貰ったモノは、大切にしましょう!

 なんて、そんな事を言っても、普通のモノを貰った訳じゃない場合は、どうすればいいんだろう?

 本当の生き物なら、まだ可愛がるって事が出来るけど、この場合はどうすればいいのか、誰かに教えてもらいたい。

 そして今、ボクは、一匹の黒猫の主となってしまったのである。

                                            ― 夜 ―

「烈、最近猫の鳴き声が聞こえるんだけど、お前また何か、拾って来たのかい?」

 食事中に、突然尋ねられたその言葉に、烈は一瞬動かしていた手を止めた。
 両親が、自分の体質を知っていると分かっていても、知らせたくない事だってあるのだ。

「……だ、大丈夫だよ、母さん……きっと、近所の野良猫の声じゃないのかなぁ……」

 苦笑いを浮かべながら返事を返す烈に、母親が訝しげな表情を見せる。

「……そうなのかい、豪?」

「って、何で豪に聞くの?」

 納得できないと言う様に、黙々と食事をしている豪へと問い掛けられたその言葉に、烈が盛大なため息をついた。

「…何となくなんだけどねぇ…ほら、豪の方が、母さんよりも、そう言うの分かるだろう」

 苦笑を零しながら答えを返す母親に、烈は再度ため息をつく。母親がその手の話には鈍いと言う事を知っているだけに、今本当の事を教えるのだけは、嫌なのだ。

「……えっと……俺も、知らねぇ……それにほら、兄貴が、言ってるんだから、大丈夫なんだろう・…」

「そうかい……なら、母さんは何も言わないけどねぇ……けど、父さんも、最近何か居るんじゃないかって、心配してたから……本当に、大丈夫なのかい?」

 心配そうに再度尋ねられた事に、烈がため息をつきながら頷いて返す。

「大丈夫だよ……昔みたいな事にはならないから……ご馳走様でした……」

 苦笑を零すと、慌てて椅子から立ち上がる。

「もういいのかい?」

「うん、十分食べたよ…ご馳走様…」

 母親に笑顔を返して、自分の食べた食器を流しに置いてから、烈は盛大なため息をついた。

「……本当、どうしようかなぁ……」

 呟いてもう一度だけ息を吐き出すと、そのまま自室へと戻る為に階段を上って行く。
 その際、まだ食事を続けている豪を睨んでも、許される行為だろう。
 なにせ、この原因を作ったのは、豪以外の誰でもないのだ。

「…人の気も知らないで、暢気なヤツだよなぁ……」

 自分の部屋に入るなり、疲れた様にベッドに座りこんで、その上で気持ち良さそうに眠っている黒猫に苦笑を零す。

 猫の幽霊。

 ただそれだけだったら、まだ扱いがラクだったかもしれない。
 だが、目の前で眠っている猫は、普通の猫じゃなくって、『使い魔』だと言っていた。

 『使い魔』すなわち、悪魔なのである。そんなモノが存在しているとは、思っても居なかった分、今の状況は自分にとって頭を抱えさせるには、十分過ぎるほどの事なのである。
 ちょっとやそっとでは動じないつもりだったのだが、流石にこればっかりは、複雑過ぎる。
 だからこそ、流石に両親に教える事も躊躇われてしまうのだ。

「……こうやって見れば、普通の猫なのに……」

 ベッドの上で丸まっている姿は、何処にでも居る猫そのモノで、この姿が実体で無いと分かっていても、可愛いと思ってしまう。
 触れば、ちゃんと毛の感触だってあるし、何処をどう見てもただの猫で……。

「……『使い魔』で、水晶に閉じ込められてるって、一体何をやらかしたんだか……あっ、起きた……」

 大きく伸びをするその姿を見ながら、烈は九章を零す。
 どう考えても、普通に猫を飼い始めたと言う気分しか持てない。

 そう、この体が浮いたりしなければ……xx

「…おはよう…」

 自分の肩に懐いて来るその姿に苦笑を零して、頭を撫でる。
 気持ち良さそうに喉を鳴らしている姿も、猫そのもので…。

「兄貴、入るぜ」

 突然の声と共に、ドアが開いて豪が入ってくる。
 声を掛けるようになった分ましかもしれないが、当然の様に入ってくるその姿を烈は不機嫌そうに睨みつけた。

「あっ!」

 入ってきた瞬間、驚いたような声を出されて、睨んでいた表情が思わず緩んでしまう。
 突然入ってきたと思ったら、慌てて扉が閉められてしまった。

「……兄貴…そいつ……」

「えっ?って、もしかして、お前にも見えるのか?」

 自分の肩を指差す豪に、驚いた様に問い掛ければ、頷いて返される。
 それに、烈は疲れた様に頭を抱え込んだ。

「……『夜』姿消してくれ……母さんに見つかったら、どう説明させる気だ!」

「にゃ〜んvv」

 烈のため息をつきながらの言葉に、嬉しそうな声で泣き声を上げる。

「……ボクを怒らせたいのなら、そのままでもいいんだけどね……ただし、今すぐにどっかに消えてもらうよ」

 ニッコリと笑顔を見せてのその言葉に、豪が思わず壁に懐いてしまう。
 自分に言われた訳ではないと分かっていても、こういう時の烈が恐いと言うのは、身をもって経験している事なのだ。
 烈の笑顔の脅しに、猫の姿が豪の視界から見えなくなってしまう。

