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約束。
俺は、あいつと一体どんな約束をしたのだろう。
それが分からないまま、時間だけが過ぎていく。
俺が、あいつと一緒に暮らすようになって、早一週間が過ぎた。
でも、今だに約束の内容は思い出す事が出来ない。
「マジで思い出せないんだよなぁ……」
屋上で空を見ながら、ポツリと呟いてため息をつく。
放課後、俺の大好きな時間。
手には、俺の大事な大事な相棒と言ってもいいカメラを持っているのに、シャッターを押す気にはならない。
晴れた日に、この屋上から空を撮るのが俺の日課。
なのに、その日課も手に付かないほど、毎日考えている。
俺は、一体どんな約束をしたんだろう……。
「親父、俺は、親父との約束も満足に果たせそうにねぇんだけど……」
一度した約束は、何が何でも守る。
そう言い続けていた親父は、俺との約束を守らずに死んじまったって言うのに……
なぁ、俺は、どうして文句も言わずにあいつと一緒に居るんだろう。
いや、文句は一杯言ってるんだけど
そう考えて、もう一度ため息をつく。
一体どれぐらいの時間、考え込んでいたのか、空はもう茜色に染まリ始めていた。
「あ〜っ、一枚だけでも写真撮るか」
でも、こんな気持ちで写した写真は、碌なモノにはならない。
分かっているからこそ、そう口に出してもカメラを構える気にはなれなかった。
大好きな空なのに、今日は写真を撮る事も出来ないまま、視線を空から地上へと戻す。
校門へと視線を向ければ、下校中の生徒達の姿が見えた。
そろそろ部活も終わって、最終下校の時間なのだから、当然だろう。
そんな生徒の姿を、ぼんやりと見詰める。
上から見詰める生徒達は友達と一緒に帰る人が殆どで、それを見ていると何処か遠くの世界を見ているように感じらた。
まるで、自分一人が取り残されてしまったようにさえ感じられる。。
「夕暮れ時は、碌な考えが浮ばないよな……」
そんな事を考えてしまった自分に、もう一度ため息をつきそろそろ帰ろうと屋上から校舎の中へと入った。
今日も、恭弥よりも俺の方が先に帰る事になるだろう。
帰ったら、何時ものように夕飯の準備をして、あいつの帰りを待つ事になる。
恭弥のヤツは、俺と一緒に居ると言ったくせに、俺よりも確実に風紀委員の仕事が第一だ。
いや、別にそれは俺にとっては好都合なんだけど
だって、あいつと一緒に居ると、俺は俺じゃなくなってしまいそうだから
男同士だって言うのに、何で抱き付いてくるのか、いまだに理解できない。
一番理解できないのは、恭弥に抱き締められる度にドキドキしている自分自身。
「って、普通抱き締められたらドキドキするのは当たり前なんだよ!」
家族でもない他人に抱き締められて、ドキドキしない方が可笑しいんだよ。
だから、俺は可笑しくない。
「、そんな所でなにしているの?」
自分を慰めるように言ったその言葉の後、呆れたような声が聞こえて来て視線を向ける。
そこに居たのは、俺が先程まで考えていた人物。
「きょ、恭弥……この時間は、町内の見回りに……」
まさかこの時間、この人物がこんな場所に居るとは思わなかったので、俺は驚いたように恭弥を見てしまった。
「今日は、片付けなければいけない書類が多かったからね。町内見回りは他のヤツに行かせたんだよ」
「そ、そっか……俺は、何時もの日課。もう帰るところだけどな」
一歩一歩階段を上りながら、俺が驚いたように呟いたそれに返事を返してくれた恭弥に、頷いて何とか俺も返事を返す。
と、言っても、今日は一枚の写真も撮らずに終わってしまったんだけど
ここ最近、写真を撮る枚数減ったよなぁ……今度の休みは出掛けて、写真を一杯撮ろう。
じゃないと、部長に泣かれる。
嬉しい事に、俺のなんかが撮った写真を好きだといってくれる人が居てくれるので、商売させてもらっているのだ。
俺にとっては、本当に有難いんだよ、小遣い稼ぎになるから
