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昔から、ボクには人には見えないモノが見え、聞こえない声が聞こえてきた。
初めは、それが怖くって、怯えていたのを覚えている。
普通ではあり得ない力だから、正直言って、その力を疎ましいと思った事も、否定できない。
だって、ボクは、普通の家に生まれてきたのだ。
だからこそ、こんな力は必要無いのに……。
そう思っていた力を受け入れることが出来たのは、あの声を聞いてからだと思う。
そう、優しく、まるで歌っているような声が、ボクを支えてくれたから……。
ボンヤリと昔の事を考えていた。
あの声は、今でも時々ボクの耳に聞こえてくる。
とっても優しく、歌うような声。
でも、昔ほど頻繁には聞こえてこなくなった事が、少しだけ悲しい。
今、耳を済ましても、あの声は聞こえてこない。
「星馬くん、そろそろ会議を始めるみたいだよ」
ボーっとそんな事を考えているボクの耳に、副会長のが声を掛けて来た。
「ああ、もうそんな時間なんだね……ごめん、始めようか」
2年に上がり、生徒会長と言うモノを押し付けられて、早くも2ヶ月が経つ。
仕事の内容は、ハッキリ言って雑用。
だけど、それほど大変だとは思わない。
その訳は、副会長のが、先回りをして、仕事を片付けてくれるから…。
とは、小学校から同じ学校だったと言うのに、ボクが彼の存在を知ったのは、こうして生徒会の仕事を一緒にするようになってからの事。
それまで、彼の存在も知らなかったのだ。
名前だけは、自分と学年の順位を争っているから、知ってはいたけど……。
見た目は、本当に地味で、必要な事しか話しをしないそんな人物。
でも、最初の頃は気が付かなかった事なんだけど、今、一つだけ気が付いた事がある。
このと言う人間は、地味で殆ど話もしかないけれど、おどおどした様子が見られないのだ。
地味で目立たなくしている生徒と言うのは、何処かおどおどした雰囲気を持っているのが普通なのに、彼にはそんな様子がなく、話しかければ普通にと言うよりも、普通の人よりもハッキリとした口調で話をするのだ。
それは、自信があるから出来る事。だから、地味で目立たない人がする態度だとはどうしても思えない。
「それでは、今日は以上で、会長、何かありますか?」
自分の考えに没頭していたボクは、突然声を掛けられて、我に返る。
そう言えば、会議中だった事をすっかり忘れていた。
「ううん、何も無いよ。今日は、解散で、問題無いね」
ニッコリと笑って、話を聞いていなかった素振りも見せずに言葉を返す。
「では、今日は解散です。この続きは、3日後の放課後にしたいと思いますので、各部の部長は頭に入れておいてください」
部活の事での会議だったけど、結局どんな風に話が進んだんだろう……。
本気で、話聞いてなかった。
「女子副会長と書記、会計は、もう帰って良いよ。後は、僕と星馬会長とでやっておくから」
内心複雑な気分で、どうしたものかと考えているボクに、の声が聞こえてきた。
って、後の事って、もしかしなくても後片付けの事だよね?
それって、会長であるボクがしなくちゃいけない事なの??
「そう?なら、お願いするわ。今日の会長は、話を聞いていなかったみたいだし、くん、しっかりと内容を叩きこんでおいてよ」
「任せておいて、大丈夫だよ。お疲れ様」
ああ、女子副会長とには、バレていたのか……ボクが、話を聞いていなかったってこと……。
教室から、ボクと以外が出て行くのを見送って、盛大なため息をつく。
「それじゃ、始めようか」
そんなボクに、ニッコリと笑顔で言われた言葉。
逆らえないと思ったのは、生まれて初めての経験かもしれない。
同じ年で、ボクにそんな風に思わせたのは、きっとが初めての相手だろう。
「お疲れ様。これで、今日話した事は以上かな。何か分からなかった事とかは無い?」
片付けをしながら、が本当に今日の会議の内容を分かり易くまとめて説明してくれた。
それは、重点がきちんと整理されていて、話を聞いていなかったボクにも、理解出来るほど、正確に感心してしまうくらいの見事な説明。
猫を被ってないボクでさえ、何も文句を言う事が出来ないくらいに……。
「うん、有難う。分からないところも無いよ」
だから、素直に頷いて言えば、ニッコリと笑顔が返ってきた。
ああ、の笑顔って、初めて見たけど、なんて言うのか前髪と眼鏡で隠れているのが、勿体無いと思えるくらい人を引き付けるものがある。
「それじゃ、もう遅いし、帰ろうか」
ボンヤリとの顔を見ていたボクに、促すように鞄が差し出された。
ボクは、それを慌てて受け取って、礼の言葉を返す。
当然のように笑うに、一瞬誰かの影が見えた。
でも、それは本当に一瞬で、影は、もう見えない。
