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忙しい時間と言うものは、本当に忙しくって、一日があっという間に過ぎて行く。
それが、気に入らない訳ではないが、やはり何とも言えない疲れは感じてしまう。
「ただいまぁ……」
疲れたまま玄関のドアを開けた瞬間、烈は驚いてその場に固まってしまった。
「お帰り、烈」
ニッコリと優しい笑顔で向けてくれた母親の姿は、何時も通りだから、全く問題ない。
しかし、その腕に抱かれている黒い物体が、烈を動けなくしているのだ。
「か、母さん……その…」
「ああ、この子?…大人しくって、私の言う事もちゃんと聞くいい子だねぇ。母さん、猫飼いたかったから、この子のこと気に入ちゃって……」
嬉しそうに説明する母親に、烈は盛大なため息をついた。
「母さん、分かってるの?そいつは、本物じゃなくって、幽霊なんだよ!」
「幽霊でも、こうやって触れるしねぇ……初めの内は、恐かったけど、こんなに懐いてくれてるし……」
黒い物体の頭を撫でながら言われたその言葉に、烈はその場に座り込みたい衝動にかられてしまう。
今、母親が抱いているのは、黒猫。名前は『夜』と言う。
確かに、ちゃんと動くし、触れるのだが、正真正銘本物の猫ではない。
その正体は、烈にだって分かっていないのである。
「……母さん、いいからそいつは、ボクが預かるから……」
疲れた気持ちを隠さずに、烈がすっと母親の手から黒猫を取り上げた。
猫の方も、大人しく烈の方に移動する。
「やっぱり、お前の方がいいんだねぇ……」
「母さん!そんな問題じゃないよ!!」
自分の肩に抱く様にして、呆れた様にため息をつく。
そんな自分に、残念そうに呟いた母親に、烈は再度ため息をついた。
本当の事を知らないと言うのは、恐ろしい。
― 夜 2 ―
「……こいつを、明日から学校に連れて行く?」
突然言われた内容に、驚いたような声を上げる弟に、烈は素直に頷いて返した。
「……母さんが、こいつを抱き上げているのを見た瞬間、ショック死するかと思った……」
疲れたようにため息をつきながらいわれた事に、豪は一瞬何も言わずに同じようにため息をつく。
「でも、こいつを学校に連れて行くって……今、文化祭の準備で急がしいんじゃねぇの?」
「忙しいからいいんだろう?何かに夢中になってる時は、霊感強い人も、そんなに幽霊見たりしないらしいからな」
「ふ〜ん、んじゃ、兄貴もそうなのか?」
もっともらしい烈の言葉に、感心した様に尋ねれば、不機嫌そうに睨み付けられてしまう。
「……残念だけど、変わらない……」
「あっそ…」
不機嫌そうな兄の姿に、豪はそれ以上の追及を諦めた。
下手に刺激をすれば、どんな事をされるか分かったモノではないのだ。
「でも、母ちゃんが猫飼いたかったって知らなかったぜ……まぁ、こいつなら、餌とか手間とかかかんねぇから、ラクだよなぁ」
「……ボクは十分手間がかかってるんだけどな……」
感心した様に言われたその言葉に、烈がため息をつきながら、ボヤイたそれはに、豪は思わず苦笑を零す。
確かに、手間と言うよりは、苦労させられていると言うのは、本当の事だから……。
「…えっと、こいつ連れて行くとして、どうやって大人しくさせておく訳?」
慌てて話しを誤魔化す様に言われたそれに、烈はため息をつく。
それが問題。きっと、自分が言ったからと言って、目の前の猫が言う事を聞くとは到底思えないから……。
「それが問題なんだよなぁ……水晶に閉じこもっててくれればいいんだけど……って、そうか!その手があった」
「はい?」
自分で言った言葉に嬉しそうな表情を見せている烈に、豪は意味が分からずに首を傾げた。
「……水晶の中に閉じ込める!」
キッパリと言い切る烈に、豪は思わずため息をつく。
「だから、どうやって?」
嬉しそうに言われたそれに、少しだけ呆れた様に問い掛ければ、烈がすっと自分のベッドに上に寝ている猫を抱き上げた。
「だから、こうやって!」
すっと烈が猫に手を翳したと同時に、その姿が見えなくなる。
そして、机の上に置いてある水晶を手に持った。
「ほら、これで問題ないだろう?」
得意げな表情を見せる兄の姿に、豪は疲れたようなため息をつく。
「…そんな事出来るんなら、もっと早くからやればいいんじゃ……」
「今思い付いたんだよ!」
呆れた様に呟かれたそれに、烈が拗ねた様にそっぽを向いた。
確かに、そんな簡単な事に気が付かなかった自分が、恥ずかしいのだろう。
「…イタ!」
そして、拗ねていた烈が小さな悲鳴を上げたのは直ぐの事で、その声に驚いて豪は烈を見た。
「兄貴?」
「……こいつの声が……煩すぎて頭痛い……」
頭を抱える様に座り込む烈の姿に、豪がため息をつく。
どうやら、閉じ込められた猫の方が一枚上手の様である。
「…出してやれば、大人しくなるんじゃねぇの?」
「分かってるけど、何か悔しくないか?」
「悔しくないって……誰だって、閉じ込められるのなんて、嫌だろう」
負けず嫌いな兄の姿に苦笑を零しながらそう言えば、何処か納得しきれないと言うように表情で睨まれてしまう。
それでも、賑やかに自分の頭の中に響く声に、烈は盛大なため息をついて、水晶を机の上に置いた。
「出ろよ……」
ポツリと呟いた言葉と同時に、猫の姿が現れる。
そして、その猫は不機嫌そうに、烈を見詰めた。
金色の瞳が、ジッと自分を見詰めて来るのに、烈はサイドため息をつく。
「……悪かった…もう、閉じ込めるマネはしない……・だから、お前も約束しろ!母さんに何かしたら、永久に水晶の中に閉じ込めておくからな!」
「兄貴、それって、約束じゃなくって、脅迫……xx」
「にゃ〜ん!」
満足そうに頷く声に、烈も頷いて返す。
どうやら納得した様子だ。
「まっ、普通の猫としてなら、母さんに甘えるのは許すよ……お前も、人に頭撫でてもらったりするの好きみたいだからな」
ニッコリと優しい笑顔を見せて、言われたその言葉に、『夜』が笑顔を返す。
そんなこんなで、何とか納得もした様だし、これからもこの猫との共同生活は、間違い無く存在するのだろう。
そして、これからは家の中を我が物顔で走り回る黒猫の姿があるのは、なんと言っていいのか分からない。
取り合えず、猫は結局飼い主に似ると言う事なのであろうか……。
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