風邪をひいてしまった。
 流行っていると言っても、ツナはひいてない。

 それなのに、自分だけが風邪をひいてしまうなんて、何て情けないんだろう。

 今日がバレンタインって事で、昨晩みんなに渡すチョコを準備していたのがいけなかったのかもしれない。
 ツナから、遅くまで作業しちゃダメって言われていたのに、あれもこれもと作っていたら、結局日付が変わってしまっていた。

 お風呂に入ってから作業をしていたので、寒いキッチンにずっと居たのだから、体が冷えてしまうのは当然だろう。
 いや、だからって風邪をひいた理由にはならない。
 多分、ツナならそれでも風邪ひかないと思うから、俺が軟弱って事に……

 考えたら、悲しくなってきた。
 ピッと音を鳴らす体温計を取り出して、目の前に居るツナへと差し出す。


「37.2…熱はそんなにないみたいだけど、今日は学校休み、決定」
「んっ」


 朝、起こしに来てくれたツナに、盛大な咳をしていた所を見られてしまって、熱があったら学校は休むように言われて、体温計を渡されてから数分。
 微熱とは言え、熱があったのだから、ため息をつきながら言われた言葉に小さく頷いて返す。

 時々襲ってくる咳に、頭がボーッとしてしまっているのも、一つの原因。


「・・・つ・なぁ・・」
「何?」
「きょう、にもつ、ふえちゃうけど、みんなに、持っててくれる?」


 言った後に、大きく咳き込む俺の背中をツナが擦ってくれる。
 それに、小さくお礼を言って、ツナの返事を待つ。


「心配しなくても、それぐらい何でもないよ。でも、ヒバリさんは、オレから渡さない方がいいと思うけど」


 返ってきた返事に、意味が分からなくて首を傾げる。
 何で、恭弥さんはツナから渡さない方がいいなんて、そんな事を言うんだろう。


「とりあえず、本当は勧めたくないんだけど、ヒバリさんに休むってメール打っとけば勝手に来ると思うし、その時に渡した方がいいよ」


 言われた内容に、頷いて返す。
 しゃべると咳が出てしまうから、それでしか返事が返せない。


「それじゃ、オレはもう学校に行くけど、は大人しく寝てるように!母さんにも念を押しとくからね」


 続けて言われた内容に、もう一回頷いて返す。
 そうでもしないと、ツナまで学校を休んでしまいそうだから
 頷いた俺に、ツナがどこか心配そうな顔をしながらも、ドアに向かう姿に慌てて小さく声を出した。


「つな、いってらっしゃい・・・・みんなに、よろしくね・・・」


 言った後でまた咳が出てしまったけど、言いたい事は伝えられたので、満足。
 そんな俺に、ツナが少しだけ呆れたような表情をしているけど、やっぱりちゃんと口に出して言いたいから


「いってきます、出来るだけ早く帰るからね」


 でも、部屋を出る前に言われたその言葉に、俺は頷いて返した。
 ツナが出て行くと、部屋の中が急に静かになったような気がする。

 なんだか、ちょっと寂しいかも……
 えっと、そう言えば、ツナが恭弥さんにメールで連絡しとけって……でも、もう疲れちゃって、眠い……


ちゃん、お薬……あら、寝ちゃったのね」


 どこか遠くで母さんの声が聞こえたような気がしたけど、その時には俺の意識は遠のいていた。





 次に意識が浮上したのは、誰かに熱を測るように額を触れられたから

 少し冷たい、でも、優しい少し大きい手。
 ツナではないその手に、俺はゆっくりと瞳を開いた。


「起きたの?」


 瞳を開いた先に見えたのは、黒い髪と黒い瞳。
 覗きこむように見詰めてくるその瞳に、俺はぼんやり相手を見る。


「……きょ、や、さん?」


 寝ぼけた頭で、相手の名前を何とか呼ぶ事が出来た。
 だけど、名前を呼んだ瞬間また咳が出てしまう。
 咳き込んで、ボーッとした頭でも、どうしてここに恭弥さんが居るのかぼんやりと疑問に思った。


