神への領域へと入るための門。
 聳え立つそれを見上げて、俺は小さくため息をついた。

 今日の任務は、この神社の清掃。
 鳥居の前での集合と言う事で、俺は階段を重い足取りで歩きながらもう一度ため息をついた。

 昨日の内に任務内容は聞いていたから、勿論今さらだと言われるかもしれないが、それでも出来れば行きたくないと自分の体が拒否反応を起こしているのが良く分かるのだ。

「大丈夫かよ」

 ゆっくりとした足取りの俺に、もう既に数歩先を歩く事になったシカマルが気付いて振り返った。
 心配そうに自分を見詰めるシカマルに、俺は返事を返す事が出来ず、ただ苦笑を零す。
 ああ、こうしてる間にも、待ち合わせの時間はどんどん近付いてくる訳で、そりゃ、余裕を持って家を出てるから、遅刻なんて言う心配はしてないけど、こんなのんびりと歩いている状態だと、流石に心配になってくるよなぁ……。
 って、シカマルが心配してるのは、そっちじゃないって分かってるけど、思わず現実逃避してくる自分の思考に俺はもう一度苦笑を零した。

「今日の任務、休むか?」

 ただ苦笑を零しただけの俺に、シカマルが一瞬考えるような素振りを見せて、問い掛けてくる。
 いや、ここまで来て、休むっていうのも……。

「大丈夫だよ。ちょっと、境内に入りたくないだけだから」

 って、それが今日の任務なんだから、入らないわけにはいかないんだけど………。

「んな状態じゃ、任務どころじゃねぇだろう」
「うん、まぁ、ちょっとここの神社の神様とは相性悪くって……」

 苦笑交じりに答えた俺に、呆れたようにシカマルが再度言ったその内容に、もう一度ため息をついて聳え立つ鳥居を見上げた。

 うん、相性が悪いって言うのは嘘じゃない。
 まぁ、実際は相性が悪いんじゃなくって、俺がここの神を嫌いなだけだ。

 自分勝手で、九尾を敵視している。だから、ここの神は九尾の器となっているナルトの事を良く言わないのだ。
 それを聞いているだけで気分が悪くなる。
 一体、ここの神にどれだけの力があると言うのだろう。
 その力は、九尾の足元にも及ばないと言うのに……。

 ……その力を感じるだけで、嫌悪感が………『昼』を連れてくれば良かったんだろうか……って、下忍の任務に『昼』を連れてくる訳にもいかないからなぁ……。

「相性って……ここの神って奴は、そんなに性質悪いのかよ?」

 俺の言い訳のようなその言葉に、シカマルが振り返って鳥居を見上げた。

「……まぁ、神なんて、我が侭で、自分勝手な奴が多いんだけど、ここの神とは折が合わない!」

 そんなシカマルに、俺はキッパリと本当の事を口に出す。
 九尾の事を悪く言うのも許せないけど、何よりもナルトの事を悪く言うなんて絶対に許す事が出来ないのだ。

 神を消してもいいって言うのなら、俺がこの手で消し去ってやりたいぐらいだ……。

「あ〜っ、お前がそこまで言うなんて、よっぽどらしいな……」

 キッパリと言った俺に、シカマルが意外だと言うように呟いたそれに、苦笑する。
 まぁ、人の好き嫌いは、そんなに激しくない方だと思うんだけど、こう人の悪口を言う奴はどうしても好きになれない。
 それが、自分が大切にしている奴だったとすれば、尚更だろう。

「あっ、何だ、ここまで来てるんじゃない」

 盛大なため息をついた瞬間、最近聞き慣れて来た声が聞えて顔を上げる。
 そこには、どうやら来るのが遅い俺達を心配して様子を見に来たいのが俺達を上から見下ろしていた。
 あ〜っ、本当に姉御気質だよなぁ、いのって……。
 心配そうに見詰めてくるいのに、俺はのんびりとそんな事を考える。いや、これも一種の現実逃避か?

