あれから、綱吉とは殆ど会えないでいる。

 俺は朝も早くから風紀委員の仕事を手伝っているし、放課後も同じ。

 休み時間には、お互いのクラスを行き来しないと言っていた綱吉の言葉通り、綱吉のクラスに行った事はまだ一度もない。
 だから必然的に、綱吉と顔を合わせる事は極端に減ってしまった。

 何となく、夜に綱吉の部屋に行く事も避けてしまっているから、正直言うとここ1週間綱吉と話をしていないぐらいだ。

 一応、顔だけは何度か、移動の時にチラリと見ているけど、それぐらい。

「ねぇ、いい加減そのため息やめてくれない」

 無意識に何度目かのため息をついていたのだろう俺に、雲雀さんが呆れたように声を掛けてくる。
 言われた内容に、俺はまた自分がため息をついた事に気付いて困ったように苦笑を零す。

「す、すみません。気が散りますよね」

 ここ数日、俺は気が付いたらため息をついている。

 こうやって指摘されて気付いたり、自分の吐いた息で、我に返ったりと、もう数え切れないぐらいのため息をついているみたいだ。
 だからこそ、今俺のため息を指摘してきた雲雀さんに慌てて謝罪する。

 分かってはいても、止める事が出来ないため息に、俺はもう一度その息を吐き出した。
 そうすれば、何だかクラリと眩暈まで感じてしまう。


 ああ、この感覚は、嫌と言うほど覚えがある。


「言った傍からため息つかないでくれる……君、顔色が悪いよ」
「すみません。ちょっと、体調不良みたいです……多分、今日の夜から、熱を出すと思うので、暫く来られなくなると思います」

 言われて直ぐにため息をついた俺に、雲雀さんまでもがため息をついて再度声を掛けてきた。
 だけど、その後俺の顔色を見て、心配そうに綺麗な顔が顰められる。
 それに俺は困ったような表情を浮かべて、素直に謝罪の言葉とこれからの事を考えて雲雀さんに伝えた。

 そう、この感じは、何度か経験しているから分かるけど、熱を出す前触れだ。
 こうなってしまうと、3日間は高い熱を出して倒れてしまうだろう。

「そう言えば、入学して直ぐにも休んでいたね。君、体弱いの?でも、書類にはそんな事書いてなかったと思うけど……」
「いえ、体はちょっと弱いかもしれませんけど、人並み程度だとは思っています。ただ、時々、原因不明で高い熱を出してしまって2、3日倒れちゃう事があるんです」

 俺の謝罪の言葉に、雲雀さんが更に質問してくる。
 それに対して、自分の事を素直に説明した。


 原因不明。


 いや、原因は分かっている。
 嫌な事があると、体が拒否反応を起こして熱を出してしまうのだ。

「それで、今がその前兆?」
「はい。多分、これから熱を出しちゃうと思います」

 軽い眩暈、その後に、段々とダルさを感じてくると、もう間違いないだろう。


 帰るまで、持つといいなぁ……。


 一人で家に帰れるか、ちょっと心配になる。
 こんな時は、綱吉が一緒に居てくれて、家まで送ってくれたから

 そう考えると、またため息が出てしまった。
 雲雀さんにため息をつくなって、言われているのに

「君、もう今日は仕事しなくていいよ」
「えっ、でも、今日中にこの書類終わらせないとダメ、なんですよね?」

 またため息をついた俺に、雲雀さんが素っ気無く言い放つ。
 だけど言われた内容に、俺は思わず首を傾げてしまった。

 今日も、何時ものように書類整理に追われているのだけど、確か、俺に渡された書類は、今日中に終わらせるようにって言われたモノだったと思う。
 頑張ってやれば、何とか今日中に終わると信じたいくらいの量だ。

「確かに、今日中の書類が殆どだけど、今の君だと役に立ちそうにないからいいよ」

 仕事をしなくていいと言ってくれたのは嬉しいけど、でも急ぎの書類だと言われたから心配して質問すれば、再度ため息混じりに酷い事を言われた。


 た、確かに、あんまり役に立ってはいないかもしれないけど、俺はこれでも一生懸命仕事をしているつもりなんですけど


「雲雀さん、酷いです……」

 役立たず扱いされて、思わずへこんでしまい、ヘタリと机に倒れこんでしまう。
 そうすると、脱力感が一気に襲ってきた。


 ああ、完全に熱を出す前兆だ。
 これ、家に帰るまで持たないかも……


「体調悪い人間を使っても効率は下がるだけだからね。君、そこで休んどきなよ、後は草壁を呼んでやらせるから」

 机に突っ伏してしまったら、体を動かすのが辛くなってしまった俺に、雲雀さんが正論を口にする。


 うん、確かに今の俺は、本当に役立たずだと思う。
 ああ、体を起こすのも辛くなってきた。


 体を動かせなくなった俺の返事を聞くことなく、雲雀さんは既に携帯で草壁さんに連絡をしている。
 その声を何処か遠くで聞きながら、俺は自分の体調不良を呪いたくなった。

