「兄貴、本当にそれでいいのか?」
何度も聞き返されたそれに、いい加減イライラとしてくる。
同じ事を何度も聞いてくる弟を思わず睨み付けた。
「……次に同じ事言ったら、覚悟しろよ、豪!」
睨み付けた上に、さり気無く釘をさしてから、烈は盛大なため息をつく。
「だから、これの招待を受けるのは当然の事だ」
「……xx」
きっぱりと言われたその言葉に、豪は沈黙してしまった。
今自分達の目の前にある招待状、それは、普通なら絶対に受けるような内容のものではない。
それだけに、招待を受けると言う烈の言葉に、豪は不安を隠せないでいるのだ。
「……兄貴、夜の学校がどれだけ自分にとって最悪な場所なのか、本当に理解してるのか?」
「くどい!!分かってても、逃げるのだけは嫌なんだよ!」
「…逃げるとかそんな問題じゃないと思うけど……xx」
握り拳を作って力説する兄の姿に、豪は盛大なため息をついた。
一度言い出したら聞かないと言う事を分かっているだけに、これ以上何か言おうものなら、自分の身の危険を感じてしまう。
「とにかく、これがボクへの挑戦だって言うのなら、受けて立つに決まってるだろう!」
「……いや、挑戦って…兄貴……xx」
やる気満々の実の兄に、豪は盛大なため息をついた。
別にこの招待状が、何時もある呼び出しの類ではない。
ただの、肝試し。
いや、この時期に肝試しをするなど変な話であるのだが、突然決まったその案に、烈にもお誘いのお手紙が来てしまったのである。
勿論、烈と豪が参加をすれば、それだけ二人が目当ての女の子が増えるので、男子が無理やり仲間に入れたというのが、正直な話なのだけれど……。
そう、これは、ただの肝試し。
本物を何時でも見ている烈にとって、何ら怖いものではないのだが、それを行う場所が悪い。
肝試しをする場所が、学校だと言うのだから、烈にとっては鬼門といってもいいほどなのである。
勿論これが、昼間なら何の問題もないのだが、肝試しというだけあって、決行されるのは当然夜。
そして、夜の学校は、烈にとって最悪の場所になってしまうのだ。
「……今からでも、断った方が……」
「…その続きを言うつもりなら、どうなるか、覚悟は出来てるんだろうなぁ、豪くん」
自分のいい掛けた言葉を遮って、烈がにっこりと笑顔を見せながら言ったそれに、豪はぞっとして大きく首を横に振った。
「な、何でもありません!お兄様に、従います!!」
慌てて返した言葉に、烈が満足そうな笑顔を見せる。
「そうだよねぇ、何も言う事はないよねvv それじゃ、そろそろ出掛けようかvv」
ニコニコと笑顔を見せる烈に、逆らうのは、命の危険を感じるだけに、豪は大きく頷いて返した。
そして、部屋から出て行こうとする烈を前に、豪は思い出した事を素直に口にする。
「あっ!兄貴、『夜』も連れて行くのか?」
「……あいつ連れて行ったら、この肝試し洒落にならなくなるぞ……」
弟の質問に、呆れたように言葉を返して、そのまま近くに置いてあった上着を持ってから部屋を出て行く。
そんな兄に習って、豪もシブシブと言った感じで、その後に続いたのは、やはり目の前にいる人物が心配だったからかもしれない。
− 季節外れの怪談 −
「……こんな事して、何が楽しいんだ?」
盛大なため息をついながら、真っ暗な廊下を歩いていく。
持たされているのは、小さな懐中電灯のみ。その少しだけ映し出されている光を頼りに、烈はもう一度だけため息をついた。
「…しかも、パートナーがお前って言うのが、意味のない事だよなぁ……」
「……仕方ないだろう、クジで決まったんだから…」
自分の隣で盛大なため息をつく豪を横目に、烈は苦笑を零す。
こうなったのもきっと、集まった男子の策略だと分かるだけに、呆れるのを通り越して、思わず感心してしまうのだ。
集まった女の子達は、殆どが烈と豪が目当てな子ばかりだからこそ、このくじ引きは正当に行われていないという事を、烈は知っている。
