「ちゃん、電話よ」
それは、夏休みも残り少なくなってきた時の事だった。
家に一本の電話が掛かってきて、母さんからそう言われて思わず首を傾げる。
俺に電話って、学校の連絡網ぐらいだと思うんだけど……
夏休みに連絡網が回ってくる事なんて、あるんだろうか?
中学は、もしかしたらそんな事もあるのかもしれない。
「ありがとう、母さん」
電話の子機を持ってきてくれた母さんに礼を言って、それを受け取る。
「どういたしまして、クラスの子だって言ってたわ」
「分かった」
子機を受け取った俺に、母さんが付け足した内容に、やっぱりと納得。
夏休みにも連絡網って、あるんだ。
もしかして、急に登校日があるとかだったら嫌だなぁ……
「もしもし、お待たせしました」
『沢田くん、突然ごめんね。同じクラスの森本なんだけど……』
電話に出た瞬間に、言われた名前に首を傾げる。
森本、さん?俺、クラスの人の名前と顔が、全然一致しないんだけど
「あっ、うん」
『それでね、夏休みも残り少なくなってきたから、クラスの子何人かで集まって一緒に宿題をする事になったんだけど、沢田くんも参加しないかと思って、電話したんだ』
分からなかったので、曖昧に返事した俺に、クラスメイトの森本さんが用件を口にした。
えっと、これって、多分、誘われてるんだよね?
でも、俺クラスの人とそんなに仲のいい人居ないし、突然俺なんかが加わっても迷惑なだけだと思うんだけど……いや、でも誘ってくれているって事は迷惑じゃないかもしれないし……けど、俺が緊張して、絶対に無理だと思う。
「えっと、折角誘ってもらったんだけど、俺、もう宿題終わっちゃっているから、ごめんね」
『そ、それなら、終わってない子に教えてあげて欲しいんだけど』
「そ、そんなの俺には無理だよ!!」
人に教えるなんて、俺には絶対に無理!無理だから!!
「せ、折角誘ってくれたのに、本当、ごめんね!みんなには、頑張ってと言ってたって伝えて置いて!それじゃ!!」
『さ、沢田く……』
テンパって、そのままの勢いで返事を返し、思わず電話を切ってしまう。
その前に、森本さんの声が聞こえたけど、本当に俺には無理だから!
思わず肩で息をしてしまっていたのは、本当にテンパっていたからで、勢いをつけ過ぎたのが原因。
って、何も、そのままの勢いで電話を切る事はなかったんだけど……
学校始まってから、森本さんには謝らないと……顔に、自信ないんだけどね。
大きく息を吐き出して、自分を落ち着かせる。
折角誘ってくれたんだけど、本当に俺には無理だから、許して欲しい。
いや、ツナみたいに頭良かったら、俺だって、人に教える事が出来るのかもしれないけど、残念だけど、俺の頭はいたって普通のつくりなので、人に教えるのなんて絶対に無理だ。
「何か、一気に疲れちゃった」
もう直ぐで夏休みも終わるのに、こんなんで新学期大丈夫なのかなぁ……。
2学期って、色々な行事が盛りだくさんなんだよね……どうしよう、大丈夫じゃない気がしてきた。
「、起きてる?」
もう一度大きく息を吐き出した瞬間聞こえてきた声に、顔を上げる。
顔を上げた先には、少しだけドアを開けて部屋を覗き込んでいるツナが居た。
「うん、起きてるよ。どうしたの?」
「うん、もう直ぐ夏休みが終わるって事で、山本が宿題しに来る事になったから、にも知らせておこうかと思って」
ああ、なるほど山本もまだ宿題が終わってないんだ。
だから、ツナにヘルプがきたんだろうな。
「みんな考える事は一緒なんだね」
先程の電話の事を思い出して、思わず笑ってしまった。
「みんな?何で?」
思わず笑いながら呟いた俺の言葉に、ツナが不思議そうに問い掛けてくる。
そりゃ、電話の事を知らないんだから不思議に思うのは当然だろう。
「うん、さっきクラスの人から電話があって、宿題終わってない人が集まるから、俺もどうかって、誘ってもらったんだ」
「………クラスの人から?」
誘ってもらえたのは嬉しいけど、俺本当に人見知りだから慣れない人の中に居るのなんて学校の教室以外には無理。
迷惑掛けるのが分かっているので、参加できる訳ないよね。
「うん、何人かで集まるからって声を掛けてくれたみたいだよ」
「……、それに行くの?」
笑ってツナに返事をしたら、何処か不機嫌な声で質問された。
行く?何処に行くんだろう??
