この遊園地のお化け屋敷は、恋人同士にはお勧めのスポットだと聞いた。
だからこそ、がここのチケットを当てたと聞いた時から、と二人でお化け屋敷に入る事を決めていたのだ。
勿論、がお化けの類を苦手にしているのは誰よりも一番知っているけど、ここのお化け屋敷のジンクスを聞いちゃうと、何が何でも入りたかったんだよね。
にはいい迷惑かも知れないけど、オレにはそのジンクスにさえ縋りたかったのだ。
「本当の、本当に、離さない?」
お化け屋敷の入り口に着いた時、建物を見上げて、少しだけ顔色を悪くしたが、再度同じ質問をしてくる。
勿論、離せって言われても、離す気なんてサラサラないんだけど
「大丈夫だよ。は、オレにしっかりと捕まってて大丈夫だからね」
不安そうにオレを見上げてくるに、オレは優しく微笑んで返した。
それに、少しだけがホッとした表情になる。
本気で、オレがを離すなんて事、有得る訳がないのに……
予想通りと言うか、お化け屋敷の入り口に並んでいるのは、カップルばかり。
もっとも、怖がっているのは、だけだけど・……
他のカップルは、何処から見て楽しそうな雰囲気を持っているのに、は既にオレの腕に抱き付いている。
傍から見れば、微笑ましいカップルに見られるだろう。
勿論、それを狙って、にこの服を着せたのだ。
桜色のブラウスに、レモン色のカーディガンを羽織って下は普通に白のジーンズ。
全てを柔らかな色で纏めたのは、の雰囲気を壊さない為。
ふんわりとしたの雰囲気には、その全ての色が良く似合っている。
きっと、スカートを履いても違和感なんてないだろう。本人は、嫌がるだろうけどね。
「次の方どうぞ!」
そんな事を考えていたオレの耳に、前のカップルを呼ぶ係員の声が聞えてくる。
「ど、どうしよう、次だよ!」
そんな係員の声に、ビクビクとしているが可愛くって、思わず笑ってしまった。
本当に、どうしてこんなに可愛いんだろう?
「ツナ!何笑ってるんだよ!」
笑ったオレに気付いたが、不機嫌そうに睨み付けてくる。
だけど、その手はしっかりとオレの腕に抱き付いている状態で、全く迫力はない。
もっとも、に本気で睨まれても、怖くないんだけどね……どちらかと言えば、に泣かれる方が、オレには怖い事だから……
「何でもないよ、ほらもう直ぐだから、しっかりと捕まっててよ」
不機嫌そうに見詰めてくるの視線を真っ直ぐ受け止めて、オレはそろそろ係員が口を開きそうなのに気付いて、へと返事を返した。
「う〜っ、入りたくないよ〜っ」
オレの言葉に、今更ながらに尻込みするに思わず苦笑を零す。
本当に、何でそこまでホラーが苦手になったんだろう?
「次の方、どうぞ!」
そして、聞えて来た係員のその声に、一歩を踏み出した。
は、更にオレに抱き付くその腕の力を強くする。
「足元が暗くなっておりますので、十分にお気をつけ下さい。それでは、暫しの恐怖をお楽しみくださいません」
中へと案内する係員の言葉に、思わず笑みを零す。
さぁてと、ジンクスを成功させなくっちゃね。
「、しっかりとオレに掴まっててね。うん、腕じゃなくって、ここに、ね」
係員が離れたのを確認して、オレは腕に抱き付いているの手を自分の腰に回るように移動させた。
そうすれば否応なしでも、密着される体。
「ほら、もう目を瞑って、大丈夫だから……」
ギュッとオレに抱き付いてくるの肩を優しく掴んで瞳を閉じるように言えば、素直にコクリと頷いてが目を閉じた。
真っ暗な中、ゆっくりとした足取りでを抱えるようにして歩き出す。
勿論、の瞳はギュッと閉じられたまま。そんなに力込めて目を閉じなくってもいいと思うんだけどね。
そんなを見ながら、ゆっくりと道順を辿って中を歩く。
時々、隣から突然人形が飛び出してきたり、音楽と共に降ってくる人形に、が悲鳴を上げながら更に強く抱き付いてくる。
それが嬉しくって、思わず笑みが堪えない。
「な、何か肩に触った!!」
しっかりと目を閉じてるから、ちょっとでも何かが触れれば、泣きそうな声でがギュッと抱き付いてくる。
きっと、今肩に触った物を見たら、卒倒しそうだよね、。
「大丈夫だよ、触ったのは、オレの手だから……だから、大丈夫」
そんなを慰めるように、オレがポンポンと肩を叩けば、ホッとしたような表情になる。
その安心しきった顔を見るだけでも、すっごいここに入った価値があるんだけど!!