大体、突然こんな季節はずれな肝試しを思いついた事自体が、既に呆れられる要因でもあるのだ。
「…なぁ、兄貴……何で急に肝試しなんてやる事になったんだ?」
「ああ?……お前は知らなかったのか?」
「……知らないから聞いてるんじゃ……」
自分の問い掛けに呆れたように返されて、豪は苦笑を零してしまう。
自分は、この肝試しが行われる理由というものを何も知らないのだ。
何せ、突然兄からその事を言われただけに、自分には理由など見当もつかない。
これが、真夏だというのなら理由も見当がつくだろうが、今は少し肌寒くなった秋なのである。
「…最近、この学校に幽霊が出るって言う噂が広がってるのは知ってるか?」
「えっ?そんな噂あるのか?」
烈に聞かれた事に、豪は驚いて聞き返してしまう。
そんな弟に、烈は呆れたようにため息をついた。
「……xx お前鈍すぎ……」
盛大にため息をつく兄の姿に、豪は思わず首を傾げる。
確かにここ最近になってから、この学校の七不思議について、話題になってなっているのは本当の事。
もっとも、既に七不思議ではなく、数え切れないほどの不思議が存在しているのは、この学校に烈が入学してきてからという事は、勿論誰にも知らない。
「そう言えば、そんな事を誰かが話してたような……」
「多分『ような』じゃなくって、してたんだ。お前、もう少し回りの話題にも注意しろよ」
思い出したように呟かれたそれに、烈が更に呆れたようにため息をつく。
「……けどよぉ〜、幽霊の話なんて、珍しくねぇし……」
呆れたように言われたそれに、反論するように小さな声で呟いてみる。勿論、相手が相手なだけに、大きな声で言う事など出来るはずもないが……。
「豪くん、言いたい事があるのなら、はっきり言わないと、ボクには聞こえないよ」
ポツリと呟いたその言葉に、これ異常ないほどにっこりと満面の笑顔を見せる兄の姿に、豪は大きく首を振って返した。
「な、何も言ってません!」
「たく、バカな事ばっかり言ってないで、さっさと行くぞ……あっ!」
「えっ?何?」
豪を促すように言われたその言葉が、途中で驚いた声に変わるのに、豪は思わず不思議そうに聞き返す。
だが、歩き出そうとした瞬間、何もないはずの廊下の真中で、何かにぶつかってしまった。
「いって〜!」
突然の衝撃に、豪はそのまま尻餅をついて廊下に座り込む。
そして、驚いたように自分がぶつかった物を確認するように慌てて顔を上げるが、自分の目の前には勿論何もない。
「……ぶつかるぞって言うの遅かったみたいだな……」
「兄貴!」
苦笑を零すように呟かれた烈のその言葉に、なんとなく自分が何にぶつかったのかを理解してしまって、豪は大きな声を出す。
「……あんまり、大きな声出すなよ……もっとも、この辺に居る奴を、刺激したいのなら止めないけどな」
「って、やっぱり居るのか?」
ため息をつきながら言われたそれに、豪が慌てて辺りを見回す。
だが、勿論その姿を見る事は出来ない。
「居るよ。ちなみに、お前がさっきぶつかったのは、ちょっと太ったおじさん。顔は……」
「……説明しなくってもいい……で、どうすんだよ!」
「どうするって、居るものは仕方ないだろう。それともお前が、何とかできるのか?」
不思議そうに問い掛けられて、慌てて大きく首を振る。
「って、俺が聞きたいのは……」
だが首を振ってから、慌てて自分の言いたい事がそんな事をさしていたのではないのに気が付いて、豪が再度聞き返そうとした瞬間、校庭の方から悲鳴が聞こえてきた。
「……見える子が、居るみたいだね……」
10人ぐらい集まっているこの肝試しの中、自分が心配していた通りの事が起こったことに、烈は盛大なため息をつく。
こんな風に肝試しをする中で、何人かは本当に見える子が居る事を知っているだけに、烈は頭を抱え込んだ。
「烈兄貴、もしかして……」
「…気が付いてなかったのか?ボク達がここに入った瞬間から、ずっと集まってるぞ…そろそろ、霊感ない奴にも見えるだろうなぁ」