俺の事情を知っている部長が、そう言う場所を設けてくれたと言うのが本当の所なんだけど
でも、人物モノは売ってないからな、肖像権に関係してくるから、基本空とかの風景モノが殆どだ。
「そう、気を付けて帰りなよ」
俺の居る場所まで上ってきた恭弥が、そう言って笑顔を見せる。
それに、またドキリとしてしまうのは、滅多にない恭弥の笑みを見せられたからだ。
「あっ、ああ……恭弥も、遅くまで仕事するんだろう?何時ものように夕飯作って待ってるから……」
その笑みに自分の顔が赤くなるのが分かって、慌てて顔を逸らして素っ気無く返す。
「うん、何時もの時間には帰るから」
「分かった。んじゃ、お先」
そんな俺に気付いているのかどうか、恭弥は普通に返事を返してきたので、俺はそれに頷いて恭弥の横をすり抜けて階段を駆け下りた。
「……後、もう少し、かな…」
だから、その後恭弥が何か呟いた言葉なんて知らない。
恭弥と別れて、部室に戻ってから自分のカバンを持って学校を出る。
「今日の夕飯は、何にするかなぁ……」
冷蔵庫の中身を考えながら、献立を考える。
「豆腐があったから、早く使わないと……後は、ヒジキにニンジン、玉ねぎもあったなぁ………豆腐ハンバーグでも作るか」
恭弥、ハンバーグ好きみたいだし、いいだろう。
もっとも、恭弥が好きなのは、一般的なハンバーグかもしれないが
「んじゃ、鶏の挽肉とサラダ用の野菜買って帰るか」
献立が決まったので、買い物に行く事を決めて歩みを進める。
って、最近独り言が多くなってきたように思うんだけど、気の所為じゃないよな?
自分で思った事に軽くショックを受けながら、スーパーへと向かう。
その途中、独特な髪型を前方に見付けてしまった。
親しい訳ではないが、この前話をした間柄にはなる。
何よりも、あいつの母親にはかなりお世話になっている身なのだから、この場合、挨拶するべきなのだろうか?
どうするべきかを考えている中、そいつが俺に気付いて驚いた表情をする。
って、なんでそんなに驚いているんだ?
「ツナ?知り合いなのか?」
沢田綱吉と一緒に居た相手が、そんな沢田綱吉に気付いて問い掛ける。
その顔は、学校の有名人に疎い俺でも知っている相手、野球部の期待のルーキーだと一年の時に騒がれていた山本武。
「やばいヤツですか?!」
そしてもう一人は、女子に人気の帰国子女の獄寺隼人。
って、誰がやばいヤツなんだよ!俺は、ごくごく普通の一般人だ!!
「えっと、近所に住んでた人だよ。クラスは違うけど、同じ並盛中の人だから!」
そんな獄寺隼人に対して、慌てて沢田綱吉が口を開く。
その焦りを見ると、こいつもマフィア関係の人間と言うところだろうか……流石ボス候補。
「よぉ、沢田綱吉。同じ学校なのに、あんまり会わないもんだな」
流石に気付かれてしまったら声を掛けない訳にはいかないので、片手を上げて挨拶する。
それに沢田綱吉も、少し困ったように頷いて返してきた。
「くんも、買い物?」
「ああ、夕飯の買い物。沢田綱吉達も買い物か?」
「あっ、うん。えっと、くんは、何でオレの事フルネーム呼びなんですか?」
そして質問されたので返事を返し同じように質問で返したら、不思議そうに返されてしまった。
「ああ、フルネーム呼びは癖だな……あんまり親しくないヤツはどうしてもフルネームで呼んじまうんだよ」
「そう、なんですか?」
沢田綱吉が疑問に思った事を素直に返せば、不思議そうに返されてしまう。
いや、そうだからフルネーム呼びしてるんだけどな。
「んじゃ、俺からも質問。沢田綱吉は、何で俺に敬語なんだ。同い年だろう」
「えっ、オレ、敬語で話してましたか?」
俺に質問してきた沢田綱吉に、逆に俺も聞き返す。
そうすれば、またしても敬語で質問された。
「いや、思いっきり敬語だぞ」
「あはは、ツナ面白いのな」
敬語で返してきた沢田綱吉に呆れて返せば、山本武が笑って返してくる。
いや、何気に爽やかなキャラだな、山本武。
「野球バカ!10代目に失礼な事言うんじゃねぇぞ!」
