去年は、が嬉しそうにオレに嘘を付いた。

 兄弟じゃないって言うそんな分かり易い嘘。
 でもね、それはオレにとっては嘘じゃなければ、どんなに嬉しいことだったか、君は知らないだろう。


 もしも、本当に兄弟じゃなかったら、オレは君にこんなにも惹かれる事はなかったんじゃないだろうか?





 珍しく母さんに頼まれて出掛けることになった。
 本当に珍しい事で、オレに頼み事をする時は、大体に断られた時くらいかな?
 もっとも、それも殆どなくってよっぽどの体調が悪い時ぐらいしかない。

 だからなのか、母さんオレにモノを頼むよりもに用事を頼むのだ、頼み易いからって理由で……
 先にオレに言ってくれれば、への負担が少しでも少なくなるって言うのに

「ただいま」

 そんな事を考えていれば、用事はあっけなく終ってしまった。

 用事は、何時も大したものではない。

 今日も頼まれた内容は、近所のおばさんに届け物をするぐらいだ。
 もっとも、そのおばさんはおしゃべりで、中々離してもらえなくてちょっとだけ帰るのが遅くなってしまった。

「お帰りなさい、ツッ君!」

 扉を開けて中へと声を掛ければ、母さんの明るい声が返ってくる。
 その声が余りにも嬉しそうで、思わず首を傾げてしまった。


 一体、何があったんだろう?


「ただいま、母さん……で、何やってるの?」

 だから何時もならそのまま部屋へと直行する所なんだけど、今日は、母さんの機嫌がいい理由を確かめたくてリビングへと顔を出せば、母さんの後ろに誰か居るのが目に入る。

 靴はなかったみたいに思うんだけど、お客さんだろうか?

 だから、母さんの機嫌がいいのだろうと納得しようとしたが、ニコニコと笑顔の母さんが何かを企んでいるようにしか見えなくて、思わず問い掛けてしまった。

「実はね、ツッ君に紹介したい子が出来たのよ!ほらよく言うでしょ、許嫁」
「ふーん、興味ないから」

 オレの問い掛けに、母さんが嬉しそうに口を開く。
 だけど、言われた内容が余りにも下らなかったから、キッパリと切り捨てた。

 本気で興味ないんだけど、居たとしても、そんなもの無視するよ、当然。
 だって、オレが好きなのはこの世でたった一人だけなんだから

「そう言わないのよ!絶対に、ツッ君の好みの相手なんだから!」

 そっけなく返したオレに、母さんが自信満々に返してくる。
 母さんは、オレがを好きな事を知っているから、こんなにきっぱりと言うって事は……

「ほら、ちゃんとツッ君に挨拶してあげてね」

 何かあるだろうなぁと思って警戒するようにチラリと視線を向ければ、母さんが後ろを向いて立っている女の子の向きを無理矢理オレの方へと向ける。
 母さんに無理矢理後ろを向かせる状態になったその子は、突然の事に驚いたのか慌てて俯いてしまった。

 でも、ほんの一瞬だけ見えたその顔は……

「……?」

 自信なんてないけど、思わず確認するようにその名前を呼ぶ。

 だって、は自分が女に間違われるのを嫌うから、絶対にスカートは履かないって断言していたのに、今の姿はどう見ても女の子の格好だし、しかも、髪だって母さんよりも長い。
 サラサラのストレートなのは変わらないけど

「あらあら、やっぱりツッ君は騙せないのね」

 ポツリと呟いたその言葉に、母さんが感心したように口を開く。
 だけど、言われた言葉にオレはかなり驚かされた。

「えっ、本当にだったの?」

 に似てるなぁと思ったけど、本気で本人だとは思ってなかったから

 驚いたように声を上げたオレに、漸くその子が顔を上げてオレを見詰めてくる。

 その表情は、不機嫌そうだったけど
 だけど、顔が見れたお陰で相手がだと認識できた。

「ああ、確かに顔を見れば、だって分かるけど……母さん、が優しいからって、こんな手の込んだ悪戯はしないでくれる?」

 それに素直に言葉を口にして、にこんな格好を無理矢理させたであろう母さんを咎めるように口を開く。
 は本気で、母さんの無茶なお願いでも聞いちゃうからね。

「母さん、ツナに見せたんだから、着替えてもいいんだよね?」
「ええ、残念だけど、着替えてもいいわよ」

 そんな格好をオレに見られたからなのか、不機嫌そうにが母さんに質問する。
 それに、母さんが本当に残念だと言うような表情を見せた。


 確かに、残念だよね。
 折角、すっごく似合っているのに……


 何ていうか、何処かのお嬢様って言われても、全然違和感ないんだけど

 格好が落ち着いた感じだからかもしれない。
 春だからだろうけど、本当に何時も思うけど、母さんのコーディネートって、ばっちりなんだよね。

「それじゃ、着替えてくるから!」
「えっ?もう着替えちゃうの?」
「当たり前だろう!だって、母さんに無理矢理着せられてるんだからね!ツナは騙されてくれないし、こんな格好もう誰にも見られたくない」

 母さんの返事に、さらに不機嫌そうに口を開きながらがそのブラウスに付いているリボンを解く。
 そんなに、オレの口から思わず素直に惜しむ声が出てしまった。

 本当は、口に出すつもりなかったんだけどね。
 だけど、続けて言われたの言葉に、思わず考えてしまう。

 だって、こんな格好をオレ以外の奴が見る……リボーンにだって見せたくないんだけど!

「確かに、オレ以外の奴に見られるのはムカつくかも……やっぱり母さん、にこんな格好させるのはダメだからね!」
「はいはい、ここまでするのはもうないから安心して。ちゃんも無理言ってごめんなさいね」

 の女装姿なんて、誰にも見せたくないと言う気持ちをしっかりと母さんへと意思表示するればちょっと遣り過ぎたと思っていたのか、申し訳なさそうにへと謝罪の言葉を口にする。

「気にしてないよ。この格好はもう二度といやだけどね」

 そんな母さんに、は苦笑を零しながら返事を返した。
 そう言うところがの優しさなんだよね。イヤなら、イヤで終らせればいいのに

「残念だけど、一度だけって約束しちゃったから、仕方ないわね」

 の言葉に母さんもしっかりと頷く。
 まぁ、母さんは一度した約束は守る人だから、もう2度目はないだろう。

「有難う」
「……そこでがお礼いう事じゃないと思うんだけど」

 頷いた母さんに、が嬉しそうにお礼を返す。

 って、なんでそこでがお礼を言うのか分からないんだけど……

 思わず、礼を言うにため息をついてしまうのは、止められない。
 ため息をついたオレに、は笑顔を見せた。

ちゃん、早く着替えなくっちゃ、他の子達も帰ってきちゃうわよ」

 その笑顔の意味が分からなくって、質問しようとした瞬間、母さんがを急かすように声を掛ける。
 確かに、のんびりしてたら他の子供たちが戻ってきても可笑しくない。
 それに、慌ててがリビングから出て行ってしまった。

「ふふ、ちゃんが許婚だったら、ツっくんは文句ないでしょう?」

 が出て行ったことで、母さんがオレに話しかけてくる。
 楽しそうに笑いながら言われたそれに、オレはただ苦笑を零した。

「まぁ、許嫁がなら、喜んで受け入れるんだけどね」

 そんな事、無理だって分かってるけど、それがオレの素直な感想。


 ボソリと呟いたオレのそれに、また母さんが楽しそうに笑った。