― 君がくれたモノ ―


「で、これは?」

 差し出されたモノを前に、烈は盛大なため息をついた。

「……烈兄貴に、似合いそうかなぁって思って……」

 『テヘ』っと笑う弟を前に、烈はもう一度盛大なため息をつく。

「似合いそうだからって、何で本物の水晶なんて!!」

 目の前にあるのは、水晶のペンダントヘット。
 天然の水晶が安いと言っても、このヘットに使われているのは直径2.5cmはある水晶。
 そんなモノがたった千円だったからと質屋で買って来た弟に、烈は正直に頭を抱えてしまった。

 持つと少しだけ重く感じるのは、本物である証拠。
 そして、その水晶を掴んでいるドラゴンの足のデザインは、どう見ても細かいデザインとなっている。
 何度見ても、千円なんかで買えるような代物ではない。

 まぁ、強いておかしな所を上げるとすれば、皮の紐で通されているそのヘットは、その皮紐には不釣合いと言うぐらいであろう。

「これが、千円だったんだって?なんでそんな怪しいもの買ってくるんだ!お前は!!」
「えっ、だって、水晶って、お守りになるんだろう?確か、魔除け……兄貴が持てば、例の体質に少しでも役立つかなぁって思って……」

 恐る恐ると言った様子で、自分が思った事を話す豪に、烈は端正な眉をピクリと振るわせた。

 烈の体質。

 それは、暗い所などに行くと、霊を呼び寄せてしまうと言う特技(?)を持っていると言う事。
 そして、下手をすれば、普段の日常においても、烈は霊の姿を見てしまう。
 その事を知っているからこそ、何かお守りになる物をとずっと考えていたのである。

「……確かに、水晶はお守りになる。だけどなぁ、普通は知られてないけど、水晶って言うのは、相性がある石なんだよ!!」
「えっ?石との、相性?」

 呆れた様に言われたそれに、豪は不思議そうに首を傾げた。

「水晶は、持ち主を選ぶんだ」

 不思議そうに尋ねられたそれに、烈はため息をつきながら水晶を豪に押し付ける。

「だったら、これを手に居れたお前が持つべきじゃないのか?」
「なっ!なんでだよ!!これは、俺が烈兄貴の為に買って来たモンなんだぜ!!」
「……お前なぁ……人の話し、ちゃんと聞いてたのか?」

 押し付けられたそれを不満一杯に文句を言えば、呆れたような言葉が返ってきた。
 それに、豪はグッと言葉を詰まらせてしまう。
 話しはちゃんと聞いていたが、それを納得していないのが、自分の心境と言うものである。

「……だって、こいつは、俺じゃなくって兄貴に渡したくって買ったんだから、それって、兄貴を持ち主に選んだって事じゃねぇの?」

 恐る恐る尋ねてくる豪に、烈は再度盛大なため息をついた。
 こんな時、霊を見てしまう自分の特殊な能力がイヤになってしまう。

「……一つ、教えてやるよ…その水晶、何か居るぞ……」

 ずっと気になっていた事を素直に豪に伝えて、烈はウンザリしたような表情をする。

 自分の為にとわざわざ買って来てくれた物なのに、どうしても素直になんてなれない。
 正直言えば、そう思ってもらっただけで、十分だと思っているのに……。

「えっ?い、居るって、何が?」
「……人間じゃないのは確か……その水晶に憑いてるんじゃないのか……」

 そう言われても、自分には烈と違って見る事は出来ない。
 自分が見えないモノを信じられるのは、兄が嘘をつかないと知っているから……。

「んじゃ、なにが居るんだよ」

 マジマジと水晶を見ながら尋ねられた事に、烈がため息をつく。

「……動物、猫かなぁ……」
「ねこ〜っ?なんで、そんなモノが水晶なんかに?」
「ボクが知る訳無いだろう!!猫の言葉なんて分か……」
「兄貴?」

 言いかけた言葉が途切れたのに気が付いて、豪が烈を見る。
 そして、目の前には、驚いた様に瞳を見開いている兄の姿。

「兄貴、どうかしのか?」

 空中を睨む様に固まっている兄の姿に、自分には見えない何かを見ているのだと悟った豪は、暫く様子を見ることにした。
 数分後、盛大なため息をついて、烈が豪の手から水晶を奪い取った。

「…何か、言われたのか?」
「……猫が喋れるとは、知らなかった……」

 疲れたような兄の姿に、豪は不思議そうに首を傾げて、烈の言葉を待つ。

「……ボクに主人になれって……黒猫で、名前は……『夜』……」
「ふ〜ん、それじゃ、やっぱりこれが持ち主に選んだのって、烈兄貴って事?」

 感心した様に言われたその事に、烈は頭を抱え込んだ。
 確かに、話しを聞いた限りでは、その通りと言うしかないから……。

「ボクは、使い魔なんて欲しい訳じゃないんだけど……」

 盛大なため息をついて、目の前の水晶を睨み付けるその姿に、豪が思わず苦笑を零した。

「んで、その夜って、今何処にいんの?」
「……お前の、頭の上……」

 わくわくと言った感じで尋ねてきた豪のその言葉に、烈はボソリと言葉を返す。
 そして、もう一度ため息をついた。

「『夜』ボクは君の主人になるつもり無いんだけど……xx」

 疲れた様に呟かれたその言葉に、何処からとも無く猫の鳴き声が響き渡る。

「……俺の頭の上から、声聞こえるんだけど……」

 勿論、この部屋に動物の姿はない。
 居ない者の声を聞くというのは、今に始まった事ではないが、自分の頭の上から聞こえたのは初めての事である。

「……お前、馬鹿にされてるんだよ……そいつ、姿を見せ様と思ったら、お前にも見えるぞ……」
「ふ〜んって、俺の事、バカにしてるのかよぉ!猫のくせに生意気だぞ!!」
「……今が、猫の姿をしているだけ…多分、本当の姿は、猫じゃない……」

 ジッと豪の頭の上を睨み付けている烈に、豪は心配そうに口を開いた。

「……そんなヤツの主人になって、大丈夫なのか、烈兄貴?」
「主導権はボクが握ってるみたいだね。ボクに危害を与えるつもりは無いみたいだ」
「なら、兄貴の役に立つんじゃねぇの?」
「……言っただろう、ボクにはって……本当に、とんでもないモノを人に押し付けてくれるよなぁ……」

 呆れた様に呟いて、烈が持っていた水晶を机の上に置く。
 そして、手を伸ばすと豪の頭の上から、まるでモノを取るようにヒョイっと何かを持ち上げた。

「暫くは、様子を見よう。折角、お前が珍しくボクにプレゼントしてくれたモノな訳だからな」

 持ち上げたものを両手で包む様にして持ち直してから、ニッコリと笑顔を見せて言われたその言葉と同時に、豪の目に烈の手に抱かれている黒い物体が一緒になって笑ったのを見たような気がした。

 そして、ここで、自分がとんでもないモノを兄に押し付けてしまったと言う事実に気が付いても、それは後の祭と言う物であろう。


 隠して、トラブルメーカーにさらなるトラブルが舞い降りてきたと言う事実。

 その舞い降りてきた新たなモノが、今後どの様に動いて行くのか、それは誰にも分からない事であろう。