、その表情は、眼鏡で見え難くしている。
 普通の相手なら、俺が疲れているなんて、分からないだろう。

「……見えないけど…その、雰囲気が……」

 俺の質問に、星馬が困ったように答えをくれる。

 雰囲気?俺は、何時もと、何も変わらないはず。

「気の所為だよ。ほら、それよりも、お茶にしよう。星馬くんこそ、疲れているから、そんな風に思うんじゃないの?今日は、疲労回復用の調合したブレンドティを入れるからね」

 考えている星馬に、笑顔を見せて、沸いたお湯を使って、何時ものようにお茶を入れる。

 疲労回復のお茶にしたのは、流石に俺も疲れているから。
 誰にも気付かせないよにしているけど、ハードなスケジュールのおかげで、参っているのが、正直なところ。

「はい、どーぞ」

 一人一人にお茶の入ったカップを渡して、自分も入れたそれを飲む。
 口に広がる、少しだけ酸味を持ったお茶の味が、疲れている心を癒してくれた。

 その味に、ほっと息をつく。

「やっぱり、今日は早く終わろうか」

 その瞬間、直ぐ傍に居た星馬がそんな事を言い出した。
 言われた内容に、俺は意味が分からずに、思わず星馬を見てしまう。

「どうしたの、急に?」

「やっぱり、くんが疲れているように見えるから、君だけでも、上がっていいよ」

 心配そうに言われた言葉に、思わず驚きの表情を浮かべる。
 勿論、普通の奴には分からないだろうけど……。

 星馬は、どうして俺が疲れていると分かったのだろう。
 俺の演技は完璧で、一人も俺が疲れているなんてそんな風に思う奴は、居ない筈だ。

「何を言っているの?福会長が、居なくなったら、困るのは私達よ」

「そうですよ、それに副会長は、何時もと変わりません。会長、何言ってるんですか?!」

 驚いて言葉の無い俺に代わって、女子副会長と会計が、声を荒げる。

 まぁ、普通の奴の反応は、これが当然。
 だって、俺の演技は完璧だから、誰にもバレない筈。

「ううん、やっぱりくん、どっか疲れているように見えるから、今日は帰った方が良いよ」

 だが、そんな二人に、星馬は首を振って心配そうに俺を見てくる。

 なんで、こいつには、分かるのだろうか。
 こんなに完璧に演技していると言うのに……。

「星馬くんが、どうしてそんな風に思うのか分からないけど、僕は何時もと変わらないよ。心配してくれて、有難う」

 内心驚きを隠せないまま、それでもニッコリと笑顔で星馬に礼を言う。
 そんな俺に、納得できないと言うような表情を見せる星馬に、俺はもう一度笑顔を見せた。

「本当に大丈夫だよ。ほら、今日の仕事、まだ一杯残っているから、休憩はお終。仕事に戻ろう」

 心配そうに見詰めてくる星馬の視線から逃れるように、席に戻る。
 そして、置いてあった書類へと手を伸ばした。

「……なんせ、まだ、倒れる程じゃねぇしな……」

 そして、その書類を手に取った瞬間、ポツリと呟く。偽ってない、自分の言葉で……。

「えっ?」

 そんな俺の呟きに、驚いたように星馬が聞き返すように声を出す。
 それに、俺は曖昧に笑みを返した。



 
 俺の演技は、完璧。

 だから、誰にも気付かれる事は無い。

 本当の自分を見せる事無く、このまま生きて行くだろう。

 そう、この時までは、確かにそう思っていた。
 どうして、星馬が、俺の演技に気付いたのか、その理由は、直ぐに知る事となる。

 自分と言うモノを偽らずに、対等に話せる相手を手に入れる時に。
 その時俺は、演技などせず、ありのままの自分で居られる事の意味を知った。