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「!!」
突然全てを拒絶するように、崩れていく体を、僕は慌てて抱き止めた。
ああ、忘れていた。
君は、その言葉を聞く度に涙を流していた事を
自分の怒りから、そんな事すらも忘れてしまったなんて、僕も馬鹿なのかもしれない。
「ヒバリさん、くんは、一体……」
「君達には関係ない」
ギュッと意識を失ったその体を、強く抱き締める。
そんな僕に、沢田が声を掛けてくるのを、激しく拒絶した。
「目の前で、倒れられちまったら、関係なくはねぇのな」
そんな僕に、山本武が何時の雰囲気とは違う真剣な声で返してくる。
こいつが、僕のモノに触れていたから……
いや、僕が自分の独占欲を抑えられなかったのが、いけなかったのだと分かっている。
だけど、ここまでの心を傷付けてしまう事になるなんて、思いもしなかったのだ。
「は、一年前にたった一人の肉親を殺されているんだぞ」
「殺されたって?!って、リボーンお前何時の間に!!」
もう一度離さないと言うようにその体を抱き締めた瞬間、聞こえてきた声。
その声に、沢田が驚いたように声の主である人物の名前を呼ぶ。
「って、確か……親父狩りにあって殺された被害者がそんな苗字だったような……」
「さすが獄寺だな。それが、の父親だぞ」
説明された内容に、沢田の忠犬が思い出したと言うように口を開く。
それに感心したように、赤ん坊が頷いて返す。
そう、僕が初めてに会ったあの日、は天涯孤独の身の上となった。
僕が護る並盛で、そんな馬鹿なマネをした奴等は、とっくの昔に咬み殺している。
との約束だったから、本当に殺してはいないけど、もう二度と病院から出る事は出来ないだろう。
それだけの事を、あいつ等はしたのだから
「オレもその事件の事なら知ってるのな。確か、その後、犯行を重ねたヤツ等が全員病院送りになったって……」
「ヒバリ、お前がやったんだろう?」
続いて、思い出したと言うように山本武が口を開いたそれに確信を持って赤ん坊が問い掛けてくる。
それは、質問と言うよりも、確認と言った問い掛けだ。
「……この並盛で、風紀を乱したんだから、当然だよ」
「えっ!そいつ等を病院送りにしたのは、ヒバリさんなのぉ?!」
だから当然だと言うように返事を返せば、驚いたように沢田が声を上げる。
煩いんだけど……こいつも、咬み殺してやろうか
「が大事なら、やめとくんだな」
「……君に、何が分かるの?」
心の中で思った事を見透かしたように、赤ん坊が僕を止める。
「お前よりも、の事は知っているぞ。『殺気』と、『殺す』と言う言葉に敏感な理由も、な」
「どう言う事?」
そして続けて言われた言葉は、信じられない内容だった。
何で、赤ん坊がの事を知っているのかが、分からない。
は、ただの一般人だった筈だ。
なのに、何で、赤ん坊がの事を知っている?
「ここで話す内容じゃねぇからな……ここからなら、山本の家が近いぞ、いいか?」
「おう、オレは構わないぜ」
「……僕に、群れろって言うの?」
「の事が知りたくねぇのなら、別にいいぞ」
クルリと踵を返した赤ん坊が山本武に声を掛ければ、当然のように返される返事。
それに対して僕が、不機嫌な声で問い掛ければ、チラリと振り返って言われた言葉に小さく舌打する。
の事なら、何でも知りたい。
そう思っている自分が居る事が分かっていたから……
山本の家に向けて歩き出したオレ達の後ろを、ヒバリさんがくんを抱き上げた状態で黙って付いて来る。
突然目の前でくんが倒れた時は本当にどうしようかと思ったけど、それを慌てて抱き止めた時のヒバリさんの事を思い出すと、思わず顔が赤くなってしまう。
だって、どう考えても、ヒバリさんはくんの事を大切にしていると分かるから
オレの家に引越しの挨拶をしに来た時、ヒバリさんの事を名前呼びしていたくんには驚かされたけど、ヒバリさんがくんを大切にしている事が分かって、もっと驚かされた。
だって、あのヒバリさんが、誰かをこんなに大切に思えるなんて、考えもしなかったから
でも、今日くんが笑った顔を見て、その理由が良く分かった。
護ってあげたくなる様な、そんな雰囲気を持っているのだ、くんは
「ダメツナの癖に、お前も気付いたみたいだな」
「リボーン、どう言う意味だよ」
そんな事を考えていたオレに、リボーンが感心したように声を掛けてくる。
だけど、言われた意味が分からなくて、その名前を呼んで首を傾げた。
そう言えば、こいつは一般人のくんをファミリーに勧誘していたっけ?
