「おめでとう、兄貴!」

 ウチに戻ってくるなりの歓迎の言葉に、烈は疲れたようにため息とついた。
 学校でも散々言われたその言葉、そして、家に戻っていた瞬間に嬉しそうな弟にまで同じ言葉を言われたことに、流石にうんざりしてくる。

「……兄貴?」

 不機嫌そのままの表情を見せている烈に、豪が心配そうにその顔を覗き込んだ。

「……母ちゃんがご馳走用意して待ってるんだぜ」

 ニコニコと何が嬉しいのかわからないほど上機嫌な弟の姿を前に、烈は盛大なため息をついた。
 何が悲しくって、自分の誕生日にこんなに疲れなくってはいけないのだろうか?
 朝からずっと、女子生徒達がプレゼントを持って尋ねてきたことをも出だして、烈は再度ため息をついた。

「兄貴?」

 疲れきっている兄の姿に、豪が再度心配そうに声をかける。
 それに、ぎっと思いっきり不機嫌そうな顔で睨みつけられてしまう。

「……今日、ボクがどれだけ大変な思いをしたの聞きたいんだったら、教えてやるけど……」

 心配そうに見詰めてくる弟には何の罪もないと思うのだが、自分の誕生日だからと浮かれているそれが、十分に自分にとっては問題であるのだ。

「……え、遠慮しときます……」

 不機嫌そのままで睨み付けてくる兄の視線に、豪は音が聞こえそうなほど大きく首を振って返す。

「だったら、これ持ってボクの部屋に置いて来い!」

 両手に持った紙袋を豪に押し付けて、烈はそのままリビングに入っていく。
 それを見送って、豪は盛大なため息をついた。

「……相変わらずの人気だよなぁ……」

 紙袋二つに入ったそのプレゼントの山に、豪は思わず同情したくなってしまう。
 確かに、これだけのプレゼントを受け取ると言うのは、精神的にも疲れて当然だ、ましてや、普通の人相手だと大きな猫を被っている烈なのだから、その疲労はさらに想像も出来ない位である。

「……んじゃ、これ置いて来て、飯でも食いますか……」

 そのままその荷物を放り出したらどうなるか考えただけでも恐ろしい事に、豪は素直にその荷物を烈の部屋へと運ぶ。







 食事を終えると、流石に烈の機嫌も直ったようで、片付けを手伝っている姿を見て、豪はほっと胸を撫で下ろした。
 まさか、誕生日にあそこまで機嫌が悪くなって戻ってくると思っていなかったので、自分の用意したプレゼントを渡せずにいたのだ。

「……そりゃ、確かにあんなにプレゼント貰ってたら、俺の入らないかもしれないけどなぁ……」

 だからと言って、自分にとっても大切な兄に何のプレゼントも用意しないと言うのは、やっぱり問題があるような気がする。
 そう、例え、兄が自分から物を貰うのをあまりよく思っていないとしてもだ。

「何してるんだ、お前?」

 盛大なため息をついてソファに懐いた瞬間、呆れたような声が聞こえて、豪は驚いたように顔を上げた。
 勿論相手は、確認しなくって分かっている。予想通りの人物が呆れたように自分を見詰めているのに、豪は思わず苦笑を零した。

「……そうだ、ほら、豪」
「えっ?」

 呆れたような視線を自分に向けていた烈が、突然思い出したように自分のポケットから小さな包みを取り出して豪に投げる。
 烈の突然の行動に、豪が驚いたようにその包みを受け取った。

「兄貴?」

 突然渡されたそれの意味がわからなくって、思わず烈を見つめてしまうのは仕方ないだろう。

「……一応、お前の兄貴として生まれた事に感謝してやるよ」

 苦笑交じりの言葉。一瞬言われたことが分からなかったが、考えてその言葉の意味を知った時、豪は慌ててソファから立ち上がった。

「って、何で兄貴が感謝するんだよ!俺の方が感謝するもんだろう、普通は!!」
「そうか?たまには、誕生日の奴がプレゼント渡すのも味があっていいもんだろう?」
「……そう言う問題じゃねぇよ!」
「じゃ、どう言う問題なんだ?」

 自分の言葉に返された文句に、烈がため息をつきながら問い返す。

「……どういう問題って……今日は、兄貴が俺の兄貴として生まれた事に感謝する日だから……」
「違うだろう。それを言うのなら、お前が生まれた日が、ボクの弟として生まれてきたって事になるんじゃないのか?」
「…確かに、そうかもしれないけど、兄貴が生まれてかなかったら、俺は兄貴の弟になれなかったって事で……だから……」

 自分でももう何が言いたいのか分からなくなっている状態である。
 そんな豪を前にして、烈は思わず苦笑を零した。

 確かにそんな事を言っていたら、キリが無くなってしまう。

 『鶏が先か、卵が先か』そんな同道巡りな質問を前に、ため息をつく。

「…どっちにしても、ボクがお前に、プレゼントしたかったんだから、素直に受け取れよ」
「だったら、俺のプレゼントも受け取ってくれよ、兄貴!」

 慌てて自分のポケットから、小さな封筒を取り出す。

「……兄貴が見たいって言ってた映画のチケット……」

 すっとそれを烈に差し出して、豪はそっとため息をつく。
 本当は、こんな言い合いみたいな渡し方では無くって、ちゃんとお祝いの言葉と一緒に渡したかった。

「……そうだろうと思った…」

 盛大なため息と共に、自分の手から封筒が取られる。

「豪、ボクのプレゼントも開けてみろよ」

 そして、苦笑を零すように言われたそれに、豪は素直に従って、烈から貰ったプレゼントを開く。
 中から出来たのは、自分が烈にプレゼントしたものと同じ、映画のチケット。

「って、事で、お前からの誕生日プレゼントは、その映画を一緒に行くって事で、決まりだからな」

 にっこりとウインク付きで言われたそその言葉に、思わず豪も笑みを零す。

 本当に、この兄だけは適わないと思える瞬間。


 今日、君が生まれきた事に、心から感謝を込めて、誕生日おめでとう、烈兄貴。