「大丈夫なの?」


 そんな俺に、恭弥さんが心配そうに問い掛けてくれる。
 それになんとか咳が落ち着いてから、頷いて返す。


「これ、君の母親から、薬も飲まずに寝てたの?」


 それから差し出されたのは、薬と水の入ったコップ。
 呆れたように言われた言葉に、ぼんやりとした頭のまま起き上がって、それを受け取る。

 薬と水。

 そう言えば、意識が遠のく前に母さんの声が聞こえたような……。
 あれ?そう言えば、恭弥さんに、メールで連絡しなきゃいけなかったような気がするんだけど……


「・・・きょ、う、や、さん?」


 コップと薬を受け取ってから、改めてその存在に気付く。

 なんで、恭弥さんがここに居るんだろう?
 不思議に思いながら、思わずその名前を呼ぶ。
 だけど声を出すと咳が出てしまった俺に、コップを恭弥さんが横から支えてくれた。
 そのお陰で、何とか水が零れる事はなかった事に少しホッとする。


「何?」
「あ、の、何で、恭弥さんが?」


 俺、恭弥さんにメール出す前に寝ちゃったよね?
 なのに、何で恭弥さんがここに居るんだろう?

 咳が落ち着いてから聞き返された事に、疑問を投げ掛けてからもう一度咳き込む。
 それに対して、今度は恭弥さんが俺からコップを取り上げる事で零れるのを回避してくれた。


「ああ、朝服装検査で沢田綱吉が珍しく一人だったから聞けば、嫌そうに君が休むって言ったからね、様子を見に来たんだよ」


 咳が落ち着くのを待ってから、もう一度コップを差し出されてそれを受け取り、貰った薬を素直に飲む俺を見ながら、恭弥さんが俺の疑問に答えてくれる。

 えっと、それってまた朝から綱吉と恭弥さんのとバトルが……登校中の人に危害がなければいいんだけど……

 聞いた話に、起こったであろうバトルのことを考えて、思わず遠い目をしてしまう。
 ツナと恭弥さんが喧嘩すると、周りに及ぼす被害は最大級だから

 ボーッとする頭で、そんな事を考えていると、急に持っていたコップを横から取り上げられてしまう。


「本気で水を零す気なの。君、まだ寝惚けてるんじゃない?」


 視線を向けると呆れたように恭弥さんが俺の持っていたコップを直ぐ傍の机の上に置いているのが見えた。
 どうやら、無意識にコップを傾けてしまっていて、残った水が零れそうになっていたみたいだ。

 そんな事にも気付かないくらい、まだ頭がボーッとしている。
 でもこれは、寝惚けているんじゃなくて、風邪の所為だと思いたい……。

 声を出すと咳き込んでしまうので、反論する事は出来ない。
 あまり咳をし過ぎて、恭弥さんに風邪をうつしてしまったら、大変だ。


「熱は、そんなにないみたいだけど、大丈夫なの?」


 先程までと打って変わって、心配そうに言われたその言葉に、コクンと頷いて返す。
 ちょっと喉が痛いのと、頭がボーッとするだけで、そんなに酷い風邪じゃない。

 喋った後に咳き込むのだけが、ちょっと辛いんだけどね。


「……大丈夫そうには見えないけど」


 頷いた俺に、恭弥さんが少し呆れたように返してくる。
 いや、そう見えるのなら、聞かないで欲しかったかも……

 でも、本当に頭がボーッとするのと、咳が出るの以外は大丈夫なのは本当だし、ああ、でもボーッとして見えるから、大丈夫そうに見えないのかもしれない。
 ちょっとだけ突っ込まれた事に落ち込みながら、でも、どうしてそう見えるのか納得してしまって、小さくため息をつく事しか出来ない。

 本人は結構大丈夫だと思ってるんだけど……
 ああ、ツナに言わせると、オレの大丈夫はあてにならいって言われたっけ


「薬飲んだんなら、大人しく寝なよ」


 少しだけそんな事を思いながら落ち込んでいた俺に、恭弥さんが横になるように促してくる。
 だけど、ここで大人しく寝てしまったら、折角来てくれているのに、今日中に頑張って作ったチョコを渡せなくなってしまう。
 だから俺は、俺の事を寝かし付けようとしている恭弥さんの服の裾を掴んだ。


「何?」
「あ、の、今日……」


 服の裾を掴む事で動きを止めさせた俺に、恭弥さんが問い掛けてくる。
 それに答えようと口を開いたら、また咳き込んでしまった。

 だ、ダメだ。
 これじゃ、口で説明なんて出来ない。


「……声出さず言いなよ、それなら大丈夫でしょう」


 そんな俺に呆れたようにため息をついて、恭弥さんが良く分からない事を言う。

 声出さずに話す?
 それって、口を動かすだけでいいって事なのかなぁ?


