「いい、30分経ったら迎えに来るからね」
「う、うん」


 何度も聞かされた、その言葉に再度頷いて返す。
 何で、こんなにも念を押すのかが分からない。

 ただ、委員長さんとお茶をするだけのはずなんだけど、なぁ……。



 俺が腕を骨折してしまった為に、昨日はウチから一歩も出してもらえなかった。

 更に、違うクラスのはずの双子の兄が一日隣に居るという事態が……
 いまさらこの兄が、中学の勉強を受ける必要が無い事は分かっているけど、毎時間毎に先生が兄を見た瞬間に驚愕の表情をするのが申し訳なかった。
 何で、あんなにツナを見て驚いたのかは分からないけど、とっても居心地の悪い一日を過ごしたのは否定出来ない。

 でも、勉強は先生よりも丁寧に教えてもらったので、これはこれで良かったのだろうか?


「後、ヒバリさんに何かされそうになったら大声でオレの名前を呼んで、直ぐに駆け付けるから!」
「……良く分からないけど、分かった……」


 更に、訳の分からない事を言われて、それでも綱吉の機嫌を損ねる事が出来ないので頷いておく。

 何かって言うのは、俺が委員長さんの機嫌を損ねて咬み殺されそうになった時の事だよね、きっと。
 でも、そんな事になったら、呼ぶ前に俺はさっさと咬み殺されると思うのですが……そう思っても、それは言わないでおこう。


「ねぇ、何時まで待たせるつもりなの?」
 

 そっと心で決心した瞬間、不機嫌な声が聞こえてくる。
 視線を向ければ、扉が開かれていてそこには不機嫌な表情をしている委員長さんが?!


「何時まででも、待っていてもらいたいものなんですが……」


 その声に対して、ツナが盛大なため息をつきながら返事を返す。
 何時まででも待つって、それってどのぐらいなんだろう……ツナの事だから、一生とか言いそうで怖い。


「何?君は、約束を違えるつもりなの?」


 そんなツナに、声を掛けてきた相手はピクリと反応してから更に不機嫌な声で質問してくる。


「約束は約束です。もっとも、口約束なんて破るためにあるようなものだと、オレの自称家庭教師が言ってましたけど」


 更にそれに返すツナは、まったく悪いとは思っていないようだ。

 いや、あの自称家庭教師って、もしかしなくてもリボーンの事なんだろうか……でも、マフィアは約束を守るんじゃなかったの、リボーン!


「ふーん、ならボクも約束を破っても問題ないって事になるよね」
「いやいや、あの、二人とも何でそんな喧嘩腰なの?!それに、約束はどんな小さな約束でも破っちゃダメだからね、ツナ!」


 今にも自分の武器を取り出しそうな状態の委員長さんとツナの間に割り込んで、その空気を遮断する。

 なんで、この二人って直ぐにこんなにも険悪な雰囲気になっちゃうんだろう。
 この二人なら、話とか合いそうだと思うのに……


「……分かってるよ。それじゃ30分後に迎えに来るからね」


 二人の間に入り込んで言った俺の言葉に、ツナが小さくため息を付いて再度同じ事を口に出す。


「うん、有難う」


 俺の言葉に頷いてくれた事に、俺ももう一度頷いてお礼の言葉を伝える。
 そうすれば、ツナが再度一度ため息をついた。


「そう言う訳ですから、30分きっかりでを、迎えに来ますから」


 そして委員長さんへとそう声を掛けて、今来た道を戻って行く。
 その後姿を見送っていたら、突然誰かに肩を掴まれた。


「何時までそこに居るつもり、時間が無いんだから部屋に入るよ」


 当然その相手は委員長さんで、不機嫌な声が俺を中へと促す。
 確かに30分しか時間が無いんだから、ボーっとしていたらあっと言う間になくなってしまう。


「そうですね、お待たせしてすみません。でも、俺なんかで本当に良かったんですか?」


 だから素直にその言葉に頷いて、応接室の中へと入り勧められるままにソファへと座った。
 それから、ずっと疑問に思っていた事を問い掛けてみる。


「言った筈だよ、君に拒否権はないと」
「確かに言われましたけど……」


 俺の質問に返されたのは、この約束がされた時に言われた言葉と同じもの。

 確かにそう言われたけど、それは俺の質問に対しての答えじゃないんですが


「どーそ」
「あっ、ありがとうございます、草壁さん」


 なんとも複雑な気持ちになっていた俺の前に、コトリと紅茶が入ったカップが置かれる。
 相手を見れば草壁さんで、どうやら俺の為に紅茶の準備してくれたのだと分かって嬉しくて笑顔でお礼を言う。


「草壁、それが終わったら暫く席を外してて」
「へい、分かりました、委員長」


 委員長さんの前にも俺と同じ紅茶を出す草壁さんに、委員長さんがそう言ったら会釈して部屋から出て行ってしまった。

 あれ?草壁さんは一緒にお茶しないのかな?

