何気なく見上げた空はどんよりとしていて、まるで自分の心を表しているようだ。
 気分が降下している今は、何もする気にはならなくて出来た事と言えば、ただ大きく息を吐き出す事だけ
 こんなに落ち込んだのは、正直言って久し振りかもしれない。
 自分は自分だと言う思いがあるからこそ、何を言われても気にしないようにしていたし、何よりもそんな俺を好きだと言ってくれる人が居てくれるのだから、落ち込む必要なんてなかったのだ。

 なのに、そんな俺が落ち込んでしまった理由は、何気ない言葉。

 多分、言った本人は、深い意味なんてなかったんだと思う。
 だけど、言われた俺にとっては、一番気にしている事で、言われたくなかった事だった。


『沢田って、兄貴がいねぇと何にも出来ないんだな。まぁ、その足じゃ仕方ないんだろうけど、あんな兄貴なら、頼りがいもあるし、あいつが兄貴で羨ましいぜ』


 言われた言葉は、何も間違ってはいない。
 俺は、ツナに迷惑しか掛けていないから、何も出来ないと言われても、仕方ない事だ。
 だけど、自分で出来る事は、ちゃんと自分でも頑張っているつもりなのに、そんな風に言われたら、俺の頑張りを否定されたみたいで

 ただ、悲しかったのだ。
 そして、何も出来ないと言われた自分が、許せなかった。


「許せないけど、自分じゃ結局何も出来ないんだから、どうする事も出来ないんだよね」


 変わりたいと思うのに、変われない自分。
 昔から、ツナに頼ってばかりで、心配ばかり掛けている。


「ダメ、そんな所で、何やってんだ?」


 再度ため息を付いた瞬間聞こえてきた声に、俺はビクリと大きく肩を震わせてしまった。

 誰も居ないと思っていたからこそ、隠れて落ち込んでいたのにまさか声を掛けられるなんて思いもしなかったのだ。
 しかも、自分を『ダメ』と呼ぶ相手は一人しか居ない。


「……リボーン」
「綱吉が探してたぞ」


 恐る恐る振り返ってその名前を呼べば、続けて言われた内容に、またしても落ち込んでしまった。
 ああ、やっぱり俺って、綱吉に心配ばかり掛けている。


「お前が落ち込むなんて、珍しいな」
「……俺だって、落ち込むことぐらいあるよ」


 真っ直ぐに相手を見る事が出来なくて、視線を逸らした俺に、意外そうにリボーンが呟いたその言葉に、自棄になって返事を返す。

 確かに余り落ち込んだりはしないけれど、それでも落ち込まない訳じゃない。
 でも、一人で隠れて考えたくなるなんて、本当に今まで数えるぐらいしかなかった。

 もう少しだけでいいから、放っておいて貰いたい。
 そう思うのに、リボーンがその場所から動く気配はなく、逆に珍しく足音をさせながら近付いてきた。


「何があったのかは聞かねぇが、偶には息抜きしてもいいんじゃねぇのか?」
「……リボーン」


 ポンポンと、小さな手が膝を抱えて地面に座り込んでいた俺の頭を撫でてくれる。
 それに驚いて俺は思わず、顔を上げてリボーンの名前を呼ぶ。


が頑張っているのは、お前の周りに居る奴等が一番分かってんだからな。おめぇは、それ以上頑張る必要はねぇんだ」


 何があったのか聞かないと言ったのに、言われた言葉は確実に俺を慰めるためのもの。
 きっと、リボーンには分かっているのだろう、俺がどうして落ち込んでいるのかを
 だからこそ、今だけは俺の名前を呼んでくれた。

 ダメじゃなくて、と……


「………今、そんな風に言うのは、卑怯だよ、リボーン」
「そうでも言わねぇと、お前が泣かねぇからだろうが……」


 必死で泣くのを堪えていたのに、言われた言葉で俺は我慢出来ずにポロポロと涙を流してしまった。
 そんな俺の頭を小さな手が慰めるように優しく、撫でてくれる。

 滅多な事では、言われない言葉。
 だけど、それは間違いなく、俺の事を認めてくれているもの。
 周りの人達が認めてくれなくても、身近な人達はちゃんと分かってくれる。


「それに、本当に綱吉がいねぇと何も出来ない奴なら、誰もお前の周りに人は集まらねぇだろうな」


 ボソリと小さな声で言われたその言葉の意味が分からなくて、その真意を探ろうとリボーンを見た。


!」


 その瞬間、聞こえて来たのは俺を呼ぶ声。
 聞き覚えのあるその声は、間違いなく俺の兄である綱吉の声。


「やっと来たみてぇだな」


 その声のする方へと無意識に視線を向けた時、小さな声でリボーンが何かを言ったけど、その声は余りにも小さくて俺には聞こえなかった。


「リボーン?」
「偶には、あいつの前でも弱音を吐いてやるんだな。絶対に喜ぶぞ」
「えっ?どう言う……」
「自分で考えやがれ、ダメ


 不思議に思って名前を呼べば、意地悪な笑みを浮かべながら言われた言葉。
 更に意味が分からなくて、聞き返そうとしたら、何時ものように『ダメ』と言われてしまった。
 その時リボーンが浮かべていた表情は、満足気なモノで、余計に意味が分からない。


「もう大丈夫みてぇだな」
「わっ、リボーン?!」


 そして今度は、ぐしゃぐしゃと少し乱暴に頭を撫でられてしまう。
 突然のリボーンの行動に驚いてその名前を呼ぶ。

 確かに、落ち込んでいた気持ちは浮上していたし、流れていた涙は簡単に止まってしまった。
 これも全部、リボーンのお陰だろう。


、こんな所に居たの!って、リボーンが一緒だったの?」


 落ち着いた俺の傍に、綱吉が駆け寄ってくる。
 きっと必死に探してくれたんだろう、珍しく汗をかいていて息が荒い。


「ツナ、心配掛けてごめんね」
「何でそこで謝るの?勝手にオレがを探してたんだから、が謝る事じゃないよ」


 心配を掛けてしまった事が申し訳なくて、謝罪した俺に返されたのは、ツナからの拒否の言葉。
 思わず、言われたその言葉に、驚いてリボーンを見てしまう。
 俺が視線を向ければ、当然だと言うような顔をしてリボーンが笑っている。

 ああ、確かに、迷惑だとか、心配を掛けるとか、そんな事は考え過ぎだ。
 なら、俺は謝罪するんじゃなくて


「うん、探してくれて、有難う、綱吉」


 精一杯の感謝の気持ちを返そう。


「えっ、あっ、うん……、何かあったの?」


 笑って感謝の気持ちを返した俺に、驚いたようにツナが頷いてから不思議そうに質問してくる。
 分からないと言うようなツナのその姿に、俺は思わず笑ってしまった。



 人の言葉で落ち込んでしまっても、また違う人の言葉で元気になれる。

 だからこそ、偶には弱音を吐いても許されるんじゃないかな?