『クリスマス?』

 不思議そうなその声に、烈と豪は一瞬お互いの顔を見合わせた。

「『夜』お前、もしかして、クリスマスを知らないのか?」

「……何百年も生きて来たのに、知らないって事は無いと思うけど……」

『知らない……』

 ポツリと漏らされたそれに、信じられない物でも見るように、マジマジと黒猫を見詰めてしまう。
 使い魔として、クリスタルの中に閉じ込められていたため、何百年と生きてきたこの化け猫が、まさかクリスマスを知らないと言うなど、二人には想像もつかない事であった。

 この猫がここに来てから早くも半年。
 その所為もなるのか、最近は大分素直になって、両親がいない時には、こうして話をするようになった事は、果していい事なのだろうか?

「まぁ、使い魔には、馴染みあるものじゃないだろうな……クリスマスって言うのは、キリストが生まれた日。最も、日本では、その日よりも、イヴの方が賑わうけどね」

 苦笑を零しながら、烈がクリスマスについて教えれば、分かったのかそうでないのか、『夜』は不思議そうな瞳を烈に向けた。
 紫色の瞳に見詰められて、烈は思わず苦笑を零す。

「深く考える事はないじゃないのか?クリスマスって言うのは、神様の誕生日だけど、ボク達の場合は、ただ騒ぎたいだけだからね」

 苦笑を零しながら、烈はツリーの飾りを仕上げていく。

「まっ、今日は母ちゃんが腕によりを掛けてご馳走作るって言ってたから、期待できるぜvv」

 豪も飾り付けを手伝いながら、嬉しそうな笑顔を見せる。
 そんな二人の顔を交互に見詰めてから、『夜』はまた首を傾げた。

『誕生日…?』

 また分からない言葉を聞いたと言うように聞き返す『夜』に、再度二人は顔を見合わせて困ったような笑顔を見せる。

「…生まれた日の事を、誕生日って言うんだ……『夜』は、自分が生まれた日を知らないのか?」

 ヒョッイとその体を抱き上げて、優しく尋ねれば、不思議そうに瞬きを繰り返す。

『……烈にも、あるのか?』

「あるよ…ボクにも、勿論、豪にもね」

『ボクは……』

 優しい笑顔で言われたそれに、今度は少しだけ寂しそうに瞳が伏せられてしまう。
 そんな『夜』に、烈は小さくため息をつくと、優しくその小さな頭を撫でてやる。

「覚えてないのなら、お前の誕生日は、ボク達に初めて会った日でいいんじゃないのか?あの日、お前は、水晶から生まれてきたんだ」

『誕生日だと、何かあるのか?』

「ご馳走が食える!」

「まぁ、それも確かにあるけど、自分がこの世界に生まれてきた事を感謝する日かな……お前は、ボクの所にこれて良かったと思ってくれれば、それだけで十分だと思うけど」

 豪の言葉に苦笑を零しながら言われた烈のそれに、『夜』は、少しだけ驚いたような表情をしてしまう。

『……ボクが、ここに来た事を、感謝するのか?』

「絶対じゃないよ。お前が、そう思えるのならって事。夢以外にも、食べ物を受け付けられるって分かったんだから、夢なんて味気ないもの食べるよりか、もっと美味しい物食べた方がいいだろう?」

 聞き返されたそれに、『夜』は何も答えない。

 ここに来て、初めて知った人の暖かさと言うもの。
 それは、今まで自分が使えて来た主人とは全く違う優しい心。
 道具として使われるのでは無く、自分の意思を持って行動できる喜び。

 今まで感じたことの無い自由と言うものを、ここに来て初めて知った。
 この気持ちこそが、感謝すると言う気持ちなのかもしれない。

「『夜』?」

 何も言わなくなった自分を心配するように、名前を呼ばれて、『夜』は顔を上げる。
 この名前だって、本当は道具としての名前。
 名前を呼ばれたのなら、呼んだ人の命令は自分にとっては絶対のモノ。
 だけど、今は名前を呼ばれても命令をされる事はない。

 時々、怖いことを言うけれど、目の前に居る新しい主人は、誰よりも優しくって強い。

『……ボクは、烈に会えて感謝してる……』

 真っ直ぐに見詰めてくる瞳が、嬉しそうに細められる。
 滅多に見れない『夜』の穏やかな表情を前にして、烈もその表情を優しいものへと変えた。

「ボクも、最初は迷惑してたけど、今じゃ感謝してるよ、お前が居てくれること」

「……兄貴、それ買って来たの、俺なんだから、俺にも感謝してくれよな……」

「…お前の場合は、厄介事を持ち込んでくれるんだから、それで帳消し!」

「……それって、俺よりも、兄貴の方が……xx」

 ブツブツと文句を言う豪を前に、烈がにっこりと笑顔を見せる。

「豪くん、言いたい事があるなら、ハッキリと言わないと、聞こえないよvv」

 必殺の笑顔を見せれば、豪はただ大きく首を振って、素直に謝ってしまう。
 そんな遣り取りを烈に抱き上げられた状態のまま見ていた『夜』は、楽しそうに烈の応援をする。

 楽しい笑い声の中、キッチンからの母親の静止で、二人は遣り掛けていたツリーの飾り付けを再開させた。
 そして、ある程度それが終わった時、烈が思い出したようソファに寝そべっている『夜』の頭を優しく撫でる。

「……一日早いけど、クリスマスの時には、こう言うんだ。メリー・クリスマス…『夜』」

 そっと、真っ黒の毛の中に顔を埋めながら言われたその言葉は、『夜』にとっては初めて聞く言葉だったけれど、それはとっても胸を暖かくしてくれるものだったらしい。

 そして、自分にとっての新しい主人と共に、初めてのクリスマスのご馳走を見たと言う。