それに対して、獄寺隼人が文句を言う。
野球馬鹿と言うのは多分山本武の事だろうから、10代目は沢田綱吉の事だ。
あのハイパーな赤ん坊が10代目候補と言っていたから、間違いないだろう。
やっぱりそっち系の人間なんだな、獄寺隼人は……
「ご、獄寺くん落ち着いて!えっと、敬語なのは、何となくかなぁ……無意識なものだから」
「ああ、別に咎めた訳じゃないんだ。俺も疑問に思っただけだからな」
そんな獄寺隼人に慌ててから、沢田綱吉が申し訳なさそうに俺を見てくる。
それに対して、返事を返せば急に肩に重さを感じた。
「なぁ、名前聞いてもいいか?オレは、山本武な」
「知ってる。俺は2年C組のだ」
それは、何時の間に近付いてきたのか山本武が人の肩に腕を回した所為。
人懐っこいともとれる、にこやかな笑顔と共に名前を聞かれたので、ため息をつきながらそれに答える。
「へぇー知ってるって、オレ有名なのな」
「まぁ、野球部期待のルーキーと騒がれていたからな。ちなみに獄寺隼人も知ってるぞ。写真部に撮って欲しいと言う依頼が来るからな」
「は、写真部なのな」
「なっ!お前、勝手に人の写真撮ってんじゃねぇだろうな!!」
俺が知っていると答えたら、また笑み浮かべてのんきに感心したように言う山本武に対して、再度ため息をつきながら答えたら獄寺隼人が威嚇するように吠えてきた。
うん、獄寺隼人、犬決定だな。
「そんな事する訳ないだろう。ウチの写真部は、人物は撮らないんだよ、肖像権の問題に発展しちまうからな」
噛み付くほどの勢いで、文句を言った獄寺隼人に対して、率直に返事を返す。
本気で良く人物の写真を撮って欲しいと言う依頼は来るのだが、それは写真部としては受けていない。
新聞部が、特定の人物の取材をする時だけ助っ人をするぐらいだ。
後は、行事などの時に教師に頼まれたモノを撮るぐらいで、一般生徒からの依頼は一切受ける事はしないと言う鉄則が出来ている。
「なら、いいんだよ」
獄寺隼人に答えれば、納得してくれたのか落ち着いてくれた。
「写真部って、そんな決まりがあるんだね。オレ知らなかったよ」
「ウチの写真部が変わってるんだ。でも、その考え方は嫌いじゃないけどな」
俺の言った事に、沢田綱吉が感心したように呟く言葉に、思わず笑いながら返してしまう。
うん、本気でその考え方が好きだ。
時々、写真部はそれで部費を集めてるんじゃないかと言われたりもするけど、そんな邪道な事絶対にしたくない。
人物の写真で金を集めるのは、撮られている人に対しても失礼だからな。
「んっ?どうしたんだ?」
改めて考えたその内容に一人で納得していれば、目の前で何だか驚いたような表情をしている沢田綱吉達が居た。
その顔は、何故か赤く見えるのは気の所為か?
じっと自分を見詰めてくる3人に、不思議に思って問い掛ける。
「えっ、いや、オレ、くんの笑った顔初めて見たから……」
質問した俺に、沢田綱吉がしどろもどろになって、返事を返してきた。
いや、俺の笑った顔なんて、基本珍しい顔じゃないと思うんだが
「まぁ、どちらかと言えば、人見知りだからな、初対面で笑みを見せる事はないけど、俺の顔なんてどこにでもある顔だろう?」
恭弥みたいに綺麗な顔をしているわけでもないし、山本武のように爽やかカッコいい系でもない。
沢田綱吉のようにどちらかと言えば可愛い顔をしている訳でもないし、獄寺隼人のように整った顔をしているわけでもない、どこにでもある一般的な顔立ちだと思うんだが
「、オレ、お前の事気にいったのな」
「いや、気に入られるような事をした覚えはないんだが……」
折角離れていたのに、また肩を抱かれて言われたそれに呆れたように返す。
しかも、既に名前呼びになってるぞ、山本武。
「おい、野球バカお前は馴れ馴れしいんだよ!」
そんな山本武に対して、獄寺隼人が呆れたように口を開く。
うん、なんだろう、この二人何となくいいコンビのような気がするのは、気の所為じゃないよな?