 何で、俺の体は嫌な事があると熱を出すんだろう。


 綱吉に、会えない、たったそれだけなのに……


 でも、たったそれだけの事が、こんなにも辛いと思うのだ。
 それは、俺だけがそう思っているんだと分かっているけど、綱吉の事を特別に思っているからこその思い。


 小学校までは、毎日会っていたのに、なぁ……。

 綱吉に、会いたい。


「大丈夫なの?」

 心の中で、そう思った瞬間、誰かの冷たい手が俺の額に触れる。
 それに驚いても、体は自由には動いてくれなかった。

「ひ、ばり、さん」

 当然俺の額に触れてきたのは、一緒に居る雲雀さんで、俺が会いたいと思う綱吉じゃない。
 突然触れられた事で体を動かせなくて、肩を震わせ驚きを表した俺を気にした様子もなく、雲雀さんの手は少しだけ高くなった体温をしっかり確認しているようだ。

「確かに、熱があるね。後で僕が送っていくから、そこで横になってなよ」
「はい、有難うございます……」

 少し体温の上がっている俺に綺麗な眉を寄せて、雲雀さんは体調を気遣ってくれる。
 横になっていいと言ってくれた雲雀さんに、素直に頷いてお礼を言う。
 だけど、体が素直に動いてくれないので、もう暫くこのままで居たい。
 そう思った瞬間、額から少し冷たい雲雀さんの手が離れて行き残念に感じた後、突然の浮遊感に襲われた。

「わっ?!」

 突然の事に思わず声を上げれば、目の前に雲雀さんの顔が?!

「煩いよ、耳元で叫ばないでくれる」
「す、すみません!って、でも、この状況は一体……」

 驚きの声を上げた俺に、雲雀さんが不機嫌な声で文句を言ってくるのに、条件反射で謝罪してから、自分の状況が把握できなくて、首を傾げた。
 今の俺の状況、何故か雲雀さんに抱き上げられています。


 何故?!


「君が動けないみたいだから、手を貸してあげてるんでしょ」

 首を傾げた俺に、雲雀さんが呆れたように口を開く。
 その後、今まで自分が座っていたソファにゆっくりと降ろして貰った。
 それから雲雀さんは、何時も肩に掛けてある学ランを手に取り、俺の体の上に被せてくれる。

「か、重ね重ね、有難うございます」

 動けない体を横たえて貰えた上に、上着まで貸して貰えた事に素直にお礼の言葉を述べれば『別に』と、素っ気無く返される。
 それが、雲雀さんらしくて、何気ない優しい行動に、思わず笑みを浮かべてしまう。

「漸く、僕の前でも笑ったね」
「えっ?」
「何でもない。君は、そこで大人しくしてなよ」

 そんな俺を見て、雲雀さんが凄く優しい表情を浮かべてポツリと何かを呟いた声が聞こえたので聞き返すように声を上げれば、ポンポンと優しく頭を撫でられた。
 その直ぐ後、ドアがノックされる。
 雲雀さんが返事をすれば、部屋の中に入ってきたのは草壁さんで、ソファに横になっている俺に声を掛けてから、雲雀さんに言われて俺が今まで作業していた書類を引き取った。

「それでは、これは自分が処理をしておきます。を送って行かれるのでしたら、後は任せて頂いても大丈夫ですよ」

 丁寧な言葉で雲雀さんに申し出た草壁さんの言葉に、かなり焦る。
 書類の量は、一人で片付けるには、流石に多い。
 勝手に体調崩しているのに、草壁さんにそんな迷惑は掛けられない。

「あ、あの、俺、一人で帰ります。雲雀さんは、書類を片付けてください」

 焦った所為でガバリと起き上がった後、クラリと眩暈を感じてしまった。
 一人で帰ると言っているけど、今の俺では、無事に帰れる自信はない。
 携帯は持っているから、迎えに来て貰うのがいいよね。

