「おでんが、食べたい」

「はぁ?」

 突然のの言葉にボクは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 いや、だって、今が冬であれば、珍しい言葉じゃないかもしれないけど、もう6月も半ばと言う時に聞く言葉ではないと思うのだ。

「……えらく、突然だね。どうかしたの?」

「深い意味は無い。ただ、何となく、食いたいなぁって……今日、作ろうかな」

 ボクの質問に、さらりと返された言葉。
 生徒会室に、2人だけで居るから、猫も被ってないの言葉に、ボクは、呆れたような表情を見せた。

「今の季節におでんも、珍しいんじゃないの?」

「そうか?でも、食堂とかには、年中あるメニューだろう?」

 手を動かしながら、ボクの質問に質問で答えるに、思わず感心してしまう。

 何時もながら、器用で、仕事は、真面目だよね。

「でも、ウチの学食にはないメニューだよね」

「そっか?ここの学食で飯食った事ないから、知らねぇ」

 ボク達の通っているこの学校には、一応学生食堂がある。学生は、それを利用するか、もしくは売店でパンを購入するか、家から弁当持参するなどの仕組みになっているのだ。
 は、最後のお弁当持参だと言う事を思い出す。

「そう言えば、は弁当持参してきていたね。あれって、妹さんが作っているの?」

「はぁ?あいつが作る訳ねぇだろう。いや、その前にあいつが作ったモンなんて、人間の食いモンじゃねぇぞ」

 少し前、と約束していた場所に無理やり現れた妹を思い出して問い掛ければ、不機嫌そのままに返事が返される。

「……そ、そんなに料理できないの?」

「おう、俺は昔、あいつが作った料理らしいものを食って、食中り起こして1週間入院した」

 手を動かしながら、そんな事を言うに、思わず驚いて、瞳を見開く。

 いや、だって、食中り起こす料理って……。

は、料理得意だから、妹さんも、得意なんだと思っていたよ」

「兄妹だからって、同じ訳ねぇだろう。星馬のところが、いい見本だ」

 意外そうにボクが呟けば、そんな言葉が返される。
 確かに、ボク達兄弟も正反対だけど……。

「それに、お前も料理得意だけど、弟は出来ないんだろう?それと同じだ」

 ボクが、の言葉に納得していると、作業が終了したのだろう、持っていたペンを置く。

「ほら、出来たぞ。後は、お前が目を通せ」

 そう言って、差し出された書類を受け取る。相変わらず綺麗な字が、びっしりと書き込まれている書類は、期限までまだ間のあるモノだった。
 ざっと目を通しただけでも分かる、完璧なまでの書類。

「相変わらず仕事が速いね」

 一通り目を当して、思わず感心してしまう。
 この書類を頼んだのは、今日の朝。たった数時間で、ここまで完璧な書類を作る能力は、本当に尊敬できるもの。

「おう、とりあえず、今のところそれでラストだ。後は、生徒総会って大イベントが終れば、楽だな」

 自分の机の上を整理しながら、言われた言葉にボクも頷く。
 確かに、今月は、の言うように生徒総会と言うイベントをクリアーすれば、楽。

「だね……なら、今日はもう終わりかな?」

「なら、おでんでも食いに行くかなぁ……作っても今日中には食えないし……」

 ボクの言葉に、少しだけ考えてから、が思いついたように口を開く。

 ああ、おでんって、煮込めば煮込むほど味が出て美味しいものね。

は、何処におでんを食べに行くんだい」

「俺?俺は、決まったところが一つある。そこ以外は、勘弁だな。なんなら、星馬も行くか?」

 誘われて、一瞬考える。が、『おでん、おでん』と連呼していた所為で、ボクも食べたくなったしね。

「そうだね、案内してもらおうかな」

「了解!なんなら、『夜』も呼べよ。『昼』は、そこの煮付けがお気に入りだからな」

 ニッコリと笑顔で、サラリと言われた言葉に、ボクは驚きの気持ちを隠せない。

 いや、だって、普通は、ねぇ……。

「『昼』を連れて行っても問題無い場所なの?」
「おう!俗に言う表と裏って奴だな。表では、小さな食堂。裏では、俺みたいな払い屋には、重要な仲介屋って奴だ」

 そんなところを、ボクに教えてもいいのか謎だけど、言われるままに素直に、『夜』を呼ぶ。

「ところで、だ。弟は、無視していいのか?」

「さぁ?あいつの事だから、もう家に戻って、のんびりしてるんだじゃないかな?」

「………呼んでやろうって気は、皆無な訳だな……一応、家には連絡しとけよ。俺は、問題無いけどな」

 放り投げられたモノを、慌てて受け取った。
 それは、一つの携帯電話。確か、ウチの学校は、携帯持つのは厳禁だった筈なんだけど……もっとも、守ってない人の方が多いけど、見付かった場合、即没収になる。

「ああ、俺は学校の許可取っているから気にするな。なんせ、仕事道具の一つだからな」

「って、の仕事は、学校公認??」

 驚いているボクに気が付いたのか、がサラリと話してくれた内容に、思わず驚きの声を上げてしまう。

「おう!あれ、話してなかったか?ここの学園長と俺のばーちゃんは、長い付き合いなんだよ。だから、特別視されてんだ。もっとも、教師でも殆どの奴は知らないけどな」

 いや、普通、そんな事、知らないと思うよ。
 だから、教師達がに対して一目置いているのか、理解できた気がする。もっとも、それだけが理由でない事も知っているけど……。

「そんじゃ、行くか!」

 何事も全く気にしていないというように、が荷物を持つと、ボクに声をかけてくる。

 気付かなかった。付き合えば付き合うほど、味が出てくるって言うか、ますます謎が深まって、どんどん離れられなくなる。

 なんか、その辺って、おでんと共通しているかも。
 煮込めば煮込むほど味が染みてくる、そして、無償に食べたくなる時があるのは、やっぱり、味があるからかな?


 この日、に教えてもらった店のおでんは、本当に美味しくって、また食べたいと思わせてくれるモノだった。