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引っ越すことが勝手に決められたので、ご近所に挨拶回りをすることになった。
一人暮らしの俺を心配してくれたご近所の人にちゃんと挨拶をするのは礼儀だと思ったから
一軒一軒、お世話になった家に挨拶の品を持って回る。
みんな『寂しくなるわね』とか、『いつでも遊びにいらっしゃい』と優しい言葉をくれたので、嬉しかった。
親父が生きていた時から、みんな俺の事を気に掛けてくれていたから、本当に有難い。
「後一軒で終わりだな」
最後の家は、何時も美味しい手料理をお裾分けしてくれた沢田さんのお宅。
ここ最近になって急に賑やかになったのは謎だけど、一人息子だった筈なのに、気が付いたら小さな子供とか大人の女性を見かける様になった不思議な家。
一人息子には会った事はないけど、同じ並盛に通っている筈だから、もしかしたらすれ違ったりしているかもしれないだけで、本当は会っているかも知れない。
ほら、沢田って良くある苗字だから、学校にも当然何人か居るので、分かる訳がない。
「早く帰らないと、恭弥の機嫌が悪くなる……」
引越しの荷物は呆気なく運び終わってしまったので、挨拶回りをすると言ったら、『そんなことする必要ないでしょ』と冷たく言われた。
でも、挨拶は大事だからと説得して一人で回っている。
その時でも、十分不機嫌だったけど、待たせ過ぎるともっと不機嫌になるんだよな、あいつ。
沢田さんのお宅のインターフォンを押して、ため息をつく。
「ちゃおっす、何の用だ?」
その瞬間、突然声が聞こえてきてビクリと大きく肩が震えた。
玄関の扉は開いていない、だったら、この声はどこから?
「こっちだぞ」
疑問に思って首をかしげた瞬間、また声が聞こえた。
その声は、自分の足元から聞こえてきているような……
聞こえてきた声に、下へと視線を向ける。
そこに立っていたのは、黒いスーツに身を包み、帽子を被った赤ん坊。
「えっと、沢田さんのウチの子供?」
嫌でも、沢田さん家の息子さんは、俺と同じな並盛中の生徒だって聞いたことがあるから、こんな小さな子供じゃなかったはず。
弟って考えるのが一番早いかもしれないけど、沢田さん家は一人息子だと聞いてるし
「ちげーぞ。オレはリボーン、この家の息子の家庭教師だ」
………あれ?俺、今家庭教師とか言う言葉が聞こえてきたんだけど、気の所為だよな?
「えっと、それは、すごいね……あの、沢田さんは今、居ないのかな?」
自分の聞き間違いだとそう信じたいけど、赤ん坊がこんなに流暢にしゃべっている時点で可笑しいし、返答に困りながらも、何とか質問してみた。
「ママンなら、出掛けているぞ」
「そ、そっか……えっと、俺は近所に住んでいる……」
「、あそこの青い屋根の家に住んでいる奴だろう?」
俺の質問に、あっさりと赤ん坊が答えてくれる。
ああ、奥さん出掛けてるんだ。
仕方がないと、自分の事を説明しようと口を開きかければ、その言葉を遮って聞き返される。
「えっと、そうだけど……」
「中学生なのに、独り暮らしをしているとママンが話していたぞ」
何で知っているのか分からなくて、警戒した俺に赤ん坊が理由を話してくれた。
ああ、だから、知っているのか……
「はーい!お待たせしてすみません」
納得して頷いた瞬間、玄関が開かれる。
若い男の声が聞こえてきたのと、突然開いた扉にちょっとだけ驚いた。
「って、リボーン!」
そして、続けてその声が赤ん坊を呼ぶ。
「おせーぞ、ダメツナ」
それに対して、赤ん坊が呆れたように文句を言った。
確かに、俺がインターフォンを押してから、結構時間が経っている様に思う。
だけど、言われたその言葉に、俺は思わず首を傾げてしまった。
ダメツナって、学校で聞いた事があるような……気の所為じゃないよな?
