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「妖精って、本当にいるの?」
「はぁ??」
真剣な表情で質問された内容に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまっても仕方ないだろう。
って、今、誰も居なくって良かった。思いっきり素だったぞ、俺。
「だから、妖精だよ。は、見た事あるの?」
いや、再度聞かれても、意味が分かんねぇぞ。…いや、意味は分かるけど、何で突然そんな質問が出てくるんだ?
「星馬、お前、いきなりどうしたんだ?」
こっちは、仕事に負われて忙しいって言うのに、何をくだらない事聞いてんだとばかりの視線を、相手に向ける。
「いや、幽霊は、嫌って程見た事あるし、妖魔もすぐ間近にいるからね、信じられるんだけど、妖精は、さすがに見た事無いなぁって、思って……。だから、は、見た事あるのかと思ってね」
……使い魔飼っている奴が、何を言ってるんだか……。
「んなの、どうでもいいから、仕事しろ。帰れねぇぞ」
「大丈夫、今日の仕事は、殆ど終わっているよ。のお陰でね」
ウインク付きで言われた事に、盛大なため息をつく。俺は、終わってねぇんだよ。
って、なんで俺ばっかり働いてるんだ。会長は、俺じゃなくって、星馬のはずだよな?
「だったら、紅茶でも入れてくれ、俺は、終わってないんだよ」
何時もなら自分でお茶を入れるけど、仕事がある俺が入れるよりも、手の空いている奴が入れた方が、効率がいい。
もっとも、へたくそな奴に入れさせる気は全く無いから、俺が星馬の腕を信頼しているから頼むんだけどな。
「ああ、ごめん。今、入れるね」
俺の言葉に、星馬が謝罪の言葉を口にして、紅茶の準備を始める。それを横目にして、俺はまた手元の書類書きを再開させた。
「で、何で急に、妖精なんて言葉が出てきたんだ?」
「う〜ん、深い意味は無いんだけど、ちょっと図書室でそう言う本が目に入ってね。実際に居るのかなぁって思ったんだ。幽霊や妖怪、妖魔だって居るんだから、妖精も居ても不思議じゃないと思ってね」
紅茶を入れている星馬に、書類を書きながら質問をすれば、素直に答えが返ってくる。
なるほど、そう言う事か。まぁ、確かに、幽霊や妖怪、妖魔は、俺達にとっては日常のモノだもんな。俺と同じくらい見える星馬なら特に。
なら、そんな疑問も仕方ないと言えば仕方無いんだろうけど、何で、俺にしかも、突然質問してくるんだ?
「妖精なぁ……俺も、そんなに見た事ねぇよ」
「そんなにって事は、見た事あるって事?!」
あっ、驚いている。う〜ん、普通は、そうだろうな。
「妖精って言っても、ケセランパサランってモンだぜ。気が向いたら植物のある所を注意してみてみろよ。マリモに目がついたような奴が居るから」
「……それって、緑色の丸い物体の事?」
俺の言葉に、星馬が思い出したように、首を傾げる。
「まぁ、マリモに目がついた奴だから、緑色だな。なんだ、星馬も見た事あるんじゃん」
まぁ、あれは、植物を好んでいるから、そう言う場所に行けば、姿を確認できるけどな。
「あれって、妖精なの?ボクが考えているのとは、ちょっと違うような……」
俺の言葉に、複雑な声が聞こえてくる。
って、どんなモノを想像してたんだか、はっきり言って、夢の見過ぎだな。
妖精なんて、そんなもんだ。
あれ?ちょっと待て、ケセランパサランって、妖怪だっけ??
えっと、真っ黒クロスケも、妖怪だっけか?それと、色違いだから、ケセランパサランって、妖怪??
「……悪い、ケセランパサランは、妖怪だったかも……」
「それって、妖精見た事無いって事?」
星馬が、カップに紅茶を入れて、俺の机の上に置く。
えっと、ケセランパサランが妖怪だって事は、えっと、見た事無いのか?
「……見た事無いって、事で、いいと思うぜ」
「そっか、さすがに、妖精は居ないって事かな」
残念そうにため息をついて、星馬が自分で入れた紅茶に口をつける。
見たいとも思わねぇから、別にいいけど、そんなに、残念がる事なのか??
