あの日、僕は初めて誰かを綺麗だと思えた。

 ねぇ、僕は、君に一目惚れしたのだと言ったら、君は信じてくれるかい?



 満月の夜、僕は病院の屋上で君を見つけた。
 今にも消えそうな、そんな雰囲気で君はただ空を見上げていたから

「ねぇ、そこで何をしているの、咬み殺すよ」

 だから、そんな君の視線を独占している空から奪いたくて、声を掛けた。

「……殺して、くれるのか?」

 声を掛ければ、君は視線をゆっくりと僕へと向け縋るような瞳を見せる。
 まるで、望んでいたとでも言うように、ポツリと呟かれたその言葉。

「何、君は死にたいの?」

 だけど質問された内容に、僕は眉を寄せ逆に聞き返した。

 自殺願望のヤツなんて、面倒以外の何者でもない。
 そんなヤツに見惚れたなんて、僕もどうかしている。

「自分では、死ねない。親父と約束したから……」
「約束してなかったら、死ぬの?」
「……だって、もう誰も居ない……一人じゃ、生きていけない。俺は、強くないから……」

 そう言って君は涙を流した。

 弱い草食動物は、一人では生きていけないと泣く。
 でも、その時の僕は、その流している涙が綺麗だと思ってしまったのだ。

「なら、僕が一緒に居てあげる。それなら、生きていけるでしょう?」

 だから、自分でも言ったその言葉が信じられなかった。
 考えるよりも先に、その言葉は自分の口から発せられていたのだから

「……そんなの、信じられない。お前だって、親父と同じように約束しておいて、俺を置いて逝くんだ!」
「なら、約束してあげる。僕は君を置いて逝ったりしない。逝く時は、君も一緒に連れて行ってあげるよ」

 自分の発した言葉に驚いている僕に、君は首を振って返す。
 そして、信じられないと言われたその言葉に、僕はまた考えるよりも先に返事を返していた。

 それは、全て自分が考えるよりも先に言われたもの。
 だからこそ、何よりも真実を伝えていたのかもしれない。


 僕は、君に……


「……約束、してくれるのか?」

 そう返した僕に、君が縋るような瞳を向けてくる。
 頼りなく揺れる瞳は、それでも真っ直ぐに自分へと向けられていた。

 それは、空へと向けられていた瞳と同じ。
 それが自分に向けられている事に、歓喜を覚える。

「約束するよ。、僕が君と居てあげる。だから、君は僕のモノだよ」
「…俺の、名前……」
「知ってるよ。並盛中で、僕が知らない事はないからね」

 本当は、最初に見た時には気付かなかった。
 あまりにも、彼の雰囲気が学校とは違っていたから

「…凄い、な……あんたなら、約束を守ってくれるって、信じられる。親父の口癖だったんだ、『出来ない約束は口にするな!そして、一度した約束は何があっても、破ってはいけない』って。俺にそう言ったくせに、約束を守ってくれなかった……簡単な約束だったんだ。俺が、成人するまで一緒に居るって……それなのに、なのに……親父狩りだったんだ…今日、親父が家に帰る道で……あいつ等は誰でも良かったんだ!!」

 縋るような瞳が、僕を見上げてくる。
 そして言われたのは、悔しそうな言葉。

「だったら、どうしてそれが親父だったんだよ!!誰でもいいなら、他のヤツに……」

 ポロポロと流れていく涙は、月明かりに光って見えた。


 それは、彼の心からの叫びだったのかもしれない。


 今日、並盛で若者の暴行により一人の男が死んだと言うのは、僕の耳にも入っていた。
 それが、彼の父親だった事は、今初めて知った事だったけど、彼がどうして僕に殺して欲しいと言ったのかそれで全て理解できる。

 確か、殺された男は、先に暴行されていたヤツを助けたために標的になったと聞く。

 それだけで、この子の父親の性格が良く分かる行為だ。
 だが、それで自分が命を落としてしまったら、愚かとしか言えない。

「ねぇ、だったら僕が君の父親を殺したヤツを咬み殺してあげるよ」

 元から、そいつ等を許すつもりはなかった。
 並盛の秩序を乱した奴等を野放しにしているつもりも、ない。

 だけど、それだけの理由じゃなくなった。

 今僕は、この子を泣かしている原因を本気で許せないと思っているのだ。
 殺気を込めてそう言った僕に、ビクリと目の前の体が大きく震える。

「……い、や…だ、もう、誰かが殺されるとか、そんなの、いやだ……!!」

 そして言われた言葉は、僕の行動を否定するもの。
 まるで、取り乱したように言われたそれは、懇願。

 それは、僕の言葉と殺気に反応しての事。

 自分に対して言われた時には反応しなかったくせに、誰とも分からないヤツに言ったその言葉には反応するんだ。

「殺さないから、落ち着きなよ」

 ガタガタと震える体を、そっと抱き寄せる。
 本当に、こんな事を自分がするなんて考えもしなかった。

「約束、してあげる……だから、君も約束しなよ、君は、僕のモノだ」
「……ずっと、一緒に居てくれるんだよな?」
「約束してあげるって言ったでしょう。僕は、約束は守るよ」
「だったら、俺はお前のモノだ……約束、したから……」
?」

 抱き締めたからだから、ゆっくりと力が無くなっていく。

 そして、小さくなっていく言葉に疑問に思って、その名前を呼ぶが返事は返ってくる事はなかった。
 返って来たのは、小さな寝息と名残の涙。

「確かに、約束したよ」




 なのに、君は何も覚えていなかった。

 あの時の事は、何一つとして


 それがどれだけ僕を落胆させたか、君は知らないだろう。
 それでも、君が思い出すのを待っていたんだ。

 でも、君は僕との事を思い出さない。
 約束したのに、君は僕のモノだと……

 何時になったら、その約束を思い出すの?

 僕も、いい加減限界だったのかもしれない。
 だから君を、僕の家に連れて帰った。

 もう、帰すつもりなんて始めからなかったのだ。

 だって、あの時約束したのだから、ずっと一緒に居れば、君は僕のモノなのだと


 早く、思い出しなよ。

 誰にも、渡さない。君は僕のモノなんだから