「えっと、あの……」
赤ん坊に言われた事に文句を言っている同い年ぐらいの少年を前に、思わず考え込んでしまった俺に気付いたのか、相手が恐る恐る声を掛けてくる。
「ああ、悪い……ダメツナって、2-Aの沢田綱吉だっけ?」
必死で考え込んだ結果、何とか思い出したその名前。
確か、並盛では有名な相手だ。
剣道部の先輩を倒したりとか、球技大会ですごい実力を見せたりとか、一年の時に色々と目立っていた生徒。
ダメツナってあだ名で呼ばれていたのに、今ではそんな言葉を聞かなくなった。
「えっ?オレの事、知ってるんですか?」
「まぁ、一応は、俺も並盛だからな……ちなみに、2-Cの……会うのは初めてだけど、噂は色々聞いている」
「う、噂って?」
「いや、あれだけ1年の時に目立っていたからな」
俺の言葉に驚いた沢田さんの息子、沢田綱吉が驚いたように声を上げるのに、説明すればまたしても驚かれるので、再度同じように理由を口にする。
あれで目立ってないと思っているのなら、余程の目立ちたがり屋になるけど、沢田綱吉には、そう言う雰囲気はない。
俺の言葉で落ち込んでいるのが明らかに分かる沢田綱吉を前に、どうしたものか考える。
流石にこれ以上の時間は、本気で恭弥の機嫌を損ねてしまうだろう。
「すまないけど、本題に入っていいか?」
「あっ!す、すみません。用事があって来てるんですよね?」
「ああ、本当は沢田さんに挨拶したかったんだけど、待っている時間がないから手短に言うな。引越しの挨拶に来たんだけど、居ないみたいだから宜しく言ってくれ。これ、挨拶の品」
持っていたバックから買っておいた菓子詰めの箱を取り出して沢田綱吉に渡す。
俺が渡したそれを受け取って、沢田綱吉が驚いたようにその大きな瞳を更に大きくさせる。
「えっ?引っ越すんですか?」
「まぁ、何ていうか理不尽な引越しだけど……沢田さんには何時も美味しい料理のお裾分けしてもらったからな」
驚いた声で質問してきた沢田綱吉に、苦笑を零して返事を返し沢田さんにお世話になったことを伝える。
「って事は、近所に住んでいて、オレと同じ年で独り暮らししているって言う」
「ああ、それ俺の事」
どうやら俺の事は聞かされているようで、またしても驚いたように言う沢田綱吉に、あっさりと頷く。
まぁ、独り暮らしだと言っても、ご近所さんがみんないい人だから出来てたんだけどね。
「おい、引越し先は何処だ?」
「……教える必要はないと思うけど?」
今までのことを考えていた俺の耳に、またしても赤ん坊の声が聞こえてきて、質問された内容に一瞬考えて聞き返すように問いかける。
「親類の家に引き取られる訳じゃねぇみてぇだな」
問い返した俺に、赤ん坊が更に言葉を返してきた。
いや、確かに親父が死んで1年も過ぎてから親類に引き取られるなんて考えられないから
「まぁ、訳ありだ……」
「リボーン!何失礼なこと聞いてるんだよ!くん、ごめんね」
言葉に困った俺に気付いて、沢田綱吉が咎めるように赤ん坊に文句を言う、それから申し訳なさそうに謝罪されてしまった。
別段、謝られるような事は、何もされてないと思うんだけど
「いや、気にしてない……悪いが、時間がないから……」
「、何時まで待たせるつもりだい」
申し訳なさそうに俺を見てくる沢田綱吉に小さく首を振って返して、時間がないからもう帰ることを伝えようとした瞬間、聞こえてきたのは不機嫌な声。
「恭弥」
「ヒ、ヒバリさん?!えぇぇ?!」
振り返ってそこに居るだろう相手の名前を呼ぶ。
どうやら、約束の時間を過ぎてしまったようだ。
俺が相手の名前を呼んだのと、沢田綱吉が恭弥を呼んだのは同時で、俺が名前を呼んだのが聞こえたのか更に驚いたような声が上がる。
「うるせーぞ、ダメツナ!」
そんな沢田綱吉に、容赦なく蹴りを入れる赤ん坊。
何だ、このハイパー赤ん坊は?!
「やぁ、赤ん坊」
そんな行動に驚いている俺は完全に無視で、恭弥が嬉しそうに赤ん坊へと手を上げて挨拶する。
って、恭弥この赤ん坊を知っているのか?!
「久し振りだな、ヒバリ。お前、とどう言う関係だ」
「ちょっとした関係だよ……この子は僕が貰う。例え赤ん坊でも譲る気はないからね」
て、おいおいなに言っちゃってるんだよ!
譲るも何も、赤ん坊は、俺の事を欲しがってないから!
「恭弥、何言ってるんだよ」
「オレがこいつに目を付けていた事を知っていたのか?」
呆れて恭弥に口を開けば、赤ん坊からとんでもない言葉が聞こえてきた。
いやいや、目を付けるって何の事?!
