『『夜』?』

 名前を呼ばれて、顔を上げる。
 自分とは、正反対の真っ白な猫。
 その姿に、小さく首を傾げる。

『『夜』だろう?』

 そして、再度名前を呼ばれて、改めてその猫を見詰めた。

 真っ赤な大きな瞳。
 そして、自分と何処か同じ雰囲気を持つ相手。

『『昼』??』

 そんな相手は、一人だけしか思い出せない。
 そして、その相手の名前を口に出した瞬間、嬉しそうに擦り寄ってくる。

『覚えててくれたんだ。『夜』は、まだあの水晶から、出られないのか?』

 嬉しそうに話し掛けてくる相手にの言葉に、一瞬言葉も返せずに、複雑な表情を返した。

 自分を閉じ込めている水晶。
 それは、ずっと一緒にいた目の前の相手からさえも、自分を引き離したもの。

『あの水晶の傍、やっぱり離れられないのか?』

 何も言わない自分に、再度問い掛けられ、小さく頷く。
 だが、今あの水晶から離れられなくっても、自分は幸せなのではないだろうか?

「話し声がすると思ったら、『夜』の友達?」

 自分の態度に、不機嫌そうな表情を見せる『昼』に、突然の声。
 それに、ボクと『昼』は、同時に振り返った。

『人間?お前、人間に飼われているのか??』

「人聞きの悪い事、言わないでくれる?別に、こいつを飼っているなんて思った事は無いけど」

『人間の分際で、オレ達を………お前、本当に、人間なのか??』

 不機嫌そうに言われた言葉に、『昼』が文句を言おうと口を開いたが、それは、烈の姿を見た瞬間、疑問へと変わった。

 烈は、人間離れした容姿を持っているのは、ボクも知っている。
 しかも、烈の能力は、ボク達のような人間以外のモノを魅了して止まない力があるのだ。

『上玉の生気……人間って事は、オレ達の食料って、事だよな?』

「勝手に人を食料にしないでくれる?君、『夜』の兄弟でしょう。出来れば、手を出したくないから、そのまま帰ってくれれば、有難いんだけど……」

 呆れたようにため息をつく烈のその言葉に、ボクはハッとして『昼』を見た。
 きっと、知っている。烈は、ボクと『昼』の関係を……。

「大丈夫って、言いたいけど、手加減は、出来ないかもね」

 自分のたった一人の兄弟。
 水晶に閉じ込められたあの時から、引き離されてしまった相手。

 会いたいと願った事はあったけれど、今は、会いたくなかった。

「まさか、『夜』の兄弟まで、出てくるとは思わなかったけどね」

 苦笑交じりに『昼』を見ている烈に、心配気な視線を送る。

 『昼』は、自分と違って、ずっと自由に生きてきた、夢魔。
 人間を食料としか思っていない相手。

 ボクも、あの水晶に閉じ込められ、烈に会うまで、ずっとそう思っていた事。

『オレと『夜』が、兄弟だと分かるなら、オレの正体も分かってるんだろう?』

「一応ね……出来れば、大人しく返って貰いたいって、考えてるんだけど……」

『人間の言う事なんて、聞く訳ないだろう!オレは、人間を憎んでるんだからな!!』

 昔、そんなことを言った事はなかったのに、どうして、人間を憎んだりしているんだろう?

 どうやって、一人になった『昼』が生きてきたのかなんて、ボクには、分からない。

『あの人間が、『夜』を水晶なんかに閉じ込めやがったから、オレは、ずっとずっと探してたんだ。『夜』を……』

「だったら、君も水晶に閉じ込めてあげようか?」

『烈??』

『お前なんかに、オレが……』

「出来ないと、思う?」

 ニッコリと笑顔を見せる烈の姿は、月の光に照らされて、綺麗で、本当に人間なのだろうかと、疑いたくなるほどで……。

 そして、言われた言葉は、烈にとっては、造作もない事。
 こいつなら、きっと簡単に出来ると、ボクは知っている。

 烈の微笑みとその気迫に、『昼』が、少しだけ怯えている事が分かった。
 きっと、今までこんな人間を見たことはないのだろう。
 ボクも、初めてこいつを見た時、驚いたのだ。

 本当に、最上級の生気と、その力に……。

『『昼』行けよ。多分、こいつなら本当に、お前を水晶に閉じ込める事が出きる。ボクは、お前にボクと同じ気持ちは味わって欲しくない。だから、行けよ』

『『夜』……オレは、ずっとお前を探してたんだぞ!!』

『ボクは、あと100年くらいここに居る。多分さぁ、その後は、ずっとお前と居られるような気がするんだ』

 ボクの言葉に『昼』が、驚いたように瞳を見開く。
 それに、ボクは笑みを見せた。

『ボクは、ここに居るよ……だって、ここの居心地は、悪くないから』

 今、自分は確かに望んでここに居るのだ。
 新しく主人だと認めた相手の事も、嫌いじゃない。
 そして、その弟も、自分にとっては、面白い遊びモノ。

 ボクの言葉に、『昼』が、少しだけ残念そうな表情を見せて、それから静かに、その姿を消した。
 きっと、分かってくれると思う。だって、ボクの双子の兄だから……。

「良かったのか?」

『……良かったんだと思う。だって、今は、水晶に囚われたままだから……』

「まぁ、お前が決めたんなら、それで良いけど……でも、後100年、ボクが生きられる自信は、無いぞ」

 小さくため息をつきながら言われた言葉に、笑みを零す。

 居心地のいい場所。

 それを初めて手に入れたのは、あの水晶に閉じ込められて、数百年も過ぎた今。
 だから、100年なんて、あっという間。

 また、たった一人の兄に会えるのは、遠い未来じゃないと思う。

「そう言えば、水晶に閉じ込められたんだったよね?一体、何をやらかしたんだ」

『……確か、村一つの村人全員の夢を食い漁っていた時だと思う……水晶に閉じ込めたのは、人間』

「……村人全員の夢を食い漁るなよ……でも、良かったな」

『えっ?』

「兄弟に会えて……ずっと、気になっていたんだろう?」

 言われた言葉がわからずに問い掛ければ、笑顔と共に頭を優しく撫でられる。
 そして、言われた事に、驚いて瞳を見開いた。

 どうして、分かるんだろう?自分の、気持ちを……。

 小さく頷けば、優しい笑顔が、目の前にある。


 本当に、居心地のいい場所。

 初めて手に入れた、自分がここに居たいと思う理由。
 ずっと、目の前の人物と一緒に居たいから……。



 ― おまけ―


「兄貴、猫が一匹増えてんじゃねぇのか?」

 目の前には、自分のベッドで寛ぐ2匹の猫の姿。

「言われなくっても、分かってる!!」

 何をどう勘違いしたのか、あれから『夜』の兄が、頻繁に烈の部屋の住人になった事は、ここだけの話としておきましょう。(笑)

「本気で、水晶に閉じ込めるぞ!!!!!」