4月1日。

この日は、嘘を付いてもいい日とされている。
別名、四月バカ。

もっとも、そんな事を楽しむのは、小さな子供ぐらいだろうなどと、そんな甘い考えは、とっても危険だ。
自分の周りには、それ幸いと喜んで行動に起こすヤツが居る。

それを、忘れてはいけない。

「今日は、気を付けないとだな」

朝カレンダーを確認して、気持ちを引き締める。

だけど、ベッドの上でまだ眠っている最愛の子供を思い出して、思わずその緊張が緩んでしまった。

「それじゃ、先に出るね」

眠っている子供を覗き込んで、小さく声を掛ける。
コレが毎朝の日課。

まだ眠っている子供の頭を優しく撫でてから、部屋を出る。

そう言えば、去年は(セツ)から今日この日に『嫌い』と言われた。
勿論それは、全部オレの元家庭教師であり、現在雪の家庭教師をしているヤツが全部原因だったんだけど
その時、雪が嘘偽りなく言ってくれた言葉は、今でもオレにとっては大事な大事な宝物。

オレの中に、間違いなく芽吹いているこの想いに気付いたのは、一体何時だっただろう。

でも、間違いなく、あの時にはその想いはオレの中に存在していた。

「朝から何ニヤニヤしてやがる、ダメツナ!」
「……折角幸せな気分を味わっていたのに、邪魔するなよ、リボーン」

昔を思い出して居たオレに、呆れたような声がその思考を遮る。
それにため息をついてから、文句の言葉を返した。

「何が、幸せだ。ダメダメなヤツに幸せなんて、贅沢だぞ」
「ダメダメなヤツでも、小さな幸せは大事なんだよ!」

オレの文句に対して、更に返って来たのは、バカにしたような内容で、思わずそれに対しても文句を返してしまう。
そんなオレに、リボーンがチラリとオレを見る。

「な、何だよ」
「別に、何でもねぇぞ。てめぇは、さっさと今日の仕事を始めやがれ」
「それを邪魔したのは、お前だろう!」

その視線に警戒したオレに対して、リボーンが返してきた言葉に、またしても突っ込みを入れるが、それ以上リボーンからの返答はなかった。

それを不思議に思いながらも、仕事を始めなければ本気で銃を取り出すだろうその性格を良く分かっているので、気にせずに仕事を始める事にする。
勿論、警戒を怠る事は忘れない。

朝気合を入れた事を思い出して、小さく息を吐き出す。

「そろそろ雪が起きる時間だな。朝飯は、何時も一緒にしてるんだろう?」

暫く、昨日に引き続いての書類の処理に追われていたオレは、そう言って来たリボーンの声で現実へと引き戻された。
時計を見れば、確かにちょうど雪が起きているだろう時間で、朝食の時間には丁度いい。

「今日は、オレも一緒にしてやるから、感謝しろよ」

それを確認していたオレに、リボーンがニヤリと笑みを浮かべて言った内容に、素直に頷く事など出来るはずもなかった。

いやいや、全然感謝できないから!
オレと雪の折角の時間を邪魔しないでくれ!

そう思うのが、オレの本心だから……

その気持ちを飲み込んで、オレはもう一度盛大なため息をついた。







朝起きれば、何時もの様に綱吉はもう既に部屋に居ない。
ここに来た頃は、ちゃんと起きられていたはずなのに、今はもう時間にならないと起きられないって、どういう事なんだろう。

綱吉に、いってらっしゃいって言ってあげたいのに……

小さくため息をついて、ベッドから起き上がる。
服を着替える頃には、何時も朝の仕事を終わらせて戻って来た綱吉が部屋に入ってくるんだけど……

あれ?今日は、綱吉が来ない。

着替え終わって扉を見ても、一向に開く気配を見せない。
いつもなら、この時間に何時も綱吉が部屋に戻ってくるのに……

「綱吉、どうしたんだろう?」

毎朝、綱吉は早く起きて、一仕事してからボクと一緒にご飯を食べてくれる。
だから、何時もボクが服を着替えたタイミングで、戻ってくるのに、こんな事初めてで、どうしたらいいのか分からなくて不安になった。

「お仕事、忙しいのかなぁ?」

でも、昨日はそんな事言ってなかった。
そういう時は、事前に教えてくれるから、隼人か武が綱吉の代わりに一緒にご飯を食べてくれる。

それとも、急な仕事が入ったのだろうか?
綱吉は、忙しいから、それも考えられる。
急だったから、ボクに何も言えなかったのかも……
なら、今日は、一人でご飯食べる事になるのかなぁ?
寂しいけど、お仕事が忙しいのなら、仕方ないよね。

