感じた気配に、首を傾げる。

 本に夢中になっていたらから一瞬気の所為かとも思ったんだけど、オレの様子を見るように微かに開いた扉の音と諦めたように閉じられたその音は、聞き違いでもないみたいだ。
 その相手が相手だったから、オレは本を閉じて下に様子を伺いに行こうとした瞬間、窓の外にがお隣に回覧板を手に持って入って行く姿が目に入った。
 それだけで、オレに何を頼みに来たのかが理解できて、苦笑を零してしまう。

 まぁ、でも隣のおばさんも、オレよりも聞き上手なの方が嬉しいだろう。は、おば様受けは上々だしね。

 そんな事を考えて、思わず笑ってしまった。


 ああ、の事を考えるだけで、こんなにも幸せになれるなんて、本当にお手軽だよね、オレも……

 もっとも、の事を考えると不安になる事の方が多いんだけど


 ねぇ、オレがこんな事を考えているなんて君は知らないよね。
 オレの中にあるのは、何時だって君の事なんだよ。

 誰にも君を渡したくない。

 それだけなんだから……

「回覧板を渡しに行くだけなら、直ぐに帰ってくるかな?」

 自分の考えを遮断して、今日まだ会っていない君に挨拶しにでも行こうかな、なんて考えて大きく伸びをする。

 開いたまま置いてあった本に栞をして、パタンとそれを閉じ机の端に置き壁にかけてある時計に視線を向けて時間を確認した。

 ああ、ちょうどが起きる時間だったんだ。
 もう直ぐ2時を射すそれを見て、もう一度笑ってしまう。

 オレに頼みに来た母さんが、そのまま起きて来たに頼んだって所かな?

「ちょっとだけ、悪い事しちゃったかも」

 想像出来たそれに、起き抜けで用事を言われたにちょっとだけ申し訳なく思ってしまう。
 母さんは、本当はオレに頼むつもりだったんだろうし

「気にせずに声を掛けてくれれば、良かったのに……」

 母さんは、オレに頼むよりもに頼む事が多い。

 まぁ、の方がオレよりも頼みやすいって言うのが理由だと思うんだけど、もっとオレに言ってくれてもいいのに
 だって、母さんの頼み事って、買い物が多いから、に行かせるのが逆に心配だからとは、きっと本人には言えない事だろう。

 小さくため息をついて、部屋を出る為にドアノブに手を伸ばした。
 ドアを開けた瞬間、聞こえてくるのはと母さんの声。

 ああ、もうは帰ってきてたんだ。
 話の長い隣のおばさんにしては、早かったね。

「大丈夫だよ」

 そして、聞こえて来たの声に疑問が浮かぶ。

「何が大丈夫なの?」

 聞こえて来たその声に、疑問が口に出てしまった。
 オレが声を掛けたら、がちょっと驚いたように視線を向けてくる。

「ツっくん。お勉強はもういいの?」
「別に勉強してた訳じゃないから……それで、どうしたの?」

 その視線に思わず苦笑を浮かべてしまったら、母さんが声を掛けてきた。

 やっぱり、部屋の様子を見に来ていたのは母さんだったんだ。
 でも、勉強って、ただ本を読んでただけなんだけど……

 そんな母さんに、もう一度苦笑を零して、再度同じ質問を口にする。
 だって、が『大丈夫』なんて言う時は、碌な事がないからね。

「お隣さんから沢山のサツマイモを頂いたのよ。でもね、ちゃんが持って来てくれたから、ちょっと心配で……」

 再度質問したオレの質問に、母さんが少しだけ困ったように説明してくれた。

 チラリと床を見れば、大量のサツマイモが入っているのだろうダンボール箱が置かれている。
 もしも、その中に入っているんだとしたらかなりの重さって事で……

!そう言う時は、オレを呼ぶように、何時も言ってるでしょ!!」

 そう考えた時には、もう既にを怒っていた。

 どうして、そんな無茶な事ばっかりするんだろう。
 前にも同じような事があって、やっぱり今日のように怒った筈なのに、何で君は同じ事を繰り返してるの!!