「おう、どうした?」
「どうしたじゃないわよ!遅いから心配してあげたんでしょう!!って、あんた、顔色悪いけど、大丈夫なの?」

 自分達を見詰めてくるいのに、シカマルが問い掛ければ、いのが凄い勢いで文句を言って、更に俺の心配。慌てて階段を下りて来て、俺の顔を覗き込んでくる。

「あっ、えっと、心配掛けてごめんね。ちょっと眩暈がしただけだから、大丈夫だよ。シカマルは、ボク付き合ってくれてたんだ」
「眩暈がしたって!全然大丈夫じゃないでしょう!もう、あんたは体が弱いんだから、無理しちゃ駄目でしょうが!シカマルも、付き合うだけじゃなくて、何とかしてあげなさいよ!」
「へぇへぇ、悪かったな」

 えっと、何とかしてやれって、何をどうするんだろう……。
 何て、思わずいのがシカマルへと文句を言うそれに、内心で突っ込んでしまっても仕方ないだろう。
 シカマルは、本当に悪いと思っているのか分からないような謝罪をして、ため息をつくとスッと俺に手を差し伸べる。一瞬、その伸ばされた手の意味が分からずに、俺はその手とシカマルを交互に見詰めてしまった。

「シカマル?」

 訳が分からずに、首を傾げた俺に、シカマルはもう一度ため息をつくと伸ばした手をそのまま更に伸ばして、俺の腕を引っ張り上げる。
 突然の事に、俺はしゃがんでいた体制から強制的に立ち上る事になり、バランスを崩してそのままシカマルの方へと倒れ込んでしまう。

「ご、ごめん」

 ポスリと音がしそうな程軽く俺を支えてくれたシカマルに、謝罪して慌てて離れる。

「別に悪かねぇよ。俺が原因だしな」

 謝罪して離れた俺に、シカマルはサラリと言葉を返してくれた。
 いや、確かに、シカマルの所為だけど、な、何か違うような……。

「そんな事よりも、早く行かなきゃアスマ先生来ちゃうわよ」

 俺が動揺している事を、そんな事呼ばわりして、いのが促すように声を掛けてくる。
 いや、確かにそうなんだけど………なんか、悲しいかも……。

「あっ!居た、みんなアスマ先生来てるよ」

 複雑な思考を他所に、チョウジの声が聞えて3人同時にそちらへと視線を向けた。

「分かったわ。!あんたはゆっくり来なさい!アスマ先生には、私から話しておくから、シカマルも付き添うのよ!」
「へぇへぇ」

 チョウジに返事をして、いのがビシッと俺とシカマルに指示を出して行く。
 その勢いに押されて俺はただ頷く事で返したけど、シカマルはめんどくさそうな返事を返して、いのに怒られていた。
 分かってるのに、何でそんな態度を返すんだろう?不思議だ。きっと、質問すれば、めんどくせぇって、返されるんだろうけど……。
 階段を駆け上っていくいのの後姿を見送りながら、俺は無意識に息を吐き出す。

「おい、本当に大丈夫なのか?」

 そんな俺に、シカマルが心配そうに問い掛けてきた。

「まぁ、今日を乗り越えられるように、頑張るしかないよなぁ……」

 ここの神が、俺にちょっかいかけて来たらどうなるか分からないけど……。
 そんな事を考えて、俺はゆっくりと集合場所へと歩みを進めた。

「よぉ、、大丈夫なのか?」

 集合場所に居る3人の姿が見えた時、いのから話を聞いていたのだろう、アスマ上忍が心配そうに質問してくる。

「…はい、大丈夫です・……あの、遅れてしまってすみませんでした」
「あ〜、気にすんな、事情が事情だからな。んじゃ、今日の任務は昨日言ったようにこの境内の掃除だ。以外は、もう始めていいぞ」