そう思って、部屋を出ようとドアに近付いた瞬間、そのドアが開いた。

「綱吉?」
「雪、遅くなってごめんね、朝ご飯食べに行こうか」

当然扉を開いたのは、戻って来ないと思っていた綱吉で、ボクが扉の直ぐ傍に居る事に気付いて、まずは謝罪の言葉をくれる。
それから続けて言われたその言葉に、ボクは小さく頷いて返した。

「うん、綱吉、おはよう。お仕事お疲れ様」
「おはよう、雪。有難う。そうそう、今日は、リボーンも一緒にだけどね」
「リボーン先生も一緒?」

朝の挨拶をしてから、朝の仕事を終えてきた綱吉へ労いの言葉を言えば、笑顔を返してくれてお礼の言葉を返してくれてから思い出したように言われた内容に、ボクは首を傾げた。
リボーン先生が朝食を一緒にするなんて珍しいよね、今日、何かあるのかなぁ?

ボクが質問したそれに、綱吉が苦笑しながら頷いて返す。

「リボーンを待たすと煩いから、早く行こうか」

それから促すように言われたその言葉に、ボクは頷いて返した。
確かに、リボーン先生を待たせると、怒られそうだから

だから、出来るだけ急いで食堂に移動する。

「遅せーぞ」

だけど、リボーン先生を待たせていたみたいで、部屋に入った瞬間文句を言う声が聞こえて来た。

「ごめんなさい」
「そんなに待たせてないだろう」

ボクはそれに慌てて謝罪の言葉を返したけど、ボクの隣からその声に文句を言う綱吉の呆れたような言葉が被さる。
それに、既に椅子に座ってボク達を待っていたリボーン先生が、楽しそうな笑みを浮かべた。

「雪は、素直で可愛いな。流石は、オレの愛人だそ」

ニヤリと笑いながら言われたその言葉に、昨日の授業を思い出す。
えっと、確か愛人って言うのは、生徒の事だって、リボーン先生が教えてくれたから、それは間違いじゃないよね。

「なっ!何で、雪がリボーンの愛人なんだよ!!」
「嘘じゃねぇぞ、なぁ、雪」

だけど、綱吉はボクがリボーン先生の愛人だって聞いて驚いているみたいだ。
愛人って言うのは、生徒の事を言うのだから、綱吉が知らないはずないのに、何でそんなに驚いてるんだろう?

そして、リボーン先生は、驚いている綱吉を前に凄く楽しそうだ。

うん、この顔はボクにも分かる。
これは、リボーン先生が、何かをたくらんでいる時の表情。

楽しそうに同意を求めてくるリボーン先生に、ボクは一瞬返答に困った。
だって、綱吉がこんなに驚いているのは、多分、愛人が生徒って言うのは、違うんじゃないのかなぁ……。
愛人って言う意味を知らないから、その真意を掴む事は出来ないけど……

じっとボクの事を見てくるリボーン先生に、困ったように見詰め返す。

「雪!リボーンの愛人なんかに、何時の間になっちゃったの?!」
「えっと、あのね、綱吉……」
「オレが家庭教師になった時からだよな、雪」
「あっ、うん」

だけどそれは、綱吉がボクに質問してきたそれによって遮られた。
それに対してボクは、どう返答すべきか困って、聞き返そうとしたその声場をリボーン先生が遮って、思わず頷き返してしまう。

「オレは、リボーンが家庭教師になるのだって本当は嫌だったのに、何で愛人なんかになってるの?!」

えっと、この場合、ボクはどうしたらいいんだろう。
だって、リボーン先生の説明から考えると、家庭教師をして貰った時点で、愛人になるんだよね?
でも、どう考えても、綱吉のこの言葉から考えると、それは違うように思うんだけど……

困惑してリボーン先生を見れば、楽しそうに笑っていた。

「リ、リボーン先生」
「予想通りの反応過ぎだぞ、ダメツナ」

助けを求めるように名前を呼べば、本当に楽しそうにリボーン先生が口を開く。
その態度から考えても、ボクはリボーン先生に騙されていたんだと言う事が分かった。

愛人って、生徒の事なんかじゃないんだね。

「どう言う意味だよ!」
「綱吉、ごめんなさい」

そんなリボーン先生を前に、綱吉が文句を言おうと口を開いたので、素直に謝罪の言葉を口に出す。
騙すつもりなんてなかったのだけど、間違いなくボクも綱吉に嘘を付いてしまった事になるのだ。

「えっ?!何で、雪が謝ってるの?!」
「だって、リボーン先生から愛人って言うのは、生徒の事だって教えて貰ったから……でも、綱吉のその態度から考えると、違うんだよね?」
「なんだ、もうバラしちまうのか?」

綱吉の服を引っ張って謝罪したボクに、綱吉が驚きの声を上げるから、素直に理由を説明すればリボーン先生が笑いながら返してきた。
だって、綱吉を騙すつもりなんてなくても、コレってやっぱり騙した事になるんだよね?