「君、動けないのに一人で帰れる訳ないでしょう」

 眩暈を感じて、バタリとソファに戻った俺に、雲雀さんが呆れたように声を掛けてくる。


 いえいえ、しっかりと家に帰る算段は出来ていますので、ご心配なく。


 と、心の中で思っても雲雀さんに聞こえる筈もないんだけど、それを口に出す元気までなくなってしまった。
 こんなにも、一気に体調が崩れたのは初めてだ。

 今までは、家に帰るまでは、何とかもってくれたのに

「確かに、今のじゃ、一人で帰れないだろう」
「いえ、あ、の、電話して、迎えに来て貰いますから……」

 そんな俺の様子を見て、草壁さんも雲雀さんと同意見で心配そうに口を開く。
 それに俺は、何とか口を開いて、心配ない事を伝える。

「煩いよ。いいから君は、大人しくしてなよ。大体、迎えに来て貰うより、僕が送っていく方が早いでしょう」
「そうですね。、委員長の言葉に甘えたらどうだ」

 だけど俺の申し出は、雲雀さんから煩いという言葉で返されてしまった。
 しかも、草壁さんまでもが、雲雀さんに送ってもらうように進めてくる。

「それじゃ、先にこの子送っていくから」
「へい、では、書類は他に出来る者にも手伝わせますんで」
「そう、それじゃ、頼むね。僕はこの子を送ったら、序でに見回りしてくるから」

 そして、問答無用と言うように送って行くのはもはや決定事項と言ったところだろうか
 当事者であるはずなのに、完全に俺の存在は無視された状態で話が纏まる。

「行くよ」

 って、言われた瞬間には、軽々と雲雀さんに抱き上げられていた。しかも、お姫様抱っこと言うヤツで……

「あ、あの、雲雀さん」
「君は大人しくしていなよ」

 当然恥ずかしいから俺は、自分で歩く事を伝えようとしたのに、先に雲雀さんに言葉を遮られてしまった。
 そうなってしまったら、多分俺が何を言っても聞かないだろう。

 この1週間で、俺も何となく雲雀さんの性格が分かったような気がする。
 でも、みんなから聞かされるほど怖い人だとは思わないんだけど
 なんて言うか、さり気無く優しいというか、接するのにはとっても緊張するんだけど、嫌いじゃないんだよね、雲雀さんの事。

 そのまま抱えられた状態で、送られる事が決定しているのか……流石に家までこの状態と言うのは、かなり恥ずかしい。
 それは、ちょっとだけ遠慮したいと思っていたら、信じられない事に雲雀さんはバイク通学をしているとの事。
 なので、雲雀さんのバイクに乗せてもらう事になった。

 体調の良くない人間をバイクに乗せるのもどうかとは思うのだけど、抱えられて帰るよりはずっといい。
 バイクの後ろに乗せてもらって、精一杯の力で必死に雲雀さんにしがみ付いてギュッと目を瞑っている間に家に着いていた。

「着いたよ」

 バイクが止まって声を掛けられて目を開いたら、確かに自分の家の前。


 あれ?何で、雲雀さんは俺の家を知っているんだろう?


 バイクから降ろして貰らいながらそんな事を考えていた俺は、地面に足が着いた瞬間グラリと眩暈を感じて倒れると焦った瞬間、雲雀さんに抱き止められた。

「す、すみません……」
「いいよ、動けないのは分かっていたからね」

 抱き止めてくれた雲雀さんに謝罪すれば、分かっていたのか動けない俺をまた抱き上げる。
 そのまま家の中、しかも部屋まで運んでくれた。

 母さんが雲雀さんにお礼を言っているのを聞きながら、俺は制服のままベッドに倒れ込む。


 もう、動きたくない。



、先輩にちゃんとお礼を言いなさい」

 目を閉じた瞬間、母さんの声が聞こえて来てゆっくりと目を開く。
 そして聞こえて来たその内容に、慌てて起き上がろうとしたけど、体は言う事を聞いてくれなかった。

「いいよ、君はゆっくりと休みなよ」
「す、みま、せん…ありがとう、ございます」

 体を起こす事は出来なかったけど、何とかお礼の言葉を口に出す。

「気にせずに、早く良くなりなよ」

 部屋から出て行こうとしていた雲雀さんは、俺の言葉に笑って手を振ってくれた。
 そのまま、母さんと一緒に部屋を出て行くその姿を見送ってから、俺はもう一度目を閉じる。