「あ、兄貴…」

「お前は、水晶に戻ってろ!で、お前は何の用事なんだ?」

 ギッと睨み付けられて、びくっと肩が震えてしまうのは、長年一緒に居る為に身に付いてしまった習慣。
 そんな豪を前に、烈は呆れた様にため息をついた。

「で、用事ってなんなんだ?こいつを引き取るって言うのなら、喜んで渡すぞ」

「……俺に、扱える訳ねぇじゃん・……そいつは、兄貴だから言う事聞いてるんだろう?」

 恐る恐ると言った様子で自分に言葉を返してくる弟に、もう一度だけ盛大なため息をついて見せる。
 確かに、この『使い魔』を豪が扱えないと言うのは正しいだろう。

 この水晶を貰ってからまだ数日しか経ていないが、既にこの黒猫は豪の事をからかいの対象としか捕らえていないのである。
 時々、豪にも見える様に姿を表しては、バカにした様にからかっているのは、何度も見せられた光景なのだ。

「……この水晶、ぶち壊したら、問題無いんじゃないのか?」

 疲れたように息を吐き出して、手に持った水晶を指差しながら言われたその言葉に、豪が思わず九章をこぼす。

「……兄貴、それは不味いって……『夜』が睨んでるぜ」

 本気でやりかねない兄に、豪は慌てて水晶を取り上げると、それを烈の机の上にそっと置いた。

「お前は、人事だから、暢気でいられるかもしれないけどな!ボクは、これの所為でますます迷惑してるんだよ!!」

 バンっと机を叩いて言ってから、烈が慌てて口に手を当てる。
 それは、言ってはいけない事だったから……。

「迷惑してるって、それ、どう言う事だよ、兄貴!」

 『しまった』と言うような表情を見せている烈に、豪がその理由を聞き出そうと声を上げる。
 そんな豪に、烈は諦めた様に息を吐き出すと、苦笑を零した。

「……正直言って、見えるのが前よりも酷くなってる……それに、最近夢が……」

「夢?」

「ああ、夢を見ない……いや、夢を見てるんだけど、何も無い夢……原因は、こいつだって分かってるんだけどな……」

 疲れたようにため息をついて、烈が水晶を指差す。

「……兄貴、夢なんて覚えてるのか?」

「全部じゃないけどな……最近は、こいつのお陰で、闇の中を歩いてる夢しか見ない。どうやらこいつの正体は、バクらしい……」

 ピーンと指で水晶を弾きながら言われたその言葉に、豪が不思議そ運首を傾げる。

「……バ、バクって?」

「……バクも知らないのか?夢を食べる妖怪!もっとも、そんなの架空の生き物だって言われてるけどなぁ……」

 呆れた様に豪に説明をしてから、烈が水晶を持ち上げて、そのまま首に掛けた。

「こいつの餌は、人の夢……だから、一番に食べられるのは、ボクの夢って事だな……・」

 苦笑を零しながら、自分の首に掛けられたそれを見てため息をつく。

「……本当に、とんでもない物を人にくれるよな……安いからって、こんなモノを買って来る、お前の神経が信じられない!」

 ここ数日何度のもこのセリフを聞かされ続けていた豪は、もう苦笑を零すしかない。
 『小さな親切、大きなお世話』と言うのは、まさにこんなことを言うのだろうかと、考えてしまうのを止められない。
 そして、更に烈の言葉が続く。

「……お前が高校に入ってきてから、全く呼び出しも掛からなくなって、ストレスはたまってるって言うのに、クラスの連中はクラスの連中で、人の事勝手に生徒役員に推薦してるし!それもこれも、全部お前の所為だぞ!!」

「……兄貴、それはちょっと横暴だって……それに、兄貴最近頻繁に呼び出しされてるって聞いてるぜ…女の子から……」

「女の子相手に、喧嘩しろって言うのか?大体その呼び出しにしても、ボクにとっては迷惑な話なんだよなぁ……」

 盛大なため息をつきながら言われたその言葉に、豪は何も言葉を返せない。
 呼び出しをされないのは、烈を呼び出した人物達が、余りにも酷い目にあったが為、呼び出しが無くなったのだ。
 烈を体育館倉庫に閉じ込めた人物達は、恐ろしいモノを見たとかで、一時は学校中で噂されたらしい。
 もっとも、真実を知る者は誰一人居ない為に、噂は自然に消えていった。