でも、妖精ねぇ……。そう言えば、昔一度だけ……。
「……子供の頃に一度だけ、それらしいのを見たかもな」
「本当?」
って、嬉しそうだな、星馬。
そんなに妖精に興味があるのか??
「お前、そんなに妖精好きなのか?」
「そう言う訳じゃないけど、悔しいじゃない。妖精とか精霊とか、そう言った良いモノだけは見えないなんて。悪いモノが見えるんなら、良いものも見たいと思うんだよね」
そう言うモン。俺には、分かんねぇけどな。
俺は、見える事を商売としているから、そんな風に考えた事など一度も無いけど……。
でも、普通と言う意味で言えば、星馬の言うように、悪いものばかりではなく、確かに純粋な存在と言うものを見たいと思うものかもしれない。
ああ、そうか、だから俺は……。
「多分、星馬にも、見えると思うぜ」
「えっ?」
子供の頃に見たあれは、夢だったのかもしれない。
だけど、自分にとっては、安らぎをもたらした一瞬。
見える事で、普通とは違うと思っていた自分に、初めて、人には見えないモノが見える事を感謝した日。
「星馬が、そう思っているのなら、きっと見えるよ」
ずっと、普通と言うモノに憧れていた自分が、普通でない事を受け入れた理由。
「俺が、今こうしていられるのは、妖精を見たからだからな」
にっこりと笑顔を見せて、星馬が入れてくれた紅茶を飲む。
入れてくれた紅茶は、カモミールティ。
『、いい加減に戻って来い。婆さんが呼んでいるぞ』
「『昼』、良いところに来たな、星馬が紅茶入れてくれたから、飲むか?」
おお、ばーちゃんはとうとう『昼』をお使いさせちまうようになっちまったか、流石だよなぁ。
『何を悠長なことを言っている。早くしろ』
「ってもなぁ、まだ仕事終わってねぇし……」
目の前にある書類を見て、盛大にため息。
でも、ばーちゃんがわざわざ『昼』を使いによこしたって事は、急ぎの仕事が入った事なんだろうし、困ったぞ。
「家の仕事なら仕方ないよ。後はボクがやるから」
困っている俺に、星馬が救いの手を差し出してくれる。でもなぁ……。
「っても、これは、星馬の仕事じゃねぇしなぁ……いいか、明日までに仕上げてくる。悪いけど、明日朝一で確認してくれ。昼までに提出だからな」
「了解、『昼』もご苦労様。大変だろうけど、の事、頼むね」
『お前に言われるまでも無い。は、一応オレの主だからな』
書類を片付けている横で、何か会話が聞こえる。『昼』が、偉そうに言っているそれに、星馬が笑っているし……。
「後の片付けはやっておくよ。お疲れ様、」
「ああ、お疲れさん。あっと、忘れるところだった。ほら」
何時も首から下げているペンダントを外して星馬へと投げる。
「何?」
それをキャッチした星馬は、不思議そうに首を傾げた。
「それは、夜にでも開いてみな」
滅多に開く事は無いそれは、ペンダントロケット。子供の頃にばーちゃんから貰ったもの。
「あっ、それは貸すんだから、明日には返せよ」
「だから、これは何?」
「妖精、見てみたいんだろう?それ、開いたら見られるぜ」
笑顔を見せて、手を振ると、そのまま扉を閉めた。
「ちょっと、!」
ドアの向こうから星馬の声が聞こえてきたけど、無視。
『いいのか、あれはお前の大切なモノじゃなかったのか?』
「いいんだよ、あいつは特別。『昼』だって、特別だから、見せたんだぜ」
ロケットの中の写真は、俺の子供の頃のもの。
それは、一度だけ見た妖精と呼べるモノと映った写真。
見える人にだけ見える写真だから、星馬になら見えるはず。俺の傍に居る、小さな羽の生えた人間の姿が……。
「まぁ、あれも、昔の大切な思い出って奴だろうしな」
明日、星馬が、どんな顔でそれを返してくれるのかが、楽しみだ。
妖精なんて、存在しないと否定はしない。
それを夢物語だと言えば、人には見えないモノが見える俺達は、狂っている存在だから……。
だから、例え見えなくっても、否定なんてしない。
それが、自分が生きている証だから。
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