 今回は、何時も以上に酷い。
 体が言う事を利かないなんて、こんなにも酷いのは初めてだ。

、先輩は帰ったわよ。ほら、制服が皺になってしまうわ、着替えてから寝なさい。?」

 雲雀さんを見送ってから戻ってきたのだろう、母さんの声が遠くに聞こえる。
 でも、もう俺には返事を返す事は出来なかった。
 そのまま意識は、闇の中に沈んでしまう。







、大丈夫?」

 次に目を覚ました俺が一番に見たのは、心配そうに覗き込んでいる綱吉の顔。
 余りにも突然過ぎて、一瞬頭がついていかなかった俺は、飛び起きようとしたけれど、体がうまく動いてくれなかった。

「つ、な、よし……」

 寝ていた為だろう、掠れた声が俺の口から弱々しく綱吉の名前を紡ぐ。

「うん、まだ熱が高いから、動かない方がいいよ」

 名前を呼べば、綱吉が頷いてそっとその手が俺の額に触れてくる。
 言われた事に、目を閉じる前の事を思い出した。


 俺、熱出して倒れたんだっけ……制服からパジャマに着替えられているのは、きっと母さんが着替えさせてくれたんだろう。


「水、飲む?」

 何時もは温かく感じる綱吉の手も、今の俺には少し冷たく感じられる。
 目を細めて、その手を感じていれば、綱吉が心配そうに問い掛けてきた内容に、コクリと頷いて返す。
 正直言えば、喉が渇いているから、すごく有難い。

「はい」

 頷いた俺に、綱吉がコップに水を入れて差し出してくる。
 でも、今の俺は、それを受け取って飲むのも辛い状態で、どうしたものかと考えた。

?」

 差し出したコップを受け取らない俺に、綱吉は不思議そうに名前を呼んでくる。
 そんな綱吉に、俺は困ったような表情を見せた。

 体がだるくて、腕を上げるのも辛い。

「もしかして、動けないの?」

 そんな俺の状態に気付いたのか、綱吉が少し驚いたように質問してくれたそれに、困った表情のままコクリと頷く。
 正直言うと、その動作事態もかなり辛い。

 本当に、こんなの初めてだ。
 今まで熱を出したけど、動けなくなった事なんて一度もないのに

 ああ、そこまで俺にとって、綱吉と離れている事はきっといままでのとは比べ物にならないほど、嫌な事になるんだろうな。

 動けないと分かった俺に、綱吉が一瞬考えるような表情を見せる。
 どうするのだろうと見守る中、綱吉は何を思ったのか、俺に差し出していたコップに入った水を自分で飲んでしまった。


 えっ、それって、俺に準備してくれたものじゃなかったの?!


「つな……」

 綱吉の行動が理解できなくて、質問しようとその名前を呼ぶ為に口を開き掛けたその言葉は突然近付いてきた綱吉の顔によって遮られた。
 どんどん近付いてくる綱吉の顔に驚いて顔を逸らそうとしたけど、 全然動けない今の俺は、そのまま大人しく綱吉にキスされてしまう。

「んっ!」

 本気で訳が分からない状況に、慌ててギュッと目を瞑れば、俺の口の中に少しだけ暖められた水が流れ込んできた。
 口に入ってきたその水が一杯になって、慌ててそれを飲み込む。
 飲み込めなかったものが口の端から溢れていくのを感じながら、ゆっくりと離れていく綱吉の唇をただ呆然と見詰めてしまう。

「ごめん、が動けないみたいだから、口移しで飲ませるのが、一番早いと思って……」

 俺の口から零れた水を手で拭いながら、綱吉が申し訳なさそうに謝罪してくる。
 でも、綱吉にキスされたと言う事実の方が大きくて、俺がそれを理解したのは数秒経ってからだった。


 ああ、そうか、看病だから、仕方なくなんだよね。
 でも、俺にとっては、これが初めてのキスだったのに……


「そ、そっか、あ、ありがとう……」

 必死で、お礼の言葉を紡いで、でも綱吉の顔を見る事が出来ない。
 綱吉は、俺の事何とも思ってないのに、看病だからって平気で何とも思ってないヤツとキスが出来るの?
 そう考えると、泣きそうになる。
 でも、俺は綱吉が好きだから、喜べばいいのかなぁ……好きなヤツと初めてキスできたんだから