山本のように飛びぬけた運動神経をしている訳でもないし、ヒバリさんのように喧嘩が強い訳でもない。
くんは、話題になるような特別な人じゃないことだけは、オレにでも分かる。
なのに、リボーンはくんをファミリーに入れようとしていた。
「あいつの魅力は、話してみて初めて気付けるものだ。もっとも、一度や二度じゃ気付けないヤツが殆どだろうがな」
「なに、そのくんの魅力って……」
「お前は二度目に気付いてみてぇだが、山本と獄寺は一度で気付いたみてぇだぞ。どうやら、ヒバリも一度で気付いたみぇだな」
淡々とした口調で、リボーンが訳の分からない事を言う。
くんの魅力って、一体……
しかも、山本達は一度で気付いたのに、オレは二度目で気付いたって、それって結局オレが鈍いって事なんじゃないのか?!
「だから、自然とあいつは誰かに護られる……近所のおばさん連中が放って置かなかったのも、それが理由だろうからな」
「訳分かんないから!何だよ、そのくんの魅力って!!」
「……気付いた訳じゃねぇのか?やっぱりダメツナだな」
訳が分からないリボーンの言葉にオレが口を開いたら、呆れたようにため息をつかれた。
しかも、最後は結局ダメツナかよ!!
それは何時もの事だから気にしないけど、だからと言ってダメツナと呼ばれる事を許している訳じゃない。
「ダメツナって言うなって、いつも言ってるだろう!」
「ダメツナだから、ダメツナなんだぞ」
「ねぇ、の魅力がどうとか聞こえたんだけど、どう言う意味?」
「って、ヒバリさん?!」
人の事をダメツナ呼びするリボーンに文句を言えば、ため息と共に返される言葉。
それに対して言葉を返そうとしたそれは、口を開く前に不機嫌な声によって遮られてしまった。
オレ達の直ぐ傍に来ていたヒバリさんに驚いて、思わず声を上げる。
何時の間に移動してきたんだろう、この人。
しかも、しっかりとオレとリボーンの会話が聞こえていたみたいだ。
信じられない、地獄耳……。
「それも、これから説明するぞ。山本の家に着いたからな」
「おう、武、帰ったのか」
ガラガラと音を立てて扉が開き、山本の親父さんが表に出てくる。
元気良く声を掛けてきた山本の親父さんに、らしくて思わず笑ってしまう。
「ただいま、親父。ちょっと友達が一緒だから……」
「何だ、友達が一緒だったのか?だったら、寿司をご馳走してやらねぇとな」
「サンキュー、でも、ちょっと大事な話するから、寿司はまた後で、な」
そんな親父さんに山本が返事をすれば、オレ達が居る事に気付いてお寿司をご馳走してくれると申し出てくれた。
それに山本が感謝の言葉を返して、だがチラリとヒバリさんに抱き上げられているくんへと視線を向けてからさり気なくそれを辞退する。
「そっちの友達はどうしたんだ?」
それに気付いた親父さんが、心配そうに質問してくるのにオレは困ったようにくんを見た。
説明するには、何も原因が分かっていないから
「ちょっとした貧血だから、心配ないぞ」
「そうか……貧血なら、栄養あるもんを食わないとなぁ。後で旨い物を差し入れてやるから、しっかりと休ませてやんな」
「そうだな、頼むぜ、親父」
どう説明するべきか悩んでいれば、リボーンがあっさりと口を開く。
それに親父さんが、笑みを浮かべながら返してきた。
本当に、山本の親父さんらしい。
「散らかってるけど、気にしないで入ってくれよ」
親父さんと別れてから、山本の部屋へと移動する。
襖を開いて促されたのは、オレの部屋よりも綺麗な山本らしい部屋。
「は、オレのベッドに寝かせていいぜ」
「必要ないよ、は僕の傍に置いておくから」
それぞれ思い思いの場所に座れば、ヒバリさんは少し離れた場所でくんを抱き抱えた状態で床に座った。
それから、自分が持っている学ランをくくんの膝に掛けて上げる。
後ろから抱き締めるように座っているその姿は、まるで恋人同士のようで、見ているこっちが恥ずかしくなるぐらいだ。
「が倒れた理由だが、それは親父の件とは関係ねぇぞ」
「どう言う事?」
そして、唐突にリボーンの話が始まった。
突然言われたその内容に、驚いたようにヒバリさんが声を上げる。
どうやら、ヒバリさんとしてもくんが倒れたのは、お父さんの事が関係しているのだと思っていたみたいだ。
「の母親もまた、こいつが小さい頃に殺されているんだぞ」
「お母さんまで!」
だけど続けられたそれは、余りにも残酷な言葉。
お父さんも殺されて、お母さんまで殺されていたなんて……
くんって、一般人なんだよね?