「だって、お隣から帰るぐらいだから……」
「だからじゃないよ!何時も言ってるでしょ、無茶したら、大変なのは自身なんだからね!!」

 オレが怒鳴った事で、ビクビクとした様子でが言い訳してくる。
 だけどそれは、前にも聞いた言い訳。

 どうして、そんな無茶な事するの?
 重いモノを持つ事は、君の足にとってはかなりの負担になるって、自分が一番分かっているはずなのに

「こんなに一杯のお芋どうしましょうね。お礼にお菓子でも作ってお隣にもって行かなくっちゃ!」

 無茶な事ばかりするを怒っている中、聞こえて来た暢気な声に、その怒りが削がれてしまった。
 だって、人が真剣に怒ってる横で、貰ったお芋の料理方法を考えてるってどういう事なの、母さん!!

「母さん!が無茶したって言うのに、何暢気なこと言ってるの!」
「あら、だってツっくんがちゃんを叱ってるんだから、母さんから言う事はないでしょう?だったら、今は何を作るか考えた方がいいと思うのよ」

 そんな母さんに、今度は怒りの矛先を変えて文句を言えば、ニコニコと笑顔で返事か返ってくる。
 本当になんて言うか、母さん相手だと何を言っても無駄だよね。

「か、母さん……」

 そんな母さんの言葉に、が恨めし気な表情で声を掛ける。
 きっと、自分を助けてくれないなんて酷いとか思ってるんだろうね、の事だから

「それに、ちゃんも反省してるみたいだし……」
「反省してるなら、どうして同じことしちゃうの!」

 に恨めし気な視線を向けられて、慌てて母さんがフォローの言葉を続けるけど、オレはそれをバッサリと切り捨てた。

 だって、同じ事をするなんて、反省してるとはどうしても思えない。

「お隣からだから、大丈夫かなぁって……そ、それに、荷物置いて、ツナを呼びに行くのも悪いと思って……」
「どうしてそこで、そう言う事を考えちゃうの、は!」

 そんなオレに、が必死で言い訳してきたその内容に、オレは再度を怒鳴る。


 なんで、そんな事考える訳?
 どうして、オレを頼ってくれないの??
 オレは、君に頼られる方が、嬉しいのに

「それぐらいにしとけ、それよりも、折角ダメがこんなに一杯持って帰ってきたんだぞ、焼き芋パーティでもしようじゃねぇか」
「いいわね、焼き芋パーティ!今ならご近所のお掃除すれば、落ち葉もあるからちょうどいいわね」
「……母さん、それって近所の掃除して来いって言ってる訳?」

 オレに怒鳴られて、ビクビクしているを助けるようにリボーンが間に入ってくる。
 リボーンに続いて母さんがそれに同意の意を見せれば、オレはもうそれ以上を怒る事が出来なくなって、盛大なため息を付いて母さんの言ったそれに突っ込みを入れた。

「そうだな、たまには近所の役に立って損はねぇぞ。獄寺と山本も呼んで、お前らで落ち葉を集めてきやがれ」
「……分かった。でもはだめだからね」

 そんなオレの突っ込みに、リボーンが満足そうに頷いて命令口調。

 今更こいつの命令に文句を言うのもバカらしいから、もう一度盛大なため息をついて頷きしっかりとにクギをさす。
 不満そうなの視線を無視して、携帯を取り出してサッサと二人に連絡を入れた。

「そうだな、お前はやめとけ、ママンと一緒に芋の準備をしとけよ」

 その隣で、リボーンがオレに同意するように言ったその言葉を聞いてホッと息を吐く。

 リボーンに言われたら、はもう無茶な事はしないだろう。








「焼き芋かぁ、いいぜ。で、何をすればいいんだ?」

 電話で呼び出した山本と獄寺が家に来たので経緯を説明すれば、山本が不思議そうに質問してくる。
 経緯を説明したはずなのに、何で分からないんだろうね、山本は……

「野球バカが!10代目の話を聞いてなかったのか!ご町内の清掃をして、落ち葉を集めてくるって言っただろうが!!そうですよね、10代目!」

 質問してきた山本に呆れながらも説明しようと口を開く前に、獄寺が山本を馬鹿にして説明する。
 最後に嬉しそうにオレに質問してくる事に、間違いじゃないから頷いて返した。

「そうだよ。落ち葉集めが目的だね。焼き芋が出来るのにどれぐらい必要かは分からないけど、そんなに大した量はいらないと思うから」
「了解。んじゃ、早速始めるか!って、そう言えば、はどうしたんだ?」

