俺の可愛い可愛い弟である、綱吉が今年、中学に入学した。
 当然俺としては、仲良く登校出来ると、かなり喜んでいたのだが、そんな可愛い弟からは、『兄さん、学校ではオレに話し掛けないで!』何て言われてしまったのだ。

 これって反抗期?
 それとも、俺が、綱吉に嫌われたのか!

 そうだとしたら、原因はきっと、俺が風紀委員なんかと係わりがあるからだ、絶対そうに決まってる。


「と、言う事だから、俺は今後、風紀委員とは係わり合いをもたないからな!」
「何が、『と、言う事』なの。意味が分からないよ」
「大体俺は、風紀委員でもないのに、何でお前の手伝いをさせられてるんだよ!」
「今更何言ってるの、そう言う約束だからでしょう」


 俺の抗議の言葉に、綺麗な眉間に皺を作って、目の前の風紀委員長があっさりと返してきた。

 いやいや、そう言う約束自体、俺には身に覚えがないんだけど……


「約束って、何の約束だよ」
「何、忘れたの?授業をサボるのを見逃す代わりに、僕の手伝いをするって言う約束だったでしょう」


 言われた言葉に、不機嫌な声で聞き返せば、またまたあっさりと返事が返って来る。

 いや、そんな約束した覚えなんてないぞ。
 確かに、俺は授業をサボっていたのは認める、そこそこ頭に自信があるから、息抜きと称して授業をサボっていたのをこの風紀委員長さんに見つかって、バトルして、思いっ切り負けた。

 いや、こんな化け物相手に勝てる訳がない。

 それでも、最初は何とか攻撃を避わしてたんだけど、何分俺は頭には自信があったのだが、体力はからっきしなので、早々に力尽きた。
 んで、モロに攻撃を食らって、気絶してしまい、目が覚めた時から、風紀委員の仕事を手伝わされるようになっていたんだよな。

 あれ?何か、可笑しくないか?って、何でその事に今まで気付かなかったんだ、俺!


「何、その顔」
「いや、俺、そんな約束した覚えなんてない」


 気絶させられて、目が覚めた時から、問答無用で手伝いをさせられていたのだから、そんな約束聞いたのだって初めてだ。
 大体、群れるのが嫌いなくせに、俺には平気で近付いてくるなんて、意味が分からない。


「そうだっけ?でも、『授業をサボるなら、ここに来なよ』って言ったのは、そう言う意味だったんだけど」
「その台詞は確かに聞いたけど、それが、どうして約束した事になってんだよ」


 不機嫌な声で返した俺に、まるで興味がないと言うように返してくる雲雀だったが、続けて言われたその言葉に、俺はまた複雑な表情で、相手を睨んだ。

 大体、それが約束につながるなんて、どう考えても有り得ないだろう。
 雲雀が自分勝手なのは、今に始まった事じゃないが、だからと言ってそれを許容する理由にはならない。

 って、無理やり許容させられてるんだけど


「もちろん、僕が君と居たいからだよ」
「いやいや、それじゃ、理由になってないから!」
「恋人との時間がほしいと思うのは、十分な理由じゃないの?」


 雲雀の無茶苦茶ぶりに振り回されている自分を思うと、悲しくなってくる。
 そんな自分に、雲雀がとんでもない爆弾発言をかましてくれた。


「…………はぁ?えっ?!ちょ、ちょっと待て、誰が誰の恋人だよ!!」
「それこそ今更だね。君は、僕の恋人でしょう」
「いやいや、なった覚えは全然ないから!」


 と言うか、何時の間に俺は雲雀の恋人になったんだ?!
 えっ、何か?だから俺は、周りのみんなから怖がられていたのか?!
 風紀委員と係わりがあるから、怖がられているんだとばかり思ってたんだが、実は、そんな恐ろしい事になっていたのかよ!
 風紀副委員長である草壁が、雑用係の俺なんかに頭を下げていたのは、その所為だったのか?!


「僕は、ちゃんと言ったよ、『君は、僕のモノだよ』って」
「聞いた事ねぇよ!何時言ったんだよ!!」
「君が気絶している時だよ」


 信じられない事を口にした雲雀に突っ込みを入れたら、不機嫌そうに雲雀が返してくるので、更に突っ込めば、とんでもない内容で返された。


「いやいや、気絶している人間に言っても聞こえる訳ねぇから!それ、無理だから!!」


 しれっと返して来た雲雀に、更なる突っ込みを入れてしまう。
 何で、気絶している人間にそんなこと言ってるんだよ!有り得ないだろう!!