「で、でも、母さんに言ってくれれば、ストロー用意して貰えたと思うけど……」

 水分を摂取できて、少しだけ潤った喉に、ホッと息を吐き出して、でも苦笑を零すように綱吉に伝える。
 怖くて、綱吉の顔を見る事が出来ない。

「そうだね。でも、オレは、にキスしたかったんだ」

 俺の言葉に頷いて、続けて言われたその言葉に驚いて綱吉の顔を見てしまう。
 そうすれば、真剣な琥珀の瞳が俺を真っ直ぐに見詰めていた。

「綱吉?」
「ねぇ、早くオレに好きだって言ってよ!じゃないと、不安なんだ!」

 その瞳が怖くて、何時もの綱吉に戻って欲しくて名前を呼べば、ギュッと綱吉に抱き締められた。
 そして、まるで叫ぶように言われたその言葉が信じられなくて、俺は、ただ呆然と綱吉に抱き締められている。


 好きだって言ってよって、綱吉は、俺が好きだって事、知っていたの?
 ずっと、俺の気持ちは、綱吉に知られていたんだ……。


「い、嫌だ、離して!」
!?」


 怖い。


 初めて、俺は綱吉を怖いと思った。
 だって、ずっと俺の気持ちを知っていたのに、こんな事をするなんて……

 俺にとって、綱吉は優しくて人の気持ちを大事にしてくれるヤツだったのに


「嫌だ、渡さない!オレはを雲雀恭弥なんかに渡したくない!!」

 動かない体で、必死に綱吉を拒絶すれば、必死な声でそう言われて、また綱吉が俺を強く抱き締めてキスをしてくる。
 何でそこで雲雀さんが出てくるのかも分からなかったし、またキスされるなんて思いもしていなかったから、俺はただ綱吉にされるがままの状態だった。

「んっ、ふぁっ」

 苦しくて薄らと開いた唇から、綱吉の舌が入ってくる。
 それに、ビクリと震える俺の舌に、そっと綱吉の舌が触れてきた。
 熱の所為で熱い俺の口の中を、綱吉の舌が動き回る。
 クチュッと耳に水音が聞こえて来て、俺は意識を引き戻された。

「ふっんっ、やぁっ、だぁ」

 相手が大好きな綱吉だとしても、こんなのは嫌だ。

 一方的な綱吉のキス。

 俺の気持ちを知っていながら、こんな酷い事が出来るなんて、綱吉が信じられない。
 ポロリと、自分の頬を涙が流れていくのが分かる。

「えっ、?!」
 ポロポロと流れ始めた涙に気付いた綱吉が、漸くキスを止めて焦ったように俺の名前を呼ぶ。
 それでも、俺の目からはポロポロと涙が零れ落ちる。

「な、何で泣くの?!やっぱり、オレよりも雲雀恭弥の方が良くなったのか!!」
「な、なんで、ここで、雲雀さんの名前が出て来るんだよ!分からない、綱吉は、俺の気持ちを知っていながら、何でこんな事するの!」

 綱吉は、俺の事、ただの幼馴染にしか思っていないのに、キスするなんて
 それに、雲雀さんに渡さないとか、本当に訳が分からない。
 頭の中がグチャグチャで、余計に涙が溢れて来た。

「そんなの、オレがを好きだからだよ!!」

 だけど、続けて聞こえてきた声に思考が止まる。


 綱吉が、俺を好き?
 でも、それは……


「幼馴染として、だよね?」
「なんで、今、この状況で、そんな風に考えられるの?!」

 恐る恐る質問した俺に、鋭く綱吉の突込みが入った。


 だって、そんなの信じられない。
 綱吉は、俺の事を幼馴染としか思ってないから、だから……


「用事がなかったら、教室に来るなって、言った」
「それは、オレのクラスに狙いのヤツが何人か居たから、予防したんだ!」
「風紀委員になって、一緒に登下校出来なくなっても、仕方ないって……」
「雲雀恭弥の事は噂で知っていたから、何を言っても無駄だと思ったんだよ。それに、夜にはオレの部屋に来ると思っていたんだ」

 信じられなくて、ポツリと呟いた俺の言葉に綱吉が言葉を返してくる。


 素っ気無く言われた事には、全部意味があったんだ。
 それじゃ、今のは、綱吉の、本心って事?


「それなのに、は全然オレの部屋には来なくなるし、挙句の果てには雲雀恭弥と一緒に帰って来たかと思ったら抱き締められているわ、簡単に抱き上げられて運ばれているわで、本気で、ムカつくんだけど!」


 何で、綱吉がその事を知っているんだろう?
 もしかして、窓から見えていたのかなぁ?