『……恭弥さん』
「名前はいいから、早く用件言いなよ」


 咳が落ち着いてから、パクパクと口を動かして、恭弥さんの名前を呼んでみる。
 そしたら、呆れたように恭弥さんに、先を促されてしまった。
 凄い、本当に口を動きだけで、何を言ってるのか分かるんだ。


『本当は、メールするつもりだったんですけど、今日、バレンタインだから、感謝のチョコ作ったんで、今年も貰ってください』
「ふーん、何処にあるの?」


 出来るだけゆっくりと口を動かして声に出さないで言った俺の言葉に、恭弥さんが聞き返してくる。
 何処にあるって、準備したチョコの事だよね。


「あっ、机の上……」


 それに思わず、声を出して返事を返してしまい、また咳き込んでしまう。


「君、本当に馬鹿だね」


 折角、恭弥さんが声を出さなくても良いって言ってくれたのに、思わず声を出しちゃうなんて本当に恭弥さんに馬鹿って言われても仕方ない。
 咳が落ち着くのを待って、まだ残っている水の入ったコップを差し出してくれた恭弥さんからそれを受け取り、一気に飲み干す。
 それにホッと息を吐き、自分を落ち着かせた。


『ありがとう、ございます』


 それから今度は、声を出さずにお礼の言葉を伝える。


「別に」


 礼を言った俺に、恭弥さんは手にあるコップを取り上げてから素っ気無く返してきた。
 それが、とても恭弥さんらしくて、思わず笑ってしまう。


「……君、沢田綱吉の前でもそんなに無防備なの?」


 そんな俺に、恭弥さんが意味の分からない事を質問してくる。
 綱吉の前でも、無防備?って、どう言う意味なんだろう?


『恭弥さん?』


 言われた言葉の意味が分からず、問い掛けるように恭弥さんの名前を口にする。
 今度は、声を出さずにちゃんと口だけを動かして名前を呼ぶ。


「本当、君、そんなに無防備なんて、襲ってくださいって言ってるようなものなんだけど……」


 ため息をつきながら、ボソボソと言われた言葉が完全に聞こえなくて、首を傾げる。
 君って言ったから、無防備って言うのは俺に言ったんだと分かるけど、その後が何を言ったのか聞こえなかった。

 ただ疲れたように、ため息をついている恭弥さんをジッと見詰める事しか出来ない。
 無防備って言うのは、ツナにも良く言われるんだけど、信頼している人達の前で警戒する必要なんてないと思うんだけど

 どうしてそんな事を言われたのかが、分からない。
 だから、ジッと恭弥さんを見ていたんだけど


「ねぇ、そんなにジッと見られると、我慢出来なくなるんだけど」


 そしたら、また良く分からない事を言われてしまった。

 我慢って、何の我慢?
 分からなくて、また首を傾げて恭弥さんを見る。


「こう言う意味だよ」


 その瞬間、ぐっと恭弥さんの顔が近付いて来た。
 すぐ目の前に恭弥さんの顔が………


「そこまでにしてもらえますか?」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返していた俺と恭弥さんとの間に、にゅっと誰かの手が割り込んできた。
 しかも聞こえて来た声は、聞き覚えのある声で


「つ、なぁ?」


 あっ、思わず声出しちゃった。
 その後やっぱり咳が出てしまうのは、止められない。
 そんな俺の背中を、ツナが優しく撫でてくれる。


「……沢田綱吉、邪魔しないでくれる」
「邪魔しますよ、当然ね。嫌な予感しかしなくて帰って来て正解でしたよ」


 あれ、なんで直ぐ傍で険悪なムードになってるんだろう。
 ツナは俺の背中を擦りながら、何故か恭弥さんと睨みあっている。

 二人は元から仲は良くないけど、だからと言って出会って直ぐにこんな険悪なムードに……良くなっていました、ごめんなさい。
 でも、今はそんな二人を止める事は俺にはできない訳で、こんな場合どうしたらいいんだろう。


「お前ら、病人の傍で何やってやがるんだ?」


 どうしたらいいのか分からなくて困惑していた俺の耳に、新たな声が聞こえて来る。
 その声で、険悪な雰囲気が少しだけ和らいだ。


「…リ……」
「声出すんじゃねぇぞ、ダメ


 助け舟を出してくれた相手の名前を呼ぼうとしたら、その前に止められてしまった。


「君、本当に学習能力ないね」


 それに続いて恭弥さんが呆れたように、声を掛けてくる。

 確かに、学習能力ないかも
 いい加減、声出した後に咳き込んじゃうんだから、気を付けなきゃいけないのに
 咳き込んじゃうと、それだけみんなにうつしちゃうかもしれない。