ジッと見詰めてくるツナに、意味が分からなくて思わず首を傾げてしまった。
「行くって?」
「連絡、貰ったんだよね?」
「えっ、うん。……あっ、そうか!行かないよ。俺、宿題は終わっているし、それに、折角誘ってもらったんだけど、クラスに馴染めてないから、その緊張して迷惑掛けそうだったから、断ったんだ」
分からなくて質問で返した俺に、ツナが聞き返してくる。
それに頷いて、だけど漸くツナの質問に意味を理解して、困った表情をしながら返事を返す。
折角誘ってくれたんだけど、本当に俺が行ったら、逆に迷惑になりそうだから遠慮させてもらいました。
はっきり言って、あれは言い逃げ状態での返事だったんだけど……
折角電話を掛けてくれた森本さん、本当にごめんなさい。
「そう、なら休憩用に何かお菓子作って貰ってもいい。山本、今日中に宿題終わらせるって張り切っていたから」
「えっ?!今日中に宿題終わらせるって、たった一日で?!」
電話の対応を思い出していた俺は、ツナから言われたその内容に思わず驚きの声を上げてしまった。
だって、結構ある宿題をどれだけ終わらせているのか分からないが、一日で終わらせようとしているだなんて信じられない。
「そうらしいよ。ちなみに、殆ど手付かずらしいんだけどね」
「手、付かずって、絶対に一日じゃ無理、だよね?」
俺の言葉に呆れたようにツナが続けた言葉に、信じられない事を聞いたような気がする。
夏休み中に終わらせないといけない宿題を、たった一日で終わらせるなんて、なんて無謀な。
「まぁ、小学校の頃からそうらしいから、大丈夫なんじゃない」
「小学校からって、山本毎年そんな無茶なことしてるんだ」
「まぁ、そう言うヤツが居るって言うのは知っていたんだけど、身近に出来るとは思わなかったよ」
ため息をつきながら言われた内容に、苦笑する事しか出来ない。
俺もそんな話を聞いたことはあったんだけど、まさか身近にそんな人が出来るなんて思わなかったよ。
「そんな訳だから、休憩用のお菓子を準備お願いしてもいい?」
あっ、そう言えば、先も同じ事言われたのに、他の事に驚いて返事するの忘れていた。
確認された内容に、俺は笑顔で頷く。
「勿論、大丈夫だよ。ツナから、何かリクエストある?」
「そうだね、それじゃミントゼリーをお願いしようかな」
「ミントゼリーか…分かった、それじゃ、ミントゼリーを合わせていくつかゼリー作るね」
ゼリーなら、そんなに手間は掛からない。
どちらかと言えば、冷やして固めるのに時間が掛かるだけなんだよね。
それなら、幾つかの種類を作って一気に冷やしてしまえばいい。
一種類だけなのは寂しいから、材料見て何が出来るか考えてみようかな。
「多分、もうそろそろ山本が来ると……って、来たみたいだね」
何を作るかは、材料任せと考えていた俺に、ツナが口を開いた瞬間玄関から聞こえてきた声に、苦笑を零す。
確かに聞こえて来たのは、山本の声。
それと同時に、獄寺くんの声も聞こえてきた。
「獄寺くんも、一緒なんだ」
「呼んだ訳じゃないんだけどね」
聞こえてきた声に、呟いた俺にツナがため息をつきながら、返してくる。
多分、獄寺くんは山本がココに来るって事をどうやってか知って、山本が行くならばと押し掛けてきたのだろう。
何となく、状況を察する事が出来で苦笑を苦笑を零す。
正直言って、獄寺くんは悪い人じゃないんだけど、一点への思い込みは、遠慮してもらいたい。
だからこそ慕われているツナには、ちょっとだけ同情してしまう。
「取り合えず、二人を中に入れてくるよ」
「いってらっしゃい」
ため息をつきながら部屋から出て行くツナを見送って、俺も母さんが持ってきてくれた子機を手に取りツナに迎え入れられるだろう二人に挨拶する為に、部屋を出。
「よっ!お邪魔するのな」
部屋を出た瞬間、元気な声が聞こえてくる。
顔を上げれば、そこにツナを先頭に、山本と獄寺くんが階段を上る姿が見えた。
「いらっしゃい。宿題、頑張ってね、後で差し入れ持って行くから」
「サンキュ!楽しみにしてるのな」
声を掛けてきた山本に笑顔で挨拶すれば、爽やかな笑顔で返してくる。
その顔は、日焼けで真っ黒になっているのから、まじめに部活に励んでいたのだろう。
それなら、宿題が出来ていないのも納得できる。
「獄寺くんも、いらっしゃい」
「おう」
どうして山本が宿題に手が出せていなかったのか分かって一人で納得してから、山本の後ろに不機嫌な顔をして立っている獄寺くんへと声を掛けた。
短いながらも返事が返ってきたことで、思わずもう一度笑ってしまう。
そう言えば、獄寺くんは宿題終わっているのかな?