「雲雀さんは、俺の事を送ってくれただけなんだけど……」
は、自分に向けられる好意に鈍すぎるんだよ!!」

 お姫様抱っこされていた所を、綱吉に見られていたのだと思うと、自然と顔が赤くなってしまう。
 だけど、何で綱吉はそんなに怒っているのかが分からない。

 綱吉の迫力に、思わずボソボソと説明した俺に、綱吉が呆れたように返してくれたけど、俺って鈍いの?

「あいつが、を風紀委員に引き入れた張本人なんだよ!」
「えっ?そう、なの?」

 言われている事が理解できなくて、首を傾げれば綱吉が怒りを露に言ったその内容に初めて知った俺は思わず聞き返してしまう。

「そうなんだよ!あいつが出てこなければ、がオレから離れて行く事なんてなかったんだ!!」


 え、えっと、綱吉の性格が変わっているように見えるのは、気の所為?
 こんな事を言うタイプじゃなかったと思うんだけど


「つ、綱吉……」

 怒りを露にしている綱吉に、ビクビクしながらその名前を呼ぶ。


 会えなかった間に、一体綱吉に何があったんだろう?


「だから、、雲雀恭弥に気を許しちゃだめだよ!」

 『気を許すな』と言われても、俺は、普通に先輩と思って相手をしているつもりなんだけど……


 えっと、気を許さないってどうすればいいんだろう?
 一応、一番初めに、雲雀先輩と呼ぶのはダメだと言われて、名前で呼べと言われたのを、何とか雲雀さんと呼ぶ事で許して貰ったのは、気を許してないって事だよね?
 でも、多分、それは、何となく綱吉には言わない方がいいように思うんだけど……


、聞いているの?!」
「はい!」

 怒ったように名前を呼ばれて、慌てて返事をしてしまう。
 もはや、条件反射だ。

 そんな俺を前に、綱吉が大きくため息をつく。

「……ごめん。こんな事言って、には迷惑だった?」

 そして、自分を落ち着かせたのか、何処か悲しそうな顔で質問してくる。

「迷惑なんかじゃないよ!そりゃ、ちょっと訳が分からない所もあるけど、それは、綱吉が俺の事を想ってくれているって事なんだから、逆に嬉しい」

 悲しみの色を見せている綱吉に、慌てて否定して、最後に自分の正直な気持ちを口に出す。

 意味が分からない所はあったけど、それも全部綱吉が俺を想って言ってくれてるんだと分かるから、本当に嬉しいのだ。
 何で雲雀さんの名前が出てくるかが分からないんだけど、ね。

「有難う、

 自分の気持ちを正直に言ったら、綱吉が何時ものように笑顔を見せてくれた。

 その事に、俺もホッとして笑顔を返す。

「そう言えば、、熱の方は、もう大丈夫なの?」

 その瞬間、思い出したというように綱吉が心配そうに質問してくる。


 そ、そう言えば、俺は何時もの熱を出して、しかも今回は酷くてさっきまでまともに動けなかったんだけど、あれ?何か、動けるような……。


「あれ?熱、下がった、ような……」

 目を覚ました時にはあんなにも辛かったのに、今でが嘘のように体調が戻っているような気がする。

「本当に?」

 自分の額に手を当てながら言った俺の言葉に、綱吉が確認するように質問して来た。
 その後、俺の手に変わるように綱吉の手がそっと額に触れてくる。

「確かに、さっきまでと違って、下がっているみたいだね」

 俺の熱を確認してから、安心したように綱吉がホッとしたような表情になった。
 どうやら俺の体調は現金らしく、不安と言うか嫌な事が解消されると、自然と体調も良くなるらしい。