「そんな事を心配してるんじゃねーぞ。大体、ここに居る奴等が簡単に風邪引くような奴に見えるのか?」


 心の中で反省していた俺に、リボーンが呆れたようにそれを否定する。
 明らかに、俺の心を読んでいるのがその言葉からもしっかりと分かった。

 でも、言われてみれば、そうかもしれない。
 俺と違って、ツナは、滅多に風邪をひいたりしないのだ。


「無理に声出して辛い思いするのは、お前だからな。それに、オレも綱吉もヒバリと同じで読唇術が出来るんだから声を出す必要はねぇぞ」


 リボーンの言葉に、何となく納得してしまっていた俺に、更にリボーンが続ける。
 そして、言われた言葉に、思わず首を傾げてしまう。


『どくしんじゅつ?』


 どんな漢字を書くのか、分からないんだけど……
 その言われた言葉を聞き返すように、口に載せた。


「唇の動きで、何を言っているのかが分かるんだぞ。ちなみに、読む唇の術と書くんだ、ダメ


 俺の質問に、リボーンがしっかりと説明してくれる。
 しっかりと、漢字まで教えてくれた。
 なるほど、読唇術ね。


『うん、分かった。声、出さなければ、大丈夫だから、これで話すね』


 説明してくれたりボーンにお礼を言って、パクパクと声を出さずに口を動かして意思を伝える。

 それにしても、当然のようにその読唇術が出来るって、凄いんだけど
 俺、そんな言葉さえ初めて知ったんだけど


「とりあえず、ヒバリさんは、本当に不本意ですけどが作ったチョコを持って、さっさと引き上げて下ださい。がゆっくり寝られませんから!」
「君こそ学校はどうしたの?勝手にサボらないでくれる」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」


 あ、あれ?静かになっていた二人が、突然何故かまた険悪なムードに……
 でも、そうだよね、ツナ、学校どうしたんだろう。
 恭弥さんだって、委員会のお仕事大変だと思うんだけど

 ……って、あれ、なんだろうすっごく眠い……そう言えば、俺、風邪薬飲んだんだっけ、だから、とっても眠い……


「おい、喧嘩するなら外でやれ、ダメが寝ちまいそうだぞ」


 フラフラする頭を何とか起こそうとするしたんだけど、睡魔には勝てそうになくて、うつらうつらとしている俺に気付いたのだろう、どこか遠くでリボーンの声が聞こえてくる。
 その後誰かが優しく体を横に倒してくれたような気がするんだけど、その時にはもう殆ど現実と夢の区別が出来ない状態になっていた。


「……多分、そんなに酷い風邪じゃないから、ゆっくり寝れば大丈夫。家にある風邪薬とは相性いいみたいだから、こうやって直ぐに寝ちゃうんだよ」


 だから、その後ツナやリボーンと恭弥さんが小さな声で話をしていたのは全然知らない。


「そう、なら薬を飲ませたのは、良かったみたいだね」
「ダメの奴、綱吉が学校行って直ぐに寝ちまったからな」
「……赤ん坊、何時からこの部屋に居たんだい」
「さぁな」
「煩くするようなら、叩出しますよ」







 次に目を覚ました時、何故か皆が家に居た。

 うん、ツナは当然なんだけど、何故か武と獄寺くん、京ちゃんとハルちゃんまで居て、本当に驚いた。
 京ちゃんとハルちゃんは、態々バレンタインのチョコを持ってきてくれたみたいで、俺が作ったのモノを喜んで貰ってくれたのが、嬉しい。

 恭弥さんは、居なかったんだけど、何故かその代わりのように骸が居て、ツナとバトル寸前で怖かった。
 一応、骸の分も作ってて良かったよ。
 まさか、取りに来るなんて、思いもしなかったんだけど

 でも、チョコが好きらしいから、貰ったら即効で帰って行った。
 犬くんと千種さんの分も渡したんだけど、独り占めしそうで怖い。
 後で、ちゃんと二人に渡すように再度言った方がいいのかなぁ?

 そんな訳で、折角のバレンタインに風邪をひいてしまったんだけど、何時も以上に賑やかで楽しい日だったように思う。
 と言っても、一日の半分以上を寝て過ごしちゃってるんだけどね。