 アスマ上忍の質問に答えてから、俺は遅れたことを素直に謝罪した。
 まぁ、数メートルしか離れてなかったとしても、遅刻は遅刻だからな。

「いえ、ボクも大丈夫なので、始めます」

 だけど、それよりも先に俺を気遣って言われたアスマ上忍のその言葉に、俺は慌てて口を開く。

「無理すんじゃねぇぞ」

 ポンと俺の頭に手を乗せて言われたその言葉に、素直に頷いて返す。

「って、あんたは……もう、仕方ないわね。ちょっとでも駄目だと思ったらちゃんと言うのよ!」

 そんな俺にいのがなにか言い掛けたけど、呆れたようにため息をついて、お姉さん口調でしっかりと釘を刺されてしまう。
 俺って、幾つの子供だよ……。

「……有難う、いの」

 心の中で突っ込みながらも、表ではニッコリと笑顔でいのに礼を言う。だって、俺の事を心配してくれてるのは、間違いないから……。

「んじゃ、任務開始」
「あっ!アスマもちゃんと手伝ってよ。ちょっとでも、の負担を減らしたいんだから!」

 アスマ上忍の言葉にしっかりといのが進言。いや、俺の負担って……あう、ごめん、アスマ上忍……。
 いのに逆らう事が出来なかったアスマ上忍は、ため息をついてみんなと同じように行動を起こす。
 いや、本当なら忍術使えば一瞬で終わる下忍の任務を上忍が下忍と同じレベルで手伝うって……本当に、申し訳ない。

「おい、お前は出来るだけ神社には近付くんじゃねぇぞ。余計に面倒な事になるからな」

 心の中で謝罪していた俺に、シカマルが耳元で俺にだけ聞えるようにそう言う。それに俺は素直に頷いた。
 誰が好き好んで、嫌いな奴に近付くもんか!
 それが、俺の心境の全てだったのは言うまでもない。



 頭の中で、声がする。

 鬱陶しいその声を、俺はただひたすら無視し続けた。
 それなりに広い境内、皆バラバラなってそれぞれ掃除を始めたのはいいけど、一番神社から離れた場所に居ると言うのに、その声は俺の神経を逆なでしてばかりで、いい加減我慢の限界も近くなっている。

『……落ち着け、お前の感情がオレや『夜』にまで流れてきているぞ』

 もくもくと作業をしていた俺の肩に、馴染みのある重みを感じた瞬間聞えて来たその声に、俺はそっと息を吐き出して出来るだけ気持ちを落ち着かせようと努力した。

「……分かってるんだけど、こいつの声聞いてたら……」
『だから言ったんだ。こんな任務に参加するのはよせと』

 呆れたようにため息をつく『昼』に、俺は何も言葉を返す事が出来ない。

『こんな奴を神と呼ぶ人間などが居るとはな……哀れなモノだ』
「…『昼』……」

 呆れたように言われたその言葉に、俺は咎めるようにその名前を呼ぶ。
 気持ちは分からなくないが、そう言う事は心の中だけに留めて置くもんだ。

『本当の事だろう。オレや『夜』よもりも弱い神を崇めてどうする』

 いや、うん、確かにその通りなんだけどな。否定は出来ないんだけど、それでも、こんな奴を崇める奴は居る訳で、そのお蔭でこんな立派なお社に住んでるのも本当な訳で……。
 強大な力を持つ九尾よりも扱いが上って言うのが、本気で理解できないんだけど……。

 まぁ、性格の違いと言ってしまえばそれまでかもしれないが、この神は目立ちたがりやのただの馬鹿……いや、うんそう言う奴なんだよな。
 だからこそ、俺はこの神が大が付くほど嫌いだと言ってもいい。

 大した力もないのに、偉そうな態度も俺の神経を逆撫でてくれる。何よりも、一番ムカツクのは、九尾の器をさっさと消してしまえと言うその言葉。
 こんな奴が居るから、里人まで影響が出ちまうんだつーの!

『だから、落ち着けといっているだろう。なんなら、少し大人しくさせてやろうか?』
「我慢の限界超えたら、自分で殺る」
『……ヤルの漢字が気になるが、お前が動くと何かと面倒になる……今は、我慢していろ』

 イライラするその気持ちを素直に口に出した俺に、『昼』が複雑な表情を見せる。
 だけど『昼』の言うように、神殺しなんて、そんな事をがする訳にはいかない。それは、正論。

 分かっているけど、本気で行動に移したくなるのは、俺がこの神を嫌いだから……。

って、『昼』も来てたのかよ……」

 ぐっと持っていた箒をつかむ力が強くなる。その強さに箒の柄から悲鳴が聞えてくるけど、俺はそれを無視して瞳を閉じた。
 その瞬間、聞えて来た声に視線を向ける。って、今の俺って、下忍並に気配が読めないかも……駄目だ本気で落ち着こう。

「シカマル、どうかしたのか?」

 フッと肩の力を抜いてから、俺はシカマルを振り返った。

「あ〜っ、その様子だと気付いてねぇみたいだな……この任務、ブッキングしちまったんだよ」
「はぁ?」

 だが、振り返った瞬間言われたその言葉に、意味が分からずに思わず素っ頓狂な声を出してしまっても仕方ないだろう。
 ブッキングって……誰と?

