― トラブル・メーカー

  




「退屈……」

 呟いたその言葉に対して誰も答えてくれるとは、思っていない。
 天気がいいのに、憂鬱な気分を拭いきれないのは、本当に退屈だから……。

「何か、面白い事ないかなぁ……」

 外に出てみれば、少しは気分が変わると思ったのに、全く変わらない。
 それどころか、暑い所為で余計に気分が悪くなる。

「こう言う日こそ、なんか喧嘩でもしてすっきりしたいのになぁ……」

 例の事件を境に、一つも呼び出しが来ない。
 もっとも、その前から頻繁だった呼び出しは、かなり少なくなっていたので、とどめを刺したのはやはりあのお化け屋敷が原因だと思うのだ。

「……本当、この体質恨むよねぇ……」

 盛大なため息をついて、烈は近くにあったベンチに座る。
 受験勉強の合間の息抜きとばかりに、散歩に出掛けてみたのだが、外は30℃を越す猛暑のために、じっとしているだけで汗が浮かんでくるのを感じて、烈は再度ため息を付いた。

 ボンヤリと空を見詰めながら、蝉の声を耳にしていれば、時折生暖かい風が吹き抜けて行くのを感じて、烈は静かに瞳を閉じた。
 小さな公園には、暑さの為か人は居ないので、本当に静か過ぎる。

 賑やかに聞こえてくる蝉の声に混じって、聞こえてきた声に、烈はふと顔を上げた。

「イヤです!離してください!!」

 ハッキリと聞こえたその声に、そちらに視線を向ければ、一人の少女が何人かの男達に囲まれている。

「……暑いのに、良くやるなぁ……」

 良くある事だと思いながらも、思わず感心してしまうのは、その男達が余りにも良く居るようなタイプだからかもしれない。

「……でも、ストレス解消には、良さそうかもねvv」

 嬉々としてベンチから立ちあがると、烈はその男達の方へと歩いて行った。

「……私、本当に急いでるんです……」
「だからぁ、俺達が送ってあげるって言ってるじゃん」

 困った様に声を上げている少女の腕を、一人の男が掴もうとした瞬間を狙って、烈はその人物達に声を掛けようと、その肩に手を置く。

「やだなぁ…いやがってるのに、しつこくすると余計に嫌われるんじゃないの、お兄さん達」

 少しだけ肩を掴む手に力を込めて、烈はにっこりと可愛らしい笑顔を見せた。

「なっ!誰だよ。お前……って、何だ?お前、男…いや、女か?」
「なんだ、彼女なら、この子と一緒に俺達と遊ぼうぜ」

 振り返ったと同時に立っていた烈の姿を見て、男達は嬉しそうに声を掛けて来る。

 だが、口にされた内容が不味い。
 ピクリと烈の端正な眉が上がって、肩に置かれていた手に更に力が加わる。

「い、いてぇ!」
「えっ、おい!」

 肩に手を置かれていた人物が、その力に悲鳴を上げるのを聞いてから、烈は漸くその手を離した。

「……誰が、彼女だって?……君達の目は、節穴って言うんだろうねぇ……」

 肩から離した手を組んで、冷たいとも取れる微笑を浮かべる。
 それは、見る人にとっては、恐怖すら感じるほど綺麗な微笑。

「な、なんなんだよ、お前は!」
「……本当、芸の無い問い掛けだよねぇ……他の言葉って、言えないの?」

 呆れた様にため息をついて、烈がゆっくりと少女の方へと近付いて行く。

「な、なんだと!」

 自分に対して怒っていると分かる男達の声を完全に無視して、烈は壁際で震えている少女に優しく声をかけた。

「大丈夫?ほら、急いでるんでしょう?行っていいよ」

 男達に向けた笑顔とは全く違う優しい笑顔に、少女は戸惑いながらも後ろに居る男達に視線を向ける。

「……でも…」
「ああ、大丈夫だよ。君が居る方が、お兄さん達も興奮しちゃうからね」

 ニッコリと笑顔で凄い事を言ってのける烈に、少女は困惑しながらも思わず頷いて返した。

「それじゃ、私…誰か、呼んできます!」
「いいよ、気にしなくても、大丈夫だから……それじゃ、気を付けてねvv」

 とんっと肩を押すと、少女を促す様に手を振って見せる。
 それに少女は、どうしたものかと考えた後、やはり人を呼んで来ようと、烈達に背を向けた。

「おい、何て事するんだ!」
「何て事って、急いでる彼女を引き止める方が、酷い事じゃないの?」

 怒って自分の肩に手を置いた男の腕を掴んで、捻り上げる。

「お前……俺達に喧嘩売ってるのか?」
「……う〜ん、高く買ってくれるなら、売ってもいいけど……あんまり高くかってくれそうも無いよねぇ…」

 男の言葉にため息をつきながら呟いたそれは、そこに居る人物達を怒らせるには十分過ぎる言葉であった。

「この、野郎!!」

 怒った一人が、烈を殴りつけようと腕を振り上げた瞬間、烈は嬉しそうに口の端を上げる。

「……本当、退屈しないよねぇ……」





「すみません!あの…あっちで、男の子が絡まれてるんです……」

 烈の姿を探して、ボンヤリと道を歩いていた豪は、突然そんな事を言われて肩を叩かれた。
 振り返れば、肩で息をしている少女が自分に助けを求めて居るのを見て、豪は面倒臭そう息を吐き出した。