手荷物は、何も持っていないようだけど……
「獄寺くんは、宿題……」
「んなもん、とっくに終わってるんだよ!野球馬鹿と一緒にすんじゃねぇ!!」
疑問に思って質問しようとしたその言葉は、最後まで口に出す前に、獄寺くんに怒鳴られて返されてしまった。
うっ、別に一緒にした訳じゃないんだけど
ちょっと、疑問に思ったから質問しようとしただけなのに
「獄寺、あんまり煩いと、追い出すからね」
怒鳴られて落ち込んだ俺に、ツナが黒い笑みを浮かべて獄寺くんに釘を刺す事を忘れない。
自分が言われた訳じゃないのに、ゾクリと背筋が寒くなった。
当然ツナにそんな風に言われた獄寺くんは、ペコペコと頭を下げて謝罪する。
本当に、ツナにだけは素直と言うか、頭が上がらないと言うか……逆らえないんだよね。
それだけツナの事を慕っていのは分かるんだけど、ツナの獄寺くんへの扱いは正直言って余り良いとは言えない。
どちらかと言えば、悪いかも
それでも、ツナを慕っている獄寺くんは、立派な忠犬……いや、えっと、右腕として頑張っていると思う。
右腕と認識されているのかどうかは、分からないけど
ツナの部屋へと上がって行く皆を見送ってから、キッチンへと移動する。
「母さん、キッチン借りていい?」
「あら?もうお話終わったの?ちゃんに女の子から電話なんて、初めてよね」
「うん、勉強会のお誘いだったんだけど、俺もう終わってるから……」
母さんに声を掛けたら、笑顔で返されたので、苦笑を零しながら返事を返す。
確かに、俺に電話が掛かってくるなんて、かなり珍しい。
と言うよりも、数えるぐらいしかないんじゃないかなぁ?
ツナには、試合とかの飛び入り助っ人依頼がくるんだけど、俺に電話なんて掛けてくる人はいないからね。
そう考えると、こんな電話がかかって来たのは初めてだ。
だから、テンパっても仕方ないよね、うん。
「お勉強会のお誘いだったの。そうねぇ、ちゃんにはツっくんが居るから確かに必要ないわね」
「うん、それで、今日は山本が勉強しに来てるから、休憩用のお菓子作ろうと思ってるんだけど」
「それで、キッチンを貸して欲しいのね?大丈夫よ、母さんも手伝いましょうか?」
電話の内容を説明した俺に、母さんが少しだけ残念そうに言うけど、断った事には納得してくれたみたいだ。
それに頷いて、最初の質問へと戻った俺に母さんが笑いなが返してくれる。
「ううん、ツナのリクエストがミントゼリーだから、そんなに大変じゃないんだ。ただ、一種類だけだと寂しいから、他にも何か作ろうと思うんだけど、材料見て考えようかと、何かある?」
「そうねぇ、テレビで見たんだけど、トマトのゼリーが夏にはお勧めみたいよ」
へぇ。トマトのゼリーか、でもそれなら甘いもの苦手なツナでも大丈夫かな。
「作ってみようかな。材料はある?」
「ええ、トマトは旬だから、沢山買ってあるわよ」
作り方は、パソコンで調べれば出てくるだろうから、もう一つはトマトのゼリーにしてみよう。
俺もちょっと食べてみたいって思ったし、ミントは栽培しているから、問題なし!
それじゃ、先にミントゼリーから作って、その後でトマトゼリーを作ろうかな。
でも、その前に
「お昼どうするかも考えないとだよね」
「そうねぇ、獄寺くんと山本くんが来ているのよね?」
「うん」
今日は珍しく俺が早起きしていたから、今の時間は9時ちょっと過ぎ、休憩用のお菓子よりも前に、お昼の事を考えないといけない。
俺は別に素麺でもいいんだけど、山本は絶対にそれじゃ足りないだろう。
「冷麺とチャーハンでいいかしら?」
「ああ、うん、いいんじゃないかな。夜は、カレーでいいかな?」
「そうね、それじゃ、母さんは買い物に行って来るわね」
「うん、よろしく」
母さんを見送ってから、俺も作業に入る。
まずは、ミントの準備。
あっ、でもその前にツナ達に飲み物の準備……山本がコンビニの袋持っていたから大丈夫かな?