その影を思い出そうとして、ボクは無意識に額へと手を当てた。
「どうかした?」
考えようとしたボクの耳に、心配そうなの声。
「ううん、何でも無いよ」
前髪と眼鏡で隠されている瞳が、真っ直ぐにボクを見ている事に気が付いて、慌てて首を横に振る。
「そう、遅くなっちゃったね。星馬くんの家は、心配してない?」
「えっ?」
ボクの否定の言葉に、はそれ以上の追求はせず、別な事を口にした。
一瞬言われた言葉の意味が分からなくて、思わず首を傾げたボクに、がまた笑顔を見せる。
「ほら、もうこんなに暗くなっているから、星馬くんの家の人が心配してるんじゃない?」
そう言って空を見上げるに、ボクも吊られて視線を空へと向けた。
そして、見えたのは闇色に染まった空。
そこまで来て、ハッと思い出してしまった。こんな時間まで、学校に居ると言う事実を……。
これは、ちょっとやばいかも……。
「くんは、大丈夫?」
空気は、何時もと変わらないし、変なモノを引き寄せた気配も全くないけど、思わず恐る恐る問い掛けてしまった。
だって、夜の学校なんて、ボクの体質が一番効力を発揮しそうな場所なのだ。
「それは、家の事?僕の家は、大丈夫だよ。良く遅くなる事があるから、気にされてないんだ」
恐る恐る問い掛けたボクの質問に、が全く違う返事を返してくれる。
ああ、そうだよね、普通あの会話から考えると、そう言う言葉に取られても仕方ないよね。
と言うよりも、普通に考えれば、そう言う言葉にしか聞こえない。
「あっと、その……」
「ああ、やっぱり心配掛けちゃったみたいだね」
ニッコリ笑顔で言われたそれに、どう言葉を伝えようかと考えている中、聞こえてきた声に思わず顔を上げる。
「星馬くんの弟さんだったよね?お迎えも来たみたいだから、早く帰らないと」
そして、再度ニッコリ笑顔。
って、『迎え』??
言われた言葉に、辺りを見回す。だけど、誰の姿も見えない。
言われた言葉の意味が分からずに、思わず首を傾げてしまっても仕方ないだろう。
「兄貴!」
意味が分からないから、尋ねようと口を開きかけたボクの耳に、聞き慣れた声が聞こえて来た。
驚いて、声の聞こえてきた方を向けば、遠くに人影が見える。
でも、確かにさっきまでは、姿も見えなかったのは本当。それなのに、どうしてには、分かったんだろう。
「迎えも来たみたいだから、心配も要らないね、星馬くん。それじゃ」
豪の姿を確認した瞬間、見慣れて来た笑顔で、手を振られた。
「あの、くん……」
「ああ、今日は、月も無いから、十分に気を付けてね」
ボクを送り出すようなその姿に、疑問に思った事を質問しようと彼の名前を呼ぶ。
だけど、質問しようとした言葉は、続けて言われた言葉に、意味を無くした。
きっと、深い意味で言われた言葉ではないと分かっている。
だけど、何処か含みのあるその言葉に、ボクはただ驚いて、を見詰めた。
「それじゃ、また明日」
だけど、はそんなボクを気にもしないで手を振るとそのまま歩き出してしまう。
「兄貴!こんな時間まで、学校に居て大丈夫なのかよ!!」
闇の中に消えていくの後姿を見送っているボクの肩に、豪の手が触れてきた。
「……ああ、今日は、問題無かった……」
心配そうに言われた言葉に、ただ簡潔に返事を返す。
そう、こんな時間まで学校にいたと言うのに、何も起きなかった。
何時もなら、うっとうしいくらいに人ではないモノを寄せ付けてしまうのに、今日は、それが無かったのだ。
今まで、一度だって、こんな事はない。
ボクの体質。
人には見えないモノが見え、聞こえない声が聞こえる。
そして、闇に居ては、そのモノを呼び寄せてしまう。
それは、昔からの事。
なのに、今日は、空を見るまでその事実さえも忘れてしまっていた。
当たり前のようにと話し、生徒会の仕事を終わらせたのだ。
「『夜』連れてないよな?」
「ああ、連れてきてない」
不思議に思って問われた言葉に、返事を返す。
ボクが飼っている黒猫の『夜』は、普通の猫と違う。
だから、連れていれば、確かにそう言ったモノを呼び寄せないのは、経験済み。
だけど、今は、連れていない。
多分、あいつはボクのベッドの上で、気持ちよさそうに眠っているだろう。
「それじゃ、何で?兄貴、誰かと一緒だったのか?」
「……と一緒だった」
「副会長?へぇ、もしかして、副会長も俺と同じ体質?」
「多分、それは無い」
豪の疑問に、キッパリと返事を返す。
こいつは、弱いながらも、そう言ったモノを寄せ付けない体質を持っている。
僕の方が強いから、あんまり役には立っていないけど……。
「そんじゃ、なんで?」
「そんなの、ボクに分かるわけ無いだろう!そんな事よりも、帰るぞ!!」
の姿はもう見えない。
何時までも、ここに居る訳にはいかないから、豪を促す。
人を迎えに来たのに、ここに引きとめてどうするんだ、こいつは!
