珍しく、リボーンが執務室に居座っていることを不思議に思いながらも、オレは書類を片付けていく。
別段、そこにリボーンが居る事は気にしなければいい事なのだが、居るんなら手伝ってくれればいいのにと思ってしまうのは仕方ないだろう。
そう思ってため息をついた瞬間、ドアの前に気配を感じた。
小さな気配は、オレが一番大切だと思える子供の気配。
それに気付いて顔を上げる。
何時もなら直ぐにドアをノックしてくるのに、今日はその様子がない。
何時までも鳴らないノックの音に、思わず首を傾げてしまった。
思わずソファに座ったリボーンを見てしまうのは、一応彼がこの子の家庭教師をしているから
だけど、リボーンは雪の気配を感じているだろうけど、全く気にした様子もなく優雅にエスプレッソを飲んでいるだけだ。
その様子から考えても、トラブルがあったとは思えなかったので、オレは外の気配に声を掛けた。
「雪、どうしたの?入って来ても大丈夫だよ」
多分、仕事の邪魔をしたくないとかそんな理由で戸惑っているのだろうと勝手に憶測して安心させるように声を掛ける。
オレが声を掛ければ、恐る恐るそのドアが開いて白い髪と真っ赤な瞳の子供が顔を覗かせて、おずおずと部屋の中へと入って来た。
「ドアの前に気配があるのに、入って来ないからどうしたのかと思ったよ」
そんな雪の姿に思わず笑みを浮かべてしまうのは、止められない。
どんなに殺伐とした仕事の中でも、この子の姿を見ると癒されるのだ。
「お仕事の邪魔して、ごめんなさい」
「大丈夫だよ。今はそんなに忙しくないからね。それで、どうしたの?」
ニコニコとしてしまう自分を、ソファに座っているリボーンが呆れたように見てくるけど、そんな些細な事は全く気にならない。
書類を手に持っているオレに対して、雪が申し訳なさそうに謝罪してくる。
やはり、部屋に入るのを躊躇って居たのは、自分の仕事の邪魔をしてしまう事を恐れての事だと分かって、ますます笑みが深まってしまった。
だから、用事もなしにこの子供がここに来ない事を知っているからこそ、言い出しやすいように質問する。
そうでもしないと、この子供は一人で全部抱え込んでしまう傾向があるから
「えっと、あの……ごめんなさい!」
そんなオレに、雪が行き成り謝罪の言葉を口にした。
それは、どう考えても先程とは違う意味の謝罪。
「えっ、突然どうしたの?」
行き成り謝罪する雪に驚いて、オレは慌てて椅子から立ち上がると今だにドアの前に立っている雪の傍へと近付く。
だって、謝罪される理由が分からなかったから
しかも、雪は本当に辛そうな表情をしていたのだ。
心配するなと言う方が、無理な話だろう。
「つ、つなよしの事、き、嫌い……」
雪は俯いてオレの事を見ようとしない。
そして、俯いたままの状態で必死に紡がれたその言葉は、自分の耳を疑いたくなるようなそんな言葉。
一瞬言われたその言葉の意味が理解できなくて、頭の中が真っ白になる。
だけど、それを頭が理解した瞬間、オレはその言葉を発した雪に対して問い掛けていた。
「な、何で急に?!オレ、雪に何かした??!」
自分でも情けないと思えるぐらい、焦っているのが分かる質問。
だけど、オレのその質問に、雪はフルフルと首を振って返してくる。
その返答から考えると、オレが雪に嫌われるような何かをした訳じゃない事が分かって、ホッとした。
だがそれと同時に、なぜそんな事を言われたのかがますます分からなくて、更に問い掛けた。
「じゃ、何で急に!」
必死に、質問するオレに、漸く雪が顔を上げてオレの方を見る。
赤い瞳は、困惑の色を浮かべていて、雪自身どうすればいいのか分からないと言うのが窺えた。
どうするべきか分からなくて、考えを巡らしている中、今まで黙っていた相手が突然笑い出した声が聞こえて来て、一気に不機嫌になる。
オレにとっては大問題な内容が起こったと言うのに、何笑ってるんだよ、こいつは!
「リボーン、何笑ってるんだよ!雪が、オレの事嫌いって、言ったんだぞ!!」
笑っている理由は分からないが、自分が笑われている事だけは何となく分かるので文句を言う。
オレのすぐ傍で、どうやらリボーンの存在に気付いていなかったのだろう雪は、その笑い声を聞いて驚いたように大きく目を見開いてリボーンを見る。
「…リボーン先生……」
「合格だぞ、雪」
そして、何処か縋るようにその名前を呼んだ。
名前を呼ばれたリボーンは、笑いながら雪に対して満足そうな表情を見せ言われた言葉は『合格』と言う言葉。
言われたリボーンの言葉に、雪がホッとした表情を見せるのが分かる。
って、何が、合格なのか、オレにはさっぱり分からないんだけど
「合格ってどう言う事だよ、リボーン!」
「だからお前はダメツナなんだぞ。今日が何の日か考えてみろ」
目の前で繰り広げられたやり取りに意味が分からずにリボーンへと問い掛ければ、呆れたように返される言葉。
言われたその言葉で、オレは漸く今日がなんの日かを思い出した。
「今日……って、エープリルフール!」
「そうだぞ、だからお前に『嫌い』って言うのが今日の雪に出した宿題だ」
「って、お前が雪に言わせたのかよ!!」
「だから先に雪が謝ってただろうが」
「……あの謝罪は、そう言う意味だったんだ……雪、リボーンの宿題で、理不尽なものはしなくてもいいんだからね」
今日が何の日かを思い出したオレに、リボーンが雪の突然の『嫌い』宣言の意味を教えてくれる。
だが、それはリボーンが雪に宿題として与えたものだと分かって、文句を言っても許されるだろう。
もっとも、文句を言ったところでリボーンがで気にする訳もなく、、あっさりと返してきた。
確かに、これで最初の謝罪の意味が理解できたのは間違いない。
分かってしまえば、何て事ない理由だが、言われたオレにとってはたまったものじゃないんだけど
そう思って、盛大なため息をついてしまうのは、仕方ないだろう。
自分の事を不安そうに見詰めてくる雪に苦笑を零しながら、その頭を優しく撫でる。
そうすれば、その表情が安心したものへと変わって、オレも自然と笑みを浮かべた。
「ボク、つなよしの事、本当は大好きだよ」
そして紡がれた言葉は、先程の言葉とは正反対のもの。
だけど、オレにとっては嬉しい言葉だ。
「オレも雪の事、大好きだよ」
そう言ってくれた君に、オレも嘘偽りのない言葉を返す。
そうすれば、君がオレに笑顔を返してくれる事が分かっているから
予想通り、オレの言葉に雪が笑顔を返してくれる。
その笑顔を見れることこそが、今のオレにとってはとても意味のあるものだから