☆ なんて事はない出来事 ☆
「だから、なんでお前まで居るんだよ!」
目の前にいる人物を信じられないと言う表情で見詰めながら、烈が声を上げた。
「俺の方が聞きたいぜ、兄貴こそなんで居るんだ?」
言われた方も負けじとばかりに問い返してくる。
「ボクは、この人達に呼び出されたんだよ」
「俺も同じだ!」
呼び出された。
簡単に言ってのけたその台詞に、二人を前にしていた7.8人の男達はイライラとした表情を見せている。
「・・・・・・まったく、今回は一人でストレス発散出来ると思ってたのに・・・・また、お前とワンセットか・・・・・」
今の状態を分かっているのかいないのか、残念そうに盛大な溜息をつく。
その表情は余裕で、更に男達の機嫌を逆撫でしていると言う事が分かるだけに、思わず豪は苦笑を零した。
呼び出しを掛けられる時、何時も自分達は何故かワンセットで呼び出される。
一人づつ呼び出しを掛けないのは、それだけ自分達は舐められていると言う事なのだろう。
最も、烈を見れば喧嘩なんてものに無縁と思っても仕方ないだろうが・・・・・・。
「さっきから、俺達無視して何話してるかしらねぇけどなぁ。お前ら、最近生意気なんだよ!」
「最近?可笑しいなぁ・・・・ボク態度を変えた事ないんだけどね。最近じゃなくって、昔から、こんな感じだよ」
自分達を完全に無視していただけに、怒りは頂点に達しているようである。
だが、それに更に油を注ぐように、ニッコリと烈が言った言葉は、本当に相手を馬鹿にしたような台詞だった。
「あ、兄貴・・・・」
相手を挑発するような言葉を述べる烈に、豪は更に苦笑を零す。
どう考えても、わざと相手を挑発しているとしか思えない。
「そ、それが、生意気だって言ってるんだよ!!」
その言葉に当然のように頭に来た一人が、そのまま烈を殴ろうと拳を振り上げる。
勢いのままに殴りかかってくるその拳を簡単に避けて、烈は冷たいともとれる微笑を浮かべ、そのままその相手を蹴りつけた。
容赦のない蹴りに、襲い掛かってきた相手は地面に倒れて、うめき声を上げる。
その姿を一瞥してから、烈は盛大な溜息をついて見せた。
「人数を揃えなければ、何にも出来ない人達に生意気呼ばわりされても、何とも思わないよ」
冷笑を浮かべて、目の前の人物たちを睨み付けるその姿は、綺麗なだけに迫力がある。
「・・・・・・烈兄貴、少しくらいは、手加減してやれよ・・・・」
弱い相手だと分かっているだけに、豪は溜息をついて忠告を出す。
「・・・・・・お前にだけは、その台詞言われたくないぞ、豪!!」
「俺はいいんだよ、見た目通りなんだからな。でも、兄貴の場合は、その容姿でなんだから、やられた奴が可愛そうだろう」
盛大な溜息をつきながら言われた事に、烈の目が一瞬点になる。
「ど、どう言う意味だ!!」
「言葉通り。・・・・・・っと、そろそろ、相手さん我慢できないみたいだぜ、烈兄貴」
目の前で暢気に繰り広げられる兄弟喧嘩に、ますます殺気だってきた気配を感じて、豪が嬉しそうな表情を見せた。
そんな弟を前に、烈は一瞬呆れたような表情を見せたが、直ぐに同じように嬉しそうな微笑を見せる。
「だな・・・んじゃ、豪、お前も少しくらいは手加減してやれよ」
「そっちこそだぜ、烈兄貴」
ニッと笑顔青見せてから、豪が襲い掛かってきた相手を簡単に投げ飛ばす。
軽々と相手を吹き飛ばす豪に、烈は口笛を吹いて感心した。
「・・・・・相変わらずのバカ力・・・・ても、要領あれば、ボクにも出来るけど、ね!」
感心しながら豪を見て居た自分にも、容赦なく襲い掛かって来た人物の腕を取って、その勢いのままに投げ飛ばす。
相手を投げ飛ばすのに、殆ど力は必要ない。
相手は、自分に襲い掛かってきた勢いだけで簡単に飛ばされてくれるのだ。
「たくっ、あの顔で、喧嘩強いってのも、考えもんだぜ・・・・・・」
相手の攻撃を避けながら、豪は少し離れた場所で相手を確実に倒している人物を見ながら苦笑を零した。
相変わらず綺麗に流れるその動きは、喧嘩しなれている自分が見ても感心せずには居られない。
相手の勢いを利用して自分にはまったく触れさせずに、倒していく無駄のない動き。
「・・・・・あんなんじゃ、烈兄貴に触る事も出来ねぇよなぁ・・・・・」
最後の一人を投げ飛ばして、烈は自分の服についた汚れを払うようにパタパタと手で払う。
「豪!まだ終わらないのか?」