「こいつ自身は一般人で間違いねぇぞ。だが、こいつの母親は、一般人じゃなかった」
「リボーンさん、どう言う意味ですか?」
疑問に思ったオレの心に答えるようにリボーンが話を続ける。
それに対して、獄寺くんが不思議そうに聞き返した。
確かに、リボーンの言葉からは、話の内容が全くと言っていいほど理解できない。
「こいつの母親は、裏では有名な殺し屋だったんだぞ」
「殺し屋って、だって、くんは、一般人だって!」
「ああ、こいつはその事を覚えてねぇみたいだな。だが潜在意識の中でしっかりと覚えているみてぇだぞ、自分の目の前で母親が殺された時の事を」
目の前で、お母さんが殺された……そ、そんなのって
「酷すぎるよ」
聞かされた内容が信じられなくて、思わず呟いたそれは、皆も同じだったようで辛そうな表情で眠っているくんを見ている。
「だからこそ、こいつは『殺気』と『殺す』と言う言葉に敏感に反応する。目の前で同業だった殺し屋に母親を殺されちまったんだからな」
何で殺されたのかと言う事は言わなかったけれど、同業の殺し屋に殺されたと言われただけで、理由は何となく想像できた。
それでも、子供の目の前で、母親を殺すなんて、そんな酷い事……
「……それが理由。なら、僕はの目の前でその二つを封じればいいんだね」
「お前にそれが出来るのか?」
だけど、リボーンに説明された内容をあっさりと納得して、ヒバリさんが言ったその言葉に続いて問い掛けられたそれは、当然の物だったのかもしれない。
沈黙が辺りを支配する。
それは、一瞬だったのかもしれないし、数分だったのかもしれないけれど、オレには長く感じられた。
「………なら、克服させればいいだけだよ」
「簡単な事じゃねぇぞ」
「そんな事、君には関係ない。は僕と約束した。だから、この子は僕のモノなんだから」
そう言って、ヒバリさんはくんを抱き上げて部屋から出て行ってしまう。
「……ヒバリのヤツ、すっかり魅力に嵌ってやがる」
そんなヒバリさんを見て。リボーンが楽しそうに笑いながら呟いた言葉は、ここに来る前に話していた内容のもの。
くんの魅力について、そう言えば倒れた理由は分かったけど、魅力の話はまだだったっけ
「リボーン、くんの魅力って、一体……」
オレにはさっぱりと分からないから、質問すればリボーンはチラリと山本へと視線を向けた。
「山本は、気付いたんじゃねぇのか?」
「んっ?ああ、気に入ったのは、本当なのな。なんて言うか、放っておけない雰囲気があるんだよなぁ、あいつ」
そしてそのまま質問された内容に、山本が返事を返す。
それは、答えじゃないけど、確かにオレも感じたモノだった。
「それが、あいつの魅力だぞ。それに嵌っちまうと、ヒバリのようになっちまう。もっとも、あいつは手に入れる事に成功したみたいだがな」
「どう言う意味なんだ?」
「あいつの母親が殺されちまったのは、虜になっちまったヤツが、他の男のモノになったのが許せなかったからだぞ。そんな男は一人や二人じゃねぇ。だから、あいつの母親は足を洗って一般人と結婚したんだろうがな」
そう言ったリボーンの表情は、複雑な色を持っていた。
まるで、くんの母親の事を知っているみたいな……ううん、多分、知っているんだ、こいつはくんの母親の事を
「リボーンも、くんのお母さんの虜になった一人なんじゃないのか?」
「……さぁ、な……」
質問するように問い掛けたオレの言葉に、リボーンはただ曖昧な返事を返しただけだった。
それでも、それはオレの考えた事が間違っていなかったのだと分かる。
「えっと、それじゃ、あいつは母親の能力を受け継いでいるって事なんですか?」
「間違いなく、受け継いでいるぞ。あいつを手に入れる事が出来れば、どんな相手でも取り込む事が出来るからな」
きっぱりと言われたリボーンの言葉に、複雑な気持ちは隠せない。
そんな理由で、くんをファミリーに勧誘していたなんて
「そんな事、ヒバリさんが許す訳ないだろう!」
きっと、ヒバリさんは許さないだろう。
あの人は、本気でくんを大切に思っている。
それは、今日の事ではっきりとした。
多分、くんも同じようにヒバリさんの事を思っていると思う。
まだ、はっきりと自覚していないだろうけど、それは微笑ましくもある確かな想い。
オレは、そんな二人を見守りたいと、そう思ったのに
「何言ってやがる、ヒバリもファミリーの一員なんだから、お前が納得させろ」
「んな事出来る訳ないだろう!!!」
オレの言葉に返されたのは信じられないリボーンの言葉だった。
いや、その前にオレはボスになんてならないんだからな!
なったとしても、ヒバリさんを納得させるのは絶対に無理だと思う。
だって、ヒバリさんがキレた理由って、山本がくんの肩を抱いていたのが原因だ。
そんなに独占欲が強い相手を、納得させるのは不可能だろう。
「はは、ツナ、大変なのな」
「大丈夫です、10代目なら出来ますよ」
山本や獄寺くんは、人事だと思って気楽に返してくれるけど、絶対に無理だから!!
今ここに居ないヒバリさんとくんの事を考えて、オレは盛大なため息をついた。
本気で、オレはボスになんてならないんだからな!!
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