「ワリィけど、俺急いでるから……」
「あの女の子みたいな子を助けてあげて下さい!私の所為で、絡まれてるんです!!」

 厄介事に巻き込まれるのがイヤで、断ろうとした瞬間言われたそれに、豪は一瞬自分の耳を疑いたくなってしまう。

「……女の子みたい…」
「はい、髪が赤くって、色の白い……あっ!」

 続けて言われたその言葉に、豪は慌てて走り出した。
 女の子みたいで、髪が赤く色白と言われて、思い当たる人物は一人しか居ない。

「たく、なに誰カレ構わず喧嘩売ってんだ、バカ兄貴!」

 急いでその場所へと走って行った所で、誰かの悲鳴が聞こえた。

「兄貴!!」

 角を曲がって着いた先には、既に道端に転がっている3人の男達の姿がある。

「豪?なんでお前が……」

 最後の一人を倒してから、烈は自分を見詰めて来る弟に不思議そうに首を傾げた。
 その姿を見ていると、どう見ても3人の男達を倒した人物だとは到底思えない。

「……母ちゃんから、兄貴探して来いって、言われたんだよ」

 パンパンと手の汚れを払っている烈の姿に、豪は疲れたように説明する。

「母さんが?なんて言ってたんだ?」
「………出掛けるから、夕飯頼むって……」
「……それだけの事で、オレを探してたのか、お前……」

 いやな予感がしたからとは、口が避けても言えない。

 まさか本当に烈が喧嘩をしているなどと思ってもみなかっただけに、豪は盛大なため息をついてしまった。
 近頃、烈のストレスが溜まっている事を知っていただけに、思わず転がっている男達に同情してしまう。

「……少しくらい、手加減してやれよな……」
「いいんだよ、こいつ等は!人の事、女って言ったんだから!!」

 ため息をつきながら言われた事に、烈はまた思い出した事にギッと倒れている男達を睨みつけた。
 睨みつけられた男達は、その視線に痛みを堪えながらもその場所から逃げ出そうと立ち上がって行ってしまう。

「……あいつ等、逆鱗に触れちまったのか……」

 ヨロヨロと去って行くその後姿を見詰めながら、思わずポツリと漏らしたそれに、豪は再度ため息をつく。

「あのぉ…・大丈夫なんですか?」

 そんな中、突然後ろから声を掛けられて、二人は同時に振り返る。

「あれ?さっきの人だよね?どうしたの、何か忘れ物?」
「あっ、イエ……私、助けてもらったのに、お礼も言ってないし……それに、心配だったから……」

 下を向いて、ボソボソと話す少女に、烈は苦笑を零すとポンッとその頭に優しく手を乗せた。

「……大丈夫、あの人達は、ここに居るこいつが追い払ってくれたからね。逆に、心配掛けちゃって、ごめんね」

 漸く顔を上げた少女にニッコリと優しい笑顔を見せれば、その頬が赤くなる。

「いいえ!そんな事……助けてくださって、有難うございました……」
「うん、それじゃ、気を付けて帰るんだよ」

 ニコニコと優しい笑顔を見せて、少女を見送るその姿は、どう見ても優しそうなお兄さんと言った所だろうか?
 その姿を目の前に、少女は何度も何度も烈に頭を下げると漸く去って行った。

「あ〜あ、疲れた……」

 少女の姿が見えなくなった瞬間に、烈は盛大なため息をついて肩のコリをほぐす様に首を左右に振る。
 営業用のスマイルは、どうしても疲れてしまうのだ。

「……誰が、あいつ等を追い払ったって?」

 目の前で疲れたような表情を見せている烈に、豪は呆れた様にため息をつく。

「ああ?別にイイだろう。ボクがあいつ等を倒しましたって言っても、誰も信じないだろうしなぁ……んじゃ、疲れたし、帰ろうか…」

 ニッコリと言われたそれに、素直に頷いて返す。

「……トラブルメーカー……」

 先に歩き出したその背中を見詰めながら、思わず呟いてしまった言葉にため息をついてしまう。

 本当にこの兄と居ると事件が耐えないと言う事に、豪は諦めた様に頭を抱える。
 その変わった体質も、本当にトラブルの元だと言う事に、本人は気付いているのかどうか分かったモノではない。
 もっとも、自覚していてもこんなに事件を起こすのだとすれば、性質が悪いと言うものであろう。

「何か、言ったか、豪?」

 自分の呟きを聞きつけて、にっこりと優しい笑顔を見せる実の兄に、豪はもう一度だけ盛大なため息をつくと、疲れたように左右に首を振った。

「……何にも、言ってません。お兄様……」

 お手上げとばかりに両手を上げて答えれば、満足そうに頷いて返される。

「さぁてと、今日の夕食、何作ろうかなぁ……」

 そして、嬉しそうに呟かれたその言葉に、苦笑を零す。
 先ほど喧嘩をしていたとは思えないほど、晴れ晴れとした笑顔を前に、ため息を止められない。

 どうやら、ストレス発散に彼等は、少しだけ貢献したのだろう。
 もっとも、向こうにとってはいい迷惑だろうが…xx

 目の離せない相手に、今日も振りまわされてしまうのは、どうしたのだろうか?

 もっとも、目の前の人物には、そんな自覚はないのだろうが.......
 


 トラブルメーカーは、今日も健在です。(笑)