『そう言う事か……こいつが、何時も以上に騒ぐ訳だ……』

 意味が分からない俺と違って、『昼』は理解したのだろうフッと笑った。
 俺も状況を確認する為に気配を探る。まぁ、何時もは無意識にしてる事だけど、今はそれをわざと断ち切っていた状態だったから、元に戻したって言うのが正しいかもしれない。

「あっ!」

 そして、感じられたその気配に、声を出してしまった。
 ああ、何でこうなるんだろう……。

「……本気で、神殺ししそう……」

 感じたその気配は、ナルトが居る第七班の気配。

「まぁ、これだけ大きな境内を今日中に掃除しろつーのは、無理な話だと思ってたんだが……アスマの奴わざと話さなかったんだな」

 舌打ちしながら言われたシカマルの言葉に、俺は何も言葉を返す事が出来ない。
 いや、だって、なんで寄りにも寄って、こんな所にナルトを連れて来るんだよ!!三代目、本気であんたを恨みたくなったぞ、俺は!!!

『どうする?』
「どうするも何も……あいつを社の中に閉じ込めておく!」

 絶対にナルトに手なんて出させるもんか!そんな事になったら、俺は本気で大罪だろうがなんだろうが、神殺ししてやるぞ。

『……それは、オレが引き受けてやろう。奈良のガキ、を頼むぞ』

 キッパリと言い切った俺に、『昼』が呆れたようにため息をつくのが聞えた。だけど、直ぐに諦めたように、俺がやろうとした事をそのまま引き受けてくれる。
 まぁ、シカマルに俺を頼む理由は分からなかったけど……。

「おい、どうするんだ?」
「何?シカマル見たいのか?仕方ないなぁ……」

 俺達の遣り取りに意味がわからないというように質問してきたシカマルのそれに、俺は社を睨み付けながら、一つの印を組んだ。

「見るって、何を……って、何だよありゃ!」

 印を組み終わった瞬間に、辺りの空気が変わる。『昼』も仕事速いよなぁなんて、俺は社を睨みながらそんな暢気なことを考えていた。

「何って、見たまんま、社の中にここの神様閉じ込めたんだよ。あの鳥居は、あいつを表に出さない為の門」

 鳥居は、神への領域へと入るための門。
 だったら、その門を閉じて、狭くしちまえば、あちらさんは出てこられないと言う訳だ。

にシカマル!見つけたってばよ!」

 門を閉じてくれたお陰で、あいつの鬱陶しい声も聞えなくなったし、バンバンザイだな。
 満足した俺の耳に、明るい表のナルトの声が聞えてきて、俺は何時もの笑顔を見せた。

「ナルト、合同任務なんだってね」
「何か、アスマ先生も知らなかったみたいだってばね。カカシ先生から話がいく事になってたらしいんだってばよ」

 ニッコリと笑顔を見せた俺に、ナルトが説明してくれる。
 ああ、全ては、カカシ上忍の所為だった訳だな……知ってれば、幾らでも対処方法があったって言うのに……。

「ふ〜ん、そうなんだ……カカシ上忍が、全部悪いんだね」

 俺は、その所為で貧血起こすは、イライラはピークに達しそうな状態になってた訳だな……それもこれも、ぜ〜んぶ、カカシ上忍の所為だったんだな。

?ど、どうしたんだってば?なんか、恐いってばよ……」

 ふつふつと湧いてくる怒りに、どうやってこの借りを返すべきかを瞬時に考えていく。
 傍で、ナルトが怯えたように俺の名前を呼ぶのが聞えたが、今の俺はそれに返事を返す事が出来なかった。

「……今のには、めんどくせぇから近付くんじゃねぇぞ」

 訳の分からないナルトに、その肩にポンッと手を乗せてシカマルが忠告していたなんて、今の俺には関係ない事だ。
 その後、加わった七班と一緒に、任務を終了させて、さっさとその場所から離されたのは言うまでもない。



 勿論、俺がしっかりととカカシ上忍に報復した事も、言うまでもないだろう。