「いや、うん、山本の気持ちが分かるから、兎に角落ち着いてね、獄寺くん」
さり気に山本に同調しながら、ニッコリと笑顔で獄寺隼人に釘をさす沢田綱吉の黒い部分を見たような気がして、俺は見なかった事にしようと視線を沢田綱吉から逸らす。
「どうでもいいが、いい加減離してくれないか、山本武」
「オレの事は、武でいいのな」
ここで長話をしてると、時間が遅くなると思って、小さくため息をつき俺の肩に腕を回している山本武に言えば、笑顔で名前呼びを強制されてしまった。
いや、名前で呼ぶのはいいんだが、本気で離してくれ!
「分かった、名前で呼べばいいんだな……武、そろそろ買い物に行かないと夕飯が遅くなるから、離してくれ」
恭弥が戻ってくるまでに夕飯の準備をしておかないと、間違いなくあいつの機嫌が悪くなる。
「そうだった。くんは、夕飯の買い物に来てるんだったよね。引き止めてごめん」
「いや、気にしてない。まぁ、ただ夕飯を作っておかないと、あいつの機嫌が悪くなるからな」
「あいつって、くん、一人暮らしだったんじゃ……」
ため息をつきながら言った俺の言葉に、沢田綱吉が申し訳なさそうに謝罪してくるそれに、もう一度ため息をつきながら返せば、言い難そうに沢田綱吉が返して来た。
確かに、親父が死んでから、俺は一人暮らしをしていたが、今は恭弥と二人暮しをしている。
我侭な同居人は、全部俺に家事を押し付けてくれて、何一つ手伝いもしない。
やっぱり、雑用係が欲しかっただけじゃないのか、あいつ。
「引越しの挨拶をしただろう。今は、一緒に暮らしているやつが居るんだ」
「そ、それって、もしかして……」
「ねぇ、僕の前で群れないでくれる」
相手の事を思い出しながら言ったその言葉に、恐る恐る沢田綱吉が口を開くその言葉を遮るように聞こえて来たのは、不機嫌な声。
「恭弥、もう仕事終わったのか?」
振り返れば、当然のように不機嫌な顔をした俺の同居人が立っていた。
何時もの時間になると言っていたのに、何でここに居るのか分からなくて、思わず問い掛ければ、ツカツカと早足で近付いてきて、そのまま乱暴に武の腕を払い除けて抱き寄せられる。
「きょ、恭弥!」
「勝手に、僕のモノに触らないでくれる」
突然のその行動に驚いて名前を呼ぶが、俺の声など気にした様子もなく、恭弥は沢田綱吉達を睨み付けた。
しかも、俺はモノ扱いなのか?!
「恭弥いい加減に……」
「気に入らない、君達は、咬み殺す」
人の事をモノ扱いする恭弥に文句を言おうとした俺の言葉を遮って言われたのは、恭弥の口癖とも言える言葉。
その言葉を聞いた瞬間、信じられないほどの恐怖を感じた。
「い、やだ……」
俺は、恭弥のその言葉を聞くと、正常ではいられない。
それは、一緒に暮らす事になったあの日に気付かされた事。
だから、恭弥は、俺の前でその言葉を口に出す事はなかったのに、殺気と共に言われたそれに強烈な恐怖を覚えた。
「?!」
ガタガタと体が震えるのを止められない。
俺の異変に気付いた恭弥が、驚いたように俺の名前を呼ぶ声が聞こえるけど、体はそれを拒むように恭弥を突き飛ばしていた。
怖い。
分からないけど、その言葉はあの日を思い出すから……
あの日……
俺が、一人になった日を
「!!」
「くん!」
遠くで俺を呼ぶ声が聞こえる。
それを聞きながら、俺は全てを拒絶するように、意識を放棄した。
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