「兄貴」
後ろから名前を呼ばれて、振り返る。
帰って来たばかりと言うその姿に、烈は苦笑を零す。
「…今ままで、部活だったのか?」
「まぁな……んで、その手に抱えてんのは、もしかしなくても、チョコレートだよなぁ……今年も、大量に貰ったみたいだな」
感心したように自分が持っている紙袋に視線を向けてくる弟に、烈はもう一度苦笑を零した。
確かに、今年の数も決して少ない方ではないだろう。
それだけに、もって帰ってくるのもかなり苦労したのだ。
「毎年毎年、よくやるよなぁ、本当……また、ちゃんと律儀に返事返す気なんだろう?」
「まぁな……それよりも、そこで愚痴言うんだったら、これ持ってくれよ。ほら!」
「って!何で俺が烈兄貴の荷物持たなきゃいけないんだよ!!」
突然荷物を渡されて条件反射のように受け取ってから気が付いた事に、思わず文句を返すが、それは、持ってしまったほうの負けである。
「本当、帰りにもお前が居てくれると助かったのになぁ」
肩のコリを解すように手を当てると、首を左右に振ってから、腕を回す。
疲れましと言わんばかりのその態度に、豪はそれ以上の文句を言う事は出来なくなる。
弟としては、やはり立場が弱いのだ。
「何なら、それ貰ってくれてもいいぞ」
ニッコリと花のような笑みを見せる相手に、豪は不満一杯と言う表情を浮かべる。
自分が甘いものが嫌いであると言う事を知っているのに、嬉しそうに言われるそれは、本当に楽しんでいるとしかいえない。
「……俺が、毎年チョコレート貰わない理由知ってて言ってるから、性質が悪いよなぁ……」
「優しいお兄様だろう?」
「…本当に……」
ゲンナリと疲れたように言われたそれに、楽しそうな笑い声が返される。
「冗談はそれくらいにしといてやるよ。それから、ジュンちゃんからチョコレート預かってるから、後でボクの部屋に取りに来るように」
笑顔を見せながら、豪の腕から自分の荷物を取り上げながら言われたそれに、豪は苦笑を零した。
「……あいつも毎年マメだよなぁ、ほんと……xx」
何だかんだ言っても、ちゃんとしている兄に、内心感心しながらも、言われた事に返事を返す。
「まぁ、来月は、ちゃんとお返ししてやれよ。わざわざお前の為に甘くないチョコレート作ってくれてるんだからな」
「わぁ〜ってるよ・……それにしても、あいつちゃんと本命居るのか?」
リビングのドアを開きながら返事をした豪に、烈は小さくため息をついた。
幼馴染であるジュンが誰を好きなのかというのは、一目瞭然である。
相変わらずそう言う感情に鈍い弟を前に、烈は幼馴染に同情の気持ちを向けた。
「まっ、お前がそんなんだから、ボクも安心なんだけどな」
「はぁ?」
「お前には、一生分からなくっていい事だ。母さん、これ」
小さくため息をつきながら言われた事を聞き逃がした豪が、聞き返した事に苦笑を零しながら、烈はリビングで寛いでいた母親に紙袋を手渡す。
「……ああ、今年もこんなに貰ったのかい?」
袋一杯のそれを前に、笑みを見せている母親に、烈も笑みを返す。
「また悪いんだけど、今年も宜しく」
「分かったよ……お帰り、豪。夕飯直ぐに食べられるからね」
「おう!」
「『おう』じゃないだろう!ちゃんと挨拶しなさいよ」
鞄をソファに置くとさっさとキッチンに入っていく豪の後を追うように、母親もキッチンに向かう。
それを見送りながら、烈は笑みを零した。
「まぁ、今は、このままが一番ってね……」
苦笑を零しながら、烈はそっとリビングを後にする。
まだ今は、兄弟と言う関係が特別な何かによって邪魔されないように……。
「我がままだよなぁ……ごめんね、ジュンちゃん……後、少しだけで言いから……」
特別な相手が出来て、今のようにずっと一緒に居られないよりは、ただ今だけは、こうして兄弟と言う立場を大切にしていきたいのだ。
きっと、そう遠くない未来に、自分達は、それぞれに好きな人を見つけるだろう。
そうなった時、今のような関係で居られるのかどうかは、誰にも分からない事である。
「まっ、そう簡単には、変わらないんだろうけどね」
今は、まだこのままで……。
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