 オレが返事をしたことで、持っていた箒を手に張り切る山本が、ここに居ないの事を質問してくる。
 まぁ、こういう事をするなら、が一番に出てこない事が不思議だったんだろう。

には、無茶をさせられないから、家でお芋の準備をしてもらってるよ」
「そっか、確かに、にはちょっと大変だもんな。んじゃ、この袋を一杯にするんだな?」

 オレの返事に納得して、山本が麻袋を手に更に質問。
 それに頷けば、満足そうな顔。

「ねぇ君達」

 オレも直ぐに行動を起こそうと思った瞬間聞こえて来た声に、ピクリと肩が震えた。

 出来れば、会いたくない人物の声に聞こえるんだけど……

「よぉ!ヒバリじゃん、どうしたんだ?」

 振り返りたくないと思っているオレの耳に、山本の明るい声が聞こえて来て頭を抱え込みたくなってしまう。

「お前、何しにきやがった!!」

 更に、噛み付くように威嚇している獄寺の声が聞こえてくる。
 このまま幻聴として無視しても、問題ないよね?

「君に用事はないよ。ねぇ、聞こえてるんでしょ、沢田綱吉」

 そんな獄寺を軽くあしらって、オレの名前をフルネームで呼ぶのは一人しか居ない。
 全く、無視を決め込んでいたのに、これでは無視する事も出来ないんだけど

「何の御用ですか、ヒバリさん」
「赤ん坊に聞いたんだけど、町内の清掃をするそうだね。だったら、しっかりと働いてもらおうと思ったんだよ」

 振り返りたくないと思うも、このままでは話が進まないと意を決して振り返り相手を見れば、信じられない言葉が続けられた。


 リボーンのヤツ、何て事してくれたんだ。


「町内の清掃って、オレ達がするのは落ち葉拾いですけど」
「落ち葉拾いも清掃も同じ事でしょ。それに落ち葉が必要だって言うから、協力するように言われたんだけど」

 ニヤリと笑う雲雀恭弥の姿に、殺意が浮かぶ。
 確かに落ち葉は必要だ。だけど、この人の言いなりになるのは拒否したい。

「不本意そうな顔だね。まぁ、僕にはどっちでもいい事だよ。でも、赤ん坊からは、あの子が楽しみにしてるって言うのを聞いてるんだけど」

 全身で拒絶の意を示しているオレに、雲雀さんは楽しそうに言葉を続けた。

 その言われた内容に、ピクリと反応してしまう。
 あの子が、誰を指すのか聞き返さなくっても分かっている。
 これも全部、リボーンの策略だとも分かっているのだ。
 でも、その言葉がオレにとっては一番効くのだと言う事は、オレの事を知っている人ならば誰でも知っているだろう。

 だって、オレにはが全てなんだから……

「……非常に不本意ですけど、今回だけは協力してもらいましょうか」
「10代目!」

 今は手っ取り早くその意見に従えば、信じられないと言うような獄寺の声が聞こえて来た。

「まぁ、そうなるだろうな……」

 山本はこうなる事が分かっていたのだろう、『仕方ない』と言うように笑っている。

「なら、早速働いてもらおうか」

 オレの言葉に満足そうな表情を見せて、雲雀さんが先を歩き出す。
 それを前に、オレは自分を落ち着かせるように大きく息を吐き出した。

「10代目どうしてですか?!」
「今回は仕方ないよ。だって思っていたよりも近所に落ち葉が落ちてなかったからね」

 分からないというように声を荒げてオレに問い掛けてくる獄寺に、苦笑を零しながら返事を返す。

 これは本当の事だ。
 外に出て気付いたけど、流石と言うかあの雲雀恭弥が町を巡回しているというのは伊達じゃないという事。

 そう、近所をちょっと見ただけで分かるけど、思っていたよりも道は綺麗で、どう考えて焼き芋を作るほどの落ち葉を集めるのは難しいだろう。


 だから、これは仕方ないのだ。
 不本意極まりないんだけどね。





 それから、予想以上に雲雀恭弥に良いように扱使われてしまった。
 お陰で大量に落ち葉を集める事が出来たんだけど、思っていた以上に時間が掛かってしまったのは仕方ない事だろう。

