「兄貴……」
漸く口を開いた弟に、烈は盛大なため息をついてみせる。
人の部屋に来てから、ずっと何も言わずに、それでも、何かを言いたそうにしていた弟に、いい加減痺れを切らしていたのだ。
「なんだ?」
漸く、この重い沈黙から開放されると、安堵のため息をつきながら問い返したそれに、豪は一瞬困ったような表情を見せた。
「あっ、えっと……ごめん…」
そして、また謝られてしまう。
これで何度目になるのか、もう数える気も起きない。
はっきり言って、こんなのは、気分のいいものではないだろう。
それは、烈にとっても最悪な状態であった。
いい加減我慢の限界である。
もっとも、自分がそんなに気が長い方でない事を実感しているだけに、今まで良く我慢したと、自分自身を誉めてやりたくなってしまう。
「だから、一体何なんだ!いい加減にしないと、ボクだって、切れるぞ!」
そして、最後とばかりに、烈は警告を出す。
不機嫌そのままに、豪を睨み付けた。
「あっ……悪い…その、勉強の邪魔なら、俺出て行くから……」
だが、今日の豪は、慌てて見当違いの事を言う。
そんな相手に、烈は盛大なため息をついた。
「違うだろうが!言いたい事があるんなら、さっさと言えって言ってんだよ!」
イライラとした口調で声を荒げた烈に、豪はその視線を逸らすように俯いてしまう。
そして、また沈黙。
烈は、呆れたように再度ため息をついた。
「……いらない事だったら、幾らでも言うくせに、肝心のことは言えないのか、お前は!」
刺々しく言われる嫌味にも、相手は何も答えない。
本当に聞きたい事は、こうして口を開かない実の弟に、何度ジレッタイ思いをしたのか、数えたくもない事である。
そして、自分がそれを聞きだして、何時もその内容が下らない事であると知っているからこそ、ため息が重くなってしまうのだ。
しかも、こうして何も言わず時々何かを言おうと声を掛けられるのは、はっきり言って迷惑といって良いだろう。
「さっさと言ってくれ、オレはそんなに気の長い方じゃないからな」
不機嫌そうに相手を睨み付ければ、漸く観念したのだろうか、豪がぐっと手を握り締めた。
「……あの、さぁ……兄貴、噂の事知ってるか?」
重い口を開いた瞬間問い掛けられたそれに、烈は意味が分からず思わず首を傾げてしまう。
あまり、噂話など興味がないので、はっきり言って分からない。
「噂って、何かボクに関係してる事でも流れてるのか?」
しかし、豪が自分にそれを確かめると言う事、少しでも自分が関係している噂であるのだと想像して、烈は聞き返した。
自分の問い掛けに、豪が困ったような表情をしながらも小さく頷いて返す。
それに、烈は益々意味が分からないというように、首を傾げた。
自分が学校でも目立つ存在であると言う事は、ちゃんと知っている。
それだけに、何かと噂された事はあるのだが、弟がこんなに言い難そうにしている噂などは今まで一度だって聞いた事はない。
見に覚えなのないその噂と言うモノに、烈は興味を引かれた。
「で、どんな噂が流れてるんだ?」
興味を惹かれたそれに、烈が言い難そうにしている豪に問い掛ける。
「……だから…その……」
言葉に困っているように先が続かない。
それに、烈は呆れたようにため息をついた。
「だから、何だよ。大体、ボクの噂なのに、本人が知らないのは問題だろう。気にしないから言ってみろよ」
苦笑を零しながら言われたそれに、豪は困ったような表情をしてから、決心したように大きく頷く。
「兄貴!好きなやつが居るって本当なのか?!」
「はぁ?」
精一杯の勇気で尋ねたその質問に、間抜けな返事が返された。
それを気にした様子もなく、豪は更に言葉を続けていく。
「学校で、兄貴の好きなヤツの事教えてくれって言われて、俺、そんなの知らなくって……その、相手も兄貴の事好きで、両想いだって言うから、その……」
しどろもどろに言われる言葉の意味が理解できなくって、烈はただ驚いたように豪を見詰めた。
まさか、そんな噂が流れているとは思っても見なかったのだ。
驚くなと言う方が無理な話であろう。
『……噂の出所は、想像出来るけど、尾ひれ付いてるぞ!』
頭を抱え込みながら、困惑している実の弟を前に盛大なため息をついてみせる。
まさか、その両想いの相手が自分の事だとは分かっていない。
当然の事なのだが、頭痛は隠せない。
「……そんなの、ただの噂だろう」
もぞもぞと話を続けている豪を前に、烈は呆れたようにため息をつきながら言葉を返す。
それに、豪が漸く顔を上げた。
「噂って!でも、それは、兄貴に告白した子が言われたんだって……」
『…やっぱり……』
キッパリとした口調で言われたそれに、烈は内心言葉を返す。
もっとも、噂が何処から始まったのかなんて、大体想像がつく。
勿論、真実とは明らかに異なった内容ではあるのだが……xx
「…お前が、その子から直接聞いた訳じゃないんだろう?だったら、気にするな。ただの噂だ」
「でも……」
キッパリとした言葉で言われたそれに、豪がさらに何かを言いたそうに口を開くのを、烈がちらりと横目で見てから、小さく息を吐き出す。
「それに、ボクに例え好きな人が居たとしても、お前には関係ないことだろう?」
「……そうかもしれねぇけど……」
冷たいとも言える自分の言葉に、落ち込んだように俯いてしまった豪を前にして、烈はもう一度盛大なため息をついた。
『全く、なんだって、ボクがこんな事、言わなきゃいけないんだか……』
面倒臭そうに、烈は椅子から立ち上がると、落ち込んでいる弟の前に移動する。
「……いいか、こんな事は、絶対に二度とないんだからな!心して聞けよ!!」
「えっ?」
「ボクの本当の姿を知っても、好きだって言うやつなんか、お前くらいなんだ。それから、ボクもそいつの事が嫌いじゃない。それが、噂の真実だ」
「あ、兄貴……」
「もう二度と言わないからな。分かったら、情けない顔するんじゃない!」
プイッと自分から顔を逸らした兄の顔が少しだけ赤くなっているのに気が付いて、豪は思わず笑いを零してしまう。
噂なんて、全部が本当じゃない。
だけど、噂が出てくる理由がある。
それが、今回の小さな出来事。
きっと、そんな些細な事からだって、君の気持ちを知る事が出来るだろう。
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