「リボーン何言ってるんだよ、お前!!」
沢田綱吉が赤ん坊の言葉に慌てたような声を上げるが、意味が分からない俺は、呆然とすることしか出来ない。
いや、だって、赤ん坊に目を付けられる俺って……
「君の目が、獲物を狙う目になっていたからね」
「いやいや、どんな目だよ、恭弥」
楽し気に言われた恭弥の言葉に思わず突っ込みを入れてしまう。
いや、だって、獲物を狙う目って、どんな目だよ!
「誤魔化せねぇみたいだな。確かに、は、ツナのファミリーに欲しいと思っていた奴だ」
「何言ってるんだよ!ヒバリさんに、タメ口聞いているけど、くんは、どう見ても一般人だろう!!」
ああ、沢田綱吉、俺が恭弥を呼び捨てするのや、突っ込みを入れている事をさり気に口に出すんだな。
一般人なのは、否定しないけど
でも、赤ん坊が言うファミリーの意味が分からない。
ファミリーって事は、家族って事だよな?
沢田綱吉には、家族が居ないのか?
いやいや、料理上手なお袋さんが居るのは間違いないよな、親父さんは見たことも聞いたこともないけど
「言ったはずだよ、この子は僕が貰う」
「いやいや、俺は誰にもやらないから!大体、ファミリーってなんだよ、沢田綱吉には料理上手なお袋さんがいるじゃねぇか」
訳が分からない俺は放置されて、恭弥が赤ん坊にキッパリと口に出したそれを思わず突っ込んで、更に沢田綱吉のファミリーがちゃんと居ることを主張する。
まぁ、俺にもうファミリーと呼べる人は居ないから、その申し出はちょっと嬉しいと思ったのは内緒。
しかも、沢田さんはお料理上手だから、あの人の息子になれれば美味しい料理が食べ放題なんだよな。
「ちげーぞ、ファミリーは、ボンゴレファミリー、つまりマフィアの一員になれと言っているんだ」
そんなことを心の中で考えていた俺の思考を完全に否定するように、赤ん坊がファミリーの説明をしてくれる。
ふーん、マフィアなんだぁ……
「はぁ?」
思わず納得しかけた思考が、言われた言葉を理解して驚きの声を上げてしまう。
いや、マフィアって、あのマフィアだろうけど、普通一般人を勧誘するものなのか?
いや、そこも突っ込みたいけど、一番気になるのは
「沢田綱吉は、マフィアだったのか?!」
「いや、違うから!」
頭の中で納得した事を口に出した瞬間、沢田綱吉に突っ込まれてしまった。
即答するって事は、沢田綱吉はマフィアじゃないって事だよな?
でも、赤ん坊は沢田綱吉のファミリーに入れって……
「こいつは、ボンゴレ10代目候補で、まだ正式なマフィアじゃねーが、こいつの部下になる奴を探してんだぞ」
「ああ、候補なんだ。なら、確かにまだマフィアじゃないな」
「いやいや、10代目にもなるつもりないから!」
納得して頷いた俺に、沢田綱吉が突っ込みを入れてくる。
どうやら、沢田綱吉の属性は突っ込み体質らしい。
ピンポイントで突っ込みを入れてくる沢田綱吉に、思わず拍手を送りたくなってしまう。
「、いい加減帰るよ」
「えっ、いや、まだ挨拶が……」
だけどそんなやり取りに飽きたのだろう恭弥が、俺の腕を取って歩き出す。
それに俺が慌てて遮ろうと口を開くが、まったく聞き耳を持ってないようだ。
「ママンには、オレから話しておくぞ」
「ああ、悪いが頼む。沢田綱吉も突然悪かったな!」
「いえ、気にしないでください」
そんな俺に赤ん坊が声を掛けてきたので返事を返して、ついでに沢田綱吉に謝罪すれば敬語で返事が返ってきた。
同い年なのに、何で敬語なんだ?
「終わったんでしょ?行くよ」
疑問に思いながらも、恭弥は俺の手を掴んだままズカズカ歩いていく。
『行くよ』も何も、お前人の事無理やり連れて行ってるじゃねぇかよ!
はぁーっと、盛大なため息をついて文句を飲み込んでから、大人しく恭弥の後について行くのは、何を言っても無駄だと言う事をこの数日で嫌と言うほど理解していたからかもしれない。
そして、約束が何か分からないまま、俺の引越しは無事に終了した。
訳の分からない赤ん坊と知り合いになると言う、厄介事を引き起こして……
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