「って、兄貴!!」
まだ、この場所は学校の中。
今日は偶々そう言ったモノを呼び寄せなかっただけで、何時それを呼び寄せるか分からない。
だから、この場所を離れる為に慌てて歩き出す。
だけど直ぐに、その足を止めた。
「兄貴?」
慌ててボクの後を追ってきた豪が、突然足を止めた事に驚いて、声を掛けてくる。
聞こえたのは、あの声。
久し振りに聞こえてくる、懐かしい声。
優しく、囁くように、歌っているかのような声……。
「ああ、久し振りだな」
「えっ?ああ、例の声か」
ゆっくりと瞳を閉じて聞き入っているボクに、豪が納得したと言うように、呟く。
ボクを支えてくれた声。
人には無い力を持ったボクに聞こえてくる、唯一の救い。
「ほら、早く帰ろうぜ」
聞こえてくる声に、どれだけ感謝したことだろう。
だけど、一方的に聞こえてくる声に、ボクの気持ちを伝える事は出来ない。
豪に促されて、小さく頷く。
この声が聞こえて来る時は、何時だって護ってもらっているように、ボクは、普通の子供に戻れる。
心に聞こえてくる、その声以外は……。
その声は、僕の支え。
そう、家族以外に、初めてボクが感じた信頼出来るモノ。
その声の相手に会うことは出来ないけれど、何時かは、出会う事が出来るのだろうか?
その時は、心から感謝の気持ちを伝えよう。
猫なんて必要無い、ボクの本当の気持ちを……。
― おまけ ―
「本当、いつ気が付くかね」
『お前が言わなければ、気付かないだろうな、一生』
帰っていく二つの影を見送りながら、思わず呟いた言葉。
それに返された声に、思わず苦笑を零す。
「本当、お前ってば、神出鬼没だよな」
何時の間にか、自分の肩に乗かっているのは、最近飼い始めた猫。
突然の事に驚かないのは、もう既に慣れてしまったからと、相手の事をちゃんと認めているから。
『態々、あいつの能力を隠す結界を張る必要はないんじゃないのか?』
「まぁ、それはそれだ。学校を幽霊屋敷にしちまう訳には、いかねぇだろう」
本当の事を知っているからこそ、呆れたように言われた言葉に、苦笑する。
『……あいつも、『夜』を呼ばないし、何を考えているんだ』
そんな自分に、盛大なため息をつく。
「それに関しては、分かる気がするぜ。『夜』は、道具でも何でも無い。だから、自由にさせたいんだろうな」
『……だからと言って……だから、お前もオレを使わないのか?』
呆れたように言われた言葉に、返事を返せば、文句を言おうと口が開かれる。
だけど、それは、言われた言葉を理解してなのか、驚いたような表情へと変わった。
「さぁな。んじゃ、星馬達も帰ちまったし、俺達も帰るか」
『、答えろ!』
真剣に聞き返された言葉に、曖昧な返事を返して、踵を返す。
そんな自分を真剣な声で、名前を呼ばれた。
「……う〜ん、『昼』は、そのままでいいんじゃねぇの。俺は、『昼』がしたいんなら、それを止める権利はねぇよ」
優しい笑顔で言われた言葉は、自分が欲しかった答えじゃないけれど、それだけで、十分なモノ。
そして、聞こえてきたのは、心の声。
優しく、囁くように、まるで歌っているかのような、声。
『……お前の心は、優しさに溢れているな……』
「そうか?腹黒いって自分でも思うけどな」
聞こえてくるのは、何時だって、優しさに溢れたもの。
きっと、この声に気付いたものは、誰もが惹かれるだろう。
その優しさに……。
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