|
「あれ?」
気が付いたのは、の机の上に置かれているポータブルCD。
そう言ったものを持っているのをあまり見た事が無いから、意外と言うか……。
「どうかしたのか?」
ボクの声を聞きつけたのか、紅茶を入れながらも質問してくるに、思わず苦笑を零してしまう。
こう言うのを、耳聡いと言うのだろうか?
「うん、がこう言うのを持って来ているのが、意外だなぁと……言うか、珍しいと思ってね」
本当に、驚いたように言えば、納得したのか、が小さく頷く。
「ああ、それな……今日は、仕事終って直に学校来っているから、鞄に入ってたんだよ」
「えっ?仕事終って、直って……」
確かに、今日は月曜日で、昨日仕事だったって言うのは想像できるんだけど……でも、直接って、どう言う意味??
「出張で、大阪まで行ってたんだよ……ばーちゃん、本当に人使い荒いからな」
ボクの驚きの声に、は苦笑しながらも答えてくれる。
出張って言う言葉が正しいのかは分からないけど、勤労学生なは、大変そう。
これは、移動の暇潰しに持って行っていたって事だよね。うん、それって、つまり、が聞いていたって事……。
「でも、が、どんな音楽聴くのか、興味あるよね」
「聞いてもいいぜ、別に聞かれて困るようなものは、入れていないからな」
素直に思った事を口にすれば、サラリと返される言葉。
でも、聞かれて困るようなモノってどんなモノなんだろう?
「それじゃ、遠慮なく、聞かせてもらうね」
興味の方が強いから、素直にヘッドホンを耳に当てて再生させる。
CDが見えているのに、入っているのは、CD-Rのメディアで、何が入っているのかは分からない。
だから、余計に気になった。
耳に聞えてくるのは、ピアノの旋律。
ゆっくりとしたその音は、耳に心地よく聞えてくる。
「珍しいモノじゃねぇだろう?ほい、紅茶」
思わず目を閉じて聞き入ってしまっていたボクに、が声を掛けて来た。
それに目を開いて、を見れば、差し出されているカップが目に入る。
それをそのまま受け取って、ボクは思わず小さく首を振って返した。
だって、初めて聞く曲。ボク自身も、ピアノ組曲とかクラシックなんかは良く聞く方だと思っていたのに、このCDに入っている曲は、一度も聴いた事のない曲だったから……。
「、これは何て曲?」
「さぁ?曲名なんて、付けた事ねぇからなぁ」
「えっ?」
自分好みのその曲に、思わず問い掛けてしまえば不思議な言葉が返されて、思わず聞き返してしまう。
だって、曲名なんて付けた事が無いって……もしかして、これって……。
「のオリジナル???」
「オリジナルって言うのとは違うな。アレンジしたら、元の曲が残ってなかっただけだ」
それって、オリジナルって言わない?でも、アレンジって普通は、それに合わせて作るから、曲が残らないなんて普通はありえないはずなんだけど……。
そんなことよりも……。
「ピアノ弾けるんだ」
「……趣味程度にならな。人前で、弾いたことねぇから、知らなくて当たり前だけど」
苦笑交じりに言われた言葉に、納得したんだけど複雑な気分だ。
本当に、何でも出来る奴って居るんだと、改めて思い知らされる。
勉強も出来て、料理もスポーツも出来る。そして、ピアノも弾けて、仕事で払い屋なんてやっていて……。
日の打ち所が無いって言うのは、きっとのような奴を言うんだろう。
「いるんなら、やるぞ。そんなの貰っても嬉しくないかもだけどな」
耳に聞えてくるその音が手放せなくて、そのまま聞いているボクに、が声を掛けてくる。
「えっ?いいの??」
「ああ、曲自体は覚えているから何度でも弾けるし、それは頼まれたヤツの予備だったんだ。だから、行く場所もねぇからゴミを押し付けるみたいで悪いけど、いるのなら、貰ってくれ」
説明された言葉に、複雑な気分を隠せない。だって、こんな綺麗な曲をゴミなんて表現は絶対に間違っている。
でも、頼まれたヤツって、誰に頼まれたんだろう?
「それじゃ、お言葉に甘えて、貰っちゃうよ。でも、こんなに綺麗なのに、ゴミなんて言うのは、ちょっと許せないな……」
「まぁ、綺麗って言われて、嬉しくない訳じゃねぇけど……俺のは、遊びだからいいんだよ。まぁ、そのお陰で、時々使われちまうんだけどな」
ボクの言葉に、が苦笑しながら答える。
でも、使われるって……頼まれた人と同じ人の事だよね?一体、どう言う意味なんだろう。
「意味は、その内嫌でも耳にすると思うぜ」
ボクの表情を読んだが笑いながら、口を開く。
耳にする?