「心配掛けて、ごめん」
「心配は、オレが好きでしているんだよ。でも、もし悪いと思うなら、からもオレに好きって言って欲しいな」

 俺の体調が戻り、安心してくれた綱吉に、心配掛けてしまった事を謝罪すれば、少しだけ意地悪な笑みを浮かべて言われてしまう。


 お、俺から、綱吉に『好き』って言うなんて……


「そ、そんなの、言わなくても……」
「オレは、ちゃんと言ったんだから、からも聞きたいんだけど」

 言われた内容に、顔が赤くなるのを止められない。
 慌ててそれを拒否したら、綱吉がニッコリと笑顔で更に迫ってくる。


 た、確かに、綱吉は、俺に好きだって言ってくれたけど、それは勢いみたいなものだったし、冷静な状態で好きなんて言える訳ないよ。




 ガバリと布団に顔を隠した俺に、綱吉が名前を呼んでくる。
 そんな事言われても、面と向かって『好き』とか簡単に言えないし。

「ま、また今度!」
「また今度って、何時!」

 だから、逃げる為に言った俺の言葉に、即行で綱吉の突込みが入れられた。


 いや、何時って言えないけど、そんな雰囲気になったら、かなぁ……。


「分かった。そんなに言いたくないんだ。なら、言わなくてもいいから、からキスしてよ」

 心の中で、綱吉の言葉に返事をしたら、まるでそれを読んだかのように、綱吉が諦めのため息をついて、だけどとんでもない事を言って来た。


 いやいや、ハードル上がっていますです、綱吉さん?!


 言われた内容に、俺はまたしても心の中で突っ込みを入れる。


 好きって言えない人間が、キスなんて出来る訳ないし?!し、しかも、よく考えたら、俺ってば、綱吉にキスされたんだよね、ディープなヤツを……


 思い出したら、一気に顔に熱が集まってしまう。

、聞こえているよね?」
「無理無理無理!絶対に、無理だから!!」

 キスされた事を思い出しただけで、顔に熱が集まってしまうのに、自分からなんて出来る訳ない。
 問い掛けてきた綱吉に、俺は勢い良く布団から顔を出して、ブンブンと激しく首を振って返した。

 さっきまで、熱を出して倒れていたと言うのを忘れるぐらいの勢いで

「なら構わないよ、オレからするから」

 ブンブンと激しく首を振る俺に、綱吉が手を伸ばしてきてその顔を両手で包まれて止められたと思ったら、そのまま綱吉の顔が近付いてくる。
 そして、また俺は綱吉にキスされていた。
 でもそのキスは、触れるだけのキスで、先程のキスと違って直ぐに離れていく。

「今は、これで満足しとくよ」

 それでも鼻先に触れるぐらいの距離で、にこやかな笑みと共に言われたその言葉に、俺はバッと両手で口を隠すように覆いながらただ真っ赤な顔をして綱吉を見ることしか出来なかった。


 つ、綱吉って、実は凄く手が早いのかもしれない。
 凄く慣れた感じを受ける綱吉に、俺は何も言えずにただ呆然としてしまう。



 何で、こんなにスムーズにキスなんて出来るの?!


?」

 ほんの少しの時間で、新たな綱吉の一面を沢山見せられた俺は、許容量をとっくにオーバーしてしまったらしく、そのまままた意識を手放してしまった。

 それでも、気持ち的には、綱吉が自分の事を思ってくれている事が分かって、嬉しかったのは、嘘じゃない。






「2〜3日、休むんじゃなかったの?」

 次に目を覚ましたら、何時も通りの朝で、俺が倒れた日から既に2日経っている事を母さんから知らされて驚いた。
 倒れた夜に、綱吉は俺の部屋に来てくれて、ずっと看病してくれたんだと言うのも教えてくれた。
 だから、俺と綱吉が話をしたのは、倒れてから一日経ってからと言う事になる。


 あれ?綱吉、昨日、学校休んだって事にならない?


「聞いているの?」
「あっ、はい!えっと、今回は、早く復活できました。その分、症状は重かったんですけどね」

 綱吉の事を考えていた俺に、雲雀さんが少しだけ不機嫌そうに問い掛けてきたのに、慌てて苦笑を零しながら返事を返した。

 問題が解決したら、どうやら直ぐに熱が下がると今回初めて知ったんだけど、本気で俺の体って現金だよなぁ……。
 嫌な事があると熱を出して、それが解消されると一瞬で熱が下がるんだから……お子様体質なのかもしれない。

「そう。で、君のその後ろに居るのは、何?」
「あっと、俺の幼馴染です」

 自分の体質について考えていた俺は、素っ気無く返してから、チラリと視線を向けてきた雲雀さんの言葉に、困ったような表情をする。
 そして、一瞬考えてから、素直に綱吉の事を口に出した。