「お疲れ様でした!こちらが出口となります。そして、おめでとうございます!!お二人は、この中で離れ離れにならなかった最高のカップルと認定されました!こちらが、認定書になりますので、どうぞお持ちください!」
眩しい光が見えて来た瞬間、言われた明るい声にが意味が分からないと言うように首を傾げる。
そう、このお化け屋敷は、恋人同士で入ると、いくつかの場所で離れ離れになるように設定されているのだ。だが、その場所全てで、恋人と離れ離れにならなければ、最高のカップルとして認定される。
怖がりななら、オレから離れないと分かっていて、オレはこのお化け屋敷で最高のカップルと認定されたかったのだ。
「何?カップル??」
不思議そうに首を傾げながら、が係員の女性を見る。
「はい、お二人はしっかりとした絆で結ばれていると言う証ですよ」
キョトンとしているに、その女性がニッコリと笑顔で認定書を手渡した。
「あ、有難うございます?」
それをお礼を言いながら受け取って、は不思議そうにオレを見てくる。
オレも同じように係員から認定書を受け取って、ニッコリとに笑顔を見せた。
「ほら、次の乗り物に行こうか?」
意味が分かっていないを促して、その場所を離れる。
振り返れば、係員の女性が微笑ましいモノを見るように、オレ達の事を見ていた。
「なぁ、ツナ、カップルって、普通兄弟でも使うもんなのか??」
そして、が受け取った認定書を見詰めながら、不思議そうに問い掛けてくる。
本当に、鈍いよね、は……
今日、この中で、オレ達はずっと微笑ましいカップルだって見られていたって言うのに……。
きっと、あの汽車に乗った時に視線を集めていた理由にも気付いていないんだろう。
「う〜ん、どうだろうね。でも、間違いじゃないんだから、いいんじゃない?」
だからこそ、オレはただ曖昧な言葉を返した。
だって、それは全てが間違いじゃないから……
今日、オレはとデートしているんだけどね、多分は気付いてないんだろうけど……
「間違いじゃないのか?なら、いいのか??」
オレが返したその言葉に、が納得したのかどうなのか複雑な表情をしながら、貰ったそれをポケットの中へとします。
それを見詰めながら、オレはただ笑みを浮かべた。
少しでも、それを大切にしてくれるなら、オレは嬉しいんだけど……。
「、次は何処に行く?」
納得しきれてないにそっと問い掛ければ、もう既に意識が別なものへと移された。
この遊園地のお化け屋敷。
出口まで離れ離れにならなかった恋人同士は、認定されて決してこの先も離れない。
それが、このお化け屋敷のジンクス。
勿論、そんな事を信じているわけじゃないけど、オレはと離れたくなかったから、こんなジンクスにまで頼ってしまった。
ねぇ、これから先もずっと一緒に居られるよね?
勿論、オレは離すつもりなんて、これっぽちもないけど……
目の前で、楽しそうに笑っているその笑顔を見ながら、オレはこっそりとそう心に誓う。
その後、色々回って約束通りにケーキを奢ってあげれば、上機嫌でニコニコとの笑顔が絶えなかった。
そして、最後にお化け屋敷がどうだったのかを質問されて、オレは素直に言葉を返す。
「とっても、楽しかったよ」
これ以上、楽しい事はないんだけど……。
ニコニコと言ったオレの言葉に、が不思議そうな顔をしたけど事実だから仕方ないよね。
オレに抱き付いてくるにも楽しめたし、何よりも、オレとがカップルとして認められたんだから、これ以上楽しい事はない。
勿論、そんな事、には分からないだろうけどね。