 その前に、そんなんで、俺はお前のモノになってたのがびっくりだぞ!!


「煩いよ、君。大体、僕があれだけアピールしてあげているのに、何で気付いてないの?」
「嫌、気付く訳ねぇから!」


 そりゃ、確かに雲雀の奴、すげぇスキンシップ多いなぁとは思っていたけど、まさかそう言う理由だとは思いもしなかった。

 確かに、事あるごとに、抱き締められたり、頬と額とかに平気でキスしてくるから、おかしいとは思っていたんだけど
 ただそれは、きっと雲雀は外国生活が長かったんだろうと、勝手に思い込んでいたのだ。

 そんな訳だから、当然雲雀の気持ちに気付く訳がない。


「ああ、言い忘れていたけど、その時に、キスは済ませたからね」
「はぁ?キスって、いや、それは頬とか額とかだろう!何度もされてるじゃんか!」


 グルグル頭の中で、今までの事を思い出していた俺に、雲雀が更に訳の分からない事を言う。
 挨拶だろうそのキスは、毎日雲雀からされていたので、今更言われも、訳が分からない。


「それは、ただの挨拶。キスって言ったら、こっちだよ」
「えっ?」


 行き成りグイッと腕を引かれて驚きの声を上げた瞬間、しっかりと雲雀に唇を塞がれてしまった。
 突然の事に、目を見開けば目の前にはアップ過ぎてぼやけている雲雀の真っ黒な目が……


「!!!!」


 言葉も発せられずに、俺は雲雀を突き飛ばす。


「ご馳走様」


 俺に突き飛ばされたと言うのに、雲雀はそれさえも予想していたのか満足そうな表情で笑みを浮かべている。
 しかもペロリと、その舌が唇を舐めとった。


「なっ、な……」


 そんな雲雀を前に、混乱しすぎて俺の顔は真っ赤になっているだろう。
 不敵な笑みを見せている雲雀を前に、ただ自分の唇を手で覆い隠す事しか出来なかった。

 だ、だって、行き成りキスされるとか、そんな事予測できる訳ないだろう!!


「君の初めて、僕が貰ったから」


 勝ち誇ったような顔で言われた、雲雀のその言葉に、一気に冷静になって考える。

 初めてって……ファーストキスの事だよな?


「いや、俺、初めてじゃないから……」


 満足気な雲雀を前にして、思わず素直に返事を返してしまう。
 そりゃ、確かにキスされたのはかなり驚いたけど、だからって、初めてじゃないので、そこまでショックでもない。

 言われた事で、冷静になれたよ、俺。
 しかも、ファーストキスの事までしっかりと思い出してしまった。


「どう言う事?その相手教えなよ、僕が咬み殺す」


 ボソリと言った俺の言葉に、雲雀が鋭い視線を向けながら、お決まりの台詞を口にする。


「いやいや、咬み殺すのは、絶対にダメだから!そんな事したら、二度とお前とは口利かないぞ!」


 その言葉にぎょっとして、慌てて無駄かもしれないが拒否した。
 だって、俺のファーストキスの相手は、可愛い可愛い弟の綱吉なのだから


「……咬み殺すのは、考えるけど、相手は誰なの?!」


 無駄だと思った『二度と口利かない』が効いたのか、複雑な表情で雲雀が質問してくるのに、俺は困ったような表情をする。


「いや、ほら、子供の頃の他愛無いお遊びと言うか、母さんが面白がって焚きつけたと言うか……俺の可愛い可愛い綱吉が、昔俺のことを嫁にしてくれると言ってだな、その誓いに……」


 本当に、昔の綱吉は可愛かったんだよ!
 どっちかと言えば、俺が綱吉を嫁に貰いたかったんだけど、何でか、俺が嫁になってたんだよなぁ……
 いや、綱吉可愛かったから、許すけど……


「……嫁、ねぇ……君の、弟、沢田綱吉だったよね?」
「おう!今年、中学一年……って、綱吉に何かしたら、許さないからな!」
「心配しなくても、そっちから手を出してきたら、容赦するつもりはないよ」
「はぁ?」


 何言ってるんだ、雲雀の奴。
 不敵な笑みを浮かべながら言われた、その言葉の意味が分からず首を傾げる。

 俺の弟は、雲雀と違って、優しくて、暴力とか嫌いなんだぞ!
 そんな綱吉が、雲雀に喧嘩を売るなんてそんな事………

 訳が分からなくて考えていた瞬間、バタン!と言う大きな音がして、ドアが開いた。
 それに驚いて振り返れば、そこに居たのは


「つ、綱吉?」
「兄さん!雲雀恭弥と恋人って、本当なの?!」


 勢い良く扉を開いた綱吉が居て、驚いてその名前を呼べば、凄い剣幕で質問された。


「えっ、いや、俺は、なったつもりないけど……」


 凄い剣幕で質問された内容に、恐る恐る返事を返しながら、昨日言われた事を思い出して、混乱する。

 あれ?ここ学校だよな?
 綱吉、俺に話し掛けるなって、言ったけど、綱吉から、俺に話し掛けるのは、問題ないのか?!