恐る恐る尋ねたそれに、当然のように返されたその言葉。
それは、予想通りなだけに、豪は疲れたようにため息をついた。
「……兄貴、このままにしとくの、まずくないか?」
「…明日が休みで助かったと言うべきなのか……豪、掃除するから、後は任せるぞ……」
「……OK」
二人で顔を合わせてから盛大なため息をつきあって、そして、烈がゆっくりと瞳を閉じて手を合わせる。
「あっ!」
だが、意識を集中しようとした瞬間、烈が驚いてその瞳を開いた。
「…今度は何だよ、兄貴……」
突然の烈の声に、豪はいい加減疲れたように呟く。
これ以上何を聞いても、自分は驚いたりしないだろう。
「……『夜』だ」
「はぁ?」
だが、ポツリと呟かれたそれは、自分の予想を越えていた内容なだけに、思わず間抜けな声を出してしまった。
「『夜』って、兄貴連れてきてないんだろう?」
「連れて来てない……でも、今目の前に居る…お前にも見えるんじゃなにのか?」
言われて、慌ててそちらの方に視線を向けた瞬間、豪は一瞬言葉を無くす。
今の今まで、自分と烈の二人だけだったはずなのに、その目の前には一人の少年が立っていたのだ。
「……『夜』って、言わなかったか?」
「…だから、『夜』だろう?」
どう見ても、小学生にもならないようなその子供を前に、豪はいっそう訳が分からずに首をかしげた。
自分が知っているのは、猫の姿だけだから……。
『ねぇ、何してるの?こんな奴等に囲まれて……ボクを置いていくからこんな事になるんだよ』
少年が楽しそうに呟くと同時に、その体がフワリと宙に浮かぶ。
そして、にっこりと可愛らしい笑顔を見せた。
『手伝ってあげようか?』
「……お前は、ボクにとって使い間のはずだたよね。だったら、一々ボクに聞かなくってもいいから、仕事してみろ!」
「げっ、兄貴が切れた……」
楽しそうに烈の周りを飛び回っていた少年の服を掴んで怒鳴られたそれに、豪は思わず頭を抱え込んだ。
「……まさか、人をからかうだけにここまで来たって言う訳ないよねぇ……お前も、タダメシばっかり食ってないで、ちゃんと食べた分ぐらいは働くべきだよね。もっとも、こいつらを掃除する事も出来ない無能だって言うのなら、文句は言わないで、ペットとして扱ってあげるよ」
にっこりと笑顔を見せながら言われたその言葉に、目の前の少年の顔色が変わる。
『な!ば、バカにするな!!ボクは、500年以上もあの水晶の中で生きていたモノだぞ!こんな、低級なヤツ等と一緒にするな!!』
「だったら、ちゃんとやって見せてくれないと、信じる事なんて出来る訳ないよねぇ……あっ!口だけなら、幾らでも言えるか……」
「あ、兄貴……」
完全に馬鹿にしたような烈の態度に、豪は盛大なため息をついた。
こうなった烈を止められる人など、誰も居ない。
そして、『夜』も、そんな烈に押されている状態である事に、思わず同情してしまいたくなる。
『こんな奴等、一瞬で消してやる!』
そして、怒ったように言われたその言葉と同時に、今まで感じていた嫌な気配と言うものが一瞬にして消し去った。
『これでどうだ!』
勝ち誇ったように、言われたそれ。だがそんな少年を前に、烈はにっこりと笑顔を見せる。
「……ご苦労様vv猫の姿に戻っていいよ、『夜』」
計算通りと言うように満足そうな笑顔をみせてから、『夜』の頭を撫でて、その少年の姿を黒猫に変えてしまう。
「……流石、烈兄貴……」
目の前で見せられたそれに、豪が思わず感心したのは当然の事である。
そして、猫の姿になったその『夜』を烈は抱き上げるとにっこりと豪を振り返った。
「んじゃ、帰ろうかvv この騒ぎで、肝試しも中止になるだろうしねvv」
ニコニコと嬉しそうな笑顔を見せる烈を前に、豪はまた心に、この兄だけは怒らすまいと誓った事は言うまでもない。
その後、烈の言うように、肝試しが中止になった事は言うまでもない。
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