 少しだけ、疑問に思って首を傾げる。


「飲まないの?」
「あっ、頂きます」


 そんな俺に気付いた委員長さんが不思議そうに質問して来たので、慌ててカップに口を付けた。
 そうすれば、紅茶のいい香りが心を落ち着かせてくれる。

 ちなみに目の前にあるお茶菓子は、どう見てもナミモリーヌの個数限定のケーキに見えるのは気の所為じゃないよね?
 俺、写真でしか、このケーキを見た事が無いんですけど


「ねぇ」


 食べてもいいのか疑問に思っていれば、突然声を掛けられた。


「は、はい!」
「怪我は、大丈夫なの?」


 それに慌てて返事を返せば、心配そうに委員長さんが質問してくる。
 右手が使えないから、今使っているのは左手で、どうしても動きがぎこちなくなってしまうのは仕方ないだろう。


「怪我は、大した事は無いんですけど、右手を使えないのは、不便です」


 もともと痛みには慣れているから、骨折の痛みと言うのはそこまで酷くないと思う。
 でも、利き手が使えないのがこんなにも不便だというのをこの2日間で嫌と言うほど認識させられた。

 ご飯食べるのに、今はツナに食べさせてもらっているくらいだ。
 俺は、スプーンかフォークで食べるって言ったんだけど、ツナが聞き入れてくれないんだよね。


「そうだろうね。でも、君、そんなに不器用じゃなかったと思ったんだけど……」
「器用か不器用で言われたら、不器用な方だと思うんですけど、俺」


 俺、そんなに器用じゃないと思うんだよね。
 めちゃめちゃ不器用でもないとは思うから、普通です、そう思いたいだけかもしれないけど……


「ふーん、なら、ケーキ食べさせてあげようか?」


 委員長さんの言葉に返したそれに、一瞬何かを考えるような素振りを見せてから、どこか意地悪い笑みを浮かべて質問された内容が理解できなかった。

 えっと、食べさせてあるって……いやいや、ケーキは自分で食べられます!
 その言葉の意味を理解した瞬間、ブンブンと首を振って返した。

「あ、大丈夫です。スプーンとかフォークでなら問題なく食べられますので!!」
「そう、残念だね」


 慌てて返した俺に対して、委員長さんが楽しそうな笑みを浮かべながら口を開く。

 いや、何が残念なのか、俺には良く分かりませんから!
 何で、ツナも委員長さんも俺に食べさせたがるのかが、良く分からないんだけど
 だって、面倒だと思うんだよね。
 俺に食べさせている間、その人は食べる事が出来ないんだから


「あの、委員長さん」
「ねぇ、それ、いい加減やめない」
「はい?」


 そう思って質問しようと口を開けば、不機嫌そうな声がそれを遮る。
 言われた言葉の意味が分からなくて、俺は思わず聞き返してしまった。


「前に言ったよね、名前で呼びなよ」


 聞き返した俺に対して、委員長さんが返してきたそれは、確かに前にも一度聞いた事があるような、ないような……

 思い出した!

 そう言えば、一度言われた事がある。
 でも、その時は綱吉が呼ばなくていいとか何とかで、結局うやむやになっちゃたんだよね。
 俺は、風紀委員にはなれないので、委員長さん呼びはやめた方がいいんだろう。


「えっと、それじゃ、雲雀さん」
「ねぇ、それは苗字でしょ。僕は名前で呼びなって言ったよね?」


 なので、恐る恐る委員長さんの名前を呼んでみたら、不機嫌な声が質問してきた。

 はい、確かに、雲雀さんは苗字呼びです。


「す、すみません。それじゃ、恭弥さん!」
「何?」
「何って、確認で呼んだだけで、深い意味は……それじゃ、今度からは、恭弥さんって呼びますね」
「うん」


 それに対して謝ってから名前で言い直したら、逆に聞き返されて困ってしまう。
 それから了承を得るように聞けば、満足そうに委員長さん……じゃなかった、恭弥さんが頷いてくれた。


 その後は、どこか機嫌のいい委員長さん改めて、恭弥さんと楽しくお茶会。
 ナミモリーヌの限定ケーキは、すごく美味しかったです。



 そして、迎えに来た綱吉が、俺が委員長さんの事を名前呼びしたので、不機嫌になったのは、何でなんだろう?

 やっぱり、顔を合わせると険悪なムードになるのは仕方ないのかなぁ……。
 でも、委員長さんの事を名前で呼ぶようになって、ちょっとだけ仲良くなれたように思うのは、きっと気の所為じゃないよね。