「ふーん、君が沢田綱吉」
「そう言うあなたが、雲雀恭弥ですか?」


 一人混乱する俺を完全無視して、綱吉と雲雀が睨み合う。

 って、何でこんなにも不穏な空気が流れてるんだ?!
 何時もの可愛い綱吉は、何処に行ったんだよ!!


「すみませんが、あなたなんかに、オレの大事な大事な兄は渡せませんから!」
「何言ってるの、兄弟なんだから、兄の幸せを祈るのが弟の役目でしょう」
「兄が望んでいない幸せは、祈れませんから!」


 ズカズカと部屋の中に入ってきたかと思うと、グイッと腕を引かれて、綱吉の腕の中に抱き寄せられる。
 そして始まる、睨み合い。

 綱吉が、俺のことを大事な兄と言ってくれたのは非常に嬉しいんだが、それなのにこの扱いは兄としての扱いを受けているようには思えない。
 いや、俺の方が綱吉より身長高いけど、何で綱吉に抱き締められてるの?!
 雲雀も雲雀で、今すぐにでもトンファーと取り出しそうな勢いだ。

 どう見ても、この二人が仲良しな状態とは言えないだろう。


「ちょ、ちょっと待て!何で、綱吉が、ここに来て、雲雀と言い合い始めてるんだよ!それに、綱吉昨日、俺に学校で話しかけるなって……」
「そんなの兄さんが、ダメツナの兄とか言われて馬鹿にされたくなかったからに決まってるだろう!それなのに、兄さんは兄さんで風紀委員の雲雀恭弥の恋人とか言われてるし、どうなってるの!!」

 綱吉は、俺を心配して、『話し掛けるな』って言ってたんだ。
 それは、それで嬉しいけど、俺は何を言われても気にしないのに!
 ダメツナって言われても、俺にとっては、綱吉は可愛い弟だから!!

 嬉しい事を言われて、感動しているのも短く、捲くし立てる様に言われたその言葉に、首を傾げる。

 あれ?俺はそんな噂一度も聞いた事がないのに、何で入学したばかりの綱吉が知ってるんだ?!
 何か、本人無視して、そんなに有名な話だったのか?!


「いや、俺、そんな噂知らなかったから!今日始めて、雲雀に言われて知ったぐらいだし……」
「そうなんだ……どうやら、貴方の独り善がりみたいなので、兄の事は綺麗さっぱりと諦めて下さいね」


 綱吉に言い寄られて、慌てて言い訳すれば、何とも言えない冷たい言葉が雲雀へと向けられる。
 それを言ったのが、本当に綱吉なのか疑いたくなるんだけど

 あれ?間違いなく、目の前に居るのは、綱吉だよな?


「そんな事聞ける訳ないでしょ、弟なんかに、渡す訳にはいかないよ」
「何言ってるんですか?パッと出の赤の他人に譲る気はありませんから」


 俺を挟んで言い合う二人の間には、火花まで見えそうだ。

 何でこんなに険悪なムードになっているのか分からないが、兎に角まずは落ち着け!
 そんでもって、喧嘩はしない方向で……


「ちょっと落ち着け!お前ら、仲良くすると言う選択項はないのか?!」
「そんな選択項ある訳ないでしょう」
「何で、ライバルなんかと仲良くしなきゃいけないの!」


 二人の間に割って入った俺の静止の言葉と一つの提案に、あっさりと返ってくる無常な言葉。

 いや、綱吉、ライバルって、何のライバルだよ!二人は、今日初めて会ったんだろう?!
 何時の間にライバルなんかになったんだよ、俺、知らないから!!


 そんな訳で、良く分からないが、綱吉と雲雀はライバル関係にあるらしい。



 


兄の受難

                                         (大事に大事に虫が付かないように注意していたのに、こんな性悪なのに捕まっているってどう言うことなの!)
                       (漸く手に入れたと思ったのに、弟なんかに邪魔されるなんて許せないんだけど)
                                         (何か、綱吉が黒い。可愛いかった綱吉は、何処に行たんだ?!雲雀も、何でこんなに凶悪になってるの?!)