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ここに来て、もう一年が過ぎた。
この場所は、自分にとってとっても居心地の良い場所になっている。
ボクの新しいご主人は、星馬烈。
この主人は、今までの主人と違って、ボクを使い魔として扱ったりしない。
それどころか、ボクを普通の生き物と同じように扱うのだ。
ここに来て、いろいろな事を学んだ。
五百年以上も生きてきて、何も教えて貰えなかったボクに、本当に色々な事を教えてくれた。
誕生日やクリスマス。
正月にバレンタインやホワイトデー。
ここに来て知った人間の行事。
そして、人間が食べているモノを、初めて食べた。
今まで、誰もそんな事を勧めてくれた主人は、居なかったから、ボクはここに来て沢山の事を学ぶ事が出来たのだ。
主人の両親も、いい人間だ。
嫌、使い魔がそんな事を思うのは可笑しいのかもしれないけど、本当にここに居る人間達は、自分にとってとっても居心地がいい。
暇な時は、烈の弟の豪で、遊ぶのが、また楽しみの一つだ。
また、ここに来て、名前を呼ばれる事にも随分慣れた。
だって、今までの主人は、ボクの名前を呼んだりしなかったから……。
『おい』とか『お前』なんて、呼ばれるのが普通で、後は、命令されるだけだった。
だから、名前を呼ばれて、自分の頭を撫でて貰うのは、とても気持ちがいい事なのだと知った。
今では、普通の猫と同じ。
「『夜』」
日向ぼっこをしていた自分の耳に、聞き慣れた声が名前を呼ぶのが聞こえて、耳を動かす。
ポカポカと暖かな縁側。
この場所でぼんやりとするのは、お気に入りの一つ。
「ここに居たのか」
ピクピクと耳を動かして辺りの様子を伺っていたボクの耳に、確認するような声が聞こえて、顔を上げる。
『何?』
「特に、用事がある訳じゃないんだけど、お茶にしようと思ってね。ホットミルク飲む?」
にっこりと、笑顔で言われた言葉に大きく頷く。
それに、相手がもう一度笑顔を見せて、歩いて行った。
それを見送りながら、一度大きく伸びをするとその後を追うように歩き出す。
自分の歩くのに合わせて、鈴がリンリンと音を立てるのにも最近漸くなれた。
今ではこの音がないと、少し寂しい気がするくらいだ。
これは、新しい主人の弟がくれた、ボクへのプレゼント。
「どうしたんだ?」
後をついて歩くボクに、烈がその足を止めて、抱き上げてくれた。
その手は、今ではボクにとって、大切な温もりを与えてくれるモノ。
『何でもない……』
不思議そうに見詰めてくる、赤い瞳。
綺麗で、本当に誰よりも強い今までの中で、唯一認められる、ボクの主人に、笑みを見せて、首を振って返す。
ねぇ、ボクが、ここに来たのは本当に偶然だけど、だけど、きっと誰かがボクに幸せをくれたのかもしれない。
だって、ここはボクにとって、取っても居心地のいい場所だから……。
「はい、熱いから気をつけろよ」
ボクを抱き上げたままキッチンへと来た烈が、もう準備してあったホットミルクをボクに差し出してくれた。
ほんのりと湯気を立てているその真っ白な液体に、ボクはただ小さく頷いて、口をつける。
少しだけ甘いホットミルクも、今ではボクの好物の一つ。
「あっ!ずりーぞ!俺の分は?」
幸せを感じながらミルクを飲んでいた自分の耳に、慌しい声が聞こえて顔を上げた。
勿論、相手なんて確認しなくっても分かっているけど……。
「お前の分は、コーヒーを作ってやっているよ。そこにあるから、勝手に飲め」
賑やかな声に、呆れながら返事を返す烈に、ボクは思わず苦笑を零す。
ねぇ、素直じゃないボクのご主人様。
本当は、呼びに行くつもりだったんだよね?
だって、ボクの事は、呼びに来てくれた。本当は、優しいって知ってるよ。
誰よりも優しくって、そして誰よりも強いボクの主人。
「『夜』、クッキーもあるけど、どうする?」
そして、ボクに笑顔を見せてくれる。
大好きな主人。
『食べる』
ボクの返事にもう一度笑って、クッキーを差し出してくれる。
ここに来て、ボクは食べ物を食べる事を知った。
そして、人に名前を呼ばれる事を知った。
大切な人の笑顔を見れる喜び、頭を撫でられる事、抱き締めてくれる、優しい腕の存在。
みんな、ここに来て初めて知った事ばかり。
ねぇ、それを教えてくれたのは、主人である君。
そして、ボクをここに連れて来てくれた、あいつのお陰。
だから、ボクは、感謝してる。口には出さないけど、ボクはここに来られて、幸せだから……。
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