「何にしても、会長。そろそろ仕事終らせないと、帰れないぜ」
「えっ?ああ、もうこんな時間!」
不思議に思いながら首を傾げたボクに、が珍しくも役職で呼んで時計を指差す。それにつられて視線を向けた先に示された時間を確認して、ボクは慌てて書類へと視線を戻した。
の仕事は、もう終っている。
今、ここに居てくれるのは、ボクを待っていてくれている為だと分かっているだけに、申し訳ない気持ちで一杯になるのだ。
きっと、素直にこんな風に感じられるのは、家族以外では初めての相手。
猫も被らずに、普通に話せる事が、こんなにも安心できる事だと知ったのは、彼のお陰。
お互いを知って、親友と呼べるようになるのに、時間は掛からなかった。
こんなにも、自分を分かってくれる人が、家族以外に居てくれた事が、信じられない。
「星馬弟が、迎えにきたぞ」
「えっ?」
書類に目を通している中、ぽつりと言われた言葉に一瞬首を傾げる。
だが、次の瞬間、勢い良く扉が開いて、良く知った声に名前を呼ばれた。
「烈兄貴!まだ、終ってねぇのかよ!!」
「豪なんでお前が、ここに来るんだ……」
何時もは、部活が終れば飛んで帰ってしまうのに、今日に限って自分を迎えに来た弟に、素直に疑問を感じてしまう。
「副会長に呼ばれた」
「はぁ?」
「悪いな星馬、俺は、用事あるから先に帰らせてもらう。だから、星馬弟を呼ばせてもらったんだ」
って、用事あるのに、ボクに付き合ってくれていたの?
「なんで、それを先に言わないんだよ!」
「一人で作業するのは、寂しいだろう?だから、だ」
ボクの大声にも全く気にした様子も見せないで、サラリと返される言葉が、なんだか悔しい。
「それは、預けとくから、ポータブルの方だけは、今度返してくれよ」
「えっ?CDだけ貰っていくけど……」
「ケース無いと、持って帰るのも大変だろう?んじゃ、また明日。星馬弟も悪かったな」
「まぁ、兄貴を夜の学校に一人で残す方が危険だっていうのは、認めてっからなぁ」
豪の言葉に、が綺麗な笑みを浮かべる。
眼鏡を掛けて、前髪で顔を隠していても分かる、嘘偽りの無いの笑顔。この学校で、ボク達しか知らない、本当のの姿。
「じゃあな」
そして、その笑顔を浮かべたまま、部屋から出て行く後姿を見送った。
「兄貴、何貰ったんだ?」
が出て行った瞬間、豪がボクに声を掛けてくる。
「ああ、が創ったCDを貰った。ポータブルは、忘れないように、明日に返さないと……」
「ふ〜ん、聞かせてもらってもいいか?」
退屈なのだろう、ソファに座って興味深そうにボクの手元にあるそれを見詰めて来る弟に、ボクは思わず苦笑を零す。
「いいけど、お前クラッシク系は好きじゃないだろう?」
すっと差し出したポータブルを、豪が嬉しそうな表情で受け取る。
「暇潰し暇潰し」
言いながら既に、耳にヘッドフォンを当てると再生ボタンを押す。その素早い行動に、ボクが呆れたようにため息をついた。
「あれ?」
「どうかしたのか?」
そのまま残っていた仕事に意識を戻した瞬間、不思議そうな豪の声にまたしても邪魔されてしまう。
「なんで、副会長が今人気のCMソングなんて聞いてるんだ??」
「はぁ?」
驚いたように呟かれたそれに、思わず間抜けな声で返してしまった。
ボクは、あまりTVとか見ないから知らなかった。 見てもニュースだけだから、CMを見る事は殆ど無いと言ってもいいだろう。
だから、気付かなかったのかもしれない。
一度だけ聞いたその音楽を……。
「これって、作曲者も分からないし曲名も無いから、話題になってるんだぜ。兄貴だって、一度ぐらい耳にした事、あるんじゃねぇのか?」
言われてから、思い出す。そう言えば、何となくCMの一つが耳に入って、『いいなぁ』と思った事を……。
素直に耳に響いてきたその曲は、ピアノ組曲。それは、確かに今、自分が貰ったそのCDの中身と同じモノ。
一度しか聞いた事が無かったから、忘れていたその事実を思い出して、呆然としてしまう。
「……って、一体何者??」
「只者じゃねぇ事は、兄貴の友人やってる時点で知ってんだけど……謎が多い先輩だよなぁ」
思わず呟いたボクのそれに、豪が小さくため息をついて返す。
「お前なぁ……でも、払い屋以外にも、何かやっているのは、良く理解できたよ。何にしても、質問したとしても、その答えが返ってこないって事だけは、確かもね」
「そうだろうな。……世界に出回ってない貴重なモノ貰っちまったな、兄貴」
「だね。世界に何枚とないCDだね」
渡されたポータブルの中に入っているのは、金色ラベルの一枚のCD。
きっと、これを持っているのは、ボクとそのに頼んだと言う人物だけだろう。
「明日、お礼しなきゃだね」
「……んな事よりも、早く帰ろうぜ。もうこれ以上学校に兄貴置いといたら、学区全体がお化け屋敷になっちまうからな」
「………悪かったな。そうなったら、が払ってくれるんじゃないのか?なんなら、『夜』も呼べばいいし」
「……副会長、気の毒だな……」
|