 その間、何度自分を落ち着かせた事か

 精神的にも肉体的にもかなり疲れたんだけど

 グッタリとした様子で戻ってきたオレ達に、かなりが心配そうに何があったのか質問してきたけど、ただ曖昧な返事を返す事しか出来ない。

 だって、あの男の事をに話すのは、本気で嫌だからね。

「焼き芋が出来るまでの間に、お茶でもする?」

 焼き芋の準備はに任せてその直ぐ傍での行動をぼんやりと見守っていれば、気遣うような質問をされる。
 それに口で返事を返す事が出来なくって、ただ頷いて返す。

「じゃあ、ちょっと待っててね」

 頷く事だけで返事を返したオレ達に、心配だと言うような表情を見せながらもが家の中へと入って行く。
 それをボンヤリと見送って、大きく息を吐き出しその場に座り込んでしまった。

「流石にバテたのな……」

 部活をしている山本でさえも疲れきっているのだから、相当なモノだろう。


 あの後、数十箇所の掃除をさせられたのだ。

 そう、一箇所に数分の時間しか貰えないと言う過酷な時間での清掃。

 別段それをオレ達が聞き入れる必要はない筈なのにも関わらず、言う事を聞いてしまったのは破格の条件を突き付けられたため。


 オレには、来年と同じクラスにすると言うもの。


 これは、リボーンから話を聞いていたからこそのものだろう。
 流石にそれを出されると聞くしかなくって、素直に言う通りの行動をしたのだ。

 山本に対しては、部活に関してのモノ。


 本当に、人の弱みに付け込むなんて……
 思い出しながら、殺意が浮かんだ瞬間近付いてくる気配に気付いて顔を上げる。

「お待たせ!」

 気が付けば全員がその場に座り込んでいて、戻ってきたを見上げる状態になってしまった。
 そんなオレ達を見て、が心配そうな表情を見せる。

「サンキュ、

 そんなに一番に反応したのは山本で、湯飲みを受け取って飲み始めた。
 そう言えば、オレもかなり喉が渇いてた事を思い出して、山本に続いて湯飲みを受け取る。

「有難う、
「……サンキュ」

 その後に、獄寺も小さく礼の言葉を口にして湯飲みを受け取るとそれを飲み始めた。

 お茶を飲んでからした事と言えば、3人が3人ともホッとしたと言うように大きく息を吐きだしたのは殆ど同時。
 ハッキリ言って、それだけ疲れたのだ。

「ほ、本当に、大丈夫?」
「ん、大丈夫だよ。の入れてくれたお茶のお陰でかなり生き返ったから……で、それは?」
「あっ!焼き芋出来るまでのお茶菓子にって、スイートポテト」

 そんなオレ達の姿に、が心配そうに質問してくる。
 それに漸く落ち着いたオレが笑顔で返し、更にがまだ持っているお盆の上にあるモノへと視線を向けて質問すれば慌ててそれをオレ達に配り始める。

「疲れてるなら、特に甘いモノは安心できると思うんだけど……お茶のおかわりは言ってね、直ぐ入れてくるから」
「うん、有難う、

 フォークと一緒に渡されたそれにもう一度お礼を言えば、が困ったような表情を見せた。

 まぁ、の事だから、自分は運んできただけとか思ってるんだろうね。
 でも、今はそれさえも本気で有難いんだけど

ちゃん、おかわり準備するの大変だろうから、急須とポットをここに置いとくわね」
「有難う、母さん」
「んじゃオレ、おかわり頼むな」

 素直に渡せたそれを口に運んでいれば、母さんが顔を覗かせて声を掛けてくる。
 それにが礼を言えば、山本のからの申し出、それに続いてオレも全部飲みきってしまった湯飲みを差し出してお茶を貰う。
 いっせいにおかわりを頼んだオレ達に、はちょっとビックリしていたようだけど、直ぐにお茶を湯飲みに注いでくれた。



 それから漸く出来上がった焼き芋を食べに来たのは、リボーンがボンゴレのファミリーだと集めた者達。

 もっとも、全く悪びれた様子も見せずに現れた雲雀恭弥を見た瞬間、本気で殺意が浮かんだのは秘密。


 でも、これで来年と同じクラスになれるのなら安いものだと、必死で自分を慰めたのは別の話だ。