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『誕生日?』
不思議そうに自分の事を見上げてくる黒猫に、豪は思わず苦笑を零す。
最近ではすっかり可愛くなったこの黒猫を見ていると、どうしても飼い主に似るのだと思わずにいられない。
「そっ、兄貴の誕生日なんだよ、明日」
楽しそうに笑いながら、豪がもう一度同じ事を口にする。
4月10日。
それは、自分の兄でもある烈の生まれた日。
「だから、兄貴が生まれたって事に感謝して、プレゼントするんだ」
『何で、感謝してプレゼントするんだ?』
説明が下手な豪に、意味が分からないと言うように、『夜』が聞き返す。
確かに、感謝の気持ちと言うのは間違いではないかもしれないが、それがどしてプレゼントを渡すと言うことになるかの、それが分からない。
「えっと、だからだな……やっぱ、俺の説明じゃ分からないよなぁ・・・・・・」
どう説明をすればいいのか分からずに、豪がお手上げとばかりに盛大なため息をつく。
「でも、だからって、兄貴には聞くなよ。兄貴の事だから、多分覚えてないだろうし、こんな時じゃねぇと驚かせられないだろう?」
『……烈が覚えてない事なのか?』
記憶力なら、烈の方が断然上であることを知っているからこそ、『夜』は、信じられないと言うように豪を見た。
「……いや、そうじゃなくって……兄貴、自分の事に関しちゃ気にしてないから、覚えてるだろうけど、忘れてるって言うか……」
『覚えてるのに、忘れてるのか?』
訳の分からないその言葉に、『夜』がますます複雑な表情を見せる。
確かに、今の豪の言葉で分かれと言うほうが無理な話であろう。
「いや、だから……と、兎に角、誕生日って言うのは、その人が生まれた事をお祝いする日なんだよ!」
『それは、分かった。だから……』
「珍しいな、二人で何の話だ?」
自棄クソとばかりに言われたその言葉に呆れたように問い返そうとした瞬間、お風呂から出て来た烈が部屋のドアを開けて中に入ってきた。
確かに、この場所は烈の自室なのだから、本人がノックもしないで入ってくるのは当然な事かも知れないが、あまりにも突然だったために、豪と『夜』は驚いて思わず烈を凝視してしまう。
「あ、兄貴……もしかして、今の話聞いてたのか?」
「いや、何だ、ボクに聞かれちゃまずい話なのか?」
豪の恐る恐るたずねられたその言葉に、むっとしたように烈が聞き返す。
それに、豪が慌てて大きく首を振って返した。
「じゃ、じゃあ、俺風呂入ってくるわ……」
イソイソと部屋を出て行く豪に、烈はため息をついて、まだ濡れている髪をタオルで拭き始める。
『……相変わらず、嘘吐きだな……』
豪が出て行ったドアを見詰めながら、小さくため息をついて『夜』がポツリと呟いたそれに、烈は髪を拭いていたその手を止めて、苦笑を零した。
「……それって、誉め言葉なのか?」
『……夢魔にとっては、最大の誉め言葉だな』
苦笑を零しながら尋ねられたそれに、さらりと返ってきた言葉に、烈は笑みを零す。
「それじゃ、ボクにとっても、十分な誉め言葉ってことなんだろうね」
嬉しそうに笑いながら、自分のベッドに眠るその頭をやさしく撫でる。
『……明日、誕生日なんだろう?』
「らしいね……でも、もう祝ってもらって嬉しいって言う年じゃないから……あいつの気持ちは嬉しいんだけどな」
苦笑を零しながら、烈は頭にのせていたタオルを取ると、籠の中に投げた。
きれいに入ったそれを横目で見ながら、ベッドに腰を下ろす。
『……あいつは、烈が生まれた事を感謝する日だって言ってたぞ』
「そうだね。本当、あんな奴の兄貴に生まれた事を感謝しなくっちゃいけないんだから、複雑な気分だよ」
苦笑混じりに言われたその言葉に、『夜』は小さくため息をつく。
『……お前って、本当に嘘吐きだ……』
「誉めてくれて、ありがとう」
『……やっぱり、嘘吐きだよな……』
呆れたように呟かれたそれに、烈はただ笑みを返した。
明日、自分が生まれた日。
それは、確かに嬉しいと思える日かもしれない。
だけど、自分にとっては、そんなにも大切な日ではないのだ。
自分が生まれた日よりも、大切な日がある。
それをくれたのは、他の誰でもないたった一人の相手。
「いいんだよ、ボクの嘘が分かるのは、お前だけなんだからね」
にっこりと笑顔を見せて、そっと黒猫を抱き上げる。
そして、自分を分かってくれるこの存在に出会えたのも、あの人のお陰。
嘘で塗り固めた自分の全てを許してくれる存在。
絶対的な信頼と、絶対的な安心感があるから、傍にいられるのだと思う。
「……本当、こんな事、あいつだけには知られたくないよなぁ……」
ポツリと呟いたそれに、腕に抱いていた猫が小さく笑って返される。
この気持ちを知っているのは、腕の中の存在だけ。
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