「……そう言えば、兄貴って、生徒会役員とかって推薦にはなるけど、一度も当選した事無いよなぁ……みんな不思議がってるけど…って、まさか!」

「…そのまさかに決まってるだろう。誰が、面倒な役員なんて引き受けるんだ?」

「……それって、不正っていわねぇ……」

「別に当選しない様にしてるだけだから、問題ないだろう。本当、呼び出しを掛けてくれた人達には、心から感謝してるんだよね」

 ニッコリと可愛い笑顔を見せているのに、とんでもない事をサラリと言う実の兄に、豪はそのまま言葉を失ってしまう。
 要するに、烈は当選しない様に裏で脅しを掛けているのだ。
 しかも、今まで自分達に呼び出しを掛けた人物を使って……。

「……俺の兄貴って……」

「素敵なお兄様を持って幸せだろう?」

 ニッコリと笑顔を見せる烈に、何も返さない。
 こう言う時は、何も言わないで居る方が、安全だと学習されているのだ。

「まっ、そんな話しは別にいいとしても、今話しているのは、こいつの事……母さん達にばれない様にするには、どうするかだよなぁ……」

「…教えた方が早いんじゃ、ないのか?」

 ため息をつきながら呟かれたそれに、豪があっさりと言葉を返す。
 それに、烈はもう一度ため息をついた。

「……心配掛けるって分かってるのに、話せる訳ないだろう!しかも、普通じゃ無いんだぞ、こいつは!!」

「って、言われても、母ちゃんは、何となく気が付いてるみたいだぜ……兄貴が上がった後ぼやいてたから……」

「何て?」

「『…心配掛けたくないって言うのは、分かるんだけどねぇ……』て」

 言われた内容に、烈は頭を抱える。
 自分の性格と言うモノを流石に良く分かっている親に、感心するしかない。

「んで、俺が『兄貴なら大丈夫』って言といたから、問題ないとは思うけど……」

「……お前なぁ・……それを先に言えよ…なら、このまま黙っておいた方がいいだろう。こいつは、ボクが責任持つしかない訳だしな……『夜』」

 烈が名前を呼ぶと、黒猫が姿をあらわす。
 そして、烈の肩に乗って、返事をするように声を上げた。

「……お前も、ボクの言う事を聞かなければ、この水晶を叩き壊すからな」

「にゃ〜!」

「な、何だい、それは…」

 だが、間が悪い事に、その声を聞き付けたのだろう母親が烈の部屋を覗いて驚きの声を上げたのに、豪と烈は顔見合わせて、頭を抱え込んでしまう。

「……母さん…」

「お風呂に入る様に言いに来たら、猫の声が聞こえて……烈、それは……」

「……ボクが飼う事になった猫です……名前は、『夜』……餌とかいらないから、便利でしょう?」

 引き攣った笑いを見せながら、烈が自分の肩に乗かっている猫を両手で持つとその姿を母親に見えるように差し出した。

「…本物の猫なのかい?」

「……触ってみる?」

 恐る恐る尋ねてくる母親に、烈が苦笑を零して尋ねれば、大きく首を振って返される。

「…だろうね…そんな訳で、ボクが隠してたのは、こいつです……危害とかは、全くないから心配しないでねって、父さんにも言っておいてくれるかなぁ?」

「あ、ああ…分かったよ……でも、本当に危害は無いんだね?」

「うん。そう言った時の対処の方法は、分かってるから、大丈夫だよ。あっ!お風呂だったよね、それじゃ、ボクが先に入るから・・…」

「そ、そうだね…じゃ、早く入るんだよ……」

 複雑な表情を見せている母親に、ニッコリと笑って頷いて返す。
 そして、母親が部屋から出て行ったのを確認してから、烈は疲れた様に息を吐き出した。

「…失敗した……」

「まぁ、遅かれ早かれこうなる運命だって事で、諦めようぜ。それに、こいつなんか、それ狙ってやった様に思うんだよなぁ……」

「…だろうね……等分は、こいつに振りまわされるんだろうなぁ……」

 諦めた様にため息をつく烈に、豪も同時にため息をつく。

「まっ、考えてても仕方ないしね……さてと、お風呂入ろう!豪!ここに居るのはいいけど、散らかすなよ!」

「……分かってます……」

 着替えを出しながら言われた事に、頷いて返す。
 そして、烈が自分の首に掛けた水晶を数して机の上に置いた。

「お前もここに居ろ!部屋から出るなよ!」

 黒猫をベッドに置くとそれだけを言い終えてから、部屋を出て行く。
 そんな烈を見送ってから、豪はもう一度ため息をついた。
 そして、ゆっくりと猫へと視線を向けた瞬間、その姿は自分の直ぐ傍まで来ていて……。

「……お前、烈兄貴だけは、怒らせるなよ。本気でこの水晶壊されるぜ……」」

 自分の目の前に浮かんでいるその黒猫に忠告すれば、その顔が『ニッ』と笑顔を見せた。

「……まさか、それが目的なのか?」

 自分に対しては、何も話さない猫に問い掛けても、返事は戻ってくる事はない。
 しかも、猫は既にその姿を消して、自分の目には見えなくなってしまった。

「……なぁんか、企んでるよなぁ……」

 その猫が、何を考えていて、その正体は一体なんなのか?
 謎は深まるばかりであろう。

 そして、更なるトラブルは、何時訪れるのか、それは誰にも分からない事である。