うーん、どうなんだろう。
「何考え込んでるの?」
どうするべきかを考えていた俺に突然後ろから声がかかって、ちょっとびっくりした。
振り返ると、そこに立っていたのはツナで、手には一本のペットボトルジュース。
「ツナ。えっと、飲み物どうしようかなぁと……山本の差し入れがあるから、大丈夫みたいだね」
「ああ、これね。これはの分だって、今のところは山本は買ってきたやつがあるから大丈夫だよ」
ツナの手にジュースがあるって事は、やっぱり山本がちゃんと飲み物の準備をしていたことになる。
それを口に出せば、ツナが持っていたジュースを差し出してきた。
ジュースと思ったそれは、オレンジティで、俺が好きな飲み物だ。
「俺の分も買ってきてくれたんだ。山本にお礼言っといて」
ツナからペットボトルを受け取りながら、山本へ伝言を頼む。
「伝言はいいんだけど、後でから直接言う方が山本も喜ぶと思うよ」
「……そうだね、なら、そうする。で、ツナはどうしたの?」
「にこれのお届け。ところで、母さんは?」
確かにツナの言う通り直接お礼を言えない訳じゃないんだから、後で自分でお礼を言おう。
素直に頷いて、ツナがココに居る理由を聞けば、あっさりと返されて、更に質問される。
そうだよね、これをもって来てくれたんだよね、俺、何馬鹿な事を聞いてるんだろう……。
「ああ、うん。母さんは買い物。お昼は冷麺とチャーハンで、夜は無難にカレーだから、山本と獄寺くん食べていくんだよね?」
「それも伝えに来たんだけど、しっかり読まれてんだ」
ちょっと馬鹿な事を聞いたなぁと反省して、再度質問すればツナが苦笑を零しながら頷く。
ああ、だから母さんの事を聞いたのか。
でも、もうこっちでは勝手に山本も獄寺くんも昼夜食べるの決定してたんだよね。
だって、夏休みの宿題を今日中に終わらせるって言うのだから、絶対に昼も夜もココで食べる事は確定だ。
それだけ、夏休みの宿題は大量にあるのだから
普通なら、一日で終わらせられるようなものじゃない。
「まぁね、今日中に宿題終わらせるって話だから、そうなるだろうと、予想はつくよ。と言うか、泊まっていくって言われても驚かないかも」
「流石に、泊まりは言ってなかったな。でも、そうなってもおかしないかも、アイツ本気で手付かずだったからな」
笑いながら返した俺に、ツナが盛大なため息をつきながら言った言葉に、頭を抱えた。
だって、本気で今日一日で夏休みの宿題を終わらせるつもりなのだ、山本は!
「そ、それは、なんて言うか……獄寺くんの怒鳴り声が聞こえてきそうなんだ……」
「この野球馬鹿が!10代目に迷惑掛けてんじゃねぇぞ!!!!!」
って、本気で聞こえてきた。
言いかけた俺の言葉を遮って聞こえてきたその声に、苦笑をこぼす事しか出来ない。
まぁ、でも宿題を写させてくれと言わないだけマシなのだろうか?
「ああ、獄寺が切れたみたいだから、様子見に行くよ」
「了解、頑張ってね」
聞こえてきた声に、ツナがもう一度盛大なため息をつく。
それから言われた内容に、俺は同情の言葉を投げ掛ければ、それに手を振って答えて、ツナがキッチンから出て行く。
それを見送ってから、俺もゼリー作りを始めることにする。
ツナが食べたいと言ったミントゼリーと、母さんが勧めてくれたトマトゼリーの二種類を作って冷蔵庫で冷やす。
それから、作っている最中に帰って来た母さんと、ゼリーを作り終わってからお昼の準備を始める。
二階から時々聞こえてくる獄寺くんの怒鳴り声をBGMに出来た昼食は、ツナが部屋へと運んでくれた。
うん、下に降りて来られないほど、山本は頑張ってるんだろう。
俺は二階には行かないで母さんと、下で食べたんだけど、やっぱり獄寺くんの怒鳴り声は聞こえてきた。
そんなに怒鳴って、喉は大丈夫なのかなぁと心配になるほどだ。
それから、3時のおやつと称してゼリーと飲み物を持ってツナの部屋へ。
ツナに任せるつもりだったんだけど、何故か俺も強制的にツナの部屋に連行されてしまった。
そこで、貰ったペットボトルのお礼を言えば、山本が笑顔で返してくれて、今度はゼリーのお礼を返された。
まぁ、少しでも喜んでもらえたのなら、良かったかな?
で、山本は本当に一日で宿題を終わらせてしまった。
いや、終わらせたと言うのは、ちょっと違うか。
まぁ、幾つか簡単なモノを残して、面倒な宿題は全て終わらせたのだ。
本当、人間やる気になれば、なんだって出来るもんなんだね。
俺は、したくないけど……