「……あ〜、今日がエープリルフールだって分かっていたから、警戒していたのにしっかり下準備してたのかよ、リボーン」
「当然だ。こんな事で取り乱すなんて、まだまだだぞ、ダメツナ」

ボクが説明した事で、リボーン先生に文句を言う綱吉に、リボーン先生は全く気にした様子もなくただただ綱吉にダメを言い渡す。
えっと、エープリルフールって、確か去年も、同じように綱吉に嘘を付いたような気が……
あれも、リボーン先生から出された宿題で、綱吉に『嫌い』て言うのが宿題だったんだよね。

その時も綱吉はリボーン先生からダメって言われていたよね。
えっと、コレが毎年の行事なのかなぁ?

それに、愛人の本当の意味、ボクはまだ教えて貰ってない。
リボーン先生の言うように、生徒って言うのは絶対に嘘なのだけは分かったんだけど

「えっと、結局、愛人ってどう言う意味なの?」

朝食そっちのけで言い合いを始めそうな雰囲気の二人に、ボクは恐る恐る質問してみた。
その質問に、バッと綱吉がボクを見る。

えっと、不味い質問をしちゃったのかなぁ?

「雪は、まだ知らなくていいから!!」
「今度授業で教えてやるぞ、実践込みでな」
「教えなくていい!大体実践って何だよ!!」
「手取り足取り、愛人とどう言う事をするのか教えてやるんだぞ」
「リボーン、そんな事してみろ、本気で雪の家庭教師から外すぞ」

あ、あれ?綱吉の額に、オレンジ色の炎が見えるんだけど、ボクの気の所為?
しかも、口調が何時もと違っているような……

「仕方ねぇヤツだなぁ、そんな事でハイパーモードになりやがって、雪が驚いてるぞ」

行き成り豹変してしまった綱吉を前に、どうしたらいいのか分からなくて、オロオロしていれば、リボーン先生が呆れたように口を開く。
ハイパーモードって、何?
それって、額に炎が灯るものなの??
って言うか、綱吉は熱くないの?!

「えっ?何で、オレ、雪に一度もハイパー化見せた事なかったっけ?!」

ボクが雰囲気がガラリと変わってしまった綱吉に、困惑していれば、それを指摘されたつなよしが驚きの声を上げる。
ハイパー化って、何?
それって、誰でもなれるものなの??

「初めて会ったあの時に、一度は見ているかも知れねぇが、流石に記憶にねぇだろう」

驚いている綱吉に、リボーン先生が呆れたように口を開く。
初めて会ったと時、それはまだボクがあの施設に居た時の事。

初めて綱吉を見た時、額とその拳に圧倒的な炎を持っていた人が居た。
それは、今考えなくても綱吉で、そう言われて見れば、あの時も額と拳にその炎を纏っていたように思う。

「ううん、ちゃんと覚えてるよ。綱吉が、あの時、ボクに手を伸ばしてくれた事も……」

生まれて初めて、『綺麗』と言う言葉を聞いた。
気味の悪いガキとしか言われなかった自分に、何の躊躇いもなくその手を伸ばしてきたのは、綱吉が初めてだったから

「雪」

大好きな大好きな人達に出会えた時の事、忘れられるはずがない。
ボクに名前をくれた大好きな人。
あの時、綱吉に会わなければ、ボクはこんなにも幸せになんてなれなかったと思う。

「綱吉が大好きだよ。だからボクは、綱吉の愛人になりたいな」
「えっ、折角感動してたのに、何でそこで愛人って言う言葉が出てくるの?!」

大好きって言う言葉と共に言ったその言葉に、綱吉が突っ込みを入れてくる。
あれ?こう言う時に使う言葉じゃなかったの、だって、リボーン先生が……

「リボーン!何でそこで、そんな事ボードに書いてるの?!」
「間違ってねぇんだから、いいだろうが」

チラリとリボーン先生に視線を向けたボクに気付いて綱吉が振り返る。
そこにはボードに、『『綱吉の愛人になりたい』と言え』と書いてあった。
それに突っ込みを入れる綱吉に、リボーン先生が、全く動じた様子もなく切り返す。

結局、ボクは愛人と言う言葉の意味を知ったのはちょっと後だった。

うん、綱吉が怒った意味が良く分かったよ。
でも、ボクだと愛人にはなれないと思うんだけど、そう思うのは、ボクだけなのかなぁ?