「興味ないけど、部外者を部屋に入れないでくれる」
「す、すみません!どうしてもって、言われちゃって……」

 不機嫌な声で言われて、素直に謝罪する。
 今の俺の状況は、ソファに座っている後ろから綱吉に抱き締められているのだから、本気で恥ずかしい。

「つ、綱吉、もう離して」

 勿論、ここには一緒に登校して来た。
 なんて言うか、綱吉は直ぐに俺に抱き付いたり、手を握ってきたりと、スキンシップが多くなって、本気で困る。

「嫌だよ。それに、オレはただの幼馴染じゃないだろう」
「つ、綱吉?!」

 俺のお願い事をあっさり拒否してから、更に紹介方法が気に入らないとばかりに言われたその言葉にギョッとして綱吉の名前を呼ぶ。

は、オレのものになりましたから、手は出さないで下さいね」
「どう言う意味?」
「言葉通りの意味ですよ。雲雀恭弥」

 俺の制止の声も虚しく綱吉は更に俺を強く抱き締めて、挑発するように雲雀さんに宣言してしまった。
 綱吉の腕の中であわあわしている俺の事は完全無視状態で、雲雀さんが不機嫌な声で質問してくるのに、綱吉は意地の悪い笑みを浮かべて、あろう事か人のほっぺにキスしてくれる。

「綱吉!!」

 突然の綱吉の行動に驚いて、顔を真っ赤にして名前を呼ぶけど、当の本人はまったく気にした様子もない。

「沢田綱吉、ずいぶんと性格が変わっているね。そっちが本性って訳」
「へぇ、オレの事も知っていてくれているんですね、風紀委員長様は」

 そんな綱吉の行動に、雲雀さんは綱吉を睨み付けると、良く分からない事を言う。
 それに感心したように、綱吉が返す。


 性格が、変わっているって、綱吉は、結構前からこんな性格だったと思うんだけど……頭がいいから、時々人をバカにしているように思えるけど、ちゃんと相手の事を考えて行動しているし……

「性格が、変わっているって、どう言う事?」
「1年A組沢田綱吉は、何をやっても落ち零れだと聞いているけど」

 訳が分からずに首を傾げた俺に、雲雀さんが綱吉を睨み付けたまま教えてくれる。


 綱吉が、落ち零れ?
 そんなの、有り得ない。


「綱吉が落ち零れって、どう言う事?!だって、勉強は俺よりも出来るし、スポーツだって何でも出来ていたのに……」
「あ〜っ、勝手に人の事バラさないでくれます」

 雲雀さんから言われた事が信じられなくて、思わず本人に問い掛けたら、盛大なため息をつく。


 って、バラすとか、そんな問題じゃ……


「綱吉、だから俺に教室に来るなって言ったのか?!」
「あ〜っ、まぁ、ぶっちゃけると、そうかな。でも、の事を狙っているヤツが居るって言うのも嘘じゃないからね」

 そして、思い当たった事を口に出せば、それに同意してから付け足すように言われる言葉の意味は良く分からないけど……
 そう言えば、昨日もそんな事を言っていたような……。

「綱吉、昨日も気になったんだけど、俺を狙っているって、どう言う意味?俺、命を狙われるような覚えないんだけど……」

 分からない事を聞いてしまえと、首を傾げながら綱吉に質問すれば、綱吉だけじゃなく、雲雀さんにも盛大なため息をつかれてしまった。


 二人に呆れられるような、変な事を聞いたんだろうか?


「あの、俺、変な事聞いたんですか?」

 二人同時に呆れたように見られて、恐る恐る質問すれば、綱吉がもう一度ため息をついた。

「まぁ、それがなんだけどね」

 苦笑交じりに言われた言葉の意味が分からなくて、もう一度首を傾げてしまう。

「なので、あなたの気持ちはまったくには通じていませんから、回りくどい事しても無駄ですよ」
「……みたいだね。折角忠告も貰ったから、僕も本気で行動する事にするよ」


 えっと、それは、どう言う会話?
 多分、俺の事を話しているのは分かるんだけど、その意味がさっぱり分からない。

 しかも、綱吉と雲雀さんの間が険悪と言うか、なんと言うか……俺、凄く居心地が悪いんですけど


「オレから奪えるとは思わないで下さいね」
「奪って上げるよ。必ず、ね」


 わ、分からない、何を奪うって言うんだろう?


 取り合えず、話には付いていけそうにないので、俺は書類を片付ける為に意識を手元の紙へと移した。
 うん、また呆れられる可能大だから、もう俺は話しに加わらないようにしよう、そうしよう。



 だからその後も、険悪な雰囲気を作っていた綱吉と雲雀さんの事は、放置した。

 綱吉と両思いなったと言っても、まだまだ俺の性格から考えて恋人らしい雰囲気になるのは難しいだろう。

 まぁ、もう暫くは、このままの関係でもいいなぁと思ってしまうのは、今のこの時が本当に幸せだと思えるからかもしれない。