烈兄貴の方ばかりに気を取られていた豪は、まだ残っていた最後の一人を殴り飛ばしてから、大きく息を吐き出した。
すべての人物が完全に地面に沈没したのを確認してから、烈が呆れたように息を吐く。
「・・・・・相変わらず、弱い奴しか来ないよなぁ・・・・・・んで、今回なんで呼び出し食らったんだっけ?」
放り出してあった鞄を拾い、烈が不思議そうに呟いた言葉に、思わず苦笑してしまう。
どう考えても、わざとそんな風に惚けているようにしか思えない。
「俺達が生意気だって呼び出されたんだろう?」
それでも、ちゃんと言葉を返せば、呆れたようにだが、納得したように頷いて返される。
「ああ・・・そう言えば、そんな事、言ってたような気がする・・・・毎回同じパターンで呼び出されるから、たまには違う理由で呼び出されたいよなぁ・・・」
盛大な溜息をつく烈に、豪はもう一度苦笑した。
「次に呼び出す時は、もう少し手応え欲しいんだけど・・・あっ!出来れば、こいつとは別口に呼び出してよね」
「烈兄貴!!」
だが、続けて言われたそれに、豪は慌てて烈をその場から遠避けようと、腕を掴む。
自分達に倒されてうめいている相手に、烈がさらりと言ったその言葉は、完全に馬鹿にしているとしか思えない。
勿論、自分達に倒された相手が返事を返せないのは分かりきった事である。
烈自身も、返事などまったく期待していないだろう、豪に引っ張られるままに歩き出した。
「久し振りの呼び出しだから楽しみにしてたのに、残念だよなぁ・・・・・・」
「・・・・烈兄貴、本気でストレス溜まってるだろう?」
物足りないとばかりに呟かれたそれに、豪は盛大な溜息をつく。
「お前と違って、先生の期待背負ってるんだから、当たり前だろう」
「・・・・優等生が、喧嘩なんてするのかよ」
ボソッと呟かれたそれに、烈の丹精な眉がピクリっと反応する。
「豪くん、なんなら君が、ストレス発散に付き合ってくれるのかなぁ?」
ニッコリと満身の笑顔を見せているのに、怖いと感じるのは殺気だっているから・・・・・・。
豪はそんな烈に、慌てて首を振って返した。
「・・・・・それなら、初めから、喧嘩売るなよなぁ・・・・・・」
慌てている弟を前に、烈は盛大な溜息をついて大きく伸びをする。
「まっ、今回は、久し振りに暴れられたから、良しとするか」
「・・・・確かに、久し振りだよなぁ・・・・・しかも、最近呼び出し減ってるし・・・・・」
本当に久し振りに呼び出されたことを思い出して、豪は良い傾向だと笑顔を見せた。
中学に上がった頃は、週一くらいで呼び出しを掛けられていたのだから、最近では殆どなくなったといってもいいだろう。
しかも、烈は既に最上学年になろうとしているのだから、これからの呼び出しはないといっていい。
「って事で、呼び出しなくなった時は、お前が相手しろよ、豪」
「れ、烈兄貴?」
呼び出しを掛けられないと浮かれていた自分に、笑顔でとんでもないない事を言う兄に、豪は思わず己の耳を疑ってしまった。
「来年から、楽しみだな、豪」
『綺麗なバラには刺がある』今、豪の頭にはその言葉が浮かんで消える。
どうやら、来年から自分は兄のストレス解消の道具にされてしまうのだという事を知ってしまった豪は、今はただ己の運命を呪う事しか残された道は用意されていない。
ここで、逆らえる相手ではないだけに、自分の境遇というものを悲しんでも後の祭りであろう。
「勿論、逆らったりはしないだろう、豪vv」
ニッコリと笑顔で言われた言葉に、素直に頷いて返せない。
綺麗なくせに、こんなに凶暴な兄を持ってしまった自分は、きっと世界一不幸だと思っても許してもらえるだろうか?
この綺麗な顔を傷つける事が出来ない自分に、勝算などあるはずもないだろう。
しかも、この兄だけには頭が上がらない自分が恨めしい。
「・・・・・手加減してください、烈兄貴・・・・・・」
「・・・どうしようかなぁ・・・・・別に、喧嘩する訳じゃないからな。受験勉強のストレス解消に付き合ってもらうだけだ」
嬉しそうに言われた言葉に、『それが一番大変な事なのでは・・・・』と返せない自分が、悲しすぎる。
それでも、兄にだけは逆らえないのだ。
結局、自分に出来る事は、他校の生徒からの呼び出しがくる事を、願うだけしか、残された道はなかった。
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